君色の栄冠   作:フィッシュ

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第33球 卒業式

3月3日、至誠高校の卒業式当日。

つまり、今までチームを最前線で引っ張ってくれていた三年生の卒業の日。同じ立場の後輩は野球部以外にも大勢いるので、周囲は涙を流している生徒だらけ。しかし、それは野球部も同じな訳で。

 

「せんぱいいい〜!!」

「ちょっ、悠……涙と鼻水が……」

「そつぎょうじないでぐだざい〜!!」

「無茶言わないでよ……」

 

留年でもしなければ不可能だ。しかも留年したら公式戦に出られないので意味がない。ただ、全員菊池の言うことも分かる。頼りになる先輩に居なくなって欲しくないのだ。

 

「伊吹は意外と落ち着いてるんだな」

「まあ、泣いてても仕方ないというか……それに先輩たちが居なくなるってことは、自分が先輩になるってことと同義ですから」

「先輩としての自覚、か」

 

それに浜矢は祥雲戦後に号泣した後、これ以上涙関連で誰かに迷惑をかける訳にはいかないと決めていた。それを実行出来るのは凄い。

 

「新入生は何人入るのかな……」

「スカウトは順調だったって聞きましたけど」

「とはいえ人数制限とかあるからなぁ」

「先輩達の穴を埋められるような後輩が入ってきたら、嬉しいんですけどね」

 

今の浜矢では中上の穴は埋められないし、鈴井も柳谷の穴を埋めるには打力が不十分。後輩と力を合わせて穴を埋められるのが一番だ。

 

「流石にそれは厳しいだろ、今年の三年生って全国でも際立ってる選手だし」

「ですよねぇ……けど有名選手とか入ってきてくれたら良いなぁ」

 

中学生の時点で名前が全国に知られてるような選手とか、素材型のポテンシャルお化けとか。ただ、そんな選手が至誠に入学してくれる可能性は低い。体罰事件からそこまで時間も経っておらず、それに設備の問題もある。

 

「プロでも変わらず活躍してくれよ」

「任せてください、新人賞獲っちゃいますよ!」

「負けてたまるか」

「案外私が獲るかもよ〜?」

 

三年生は全員パ・リーグに行ったので、三人で新人賞を争う形になる。今まで同じチームで仲間として互いを高め合ってきた彼女たちは、今度は違うチームのライバルとして競い合う。

 

「5年以内ならセーフだから、全員獲れる可能性もあるけどな」

「それだと最低でも二年間は燻ってる選手が出ちゃうんで……」

「高卒なら2年くらい別にいいと思うけどな」

 

“高卒は5年待て”とプロ野球界ではよく言われている。ただ日本を代表するクラスの選手であれば3年目辺りには頭角を現していることも多い。

この言葉には高卒の選手に発破を掛ける今も含まれているのかもしれない。高卒5年目と言えば大学に進学した同級生が入団する年なので、そこまでに目立っておかなければ首が危ないと遠回しに言っている可能性もある。

 

「来年は神奈たちの番か……待ってるよ」

「必ずシーガルズに行きますね!」

「……散らばってもいいと思うけどな」

「敢えて全員違う球団とか?」

 

それはそれで面白そうだが、浜矢的には誰とも同じチームになれないのは寂しい。出来れば一人は同じ球団にいて欲しい。

 

「そういえば監督、来年の新入生は何人入ってくるんですか?」

「五人のスカウトに成功したぞ」

「おお! 一気に賑やかになりますね!」

「結構良い選手も獲れたし、楽しみにしててな」

 

灰原の嬉しそうな表情を見るに、本当に良い選手が獲れたのだと分かる。あんなに嬉しそうな灰原は誰も見た事がない。

灰原の顔を見ていた浜矢はそう思っていたが、一瞬だけ切ない表情をしていたのを見逃さなかった。

 

「……監督?」

「いやな、この時期は慣れないなと思ってたんだ」

「慣れない?」

「新しい選手を獲るって事は、誰かが居なくなる……分かってても淋しくなるんだ」

 

選手ならまだしも監督という立場ではあまり時間が取れず、少しだけ会うということすらも難しい。自分からは会いに行けず、向こうから来てくれるのをただ待つだけ。それは淋しくなっても仕方ない。

 

「青羽も言ってたが、この世代は優れた選手揃いだったから特にな……」

「手塩にかけて育てても、3年でいなくなっちゃいますもんね」

 

灰原的にはもっと長くいて欲しい。プロと高校の一番の違いは選手の入れ替わりだ。プロは勿論入れ替わりが激しいけど、ある程度の成績を残していれば戦力外になる事はまず無い。それに対して高校は成績に限らず3年で居なくなってしまう。

定期的に上の舞台に選手を送り込めるのは喜ばしいことだが、世代交代の難しさも考えると3年限りというのは結構キツい。

 

「いつまでもクヨクヨしてちゃいけないんだけどな、浜矢たちにも期待してるし」

「今年も全国行きますよ!」

「……ああ、楽しみにしてるよ」

 

自分の想いだけではない、三年生の想いも乗せている。今年もまた蒼海大や京王義塾あたりが立ちはだかるとは思うが、全て乗り越えていくしかない。

佐久間、飛鷹、斑鳩、大鷲、孤塚……そして神田。この1年で浜矢にこんなにもライバルが出来た。野球をしていなければ見ることの出来なかった世界、これからも楽しむと心に誓った。

 

 

「……柳谷、中上、糸賀! 卒業おめでとう」

「ありがとうございます!」

「これから先、今までとは比べ物にならない困難が襲ってくるだろう、だけど三人なら大丈夫だ! それにいつだって私に頼ってもいい、無理だけはしないようにな」

 

灰原が優しく微笑んでそう言うと、ずっと泣いている後輩を慰める側だった三人が泣き始める。

 

「あーあ、泣かないって決めてたのになぁ……」

「監督ズルいですよ……」

「そんなの言われたら泣くに決まってるじゃないですか!」

「子供は強がってちゃダメだぞ?」

 

彼女たちが先輩として、後達に気を遣って泣かないでいたのを見抜いたのだ。チームの中では一番頼りになって大人びている3年生とはいえ、やはり本物の大人には敵わない。

 

「そして二年と一年! 二年生は最上級生に、一年生は先輩になる……大変だとは思うが周りを頼れよ」

「はい!」

「最後に全員に言っておくが、絶対一人で抱え込むなよ! 周りを見れば、必ず手助けしてくれる人はいるはずだ」

 

浜矢には鈴井や千秋、そして新たに三年生となる先輩たちに灰原や小林もいる。そして卒業する三人も、プロに行けば周囲は歳上しか居ないので頼れる人はいる。

 

「来年自主トレの時期になったら戻ってこい、その時に全員笑顔で再会するぞ!」

 

灰原が強く言い切った瞬間、心地の良い風が吹く。桜の花びらが風に乗って舞い散り、まるで彼女たちを祝福しているようだった。

来年のこの時期にはまた別れがやってくるが、その時の浜矢たちは一体どんな表情をしているのか、卒業する金堂たちはどんな目標を掲げるのか。


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