君色の栄冠   作:フィッシュ

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第9球 エース

梅雨の時期真っ只中だったが、今日は運良く快晴。

連日の抑圧された練習の鬱憤を晴らすかのように、部員達は全力で練習を行っていた。

 

「湧ちゃんは左は苦手なんだっけ?」

「はい、まあアンダーってそういうものですよね」

「球の出どころが見やすいからね……」

 

アンダースローの弱点は左に弱い事。

また、そのフォームにより一巡目は抑えやすいが、目が慣れた二巡目以降は球の遅さも相まって打たれやすくなる。

 

 

「……他にも苦手な人は2人いるんですよ、どれだけ対策しても抑えられなかった人が」

「それって右? 左?」

「2人とも右です、1つ上の先輩なんですけどね」

「へぇ〜……私も知ってるかな?」

「知ってると思いますよ、強豪校で今年はレギュラーみたいですし」

 

最後まで名前は出さなかったが、埼玉出身という事と今は東京の高校にいることを伝えた。

彼女達のいるチームは必ず全国まで勝ち上がってくる、その時に答え合わせをしようと告げた。

 

 

「佐野いくぞー」

「はいっ!」

「おー……飛んだな、ナイスバッティング」

「最近はやっとボールに当てられるようになりましたよ!」

 

佐野はトスバッティングで快音を響かせ続けている。

初めの頃は狙って当てる事が出来なかった彼女も、今はそんな過去が嘘のように打ちまくっている。

 

――守備がアレだから今年はスタメンで使えないけど、代打くらいは出すかな。佐野を出せば守備だけとはいえ石川も出番が増えるし。

 

監督は出来る事なら全員を使って勝ちたい、という考えの持ち主だ。

1年でスカウト出来る上限はあるが、それ以外で殆ど声を掛けないのも出番を与えられないから。

 

 

「佐野はいい選手になるな」

「ほんとですか!? じゃあもっと頑張りますね!」

「そうだな、もっと頑張って全員抜く勢いで成長しような」

「はいっ!」

 

普段の振る舞いからは想像出来ないが、佐野は忍耐強く練習好きだ。

タイプとしては野手版の浜矢と監督は称している。

 

 

 

「灰原監督ー! きましたよー」

「おっ、本当か! 今行くよ」

 

小林が段ボールを両手で抱えながら、グラウンドに現れる。

トス役を千秋に代わってもらい確認に行く。

 

「…………よし、全員分ありますね」

「全員集合! ほら走って走って!」

 

この集合の時間もトレーニングとして使えるよう、監督は毎回走るように命じる。

外野から全力疾走で来た部員は息が切れている。

全員が集まったのを確認して監督は話を切り出す。

 

「背番号が届いたので、今から配るぞ!」

「やったー! 何番かな?」

「部員少ないからベンチ入りは確約されているの気が楽で良いね」

 

栗原も牧野も、ベンチ入りの心配はせず背番号を楽しみにしている。

部員が上限よりも少ない至誠だからこその会話だ。

ざわつきが収まってから、監督は1番のゼッケンを取り出す。

 

 

「……背番号1、浜矢!」

「えっ? わ、私ですか!?」

「当然! ほら、早く受け取りな……エース!」

「はっ、はい! ……本当に、1番だ」

 

今にも泣きそうな顔で背番号1を手に持つ浜矢。

ずっと憧れ続けた背番号、それがついに自分の物になったのだ。

 

「おめでと、伊吹ちゃん」

「おめでとう! エースの伊吹ちゃん!」

「2人ともありがとう〜!!」

「ちょっ、引っ付かないで……」

 

口ではそう言いながらも、引き剥がす素振りはない鈴井。

浜矢が1番を手にした事が彼女も嬉しいのだろう。

 

 

「2番は変わらず鈴井で、3番栗原!」

「はいっ! やったーレギュラー!」

「得点圏でのバッティング、期待してるからな」

「もちろん打ちまくりますよ!」

 

栗原が大喜びでゼッケンを受け取る。

得点圏での強さは鈴井に次ぐチーム2位だ。

 

「4番、茶谷!」

「はーい」

「攻守に渡って活躍してくれ」

「まっ、私なら余裕っすよ」

 

いつもの猫を被った笑顔とは違い、本当に嬉しそうに受け取る。

 

 

「5番川端」

「はい」

「どの打順でもチャンスメイクは頼んだぞ」

「分かりました」

 

1年生からの一桁に、口元が緩んでいる川端。

彼女の役目はどの打順でも変わらずチャンスメイクをする事だ。

 

「6番、上林」

「はい!」

「……至誠の要だから頑張ってくれ」

「一瞬の間が気になりましたけど、わかりました」

 

バランスが良すぎて何を言えばいいのかわからなかった監督。

だが上林が要である事には間違いない。

 

 

「7番三好!」

「はい」

「守備といつも通りの粘り強さ、楽しみにしてるぞ」

「去年より活躍してみせます」

 

背番号は1つ後ろに下がったが、レギュラーというのは変わらない。

昨年を超えた自分を見せられるよう決意する彼女だった。

 

「8番から10番は変わらないから、11番洲嵜!」

「はい」

「11番だけど左のエースだからな」

「……わかりました、全力で投げ切ります」

 

昨年の1番から大きく番号を下げた洲嵜。

しかし先発であり、浜矢とダブルエースという扱いではある。

 

 

「伊藤と石川も変わらなくて、13番佐野!」

「はいっ! ファーストなんですね?」

「だな、代打で起用するからな」

「代打の切り札頑張りますっ!」

 

守備力を考えるとスタメンで起用するのは難しいが、あの打力があれば他校を脅かす代打になれる。

 

