君色の栄冠   作:フィッシュ

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第30球 プロになるということ

浜矢はスライドフォークの開発に向け、鈴井や中上と練習を行なっている。

かれこれ一週間スライドフォークの練習だけを続けているが、全く完成する気配は無い。

 

「ん〜……難しいなぁ」

「フォークは投げられるようになったんだけどね」

「けど制球効かないですし、もうちょっとフォークの精度も上げてからの方が良いですかね?」

「どうかな? スライドフォークを制球しやすい握りにすれば平気だと思うけど……」

 

握りもまだまだ試行錯誤中。そもそもスライド気味に曲げる、という事しか決まっていないのだから当然だが。

 

「よーっす、やってるねぇ」

「糸賀先輩! 今日はグラウンドなんですね」

「そうそう、スカウトの人がマシンも見たいって」

「なるほど……そういえば木製なんですね」

 

プロや大学に入れば木製バットのみを使用する。

夏が終わってからすぐ使い始めて、高校生のうちに慣れておけというのは灰原談。

 

「いやー、木製難しいよ。神奈の凄さを実感した」

「キャプテンって一年生の頃から木製使ってたんですか?」

「そうそう。入部の時にも木製持ってきてて、凄い新入生が入ってきたなと思ってた」

 

一年生が木製バットを担いで来れば周囲は驚くだろう。しかもそれで結果を残しているので余計に。

 

「キャプ……柳谷先輩は苦戦してるんですか?」

「最近慣れてきたっぽいよ? めっちゃ飛ばしてる」

 

糸賀曰く、最初と比べて打球の伸びが違うのだと。

そんな柳谷はスカウトに打撃は知っているので守備の実力も知りたいと言われ、室内でノックを受けている。

 

「木製ってどこが難しいんですか?」

「まず芯が狭すぎるんだ、金属とか最悪根本でも飛んでくでしょ? 木製でそれやったら折れるからね」

 

糸賀はコンコンとバットを指で叩いていき、音が変わった箇所を何度も叩いた。

 

「ここだけ音が響かないでしょ? 木製の芯ってこの部分だけなんだ」

「狭っ……ここじゃないと打てないんですよね?」

「打てない事もないけど、さっきも言ったように折れる可能性が高くなるし、めっちゃ手が痺れる」

 

その衝撃はしばらく残る上に手に豆が出来やすくなる。木製にムービング系が有効な理由が分かったと糸賀は付け足す。

 

「芯で捉えた場合、木製の方が飛んでくって聞いた事あるんですけどアレって本当なんですか?」

「ほんとほんと、真衣とか金属の時より飛ばしてるし。まあでもそういうのは技術ある人だけなんだろうけど」

 

力任せに打ったところで技術が無ければフライを飛ばすことすら出来ない。それが木製の難しいところであり、面白いところだ。

 

「……なんか、本当にプロになっちゃうんですね」

「なに〜? 寂しい〜?」

「正直、凄く寂しいです」

 

右も左も分からない自分に、優しく教えてくれた先輩たち。実力もあり、チームとしても浜矢個人としても居なくなってほしくない。

 

「でも居なくならなくちゃいけない……それが高校野球だから」

「悲しいけど、先輩達がまた一つ上の舞台に行くって事ですもんね! 応援しますよ!」

「ありがとう、まぁ指名されなきゃ大学だけど」

「先輩たちなら大丈夫ですよ!」

 

予選でも全国でもこの三人は素晴らしい成績を残している。素行不良というわけでもないので、余程の事がない限りは指名されるだろう。

 

「嬉しいこと言ってくれるね〜! んじゃ、そろそろマシン打たないと」

「ですよね! すみません、時間を頂いてしまって」

「いいっていいって!」

 

糸賀はスカウトに礼をしてマシン打撃を始める。本人はまだ苦戦していると言っていた木製も、外野から見たら十分対応出来ているように見えた。

 

 

「伊吹もいずれ木製で打てるようにならないとね」

「キャプテン……ですよね」

「最初は大変だと思うけど、慣れれば打てるから」

 

木製でヒットを量産している金堂が言うと説得力がある。しかし彼女は簡単そうに木製で打っているが、三年生ですら苦戦しているのを見ると金堂は凄いのだなと、浜矢は改めて思う。

 

「キャプテンも最初は苦労したんですか?」

「勿論。でもずっと木製で打ちたかったから」

「その理由って教えて貰えますか?」

「特に深い理由は無かったんだよ? ただ単にプロの選手が使ってるのと同じのを使いたかっただけ」

 

それで打ててしまうのだから恐ろしい。彼女はプロの球に目が慣れてしまえば、現段階でもある程度は打てるだろう。

 

