君色の栄冠   作:フィッシュ

60 / 111
第20球 課題は明確

秋大は夏の快進撃が嘘のようにボロ負けした。

具体的に言うと3回戦で敗退、しかも1・2回戦もギリギリの所で勝利した。

スコアは1試合目が2-0、2試合目が2-1、そして3試合目が1-5。

全ての試合に共通する、今の至誠の明確な課題は。

 

「打てなさすぎだったなぁ……」

「先輩達が居なくなるから打力落ちるのは分かってたけど、まさかここまでとはね」

 

長打力がある選手が居ないのは勿論、そもそも打てる選手が殆どいない。

岡田や荒波に三好は低打率、浜矢と鈴井は長打が少ない。

三振が多い石川や2割5分の伊藤がまだマシな方という惨状だ。

 

 

「秋はとにかく打撃練習だな……」

「ですねぇ、けど今の1年生って守備重視で獲ったんですよね?」

「まあな、糸賀や柳谷が居なくなるの痛かったし」

「ということは今年は打力重視のスカウトですか?」

 

千秋がそう尋ねると監督は頷く。

守備力は県内でもトップクラスだが、打撃に関しては私立の中ではワースト10には入るだろう。

 

「けど守備の乱れからの失点が無かったのは良かったな」

「失策ゼロで好守も目立ちましたからね、守備に関しては文句無しだと思います」

 

だからこそ打力の無さが勿体無い。

新入生に頼らなければならないのは情けないが、そんな事を言っている余裕は無い。

 

 

 

「……美月ちゃん、監督」

「美希ちゃん? どうしたの?」

「私が長打力を付けるって言ったら、どう思いますか?」

 

鈴井の提案はハイリスクハイリターンだった。

打線を厚くするために自分が長打力を付ける、しかしもし失敗すれば最悪長打力が身に付かないまま、ミート力も失うかも知れない。

 

「鈴井は今のスタイルでも良いとは思うが」

「新入生に頼ろうにも大一番に強い選手を獲ってくるのは難しいと思います、なら誰がやるかと聞かれたら私がやります」

「……フォームもそうだが、自分の打撃傾向を変えるのはリスクが高いぞ?」

「打率は多少犠牲にしても、長打力を身に付けられる自信があります」

 

鈴井は決意の灯った強い眼をしていた。

10秒間、誰も言葉を発しない空間となり最初に声を出したのは。

 

 

「そうか、なら私も最大限手伝わせて貰うよ、極力リスクは減らしたいしな」

「監督……」

「私も手伝うよ! 長打の打てる美希ちゃん、見てみたいもん!」

「美月ちゃんも……ありがとう」

 

鈴井の熱意を受け止め監督は許可を出す。

千秋も賛成し、秘密の特訓が始まろうとしていた。

 

 

「私の課題はやっぱスタミナかな」

「私は文句無しでコントロールですね……」

「……私はメンタル」

 

投手陣もそれぞれ自分の課題を洗い出していた。

浜矢はスタミナ、神宮はコントロール、洲嵜はメンタル。三者三様の克服すべき点があった。

 

「けど神宮はさ、ゾーン内で荒れる分には良いんじゃない?」

「ですよね、今の私は狙ってストライク投げられないんで……」

「空の球威で散らされたら多分打ちにくいと思う」

 

神宮はストレートの球威はある方だ、故にストライクを入れられるようになれば好成績が望めるはず。

 

 

「スタミナ付けるのはどうしたら良いんだろうな」

「まず先輩は線が細いんで、そこからですかね」

「食育トレーニングかぁ、ちょっと難しそうだな」

 

元々の食事量が少ないのもあるが、浜矢の家庭は裕福では無い。

経済的にも量を増やすのは難しいだろう。

 

「あとはランニングとインターバルですよ!」

「インターバル嫌いだけど、やるしかないよな……」

 

インターバルトレーニングはキツい分、効果は期待できる。

スタミナと下半身強化にはもってこいだろう。

 

 

「コントロールは……的当て?」

「それよりもシャドーやって、リリースとか体重移動を意識した方がいいと思う」

「確かになー、神宮ってリリースとかバラバラな感じする」

「なるほど……あとは下半身強化かな、先輩と一緒にインターバルやります!」

 

浜矢と神宮は自分に合ったメニューを見つけ、あとは千秋に確認するだけとなった。

 

「メンタルってどうやったら鍛えられるんですか」

「…………寺に行く?」

「もうちょっと真面目に考えてやれよ……ピンチ作ったら深呼吸するとか、ジャンプするとかそういうルーティン入れるとかは?」

 

浜矢もマウンドに上がった際は1回深呼吸をする。

1イニング毎にグラブで胸をポンと叩くのもルーティンだ。

 

 

「ルーティンですか……確かに私はルーティンとかあまり無いですね」

「ならやっぱ深呼吸した方がいいって、リラックス出来るしマイナス思考が無くなるし」

「それに真理は実力めちゃくちゃあるんだし、打たれるかもとか思っちゃダメだよ! 私はピンチ作っても打たれるとか思ってないし!」

「どっちかというと押し出しとかワイルドピッチのが心配だもんな」

 

浜矢の言葉に神宮が反論し、軽く戯れる感じで取っ組み合う。

2人の姿を見て洲嵜は今日、初めて笑顔を見せた。

 

「……私は、考えすぎだったのかも知れませんね」

「そうそう! 頭いい奴のが考えすぎちゃうんだよ」

「私達はバカだからそういう心配してないから!」

「人を勝手にバカ扱いすんなー!」

 

