君色の栄冠   作:フィッシュ

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第6球 抽選会

「さあさあ! ついにこの日がやって来たよ! 早く中に入ろう!」

「ちょ、せんしゅー落ち着こうぜ!」

「そんな事言って、伊吹ちゃんもだいぶはしゃいでるけどね」

 

6月10日。夏の大会を一ヶ月後に控えたこの日は抽選会当日。

千秋は県内の有力選手を発見しては歓喜の声をあげて興奮しているが、鈴井の言う通り浜矢もどこか落ち着きが無い。

激戦区神奈川で戦うライバルがここに集結しているのだ、そうなるのも無理はない。

 

「おおー……人いっぱいだ」

「見て! あそこにいるのが藤銀(とうぎん)学園のスタメン! あっちは蒼海大相模の一年生、最速150kmを誇る速球派の佐久間さんだよ!」

「一年で150!? 凄いな……」

「高校通算40本、京王(きょうおう)義塾の四番結城さんに通算6割超えの水瀬さんも!」

 

プロ注目の三年生だけではなく一年生の有力選手まで網羅している千秋に対し、浜矢は素直に凄いと褒めているが、鈴井は若干引いている。

 

「……二人とも行くよ?」

「ごめんごめん。せんしゅー、段差気を付けてね」

「うん、ありがとう」

 

呆れた顔で二人を先導する鈴井に、その後をついて行く浜矢と千秋。

全員が着席し、時間になるとまずはシード校の抽選が始まった。

至誠はシード校ではないのでだいぶ後の方となったが、ようやく順番がやってくる。

キャプテンの柳谷が紙を引いてスタッフに見せる。

 

「至誠高校、68番」

 

番号が読み上げられると、至誠のメンバーはトーナメント表を確認する。

出場校が奇数なので運が良ければ二回戦からの登場となったのだが、残念ながらノーシードが決定した。

 

「……茅ヶ崎西幡(にしはた)? 知ってる?」

「普通の公立校だよ。基本一回戦負けの弱小校」

「なら楽勝だな。そこに勝ったら城南(じょうなん)か」

「前までは強かったけど最近はそこそこだし、いけるかもね」

 

ごくごく一般的な公立校と古豪が一、二回戦の相手となった。

油断をしてはいけないのだが、二回戦からいきなり蒼海大というハードモードではなかった事にひとまず安心だ。

 

 

抽選会が終わると早速練習が行われる。

対戦相手が決まった事によってやる気が出たのか、全員いつもより気合いの入った動きを見せている。

野手陣はグラウンドで千秋による両打ちノックを、投手陣は室内練習場で投げ込みをする。

 

千秋はノックの技術がある上に貴重な両打ちということもあり、裏では選手転向をしても良いのではないかと言われている。

 

室内では投手陣が投球練習を行なっている。

浜矢は灰原、青羽は柳谷を相手に投げ込んでおり、中上は二人の変化球やフォームについて逐一アドバイスを送っている。

 

「うん、ストレートもスライダーもいい感じ! これならそれなりに通用するよ」

「ほんとですか!? やった!」

「ただカーブがなぁ……一応チェンジアップも覚えようとしたんだっけ」

「はい。けど全然投げられなくて断念しました」

 

カーブもチェンジアップもリリースの瞬間に切るというよりは、ボールを抜くようにして投げる球種。

その感覚がどうしても掴めない浜矢は、チェンジアップが全てすっぽ抜けになり習得を断念した。

 

「青羽もそこそこコントロール付いてきたし、二人とも頼むぞ」

「はい! 中上先輩だけに負担かけさせる訳にはいきませんし!」

「……与えられた仕事はこなしますよ」

「翼はクールだな。あっ、そうそう。私のリードが嫌だったら首振ってくれて構わないからな」

「けど私、配球の事とか全然分かりませんし……」

「平気平気。試合中に何となくこの球は投げたくないなって思う時はあるから」

 

(そういうものなんだ。今までの試合ではそんなの感じなかったけど、公式戦だとまた違うのかな)

 

