君色の栄冠   作:フィッシュ

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第4球 実力チェック

「今日はダブルヘッダーだからね! みんな気合い入れていこう!」

「オーッ!!」

 

ベンチの前で円陣を組み、千秋の声出しに応じて叫ぶ至誠ナイン。

本日の試合は午前に一試合をして昼休憩、そして午後も一試合のダブルヘッダーだ。

 

「一試合目は一年メインで、二試合目は出てないメンバーを出すぞ! 連続で出るメンバーもいるがアピールのチャンスだと思え!」

「だからダブルヘッダーなんですね」

「ああ、全員の実力を一日で見られる良い方法だろ?」

 

千秋が考えてくれたんだ、そう灰原が言うと千秋に対しての拍手が起こる。

照れ臭そうな表情でその拍手を受け止める千秋。

 

「では一試合目のスタメンを発表します!」

 

千秋から告げられた一試合目のスタメン。

 

一番レフト 荒波友海

二番ショート 三好耀

三番ファースト 金堂神奈

四番サード 山田沙也加

五番レフト 青羽翼

六番セカンド 石川灯

七番センター 岡田早紀

八番キャッチャー 伊藤彗

九番ピッチャー 洲嵜真理

 

予定通り神宮以外の一年生がスタメンとなった。

その神宮もリリーフ登板の予定なので、一年生は全員出場ということになる。

 

「クリーンナップは先輩たちなんですね」

「まぁ折角なら勝ちたいしな」

 

それに加え、山田と金堂以外にファーストとサードを守れるのは石川しかいない。

石川を本職で採用する以上、この二人が二試合連続で出場するのはやむを得ない事だった。

 

「一年だからって遠慮するなよ、暴れてこい!」

「はいっ! 打つぞー!」

 

一番に入る荒波の打席から試合が始まる。

相手先発の球種はスライダーとスプリット。追い込まれるまで変化球は捨てると決めて打席に入る。

その狙いは的中し、二球目のストレートを弾き返して高校初打席でヒットを放った。

 

「ナイバッチ!」

「あざっす!」

 

荒波の長所はその俊足だ。当然本人もそれは自覚しているので盗塁のサインが出るかとベンチを見るが、三好が集中してバッティングに臨めるよう、この場面は盗塁禁止のサインが出る。

 

(三好は粘って四球狙いで)

 

ヘルメットを触って了解の合図を出し、左打席に立って投手と向き合う三好。

彼女は類稀な選球眼とカット技術を持ち、中学時代に多くの四球を選んできた。

灰原もそこを評価して至誠にスカウトをした。

 

そしてその評価通り際どいコースはどんな球でもカットし、少しでも外れれば見逃して四球で出塁。

 

「ナイセン」

 

一塁上でグータッチを交わす菊池と三好。

三好はさも当然と言わんばかりの涼しい顔をしている。実際彼女はあへあへお散歩ガールなので本人からすれば当たり前のことだ。

 

 

「初回から点取るぞ、クリーンナップ頼んだ!」

「はい」

 

金堂が足元をならしてからバットを構える。相変わらず気持ち悪い(褒め言葉)フォームだ。

 

(友海の脚なら単打でも帰って来れそうだけど、狙うのは打球判断が簡単な……レフト線!)

 

狙いを研ぎ澄ませ振り抜いたバットは、白球を強く叩いてレフト線を破るヒットを生んだ。

 

「回れ回れ!」

「耀はストップ!」

 

ベンチからの声で荒波は三塁を蹴りホームイン。

三塁コーチャーの浜矢の指示で三好はストップ。

1点を取り、さらに一・三塁の状況だ。

 

その後も山田のタイムリーで1点を追加し、2点リードで1回裏の守備を迎える。先発のマウンドに立つ洲嵜の元に伊藤が近寄る。

 

「緊張してる?」

「別に普通かな」

「なら良かった、思い切り投げてきて」

 

マウンド上でグラブタッチをし、バッテリーは投球練習を始める。

 

(今日はスラーブあんまり良くないな……スクリューは良さそうだしそっちメインで組み立てるか)

 

今日の洲嵜はスラーブの曲がりは悪いが、スクリューはキレのある良い球を投げていた。

伊藤はそれを踏まえて配球を組み立てようと判断した。捕手に必要なのはこの柔軟性。

 

「どれくらい出来るか楽しみだな」

「私は嫌ですよ……同じチームにライバルとか」

 

