君色の栄冠   作:フィッシュ

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番外編 勉学に励め

ほのかに暖かさを感じる季節となった。

一軒家が並ぶ朝9時の住宅街に、活力の溢れる声が響く。

 

「お邪魔しまーす!」

「灯ちゃんいらっしゃい、彗なら部屋にいるわよ」

「はーい!」

 

石川は慣れた足取りで二階にある部屋に向かおうとしたが、伊藤の母に呼び止められた。

 

「これくらいしかないけれど、二人で食べて」

「ありがとうございます! これ食べて勉強頑張りますね!」

「うふふ、頑張ってね〜」

 

伊藤の母からお菓子と飲み物の乗ったお盆を預かり、笑顔で二階へ上がる石川。

 

「けーい! 開けてー」

「灯、いらっしゃい」

 

自室のドアを開き伊藤が石川を招き入れる。

 

「相変わらず頭良さそうな本が多い……野球関連の本も増えたね」

「……今日は勉強会だからね?」

「分かってるって〜」

 

躊躇いもなく部屋を物色する石川に、その行動自体には何も言わない伊藤。

その遠慮の無さは二人の付き合いの長さを感じさせる。

 

「赤点取りそうなのはどれ?」

「どれも赤点は取りそうにないけど……強いて言うなら数学かな」

「理系科目得意じゃないもんね」

 

石川は文系、伊藤は理系科目が得意。

お互いの苦手な分野をカバーし合えるという点でも、この二人は良いコンビだ。

 

「因数分解と展開が分かんない……」

「だいぶ初期で躓いてるじゃん、見せて」

 

理系科目は苦手と言いつつ最低でも50点は取れる石川だが、高校に入ってからは授業について行くのすら精一杯の様子。

 

「この数式は……法則があるんだよね」

「マジで!? 教えてー!」

「ここに書いてある公式に当てはめて……」

「あー……なるほど!」

 

口で言われた時は理解出来なかったが、伊藤がノートに問題の答えを書きながら法則に当てはめていくと納得といった表情を浮かべた。

 

「これ覚えれば簡単だな! ありがとう」

 

(……授業で言ってたと思うんだけどなぁ)

 

そうは思ったが口にはしなかった伊藤。

大方寝ていたか聞き逃していたのだろうと予想する。実際のところは、起きていたのに守備の事を考えていて聞き逃していた。

 

 

二人が伊藤家で勉強している一方、至誠の学生寮でも同じような事が行われていた。

荒波は寮生ではないが近所という事もあり、こちらの勉強会に参加している。

 

「二人とも厳しすぎるんだけど!」

「アンタらが基礎分かってればこんな厳しくしないんだけど?」

「基礎すらボロボロとはね……」

 

弱音を吐く神宮に対し、呆れながら現状を教える三好と洲嵜。岡田、神宮、荒波の三人は基礎の部分すらも理解していなかったのだ。

 

「数aはまだ簡単な方だと思うんだけどなぁ……」

「九九分かっとー?」

「流石に九九くらい言えるわ!」

 

三好の発言に勢いよく反論する荒波。

ここまでの間違い具合を見ると、三好がそう思ってしまうのも無理はなかった。

 

「一学期の最初の所でここまで躓けるのは逆に才能だと思う」

「中学の範囲も分かっとらんかったらこんなもんやと思うけど」

 

勉強会が始まって既に一時間が経過している。

教える側の二人はお疲れの様子だ。

 

「とにかく、今日中に数Iと数aは終わらせるよ」

「早紀と友海は私が何とかするから、そっちは任せたよ」

 

気合を入れ直した二人がペンを手に取り、指導を再開する。その二人のオーラに怯えつつも、逃げ場はないと悟った三人は諦めの表情を浮かべている。

 

 

後輩たちがそんな事になっているとは知らず、浜矢は自室で黙々と勉強を進めていた。

試験勉強用に配られたプリントを解いている最中、近くに置いておいたスマホが鳴る。

浜矢が携帯に目をやると、二年生だけのグループに千秋からのメッセージが送られていた。

 

《働くとも勉強は進んでる?》

《私は今やってる最中だったよー。バッチリ!》

《私もやってた。点数なら問題ないよ》

 

浜矢が真っ先に返信し、次いで鈴井もメッセージを送る。

 

《伊吹ちゃんはちゃんと時間取れてる?》

《自由時間減らせば勉強出来るし心配しないで》

《それはそれで心配になるけど?》

 