また浜矢と神宮による、コントのようなやり取りが行われた。

洲嵜はようやく吹っ切れられたようで、スッキリした顔をしていた。

 

 

 

「私達はまあとにかく打力だよね」

「耀は選球眼がある分、私達より活躍してるしね」

「打撃指導してくれそうな人……3年の先輩!」

「教えてくれるかなー、まあ言うだけ言ってみようか」

 

岡田と荒波の貧打外野コンビは、打撃を改善すべく3年生に指導を仰ごうと考えていた。

 

「て訳で打撃教えてくださーい!」

「別にいいけど……あんま教えられないよ?」

「スカウトの人最近よく来てるし、木製に対応しなきゃいけないし」

 

今話しているこの時も、各球団のスカウトは見ている。あまり教える時間は取れないだろう。

 

「神奈は平気じゃない? 木製慣れてるから」

「神奈せんぱーい! 打撃教えてください!」

「私でいいの? 長打の打ち方は教えられないよ」

「とにかく打率上げたいんで大丈夫です!」

 

そういう事ならと金堂の指導が始まった。

荒波と岡田の打撃が良くなれば脚を活かせる、チームとしても頼り甲斐ある選手になってくれるだろう。

 

 

 

金堂の打撃指導を眺めつつ自分の練習をしている3年生。

 

「私らももう引退かー」

「悠河はプロに行くのか?」

「んー……悩み中」

「えっ? 全員プロ志望だと思ってた」

 

山田は真っ先にプロ入りを宣言していたが、菊池は大会が終わって2ヶ月経っても進路に悩んでいる。

 

「そもそも私の成績でドラフトかかるかなー」

「上位は厳しいかもな」

「けど守備良いんだしワンチャンあるかもよ?」

 

今年の打率は3割を越えたが通算で見れば2割台。

また本塁打も殆どなく打撃ではアピール出来ていない。

 

「高校で打てない選手がプロで通用するとか思われなくない!?」

「それはまぁ……けど、あの守備なら獲る価値はあると思うけど」

「守備だけの選手なんてどの球団にもいるよー」

 

守備の上手さで打撃は免じて貰っている選手はいるが、あまりにも打撃が酷いと許容されなくなる。

菊池が今入団すれば、間違いなく後者になるだろう。

 

 

「だから独立とか行こうかなって」

「独立? って確か一応プロなんだっけ?」

「そうそう、それで元プロの人しか監督出来ないんだって」

「高いレベルでの指導が期待出来るし、大学や社会人と違って最短1年で志望届けも出せる」

 

大学は4年、社会人は3年かかる所を独立リーグは1年でドラフトで指名される権利を得る。

菊池は1年間で実力を身に付け、最短でプロ入りを目指していた。

 

「悠河の守備なら2割5分打てれば使われると思うし、頑張れ」

「独立もドラフトあるんだっけ?」

「えっとねー、トライアウト受けてドラフトかな」

 

一次試験を通過した選手が二次試験を受けられる。

その二次試験での結果やプレーが良ければ、完全非公開のドラフトで指名されるといった流れだ。

 

 

「私は実戦でプレーしなきゃだし、まだ頑張るぞー!」

「実戦あるの? なら伊吹達に投げて貰えば?」

「そのつもり、特に私は速球に弱いから伊吹に手伝ってもらうよ」

 

彼女もまた自分の課題を見つけ、それを克服しようとしていた。

秋の大会を終えた至誠は、確実に前へと進んでいた。

 

 

もっと強くなる為、練習メニューを新しく組んだ2週間後。

この日はオフだったが、鈴井は1人黙々とバットを振っていた。

その近くには監督と千秋が付き、指導をしている。

 

「長打は力んで打つものじゃないぞ! もっと力抜いて、インパクトの瞬間に爆発させろ!」

「はいっ!」

「美希ちゃん軸足がフラついてるよ、もっと踏ん張って!」

「分かった」

 

2人の熱のある指導を受け、段々と飛距離が出るようになってきた。

 

「ラスト!」

「はいっ!」

 

最後だからと身体に残っていた僅かな力を振り絞って、鈴井はボールを芯で捉えて飛ばす。

白球はライナー性の打球となり、外野にあるフェンスの上段へぶつかった。

 

 

「……ホームラン、だな」

「美希ちゃん……凄いよ! たった2週間でこんなに飛ばせるようになるなんて!」

「2人の、ハァ……お陰、です……」

 

鈴井は息が絶えながらも2人へ感謝を伝える。

冷静を装っているが、ホームランが打てた事で口元が緩んでいる。

 

「まさかこの短期間でスイングが身に付くとはな」

「まだまだです……まだ少し違和感があります」

「さっきラストって言ったけどもう何球か打って、感覚覚え込ませる?」

「そうだね、じゃああと10球お願いしていい?」

 

感覚を身体に覚え込ませる為に、さらにもう10球打ち込む。

 

(鈴井が飲み込みが速いのは知っていたが、ここまでとは……)

 

監督は鈴井の飲み込みの速さに驚愕していた。

たったの2週間で今の自分と正反対のスイングを身に付けたのだ、この反応は当たり前だろう。

 

 

「……これなら、来年は私が打線を引っ張れますね」

「ああ、頼んだぞキャプテン」

「美希ちゃんの公式戦初本塁打、期待してるね!」

 

鈴井美希という安打製造機が、今度は本塁打を量産するかも知れない。

来年の活躍が楽しみだ、3人は揃って同じ事を考えていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。