君色の栄冠   作:フィッシュ

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第29球 新たな相棒

慰労会の翌日の練習日。各自の課題を克服するために、それぞれ特別なメニューをこなしている。

 

「なんで私は今更基礎トレメインなんですか〜!」

 

徹底して基礎トレを命じられた浜矢が嘆く。

 

「基礎が足りてないから制球も効かないし打撃も酷かったの。春までに身体作るぞー」

「ボール触りたいんですけど……」

「あとでな」

 

周りがボールやバットを使ったトレーニングをしているのに、自分一人だけ基礎トレなのは寂しい。

しかし柳谷もウエイトをしている事を思い出し、気合を入れ直す。

 

「にしても随分と静かになりましたね」

「三年が居なくなったからな……室内にいるけど」

「スカウトの人も来てるんでしたっけ」

「そうそう、全球団から来てるんだぞ」

 

中でも柳谷はかなり注目を集めていて、複数球団にドラ1指名されるのではないかと予想されている。

 

「二回戦敗退でここまで注目されるんですね」

「まあな、それに全国出てなくてもドラ1指名される奴もいるし」

 

柳谷のように打ちまくっているのが前提ではある。二年間連合チームだというのに38本という輝かしい実績を残した逸材を、プロのスカウトは見逃さなかった。

 

「浜矢は新しい変化球覚えるんだったよな」

「はい! フォーク系のを覚えるつもりです」

「フォークは難しいから、粘り強くな」

「それは承知してます!」

 

フォーク系は負担が掛かるし投げるのも難しいが、浜矢はそれでも投げたいと思っている。

中上の想いを引き継ぎたいし、自分の投球スタイル的にもフォークが一番良いと理解しているから。

 

 

「……よしっ、OK! 全員休憩しろよー」

「やったー! もう疲れました……」

「まだ何時間もあるんだから頑張れ」

 

先程の会話から30分後、千秋お手製のドリンクを飲みながら一旦休憩。全員違うメニューではあるが、疲れているのは同じだ。

 

「そういや鈴井は何処ですか? さっきから見当たらないんですけど……」

「もうすぐ来るよ」

 

鈴井は途中で抜けてから戻ってこない。浜矢には方向的に部室の方に行ったという事しか分からない。

 

「お待たせ」

「おー、鈴井待ってた……って、その格好!」

「うん、いろんな意味でお待たせ」

 

鈴井はキャッチャー防具一式を身につけ、浜矢たちの前に現れた。祥雲に敗れたあの日に柳谷が言っていたアイツとは鈴井のことだったのだ。

 

「これからは私が伊吹ちゃんの球を受けるから、生半可な投球なんてさせないからね」

「ああ! 鈴井こそ逸らすんじゃないぞ!」

「誰に言ってるの? 私は絶対逸らさないよ」

 

浜矢は鈴井とバッテリーを組む事に嬉しさを感じているが、とりあえず隣で様子がおかしい千秋が気になって仕方がない。

 

「……せんしゅー、解説よろしく!」

「うんっ! 美希ちゃんは高い捕球能力と送球精度、そして投手それぞれに合ったリードを操る名捕手だよ! これをずっと言いたかったんだぁ〜!」

「美月ちゃんもお待たせ」

 

ようやく真の鈴井の解説が出来て嬉しそうな千秋。鈴井の事をここまで嬉しそうに解説するのは千秋くらいしか居ない。

 

「てかキャッチャー嫌なんじゃなかったの?」

「まあそれは後で……それより早く投げてよ」

「そうだな、話は後にしてとにかく投げるか!」

 

満を辞して同い年バッテリーの投球練習。浜矢は今日初めてボールに触るので、まずは軽めのキャッチボールから。

 

「私捕手やってたこと言ってないんだけど」

「あっ……」

「美月ちゃん経由でしょ? 何となく分かってた」

 

そう、鈴井からは一度も捕手をやっていたなどと言っていない。それなのに浜矢がその事を知っているとなると、千秋か灰原経由としか考えられない。

 

「……打撃の良い人に正捕手の座を奪われてね、捕手をやってたって事を話したくなかったんだ」

「そこに相関性ある?」

「追いやられてショートをやってるって知られたくなかったの」

 

以前浜矢と千秋が話した時に鈴井はプライドが高いから言いたくないのではと予想していたが、それが的中していた。

 

「それに、また捕手をやって席を奪われたくなかったしね」

「けど今やってるじゃん」

「うん……その気持ち以上に、伊吹ちゃんを鍛えたいって気持ちが湧いてきたから」

 

捕手と投手は互いに成長し合えるポジション。だからこそバッテリーの関係は重要なのだが、合点がいかない部分がある。

 

「でもいきなりじゃない?」

「……アイツに、神田に伊吹ちゃんを馬鹿にされたのが許せなかったから」

「そこ関係だったか」

「私は神田を見返したい、伊吹ちゃんはこんなものじゃないって教えたい」

「だから自分が鍛えてやるってか……」

 

冷たく見えて意外と仲間想いな鈴井の考えそうな事だ。だが浜矢はその考えを面白いと感じた。

 

「ビシバシ鍛えてくれよ! 私だって神田をギャフンと言わせたい!」

「伊吹ちゃんならそう言うと思ったよ、もう投げられるでしょ?」

「ああ! 私の球、しっかり受け止めてくれよ!」

「だから誰にそんな事言ってるのってば」

 

浜矢が以前一度だけ受けて貰った時に感じたのは、とにかくキャッチングが上手いということ。

捕球してからミットが一切ブレず、良い音も出すので投手からすればとても投げやすい相手だ。

 