試合の種類というより単純に勝負勘だろう。

一流の選手はサインを見た瞬間嫌な予感がしたり、投げる直前に打たれると感じて急遽投げる球種を変えたり外したりする。

浜矢もいずれそうなると分かっているのだろう。

 

「それに柳谷のリードはそんな良くないしガンガン首振っていいぞ」

「ちょっと監督!? 最近は良くなってきましたよね!?」

「やっと平均程度だな〜。一年の頃は酷かったな」

「打撃全振りだったのは認めますよ……」

 

彼女は元々強打と俊足が売りで入学してきた。

その代わりに守備とリードがアレだったわけだが。

だが浜矢も青羽も組んでいてそこまで違和感を感じていないのは、それだけ灰原にしごかれたからだ。

 

「中上、野手にノックあと30分って伝えてきてくれ。終わったらここに集合な」

「はーい」

 

灰原からの伝言を伝えに中上が外に出る。

浜矢は自分の残りの球数が丁度30球なので、1球1分のペースで投げ込んだ。

実際の試合ではそんなに時間を掛けたら審判に注意されるのだが、まだ初心者の域を脱しない彼女が丁寧に投げるのを意識するのは良いことだ。

 

 

30分後、投球練習を終えると同時に野手が室内練習場に集まる。

全員の姿を確認したあと、灰原が中身の詰まった段ボール箱を抱えてくる。

 

「ちょっと早いがレギュラーは決まってるし、ユニフォームと背番号を配布するぞ!」

「ユニフォーム! きたっ!」

「待ってましたよ!」

 

段ボールに詰められていたのは、人数分の公式戦用ユニフォームと背番号のゼッケン。

今年はせっかく至誠だけで出場出来るのだからとデザインが一新されている。

ほとんど練習試合で着用した物と変わらないのだが、そこには触れない方針で。

 

「それと、予算が下りたからアンシャも買ったぞ」

「うわっ、派手ですね」

「情熱の赤! って感じで良いじゃん?」

「威圧感ありますねコレ」

 

赤色のアンダーシャツに白をベースに、赤のラインが入ったユニフォーム。

着用した時の見た目がかなり暑い、いや熱い。

ユニフォームとゼッケンは背番号順に配布される。

 

背番号1 中上佳奈恵 エースは勿論彼女だ。

背番号2 柳谷真衣 主将兼四番の正捕手。

背番号3 金堂神奈 木製バットの安打製造機。

背番号4 菊池悠河 俊足を誇る守備職人。

背番号5 山田沙也加 圧倒的破壊力の長距離砲。

背番号6 鈴井美希 守備と打撃を両立する遊撃手。

背番号7 青羽翼 投手兼野手のクリーンナップ。

背番号8 糸賀由美香 俊足巧打のトップバッター。

背番号9 浜矢伊吹 センスだけで野球をやる初心者。

 

だが、これだけでは終わらない。

 

「それと10番、千秋」

「えっ!? 良いんですか……?」

「ベンチ入りの枠余ってるしな。それにコーチャーとしても出せるし」

「ほら、早く貰いなよ。憧れの至誠のユニフォームだよ?」

「うん……!」

 

今にも泣き出しそうな、それでいて喜びが隠し切れていない表情でユニフォームを受け取った千秋は、割れ物を扱うかのように大事な手つきでユニフォームを抱きしめる。

 

「よかったな、せんしゅー」

「うん、うん……! これは間違いなくあの至誠高校の公式戦ユニフォーム! ほら、生地も違うしフロントラインが一本多いんだよ! それに袖の所にもラインが入ってる!」

「お、おう……相変わらず凄いな」

 

色んな意味で。知識の豊富さもさることながら、話す速度や声の大きさが普段とは段違い。

この勢いで距離を詰められた浜矢はつい後ずさる。

 

「早く着たいなぁ……」

「もう着ちゃったら?」

「それはダメ! 大会までじっくり待ってから着るのが最高に幸せなんだよ〜!」

「そ、そうなんだ……」

 