洲嵜の投球を楽しみにしている灰原と、不安を覚えている浜矢。

それもそのはず、浜矢からすれば自身が狙っているエースの座を奪われるかも知れないのだから。

 

(私が洲嵜より良い投球すればいいだけなんだけど、アイツ中学から凄い奴だしなぁ)

 

そもそも持っているものが違う、そう思い込んで自信を失っている様子だ。

そんな浜矢を尻目に守備は始まってしまう。

 

(内角にストレート、コントロールミスらないでよ)

 

そんな事は当たり前だろ、と言いたげな表情で洲嵜はサインに頷く。インを突くストレートは、正確な軌道を描きミットに収まった。

洲嵜が一番得意としている内角へのコントロール、それをこの一球で見せつけた。

 

その後もパームとスクリューで三球三振。

二番、三番も完璧に打ち取っていき、初登板の一年生が圧倒的な実力を見せつけた。

 

 

2回表の攻撃は岡田から。

当てることを重視している彼女は、バットを短く持っている。

 

岡田のパワーでは飛ばせても内野まで。だが彼女には特筆すべき武器がある。

投手がモーションに入ってからバントの構えを見せる。セーフティーバントだ。

三塁線に転がった打球を三塁手が掴んだ時には、岡田は既に一塁付近まで走っていた。

 

「脚はやっ……」

「さすが元陸上部って感じだね、トップスピードに乗るまでが速い」

 

鈴井の分析通り、岡田は陸上選手の中でもトップスピードに乗るまでにかかる時間が短い。

だからこそ陸上界でその名を轟かせたのだ。

 

「彗ちゃんはどうしましょうか」

「初めての打席だし打たせるぞ」

 

灰原はヒッティングのサインを出し、伊藤は頷く。

三好と似て選球眼が良い選手である伊藤、この打席もその持ち味を生かし好球必打で出塁。

 

(洲嵜はバントだな)

 

バントのサインを出し、そのサイン通り洲嵜はきっちり送りバントを決める。

 

「洲嵜って打撃はどうなの?」

 

ノータイムでバントのサインを出された先程の打席を見て、疑問を抱いた浜矢が鈴井に尋ねる。

 

「投手ってセンスのある人がやるから打力もあるパターンが多いんだけど、真理は正直打撃センスはないかな」

「ふーん……そういや中上さんも打撃良かったな」

 

脚があって小技も上手く、恐らく鍛えれば覚醒する素材なだけに今まで打撃を磨いてこなかった事を勿体無く思う鈴井。

 

 

試合は進み5回裏、3対1で至誠が2点のリード。

この場面で灰原が選手交代を告げ、神宮がマウンドに上がる。

 

「じんぐー抑えてこいよ!」

「もちろんですよ! 見ててくださいね!」

 

高校初投球は決め球であるスライダー。

打者に向かっていき、あわや外角のボール球と思うまで曲がるそのスライダーに打者は手も足も出ず空振り。サイドスロー特有の軌道だ。

 

「曲がりえっぐ」

「あんなスライダー投げられる投手が居たんだな……」

 

数多の名投手と対戦してきた山田と青羽でさえも唸らせるスライダー。

そのスライダーを軸に組み立てて最初の打者は三振に切る。実力は十分、誰もがそう思っていた。

 

「ボールフォア!」

「おいおい、満塁だぞ……」

 

神宮はその後ヒットと四球でワンアウト満塁のピンチを招いてしまう。彼女の唯一にして最大の弱点であるコントロールの悪さが出てきた。

 

(ここからが本番だもんね!)

 

マウンドに立つ神宮の目つきが鋭くなった。

そこからの投球は、まるで別人のようだった。

キレが増した変化球にゾーン内で散らばる荒れ球のストレート。ワンアウト満塁から二者連続三振で無失点の投球を見せる。

 

「胃が痛くなる投球はやめてくれよ」

「けどこれが私の投球スタイルなので」

「知っててスカウトしたけど、実際見ると思ったよりもハラハラするな……」

 

四死球と甘く入った球を痛打されて場を悪くしてから完璧に抑えるという、典型的な劇場型投手。

中学時代からずっとその様な投球をしてきた神宮だが、ベンチからすれば堪ったものではない。

 

その後はお互い無失点で切り抜け3対1のまま試合は終了。至誠は今年度初の試合を白星で飾った。

 

