2018年7月14日金曜日、2回戦の日。
優勝候補である至誠と藤光の試合を観に、多くの観客が会場に集まっている。
「相手は予想通り藤光だったね! 藤枝さんは初戦温存されてたからスタミナは十分……気を引き締めていこう!」
『オー!』
監督から本日のスタメンが発表された。
1番 荒波友海(右)
2番 三好耀(左)
3番 上林真希(遊)
4番 茶谷佳奈利(二)
5番 鈴井美希(捕)
6番 浜矢伊吹(投)
7番 栗原美央(一)
8番 川端渚(三)
9番 岡田早紀(中)
「初回の上位打線は大事だよ! 藤枝さんは終盤から調子が上がるタイプだから、初回から積極的に打っていこう!」
「任されましたー!」
「分かりました」
「しっかり役目は果たします」
――じっくり見てから攻めるのも良いけど、相手は藤枝さん……。終盤手が付けられなくなったら困るからね。
《1番
藤枝の右腕から投じられた初球は高速シュート。
体に向かってきたボールはベースの手前で曲がり、ミットへと収まる。
「ストライク!」
――今のがシュートか……空のより変化はありそうかな。気合入れて打たなきゃ。
続く2球目はフォーク。バットをしっかり止めてボールとなる。
1球高めのストレートでカウントを整えてからの4球目だった。
――っ、シンカー! 当ててみせる!
「……ストライク、バッターアウト!」
「くそう……当てられたのに」
高速シンカーに対ししっかりと反応したが、打球はファウルチップとなり三振に終わる。
「でも意外と当てられたな」
「ストレート狙えば良かったかもです……ノビ無さそうでしたし」
球速こそ速いが、それ以上には感じない球。
それを補うために多彩な変化球を覚えたのだろう。
「なら三好にはストレート狙い……って、アイツ速球苦手か」
「けどノビが無いならいけるんじゃないですか? 試すだけ試してみましょうよ」
「……そうだな、試してみるか」
三好は監督の直球狙いのサインに頷き、藤枝と向き合う。
積極的に打ちにいくタイプではない三好は、この打席も初球は見送る。
――変化球は結構良さそう……けど当てられんって程やなかか。
当てる技術だけなら鈴井にも劣らない三好は、早速2球目からカット打法で立ち向かう。
並行カウントにしてからの6球目。
低めに投げられたストレートを打つも、引っ掛けてしまいセカンドゴロに終わる。
「ドンマイ、惜しかったな」
「多分次からは打てます」
「了解、さて次は上林……確かフォークは苦手なんだっけ」
「そうです、ですが藤枝さんは第二の決め球としてフォークを使う……つまり、追い込まれる前に打てば平気だと思います」
今度は千秋が積極打法のサインを出す。
投げられたストレートを、狙いを澄まして上林は打ち返す。
「よしっ! ……なっ」
「アウトー!」
センターに抜けそうな打球を、ショートを守る内山がジャンプして捕球する。
「普通に上手くないですか?」
「まあ内山って身長あるからな……縦には強いな」
「横の打球は捕りにくそうにしてましたよね」
打力だけでスタメンになっているのであれば、確実にショートからはコンバートされていた。
そうなっていない理由は、最低限の守備力と縦の打球への強さがあるから。
「切り替えて守備いこう! 伊吹ちゃん、こっちも3人で抑えちゃおう!」
「おーっす!」
大事な初戦で先発を任された浜矢は、嬉々としてマウンドへと駆けて行き投球練習を始める。
――フォークが良さそうだけど、雨降りそうだしな……。
鈴井が不安そうに上空を見上げる。
空は灰色の雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうな雰囲気。
「今日はストレート要求するから、失投には気を付けてね」
「オッケー!」
2人が構え、打者が打席に入りサイレンが鳴り響く。浜矢達の最後の夏が、今はじまった。
――内山はチャンスに強くないから、ランナー有りで回してもいいのは気が楽だけど……。伊吹ちゃんなら全員抑えたいよね。
記念すべき初球は、やはり浜矢が誇るストレート。
雨が降る前特有の生暖かい空気を裂き、重い音を鳴らしてミットへ決まる。
「ストライクッ!」
「豪速球いいよー!」
「ナイスストレート!」
1球投げるとグラウンド内からの声が飛び交う。
明るい性格の選手が多い2年生を中心に、全員が声を掛け合っている。
カーブが外れて1ボールとなり、外角のボールからストライクになるツーシームでストライクを取り1-2。
――さあいくよ、伊吹ちゃん。
――心配はしてないけど、絶対逸らすなよ!