あの鈴井ですらも気圧されている辺り、このモードの千秋がどれだけ勢いがあるのか分かるだろう。

浜矢は距離を取ろうとしたが、鈴井ともども千秋に捕まり30分近くの至誠トークを聞かされる事に。

彼女の話は今の世代が知らないような事まで教えてくれるので、面白いと言えば面白いのだが。

 

(単純に圧が凄いんだよな……)

 

そこだけ改善してくれればいくらでも話は聞くのだが、それを本人に伝えたら凹みそうなので何も言えないのだ。

 

 

 

ユニフォームを配り終え、本日の練習は終わり。

灰原は長時間の練習は不要派の人間。

短時間で密度の濃い練習をすれば効率的に成長ができるとよく言っている。

実際それで柳谷たちは育っているし、浜矢も野球を始めて2ヶ月とは思えない成長を見せているので正解なのだろう。

まあ浜矢に関しては彼女の才能もあるのだが。

 

「伊吹ちゃん、美希ちゃん。帰ろ?」

「おー、ちょっと待ってねー」

「早く準備しなよ」

「むしろ何で鈴井はそんな準備早いんだよ……さっきまでせんしゅーの話聞いてたじゃん」

「私は聞きながら準備してたの」

「くそぅ……」

 

二人を待たせてはいけないと、急いで帰り支度を済ませる浜矢。

ふと、一つの疑問が頭に浮かんだ。

 

「そういやせんしゅーって何でそんなに至誠が好きなの?」

「元々野球は好きだったんだけどね。八年前……ちょうど監督が至誠の選手だった頃だね。あの時、私は県大会の決勝戦を球場で見てたんだ」

「へー。それってせんしゅーが行きたいって言ったの?」

「ううん。親も野球好きだったから連れられて」

 

八年前というと小学生に入りたての頃だ。

 

(そんな頃から野球が好きだったとなると、生まれる前から野球が好きだったんじゃ……)

 

彼女は物心付いた時から野球道具に触れていたので、浜矢の予想はあながち間違っていない。

 

「そこで監督の活躍に目を奪われたんだ。4打数3安打1本塁打3打点……逆転サヨナラツーラン」

「あったね。私もそれで監督のファンになったよ」

「美希ちゃんも? お揃いだね。……それからずっと至誠が好きなんだ」

「監督のファンだけじゃなく、至誠のファンにもなったんだ」

「うん。特に八神選手が好きだったな」

「八神さん! 私も好きだよ、あのフォーム!」

 

八神涼香。高校時代に灰原とバッテリーを組んで全国制覇を達成しており、現在も横須賀スカイペガサスズで活躍しているプロ野球選手。

制球の良さが売りのサイドスロー投手で、毎年のように防御率2点台をキープしている名投手だ。

なお彼女が登板すると味方打線が沈黙する模様。

 

 

「……いつか、私も至誠の人間として全国に行きたい。全国の頂点に立ちたいって思ったんだ」

「選手になろうとは考えなかったの?」

「元から人のサポートをするのが好きだったし、私小さい頃はあんまり体が強くなかったから」

「そっか……けどユニフォーム貰ったし、グラウンドにも立てる!」

「そうだね! それが嬉しくてしょうがないんだ」

 

そう言って笑う千秋の顔は、浜矢と鈴井の瞳にはとても幼く映った。

背は小さいし顔もどちらかと言えば幼いのに、いつもはどこか大人びて見える彼女。

普段は真面目な顔でデータを分析しているのに、今は小さな子供が初めておもちゃを貰った時のようにキラキラした目をしている。

 

「早く試合したいな……それでせんしゅーを全国へ連れて行く!」

「期待しててね」

「二人とも……うん、期待してる! 勿論二人の活躍もね!」

「よっしゃー! 完封してやるぜ!」

「じゃあ私は猛打賞かな」

「ふふっ、二人とも頑張ってね!」

 

大会をどのように見ているかはそれぞれ違う。

浜矢はスカウトへのアピールの場として、鈴井は自らの実力を試す場として、そして千秋は全国に行くまでの通過点として見ている。

だが、全国へ行くという気持ちは全員が持ってる。

 

(目標が一致している。それだけで私達はどこまでも強くなれる、何処までも行ける気がする)


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