 

 

昼食と観戦を挟み午後の試合が始まる。

この試合の先発メンバーが発表された。

 

一番セカンド 菊池悠河

二番ショート 三好耀

三番サード 山田沙也加

四番レフト 青羽翼

五番ファースト 金堂神奈

六番キャッチャー 鈴井美希

七番ピッチャー 浜矢伊吹

八番ライト 荒波友海

九番センター 岡田早紀

 

二・三年生はフル動員、一年生はポジションが被っていない選手のみの出場となった。

 

「岡田9番じゃん」

「納得はしてます……納得は……」

 

納得はしているが悔しさはある様子だ。岡田と荒波と比べるとまだ浜矢の方が期待できるというのがベンチの考え。なお、どんぐりの背比べな模様。

 

ただ浜矢は去年より身体が大きくなり、パワーもある程度付いて打球速度も上がってきた。

偶然とはいえあの佐久間から本塁打を放った実績もある。あの打席を見て彼女に打撃センスがあると感じた灰原は、浜矢を育てる名目で7番に置いた。

 

「伊吹ちゃん、しっかり抑えよう」

「当然! 洲嵜には負けてられないしな!」

 

試合が始まればいつも通りの浜矢だ。

さっきまでの自信のなさはどこへ行ったのか、洲嵜に対抗する気でいる。

 

(ストレートで押してこう)

(アレはまだお預けか……分かった)

 

浜矢の一番の武器と言えるノビと球威のある直球。

高めに投げられたそれは実力ある打者でも簡単には打てない。完全に振り遅れた空振りでストライク。

次は変化球でストライクを取り、出されたサイン。それを見た浜矢は一瞬目を丸くした後、嬉しそうに頷く。

 

先頭打者への勝負の一球。

真っ直ぐの軌道を描き手元へ向かったボールは、打者の手元で斜めに曲がりながら落ちていく。

 

「ストライク! バッターアウト!」

「おっし! 完璧ー!」

 

浜矢の新変化球であるスライドフォークは、変化こそ小さいが珍しい軌道で相手打者を翻弄する。

だが鈴井はその変化に合わせて、地面にバウンドする前にガッチリと掴んだ。

 

(今のを捕れるのか……やはり鈴井先輩は捕手の方が向いてる気がする)

 

ベンチで伊藤が鈴井のポジションの適性を考える。

鈴井のセンスと努力があれば、どのポジションでも平均以上の守備が出来るが、それでも捕手が一番だと伊藤は評価する。

 

そしてこの三振によって勢い付いた浜矢は、三者連続三振で抑え洲嵜と同じスタートダッシュを切る。

 

 

1回裏、ツーアウト二塁で青羽の打席。

高校に入学してから初めて四番に入った彼女はやる気に満ちていた。

 

(今までだったら振り回していたが、今は四番だ。ランナーを返す事が仕事なんだ)

 

初球の難しい球には手を出さないで見逃す。

昨年までの青羽であったら、無理矢理打ちにいって凡退していた球だ。

 

(柳谷さんみたいには私だってなれない、けどあの人に近い成績を残す事は出来るはずだ!)

 

二球目は内角高めにすっぽ抜けたスライダー。

もちろん青羽がそんな絶好球を見逃す筈もなくバットを振り抜く。

 

次の瞬間打球はフェンスへ突き刺さる様に当たり、グラウンド内にポトリと落ちた。

 

「ツーラン! ナイス翼ー!」

「青羽先輩すげー!」

 

ベンチでは全員が盛り上がり、青羽がダイヤモンドを一周しベンチに戻ってくるのを今か今かと待ちわびている。

 

(考えてホームランを打てたのは初めてだ……これが四番の仕事か)

 

珍しく笑顔を浮かべ、ベンチでハイタッチに応じる青羽。

 

「青羽せんぱーい! ナイバッチです!」

「ああ、私が打ったんだから抑えてな」

「はいっ!」

 

青羽からの激励もあり、浜矢は7回を2失点で抑える好投を見せる。打線も爆発し6得点、二試合連続で白星を飾る。

 

「今日は二試合とも良い勝ち方が出来たね! 大会に向けてもっと試合を組むから、更に実力を付けていこう!」

 

千秋の声でダブルヘッダーは締め括られた。

試合前は少し緊張していた様子だった一年生も、今では自信に満ち溢れた顔をしている。


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