投げられたのはスライドフォーク。
なんとかバットを止めて見送ろうとしたが、鈴井が塁審にハーフスイングの判定を要求する。
「スイング、バッターアウト!」
「よしっ」
スイングしたと判定され空振り三振。
自分の魔球が未だ通用する事に、浜矢は小さくガッツポーズする。
良いスタートが切れたのが幸いし、次の打者はセカンドゴロ、最後はまた三振で抑えた。
「ナイピ」
「そっちこそ良いリードだったよ」
「当然でしょ? 至誠の正捕手なんだから」
「……そうだよな!」
グラブタッチを交わしながらベンチへと戻る2人。
2回の攻撃は4番に入った茶谷の打席から。
「佳奈利ちゃんは直球に強いですから、変化球は捨てさせますか?」
「けど藤枝は5回あたりからギアを上げてくるぞ? まあそれまでに2打席目は回ってくるけど……」
「うーん……どうしましょうか」
ベンチでどんな作戦で攻めるか考え込む2人。
それを早くしろと言わんばかりの目で見る茶谷。
「……よし、シンカーとストレート狙いだ」
「シュートはストレートと見分け付きにくいですもんね、良いと思います」
たっぷりと時間をかけ、ようやくサインが出される。
――ったく、おせーよ。来た球打てばいいだけだろ? 簡単じゃん。
シュートに手が出そうになったが、なんとかバットを止めて見送る。
続くフォークは完璧に見送り2ボール。
――うちってツーボールからでも打っていいんだっけ。
「ん? 茶谷こっち見てるけど」
「このカウントから打っていいか悩んでるんじゃないですか? ダメなところはダメですし」
「そっか、うちは全然平気だけどな」
流石にツーボールからも打っていい、というサインは無く代わりにヒッティングのサインを出す。
意図は伝わったようで茶谷はすぐに構え直す。
そして投じられた3球目、ストレートを力強く打ち返すがセンター正面の打球になる。
「くっそ……」
「惜しかったし、気にせんでええで」
「へいへい」
「なにその反応……まあいいや、鈴井先輩打ってくださーい!」
上林の声に対抗するかのように三好も声を出す。
客席よりもベンチからの方が歓声が飛ぶ事に、鈴井は若干の苦笑いを浮かべながら打席に入る。
――さて、鈴井ね。この中で一番注意しなければならない相手……。正直何処に投げても打たれそうな気はするけど、弱気じゃいられないわ。
――確かこいつは長打力は無かったはず、外野前進な。
今の鈴井の打撃スタイルを知らない藤光側は、外野を前進させた。
それを彼女が見落とす訳がなかった。
――外野が前に出た……まあ練習試合なんて観てないよね。けど悪いね……今の私は、外野の頭を越せるんだよ!
内に食い込む高速シンカーの軌道を読み、着弾点目掛けてバットを出す。
芯で捉えられた打球はライナーとなり、外野の遥か頭上を超えていく。
「ナイバッチー!」
「ナイスツーベース!」
結果はフェンス直撃のツーベースヒット。
1アウトからチャンスの場面を迎え、打席には浜矢。
「伊吹ちゃんは最近調子良いですし、打たせましょう!」
「だな、アイツはフォークに釣られやすいからそこが心配だけど」
言っている側からフォークに釣られ1ストライク。
2球続けてフォークを投げられるが、今度は手を出さず1ボール。
――フォーク2連続か……鈴井だったら、多分次は惑わせるためにストレート投げさせそうだな。
彼女の読み通り、ストレートが投げられた。
いくら打撃練習に割いている時間が野手より短いとはいえ、ヤマが当たれば反応出来る。
バットが捉えた白球は、またしても強いライナーとなり右中間を破る。
「キャプテン、ゴーです!」
「了解!」
打球が野手の間を抜けたのを見て、三塁コーチャーの岡田が鈴井にホーム突入の指示を出す。
ライトが捕球し、送球する体勢になった頃にはホームに辿り着いていた。
「ナイスラーン!」
「ありがと……って、なんで伊吹ちゃんあの当たりで一塁なの?」
「単純な走力もさる事ながら、走り出すまでが遅いんだよな」
「今の当たりで二塁行けないのはおかしいって……」
浜矢はお世辞にも走塁が上手いとは言えない。
スライディングは危ないし、塁を蹴る時に膨らみやすい。
そもそも打ってバットを放り出してから走るまでに掛かる時間が長いのだ。
「まあ一点入ったからいいか……伊吹ちゃん! ナイバッチ!」
「イェーイ!!」
「うるさっ」
一塁からベンチはそれなりの距離が離れているが、それを抜きにしても浜矢の返事は大きかった。
この勢いに乗って大量得点といきたかったが、藤枝もエースだ。
先制された事を引きずるのではなく、気合を入れ直す機会だと考える。
内角へとビシビシと決めていき、栗原と川端は打ち取られた。
「ドンマイ、たった1点だし気にしないで」
「美香……私はこれくらいで凹むような人間じゃないわ」
「ふふっ、だよね! 援護するから待ってて」
「期待してるわよ」
藤光ベンチでは、失点した藤枝を内山が励ましていた。
援護をすると誓った内山が鋭い素振りをしながら、打席に向かう。
――
鈴井が選択した球種は外角のスライダー。
内山はそれをフルスイングで打ちにいくが、大飛球のファールに終わる。
――今のをあんな強い打球にするんだ、内山って凄いんだなぁ。まっ、それくらいの相手のが燃えるよな!
