君色の栄冠   作:フィッシュ

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第26球 琥珀色の作戦

4回表の攻撃は柳谷から。神田相手に唯一ホームランを狙えそうな彼女だが、その期待は砕かれた。

ストレートで押してからの外に逃げるスライダーで凡退。真っ向勝負であの柳谷が負けた。

 

「ギアが上がってきたか?」

「まだ上がるんですか……」

「ここら辺で叩けないと難しいな」

 

頼みの綱の金堂。しかしその彼女すらも力で押されてファールフライ。長打力がないという唯一にして最大の欠点を攻められた。

 

この回はもう無理かも知れない、そう思ってナインが守備の準備をしていると青羽がヒット。神田のスプリットをしっかり捉えて外野まで弾き返した。

しかし次の鈴井はストレートで押されて凡退。長打力の有無で責め方を変えてくる、厄介な相手だ。

 

「かわす投球と力で押す投球……それを両立出来る投手は少ない」

「技術があって、体格も良い神田さんだからこそ出来る投球術ですね」

 

姉の朱里も力と技術を両立している選手。野手と投手でポジションこそ違えど、そういう所まで似ている姉妹だ。因みにこの二人は双子でもないのに顔も似ている。

 

「私だって負けてないからね! なんだったら被安打数は私の方が少ないよ!」

「ですよね、あと1イニングお願いします!」

「えっ? 先輩あと1イニングなの?」

「向こうの打順次第ではあるけど、そう考えてるよ」

 

ここを勝ち上がったらまだ大会は続く。その戦いに備える為に、中上を最後まで引っ張る事はしない。

あとは浜矢でもある程度は抑えられるであろうという判断。

 

「打順次第って神田?」

「うん、出来れば神田さんと当たらない所から投げさせたいんだけど……」

「ふーん……よし、任せろ」

 

誰が相手でも抑えなければいけないのは同じ。仮に神田と当たったとしても、ホームランを以外なら勝ちくらいの気持ちで投げればいい。

 

祥雲は二番打者からの攻撃。

先頭はしっかり切ったが、三番には出塁を許してしまいランナーありの状況で神田。ここで柳谷がタイムを取る。

 

「敬遠する?」

「いや、今の調子なら抑えられると思う」

「オッケー」

 

話が終わり、柳谷は長打警戒の指示を出す。結城や山城の時と同じ守備位置、つまり外野はフェンスに背中が付く手前まで後退する。

 

中上のスライダーとカーブは一級品、特にスライダーは神田より変化量も多いし制球だって効く。そう簡単に打てる球ではないが、神田はファールを連発する。

 

勝負の一球、実は中上の得意球であるスプリット。手元で小さく変化するスプリットは、途中までストレートと見分けがつかない。だが、神田はそれを打ち返した。

 

またしても自分に向かって打たれた白球を浜矢は捕球し、ランナーの状況を確認しようと顔を上げる。

 

「伊吹! 三塁!」

「オーケー!」

 

一塁ランナーが二塁を蹴って三塁へ向かおうとしていた。浜矢が初心者だからと舐めているのだ。

 

(けど、流石にそれは暴走だぜ!)

 

浜矢は山田のグラブを目掛けて送球する。大きく逸れないように、だがランナーには当たらないように気をつけて。

 

「アウト!!」

「よっし!」

「レーザー、レーザー!」

 

センターを守る糸賀には遠く及ばないが、浜矢だって初心者で投手に抜擢されるのだから肩は強い。しかも普段はコントロールが悪いくせに、こういう時には制球が効くというオマケ付き。

 

今のアウトで得点圏ではなくなった。

それが投手にとってどれだけ嬉しいか、調子が上がるかを浜矢は知っている。マウンドに立つ先輩は抑えられる、そんな浜矢の予想は現実となった。

五番打者を内角のツーシームでショートゴロに仕留めてスリーアウト。

 

 

「いーぶき! ありがとー」

「そんな……アレは暴走だっただけですよ」

「けど嬉しかったよ! それと初捕殺おめでと」

 

練習試合も含めて、初めてランナーを刺した。アウトコールが響いた瞬間の気持ち良さは、経験した者にしか分からない。

 

「いい守備も見せて貰ったんだし、攻撃も頑張らないとね!」

「はい!」

「……盛り上がってるところ悪いけど、早く先頭とネクスト行ってこーい?」

「あっ、そうだった」

「ごめんなさーい!」

 

この回の攻撃は中上からだという事が二人の頭から抜け落ちていた。二人は糸賀からバットとヘルメットを受け取り、ダッシュでそれぞれバッターボックスとネクストへ向かう。

 

中上は打席で恥ずかしそうに審判と捕手に頭を下げる。それで調子が崩れたのかは知らないが、三球で凡退してベンチに帰ってくる。

 

「いやー、色々と恥ずかしい……」

「ど、ドンマイです」

 

浜矢も恥ずかしい思いはしたが、中上が良い具合に和ませてくれた。というか浜矢は恥ずかしがっている場合ではないのだ。

 

(いい加減打たなきゃな……)

 

至誠の中に全国に来てから一本もヒットを打ってないどころか、出塁すらしていない選手が一人いる。そう、我らが浜矢伊吹である。周りは全員打ってるのに自分一人だけヒットが出ないのは嫌なので、何がなんでも打ってみせると気合が入っていた。

 

初球は内角低めに速い球が投げられた。これでスプリットだったとしても構わない。浜矢はストレートだと信じて強く振り抜く。

すると手に痺れるような感触がやってくる、バットに当たったのだ。二遊間を襲った打球は、ギリギリ守備範囲内かというところだ。

 

「抜けろっ!」

 