 

「じゃあまずストレート」

「オッケー」

 

あの時は防具付けていなかったので、全力と言っても加減はしていた。しかし今はフル装備なので本気で投げても問題は無い。

ノーワインドアップから放たれた良い回転のストレートが鈴井のミットに収まる。

 

「ナイスボール! いいストレート投げるじゃん」

「まあな! これでも神奈川で防御率2点台だし」

「ノビがあるから高めに投げると活きるね」

「……それ柳谷先輩にも言われたんだけど」

 

至誠の捕手は似たようなことを考えるのか、それとも浜矢のストレートを見た捕手は全員そう思ってしまうのか。普通に考えて後者だろう。

 

(これからもインハイに要求されそうだから、当てないようにコントロール付けないと)

 

ノーコン投手にインコースは要求しにくい。自分がそうならないように、そして強打者を抑えるためにも浜矢はコントロールを身に付けると誓った。

 

「スライダーとツーシームも良いね、カーブは微妙だけど」

「うっ、やっぱカーブはダメか……」

「まぁフォーク覚えればカーブ投げなくても平気だと思うし、早く覚えようね」

「けどどうやって覚えよう……中上先輩も投げられないし」

 

中上はスプリットとフォークもどきは投げられるが、本物のフォークは投げられない。だが浜矢が欲しているのは変化の大きいフォークなのだ。

 

「伊吹ちゃんがよければだけど、オリジナルのフォークを考えるっていうのはどう?」

「オリジナルの?」

 

浜矢がウンウン唸っていると千秋から助言が送られる。オリジナルという事は握りから考えなければならない。

 

「それこそ中上先輩にも手伝って貰って、軌道も握りも伊吹ちゃんだけの物にしちゃうの!」

「……いいなそれ! 私だけの変化球!」

「そう! それにオリジナルの変化球なんてエースっぽくない!?」

「ぽいな! よっし、早速先輩のとこ行くぞー!」

 

スカウトに迷惑はかけないように、と灰原に念を押されてバッテリーは室内練習場へ向かう。

そこでは三年生が練習しているのをスカウトが鋭い視線で見つめており、浜矢たち一年生には少し居心地が悪く感じた。

 

 

「あれ、伊吹に美希? どうしたの?」

「実は先輩にお願いがあるんですけど……」

「お願い? 私にできる事ならいいよ」

 

浜矢は握りも軌道もオリジナルのフォークを作りたい事、その為に協力して欲しいという旨を伝える。

 

「オリジナルねぇ……面白そう! 手伝うよ!」

「やった! ありがとうございます!」

「すみません、いきなりこんな事頼んでしまって……」

「可愛い後輩の頼みは聞きたいのが先輩だから」

 

中上はそれぞれどんな軌道を描くのかを解説しながら、様々な変化球の握りを浜矢に教える。

浜矢はそれを見てどんな軌道のフォークにしようか考えるが、どうにも思い浮かばない。

 

「どういうフォークにするとかは決めてるの?」

「誰も投げた事がないような球ってことしか……」

「ならそうだな〜……斜めに落ちる、とかは?」

「えっ、そんなこと出来るんですか?」

 

浜矢が尋ねると、中上は柳谷を座らせてその一球を投げ込んだ。それは彼女が得意とするスプリットだったが、打者の手元でスライド気味に変化した。

 

「今の見たこと無いんですけど……」

「最近完成したからねー」

「スライド気味に曲がるスプリット……私もそんなフォークがいいです!」

「オーケー、じゃあまずこれがさっきのスプリットの握りね」

 

普通のスプリットと握る位置をズラすだけ。これだけで軌道が変わるのだから変化球は面白い。

 

「スライドするフォーク……スライドフォーク?」

「おっ、いいネーミングセンス! じゃあ私のはスライドスプリット?」

「カッコいいですね!」

「こうやって色々引き継がれていくのって良いね」

 

先輩から後輩へ引き継がれていくのは想いだけではなく、こうして技術も引き継がれていく。

 

「じゃあ握り試してみよっか……けど、かなり時間はかかるからね?」

「それは承知してます! それでも投げてみたいんです……誰にも打たれないような球を」

 

そんな球が存在しないのは理解しているが、打たれる確率が格段に低い球を生み出すことはできる。

であれば、浜矢はそんな球を開発するだけだ。

 

「分かった、じゃあ色々試そう」

「はい!」

 

まずはスタンダードなフォークの握りから。普通のフォークが投げられなくても平気だが、投げられた方がアレンジがしやすくなる。

基礎をこなしてから応用に挑戦する方が分かりやすいのと同じだ。

 

 

「難しい……」

「フォークはねぇ……私も投げられないし、ちょっと苦戦しそうかな」

 

しかし基本ですらそう簡単にはいかず、すっぽ抜けて高めに行ったり地面に叩きつけてしまったりと苦戦している。

 

「でも時間は沢山ありますし、頑張ってみます!」

「その意気だよ! 私も時間ある時は手伝うし」

 

もしドラフトで指名されれば中上らは1月に球団の寮に入る。それが終わると新人合同自主トレや春季キャンプが待っている。

つまり浜矢が教えて貰えるのは年内まで。あと四ヶ月でこの変化球を完成させなければいけない。

 

「……間に合わせなきゃな」

「ん? 何か言った?」

「いえ、何でも! 握りは分かったので、先輩も自分の練習をしてて下さい!」

「そう? じゃあ遠慮なく」

 

浜矢は先輩たちがここから居なくなる前に、どうしても見せてあげたかった。自分が成長した姿を。


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