――伊吹ちゃんは全く怯んでない……私だって!
次に要求したのはインハイのストレート。
それを待っていたかのようにバットを振るが、ボールに当たる事はなかった。
「ストライク!」
空振ってしまった内山は、驚きつつも不思議そうな表情。
――空振り……? 今のは打てたと思った、予想以上のノビがある。
まさか自分がストレートを空振るとは思わなかった、そんな考えの内山は一度足元をならして浜矢と向き合う。
ストレートを高めの釣り球として使うが、空振りは奪えず1ボール。
――まあ内山程の打者が釣られるとは思ってなかったけど。……スライダーにストレート2球、ここでいこう。
一度浜矢が首を振り、鈴井は新しいサインを出す。
それに再度首を横に振る浜矢。
――2回も首を振った? という事は自信のある……フォークか。
3度目の正直で頷いた浜矢は、右腕を振り下ろす。
人差し指と中指で抜くように投げられるフォーク、内山はそう思っていた。
――カーブ!? くっ、タイミングが……!
タイミングを外された彼女の打球は、力無く三塁前へ転がる。
「サード! 急いで!」
「はいっ!」
「アウトッ!」
川端が全力でチャージをかけ、素手で掴んで一塁へ送球。
ランナーとの競争になったが何とか勝った。
「今の動き良いな」
「監督の教えが活かされてますね! 今までの渚ちゃんだったらグラブで捕ってたでしょうし」
あの川端渚がベアハントで捕った、そう伝えれば驚く人は多くいるだろう。
それ程までに彼女にしては珍しいプレーだ。
4番を打ち取った浜矢を攻略できる選手はおらず、5番と6番も凡打にし2回の守備を終える。
「調子良さそうだね」
「1巡目は多分パーフェクトいけるわ」
「言うと思った、油断だけはしないでね」
「はーい」
3回表の攻撃は岡田から。
内野と外野は共に前進して守っている。
「どうします? フルスイング戦法もありますけど……」
「アレは藤光には通用しないだろうな、普通に打たせるぞ」
最初は低めのストレートが決まり1ストライク。
――悔しいけど、私は相手からしたら安牌……多分次も入れてくる。
――だから、そこを狙うのがお前の役目だ!
岡田相手には打たれないと慢心していたのだろう、またしてもストレートでストライクを取りに来た。
2球続けて同じ球を投げられて、反撃出来ない岡田ではない。
しっかりと弾き返した打球はサードを襲うが。
「……アウト!」
「はっ!? くっそー!」
サードが背面ジャンプでがっちりと捕球する。
本来であればヒットになっていた打球、それを防がれたのが悔しいようで岡田は不貞腐れた顔でベンチに帰ってくる。
「まあまあ、たまにはこういう事もあるって!」
「公式戦初打席で打ちたかったのにー!」
「その気持ちはめっちゃ分かるよ!」
荒波と神宮に励まされる岡田。
しかし今の打球は昨年までの岡田からは想像出来ないほど速かった。
彼女も確実に成長しているのだ。
その後は荒波が三振、三好はサードゴロに終わり3アウトとなる。
「もう3回かー、今日はサクサクだな」
「エース同士の投げ合いなんてこんなもんでしょ……なに?」
鈴井の発言を聞いた浜矢は、グラブで顔を隠してはいるものの目元がニヤけていた。
「いやー? やっと鈴井が私の事をエースって認めてくれたな〜って」
「……別に、前から認めてるけど? ほら! 1巡目はパーフェクトでいくんでしょ?」
「おう! ビシッと抑えてやるぞ!」
宣言通り浜矢は下位打線にもヒットを許さず、1巡目をパーフェクトピッチで終えた。
3回まで終わって1対0の接戦、まだまだ投手戦が予想される。
空にはどんどんと黒い雲が現れ、今にも泣き出しそうな不穏な色を描いている。