浜矢は無意識のうちに叫んでいた。彼女は全国に来てからというもの、知らず識らずのうちに叫んでいる事が増えた。それだけ野球に熱中しているのだ。

 

「抜けたー! 初ヒットじゃん!」

「伊吹ちゃん、ナイバッチ」

「サンキュ!」

 

浜矢はコーチャーに出ていた鈴井とグータッチをする。ショートが飛び込まなかったおかげで打球はセンターに抜けた。マグレ感が強いヒットだが、それでもヒットだ。

 

しかし糸賀、菊池と立て続けに打ち取られ得点には繋がらず。

嫌な流れになってしまった、そう思った観客は多かっただろう。しかし中上も尻上がりに調子を上げる投手、ここで祥雲打線を三者連続三振に切ってみせた。

 

 

「5回が終わってお互い無得点か……」

「ここまでの投手戦になるとは思いませんでした」

「正直1点は取れると思ってたな」

 

両投手共に点を取られる気配が無い。中上に至ってはそもそも打たれる気配すらないし、神田も神田でピンチを背負ってからの投球が素晴らしい。

 

あと2イニングで決着を付けたい、というより付けなければ次の試合が厳しくなる。

先頭の山田は緩急を付けられて凡退したが、頼れる四番の柳谷がヒット。安打製造機・金堂もそれに続くように低めのスライダーを巧く打ち返した。

 

「落ちろ!」

「セカンド……あー!」

「今のを捕るか……」

 

セカンドの後方に上がった打球だった。それを後ろ向きでジャンプしながらキャッチ。守備型の祥雲らしいファインプレーだ。

青羽も強い打球を放ったが、外野陣の守備範囲の広さにやられてスリーアウト。

 

「やっぱり繋がらないなぁ……」

「あと1イニングですか……厳しいですね」

「けど延長にはしたくないし、どうにかして次で決めるしかないな」

 

(あれ、そういえば私の登板はどうなったんだ)

 

5回から浜矢が登板する予定だったはずなのに、ずっと中上が投げている。

 

「なーなー、私の登板は?」

「あっ、そうだよね……どうします?」

「六番からだよな……よし、頼んだ」

「やった! 行ってきます!」

 

浜矢は肩を作るのが早い。マウンドで何球か投げればすぐに肩が作れるので、緊急の登板にも対応出来るという強みがある。

 

「伊吹、任せたよ」

「了解です!」

 

浜矢だって下位打線くらいは抑えられる。六番にこそヒットは許したが、後続は抑えて試合は最終回に突入する。

 

「さて、最終回だ! ここで決めるぞ!」

「今までの攻め方を思い出して、狙い球を絞るのが良いと思います」

 

浜矢の場合だとストレートが多く投げられてた。そんな具合に、打者によって多く投げられる球種が違っていた。

それを思い出して打席に臨めばきっと打てる、というかここまで来たらそれしか打つ手段がない。

 

だが、祥雲はここでも私達の予想を上回った。鈴井がストレートを狙っていると分かった途端、スプリット中心の配球に変えてきた。

 

「くそっ、神田のやつ……」

「……いや、多分これは孤塚さん」

 

確かにマウンドに立って至誠打線相手に投げているのは神田だが、そのサインを出しているのは孤塚。

鈴井に投げさせた何球かでこちらの攻め方を把握して、それに対応するような配球を考える。簡単なように聞こえるが実際にやるとなると難しい。

 

 

「正直、神田が主体となって配球を考えていると思っていたな」

「たまにそういうパターンもありますもんね」

 

神田は自分で配球を組み立てられる頭脳もあるが、配球に関しては孤塚に一任している。

孤塚は打撃が苦手で、肩と守備が良いだけの選手ではない。観察眼もあり、瞬時に対策を考えられる柔軟性に頭の回転の速さ。一年生から正捕手を奪えた理由はそこだ。

 

神田だけではなく、孤塚にも翻弄されこの回は三者凡退。これで抑えたとしても延長戦に突入するのが確定した。

 

「ヒット一本許したら神田に回る、それだけは何としても避けよう」

「はい」

 

一番から始まる好打順だが、ここは絶対に抑えなければいけない。初球は高めのストレートで空振りを取る。二球目のスライダーは僅かに外れたので、カーブで緩急を付けつつカウントを整える。

 

カウント1-2から投げたのは、やはり高めのストレート。浜矢の一番得意な球種を一番投げやすいコースに投げさせる。これで空振り三振に切ってワンアウト。

 

あと二人を抑えればいいだけ。しかし、そう上手く事が運ぶことはなかった。

守備型といえど、相手は全国まで勝ち上がってきた名門校だ。

意地でも神田に繋ぐためにゾーン内の球はカットし、少しでも外れれば見逃してくる。いつの間にかフルカウントにされていた。

 

(落ち着け……ここは外しちゃいけない。かといってヒットもダメだ)

 

なら要求されるのは一択。困った時のインハイのストレート、これだけだ。

 

(しまった……!)

 

外してはいけないという焦りが手元を狂わせた。

一番得意なコースの筈なのに、ボールは高めに外れてしまった。

 

(けど、今ので完全に頭が冷えた)

 

三番をゲッツーに打ち取ればいい。そうすればピンチで神田を相手にしないで済む。

 

(インのツーシームで打ち損じろ!)

 

内角低めのツーシームでゴロを打たせようとした。しかし相手がとってきた作戦は。

 

「なっ、バント!?」

「伊吹! 一塁!」

「はいっ!」

 

ベアハンドで捕球して一塁に投げて二つ目のアウトを取るが、ランナーは二塁まで進み、打席には神田を迎える。

ここで送ってくるなどと思っていなかった、そんな油断が招いたピンチ。

最終回にして最悪の展開を迎えてしまった。


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