浜矢の発言に鈴井が心配のメッセージを送る。

彼女は顔を合わせていると言えないが、メッセージでは浜矢を気遣った言葉を送る事が多い。

 

《そろそろ休憩するから安心して!》

《特待生ってどれくらい点数取ればいいの?》

《評定4.0以上らしいから、多分80くらい?》

 

特待生審査に通るには、一年間の評定が4.0以上必要となる。部活もしつつ、常に80点以上をキープしなければならないのは厳しいだろう。

 

《まあ至誠の偏差値を考えたら普通にいけると思ってるよ》

《油断はしないでね》

《分かってるよ〜》

 

その後は野球の話に移り、図らずとも浜矢は休憩を強いられることとなった。

結局三人は一時間近く野球関連の話をし続けており、話が終わる頃には勉強をする気も起きなくなっていた。

 

《話しすぎたな……》

《まぁ休憩は大事だしね》

 

三人とも集中すれば休憩を忘れるタイプだ。

だからこそ千秋はメッセージを送り、休ませようとしたのだろう。もう何通かメッセージを送り合いこの場での会話は終わった。

 

 

 

時は過ぎテスト返却の当日。

担任の小林からテストを受け取った千秋と浜矢は、ホッと息をついていた。

 

「伊吹ちゃんどうだった?」

「英語以外はバッチリ!」

「やっぱり? 英語は何点?」

「66……」

 

しかしそれ以外の科目はとれも85点以上を取っており、浜矢の学力の高さが窺えた。

 

「66点でも十分だと思うなぁ」

「せんしゅーは?」

「もちろん問題なしだよ!」

 

そう言って千秋は自身のテスト用紙を見せた。

そこには80点以下の点数は書かれていなかった。

 

「練習メニュー考えたりデータ収集したり……いつ勉強してんの?」

「流石にテスト期間は勉強に集中してるよぉ」

「あ、そうなんだ」

 

二人のやり取りを聞いていた小林は微笑んでいた。

自身が担当する生徒が好成績を残している、それは顧問としても担任としても喜ばしい事だからだ。

 

「一年の馬鹿トリオはどうなったかなぁ」

「馬鹿トリオってまさか……」

「じんぐーと岡田と荒波」

「だよねぇ……多分平気だと思うけど」

 

苦笑いを浮かべながら後輩たちを心配する二人。

その会話を聞いた小林もまた、苦笑いを浮かべていた。

 

体感では久しぶりとなる授業を終え、放課後を迎える。浜矢と千秋は部室に一番乗り。

 

「一年全員赤点回避しましたよー!」

「おっ、マジか! 頑張ったなー」

「今までで一番勉強しましたよ〜」

 

部活の時間になり、部室に入ってくるや否やテストを見せびらかす例の一年生三人組。

確かにその紙に赤点を示す点は書かれていなかった。

 

「石川は?」

「私は平均以上取りましたよ、理系科目以外は……」

「あ、苦手なんだ」

 

理系科目が得意なのは彗の方です、と言いながら伊藤を指差す石川。それはイメージ通りだったらしく浜矢は納得したように頷く。

 

「ハマ先輩はどうなんですか?」

「ほれほれ」

「たっか! めっちゃ頭良いんですね!」

「意外ってよく言われる〜」

 

浜矢は普段の様子から頭が良いイメージは無い。

しかし実際はこのように成績優秀な生徒だ。

 

「三年生……というか、金堂先輩以外はどんな感じですか?」

「ふふん、バッチリ回避したよ!」

「あったりまえだよなー!」

「……おう」

 

山田、菊池、青羽も全教科最低でも50点以上は取っている。全部員が赤点ギリギリより余裕を持って中間試験を乗り越えられた。

 

「全員赤点なしって事で、これからは練習に集中していこう!」

「やーっと野球だけできるー!」

「監督! 今日は内野ノックやって下さい!」

「はいはい」

 

テストが終わって気分が良い部員が、グラウンドへ駆け出す。それを見てから灰原や成績優秀な部員も部室を飛び出していく。

 

(普段からやればもっと成績良くなるのになぁ……勿体無い)

 

灰原はそんな事を思いながらも、野球を楽しんでいる部員の存在に喜びを感じていた。

 

「さあ! 久しぶりにいつも通りの時間までやるぞ、飛ばしていくからなー!」

「ハイッ!!」

 

初夏の日差しが照りつけるグラウンドに、一人の監督と十四人の部員達の大きな声が響き渡った。


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