「正直私、バットの事とか詳しくないんですよね……バランスとか」

「今使ってるのってどれだっけ?」

「えーっと、確かミドルバランスってやつです」

「一番振り抜きやすいし、良いと思うよ」

 

浜矢は店でマイバットを買う際、店員にミドルが初心者向きだと言われたのでそれを使っている。

彼女は他のバランスのバットを振ったことが無いので、真偽の程は分かっていない。

 

「あとはトップと……何でしたっけ?」

「カウンターね」

「それです! それの違いが分からないんですよね、どういう打者が向いてるのかとか」

 

当然だがバットによって違いがあり、打者のタイプによって使いやすいバットも違うのだが浜矢はよく分かっていない。

彼女はとりあえずミドルが使いやすくて初心者向きらしいという程度の知識しかない。

 

「まずトップはその名の通りバットの先端に重心があるタイプね、操作性は低いけど上手く振ってあげれば飛距離は出るよ」

「確か柳谷先輩はトップでしたよね」

「パワーヒッターが使ってるイメージがあるかな」

 

柳谷は上手くバットを扱えるので難しいトップバランスのバットでも飛ばすことができる。

 

「そしてミドルバランスは、とにかく振り抜きやすいのが特徴。操作性も飛距離も真ん中だから初心者にも安心」

「だから私はミドルをオススメされたんですね」

 

実際に浜矢は振りやすいと感じたので店員のオススメは間違っていなかった。いくら振り抜きやすくても打者の技術が無ければヒットは打てないという事を彼女は証明してしまったが。

 

「最後がカウンターバランス、操作性は高いけどあまり飛距離が出ないタイプだね。ちなみにカウンターは短く持つのが良いらしいよ」

「バットは短く持ちたくない派なんですよね……」

「ならトップかミドルだね」

 

トップは操作性に難があり、今のバットを振り抜きやすいと感じているのであれば変える必要は無いだろう。

 

「木製って長さとか重さを自由に変えられるんですよね?」

「そうだね、私のは87cm840gだよ」

「えっ、軽くないですか? それに長い……」

「私はとにかくどんなコースでも打ちにいくからね、操作性を重視してるんだ」

 

こうなったら他の選手のバットも気になるので、浜矢は手始めにマシン打撃を終えたばかりの糸賀に声を掛ける。

 

「糸賀先輩! バットってどれくらいの長さと重さですか?」

「んー? 私のは確か85cmで900gだよ」

「キャプテンのと比べると重いですね」

「神奈のが軽すぎるだけなんだけどね」

 

近年は軽いバットを使用する選手が増えてきているが、それでも金堂の840gというのは軽すぎる。

 

「柳谷先輩はどうですか?」

「えっ、私? ……86cmで950gだったかな」

「重っ! ほぼ1kg振り回してんのね……」

「まぁパワーはあるからな、プロの球に対応出来なかったら軽くするつもり」

 

こうやって微調整を加えられるのも木製の強みだ。なおコスパは非常に高い模様。

 

 

「今まで高卒の選手が打てないのは木製に慣れてないからだと思ってたんですけど、プロの球に対応出来ないってのもあるんですね」

「速さも変化量もキレも段違いだからなぁ」

「それにコントロールも良いしね」

「だから高卒は出てくるまで5年待てとか言うんですね」

 

高校からプロ、社会人などに行くと一気にレベルが高くなる。それに加えて慣れない木製バットに狭くなったストライクゾーンが壁となり、余計に打てなくなる。

 

「まぁ私は一年目からレギュラー狙ってくけどな」

「さっすが真衣! 私は一軍上がるの目標かなぁ」

「私は開幕一軍狙ってくよ!」

 

それぞれゴールは違えど、シーズンの最後に一軍に居るというのは一致している。

本当に高卒一年目の選手がレギュラーになった場合、そのチームのファンは大歓喜するだろう。

特に柳谷。もし高卒捕手がレギュラーなんて事態になれば、向こう10年は捕手の心配をしなくて済む。

 

「先輩方なら出来ますよ」

「私もそう思います!」

「ほんと〜? ありがと、一軍定着できるように頑張るよ」

 

良くしてもらった先輩たちがプロで活躍する姿を見たいというのは、後輩なら当然の思いだろう。

 

「よしっ! 私も練習頑張ります!」

「私も手伝うよ」

「ありがとうございます! 目指せスライドフォーク完成!」

 

一刻も早くスライドフォークを完成させ、プロ注目の選手達すら手玉に取るような投手になりたい。

その為に浜矢は今日も、スライドフォークの開発を進めていく。


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