君色の栄冠   作:フィッシュ

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第28球 来年に向けて

祥雲学院との激戦から二日経ち、至誠ナインは学校の一室で慰労会が行われようとしていた。

 

「皆のおかげで全国大会まで進めた、ありがとう! 長ったらしい話は皆嫌いだから……早速乾杯!」

「かんぱーい!」

 

柳谷の乾杯から慰労会、もといパーティーが始まった。料理は食べ盛りの運動部ということを考えて大盛り、飲み物やお菓子だって大量にある。

 

「この教室っていつも何に使ってるんですか?」

「私らはパーティー部屋って聞いてるけど」

「私がいた頃からそれ言われてるぞ……」

 

少なくとも十年前には定着していた。

だが普通の学校にパーティー専用の部屋なんてあるはずなどない。

 

「元は会議か何かに使う予定だったらしいけど、いつの間にかパーティー部屋になってたらしいぞ」

「立地的にもしょうがない気が……」

「二つ隣が調理室だもんなぁ」

 

何だったらこの部屋には冷蔵庫もあるので、直前まで飲み物やアイスを冷やせる。これではパーティー部屋と言われても仕方ない。

 

「ほら伊吹! もっと肉食え〜」

「ちょっ、糸賀先輩!? 流石にその量は無理ですって!」

「じゃあ野菜もあげるね」

「じゃあじゃないわ! 肉だけじゃ量食べられないって意味じゃないわ!」

 

何故か鈴井からも野菜を押し付けられる。鈴井も大概細いのだから、そっちもターゲットにしろよと浜矢が考えていると。

 

「美希ちゃんも細いからもっと食べようね?」

「……うん」

「やーい、言われてやんのー!」

「伊吹ちゃんうるさい」

 

鈴井は浜矢には当たりが強いが、千秋には滅法弱い。というより千秋に対しては全員甘い。

小動物のようで可愛らしく、かと思えばノックも楽々こなせて相手チームの分析もしてくれる千秋に強く当たれというのも酷な話だが。

 

 

「みなさーん、お菓子も作りましたよ〜」

「やった! 小林せんせー大好きです!」

 

小林は家庭科の教諭なので当然料理は上手いし、お菓子作りもお手のもの。甘めのチョコクッキーが大会で疲れた体に沁み渡る。

 

「そういえばせんせーって何で顧問になったんですか? 野球好きってわけでも無さそうですし……」

「きっかけは灰原監督に声をかけられたからですね」

「へー、監督が……」

 

「私も同年代の方がいいし、それに部の評判もあんな感じだったから、せめて顧問だけはクリーンなイメージのある人にしたかったからな」

 

確かに小林にはクリーンなイメージがある。それよりも、この二人が同年代だという事に驚いている者が多いが。実はこの二人は1歳差。

 

「私も顧問を持ちたいと思ってましたし、それに教師というのは頑張ってる子を応援したくなるものですから」

「嬉しいこと言ってくれますね〜」

「ふふ、特に野球部の子達は県外から来てる子が多いですし、そんな姿を見たら支えてあげたいと思うものですよ」

 

この中で県内出身は五人だけ。全部員の半分が県外出身というチーム、比率としてはかなり多い。分母が小さいというのもあるが、分母が小さい割に県外出身が多いというのもおかしな話だ。

 

「これからも活躍する姿を見せて下さいね」

「任せてください!」

 

最初の頃は担任である小林にプレーしている姿を見られる事に恥ずかしさを覚えていた浜矢だったが、今ではすっかり慣れたようだ。

 

 

先輩後輩という垣根を越えて楽しく話をしていても、終わりの時間はやってくる。というより現実に引き戻されると言った方が正しい。

 

「腹も膨れたところでそろそろ本題に入るぞー」

「本題って何すか?」

「キャプテン決め」

 

灰原がそう言った瞬間、二年生がざわついた。

誰がやるのが一番良いのか、誰が向いてるのかを各自考えているようだった。

 

「ちなみに現キャプテンはどう思う?」

「私ですか? うーん……神奈とか?」

「一年全員賛成でーす!」

「勝手に人の意見を言わないでよ……まあ賛成だけど」

 

一年生組は反省会などで、金堂が周囲をよく見ている人だというのは知っている。

実際、二年生の中で一番キャプテンに向いているのは金堂だろう。

 

「私かぁ……皆はそれでいいの?」

「部長会議とか嫌だから、神奈お願い!」

「私も嫌だ!」

「……同じく」

 

三人揃って部長会議のことを嫌いすぎだ。

 

「部長会議ってそんなに面倒なんですか?」

「神奈以外に予算の交渉とか出来ると思う?」

「あ〜……無理ですね」

 

菊池と山田は勢いだけで乗り切りそうだし、青羽はその場の全員を怖がらせてしまいそう。それが金堂なら物腰も柔らかいし、交渉術にも長けていそうなので安心して任せられるということだ。

 

「金堂はそれでいいのか?」

「ここまで言われればやるしかないですね」

「じゃあ今からキャプテンは金堂だ!」

「イェーイ! 神奈キャプテーン!」

 

今ここに新しいキャプテンが誕生した。

彼女は言動で引っ張っていくタイプでは無いが、人望があるので安心して見ていられる。それに後輩たちも相談しやすい雰囲気を出しているのも良い。

 