「15番、白崎」

「は、はい……」

「白崎も代打起用するから、心の準備はしっかりとな」

「……頑張り、ます」

 

佐野と白崎の左右の代打コンビは、おそらく全国に名を知らしめるだろう。

 

 

「16番、牧野!」

「はい」

「守護神は任せた!」

「完璧に抑えて試合を締めますよ」

 

彼女の対左の被打率と、適正により抑えでの起用となる。

前に登板していた投手との落差は大きいだろう。

 

「最後……17番、千秋」

「ありがとうございます!」

「今年も参謀よろしくな」

「こちらこそ、よろしくお願いします!」

 

ベンチ入りできる記録員は1人だけ。

春宮と千秋をベンチに居させるのであれば、どちらかを選手登録しなければならなかった。

 

 

 

「今年は攻守でバランスが良いチームになったと思う、今年こそ全国制覇するぞ!」

『オオーーッ!!』

 

背番号が配れらた興奮のまま、最終下校の時間まで練習を続ける。

大会までの最後の追い込みとして、弱点を克服しようと奮起した者、得意分野を伸ばす者に分かれた。

 

 

片付けも終わり空はすっかり闇に包まれている。

そんな中残っている3人の部員がいた。

最上級生で今年が最後の夏になる浜矢と鈴井、そして千秋だ。

 

「ねっ、キャッチボールしようよ」

「美月ちゃんから言い出すなんて珍しいね、私はいいよ」

「今8時か……うん、30分くらいなら付き合えるよ」

「2人ともありがとう、特に伊吹ちゃん」

 

帰宅したら夕食や洗濯をしなくてはいけない浜矢だが、30分だけなら付き合えると残ってくれた。

連日の雨で少し濡れているグラウンドに、3人は一定の距離を置いて立つ。

 

 

「じゃあいくよー」

「こい! ……うん、ナイスボール!」

「美月ちゃんっていい回転の球投げるよね、投手向いてるんじゃない?」

 

2人に褒めちぎられ恥ずかしそうにする千秋。

 

「それはさすがに……伊吹ちゃんの方が凄いもん」

「本職投手で初心者に負けてたらヤバいでしょ」

「……それに、伊吹ちゃんは高校トップクラスだからね」

 

鈴井の発言に目を見開いて驚く浜矢。

頬をつねったり千秋に現実か確認したりと、実感が湧いていない様子だ。

 

 

「す、鈴井が私の事をそんな風に……!」

「試合中は褒めてるでしょ」

「私の調子を上げる為だと思ってたし!」

 

試合中以外で鈴井が浜矢を褒めるのは珍しい。

しかもここまでの高評価はなかなか無い。

 

「……それに、伊吹ちゃんの事そこそこ好きだし」

「せんしゅー聞いた!? 私の事好きだって〜!」

「よかったね伊吹ちゃん!」

「そこそこって言ってるでしょ!」

 

小声で呟いた言葉を大声で復唱され、流石に赤面する鈴井。だが表情を見るに楽しそうだ。

ひときしりはしゃぎ終わると、千秋が何か考え込むような顔で遠くを見つめている。

 

 

「せんしゅー? どうしたの?」

「ううん、ただ最後なんだなあって……高校生活も、2人と一緒に居れるのも」

「3年間早かったな〜」

「まだ3年経ってないけどね」

 

浜矢と鈴井はプロ入りを希望しているが千秋は違う。

そもそも選手ではないのだから当然だが、進路は2人と変わってくる。

 

「……わがまま、言ってもいい?」

 

蚊の鳴くような声で呟いたその言葉は、2人の耳には届かなかった。

むしろ届かせようとしなかった、というのが正しい。

 

 

「いいよ」

「えっ……? 聞こえてた?」

「もちろん」

「せんしゅーの声を聞き流すわけないだろ〜」

 

最初に反応したのは鈴井だった。

誰も聞き取れないような言葉を、この2人は聞き逃さなかった。

千秋がこういう場面では遠慮するのを知っていて、耳を澄ませていたのだ。

 

「ほれほれ、なんでも言ってみ〜? あっ、でも出来れば叶えられることね!」

「台無しだよ……遠慮しなくていいから」

「…………優勝したいな、神奈川も、全国も」

 

その言葉を聞くと、2人は顔を見合わせてから笑った。

 

 

「ええ!? ふ、2人ともなんで笑うのぉ……?」

「いやー、だって当たり前のこと過ぎてさ!」

「そうだよ、全国制覇なんて当たり前じゃん」

「うぅ……じゃあ何か別のこと……」

 

1分近く頭を悩ませた彼女は、何か閃いたようで目を輝かせる。

 

「全国制覇した時ね、2人がマウンドにいて欲しい!」

「それだけ?」

「それだけじゃないよ! だって3年間一緒だった2人でさ、努力してる姿も全部知ってるんだよ? そんな2人が全国の頂点に立った瞬間を見れるなんて、野球ファン名利に尽きるよ!!」

 

浜矢の発言に早口かつ大きな声で反論する千秋。

2人は少し後ずさるものの、この言葉をしっかりと受け止めていた。

 

 

「分かったよ、最後のマウンドは誰にも譲らない」

「だから美月ちゃんも、私達から絶対に目を逸らさないでね」

「……うん!」

 

初めて会った時から随分と大人びた2人。

そんな2人の笑顔はまさに、チームを引っ張る最上級生と呼ぶに相応しいものだった。

 

誰が思い付いたか、3人は手を重ね合う。

浜矢が1番下でその上が鈴井、1番上は千秋。

 

「私達の最後の夏、有終の美を飾って終わろう!」

『おー!』

 

夏の夜空に、輝かしい未来を見据える少女達の声が木霊した。


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