「それともう一つあるんだけど、秋大はどうする?」

「どうするって……何がですか?」

「部員足りないけど、連合チームで出場する? それとも出ないで基礎練するか?」

 

至誠の唯一にして最大の弱点であった部員数。三年生が抜けた秋以降はまた試合が出来ない人数に逆戻りしてしまうのだ。

 

「メリットとデメリットを言った方がいいんじゃないですかね」

「そうだな……まずメリットとしては勝負勘が鈍らないし、当然だけど実戦でプレー出来る」

 

野球選手にとっては、実戦でプレー出来る事がどれだけ経験値を得られることか。勝負勘もすぐ鈍ってしまうし、人の投げる球を打てるというメリットもある。

 

「デメリットはまず連合チームを組めるか分からないし、組めたとしても練習時間が激減する」

「お互いの高校を行き来しないといけないですもんね」

「そう、そして公平にメンバーを選ばなきゃいけないからチームの総合力は落ちる」

 

決まりはないが、お互いの高校から半々くらいの選出をする方が後腐れがない。だがその分チーム力は落ちてしまう。

 

「新しい事試したいなら出場しなくてもいいし、そんな事より試合したいんなら出場してもいい」

「ここは早速キャプテンに決めて貰おうか」

「えぇ……その前に、まず新しい事試したい人はいる?」

 

浜矢は新変化球を覚えたいので、控えめにだが挙手する。彼女の他に手を挙げたのは鈴井と青羽だ。

つまり3対2、金堂は手を挙げてないので彼女次第では同率になる。

 

「一番悩む割合だね……どうしよう」

「神奈的にはどうしたいんだ?」

「私は別にどっちでもいいんですよね、みんながやりたい方で」

 

周囲を見ているからこそ、全員が納得出来るような選択をしたいと思っているのだろう。

 

「……けどそうだね、大会を通して基礎的な技術が足りてない人も多く見られたし、今回は見送ろっか!」

「オッケー! ならバリバリ練習しよう!」

「私もさんせー!」

 

浜矢のスタミナやコントロール、鈴井のパワー、山田や青羽のミート力不足など、基礎能力が足りてない所はあった。

そこを鍛えればもっと上を目指せる、なら全国制覇を目指している彼女たちはやるしかない。

 

「じゃあ今回は見送りって事で……その代わり、大会出るのと変わらないくらい厳しくいくからな!」

「かかってこーい!」

「乗り越えてやりますよ!」

 

夏大を通して全員、自分の課題が分かった。なのでこんなに練習に乗り気なのだ。

 

 

「ついでに反省会……する?」

「……せっかく全員で集まれたんだしやろう!」

 

という訳で予選と全国の反省会を開始。いきなりだったが、誰も反対しなかったのはこうなると予想してたから。

 

「じゃあ三年を除いた背番号順に……金堂!」

「打率が6割切ったのと、あとは長打率ですかね」

「打率5割で長打率も5割だもんな」

「ヒット全部単打は流石に駄目だと思っているので、少しでも長打力を身に付けたいですね」

 

そう、彼女の安打は全て単打だったのだ。得点圏でヒットを打ったにもかかわらずランナーが還ってこられない場面もあったので、確かに反省点ではある。

 

「じゃあ次は菊池」

「まぁ普通に打撃全般っすよね……2割はちょっと」

「いくら守備が良くても上位で2割はな……」

「だからせめて粘れるようになりたい!」

 

菊池が打てるようになれば打線に厚みが出る。そして何より、強打のセカンドという響きに彼女は惹かれるタイプだ。その話を持ち出せば勝手にやる気になってくれるだろう。

 

「次、山田!」

「やっぱミート力ですかね……全国は2割切っちゃったし」

「唯一のヒットがホームランってのはなかなか面白いけどな」

「ホームラン打てても打率低いと使いにくいですよね……」

 

打順に困ると灰原は常々思っている。なので青羽共々、打順がコロコロ変わっていた。

 

「鈴井は?」

「私は……パワーですね、神田のストレートに力負けしましたし」

 

単打でも盗塁を決められる脚もあるしそこまで気にしなくてもいいのだが、本人的には神田に打ち取られたのが相当悔しかった模様。

 

「青羽!」

「私も沙也加と同じで確実性ですね、せめて得点圏に強くなりたいです」

「二人が安定して結果残せれば、来年の打線も強いからな」

 

青羽は長打力を武器としながらもケースバッティングを考えて打席に入っていた。それを実力不足で実行出来ないのが彼女の悩み。

 

「最後は浜矢!」

「野手としてはまず打撃が酷かったので選球眼鍛える所からですかね……投手としては、コントロールと変化球の精度ですね」

 

変化球を見極められる眼が欲しいし、ストライクに安定して投げられるコントロールも欲しい。

あとはもっと変化球の精度を上げなくては全国の相手には通用しないという事も知れた。

浜矢にとっては沢山の収穫がある大会だった。

 

「自分の課題が分かっているようで結構! それを実現する為にはとにかく分析と練習の繰り返ししかない、この秋と冬で鍛えるぞ!」

「はい!」

 

キャプテンも決まり、各々の目標も決まった。

大会も無いのでじっくりと時間をかけて練習をできるし、慌てず怪我無く弱点を克服していける。


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