君色の栄冠   作:フィッシュ

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第14球 大胆不適なサイン

5回裏の攻撃はまだノーヒットの岡田から。

何回か素振りをしてから打席に入る前に、ベンチの方を見てサインを確認する。

 

――普通に打たせれば多分打てないだろう。だから、ここはギャンブルだ。

 

監督は反撃へと繋がるそのサインを出した。

 

――相手の守備は少しだけしか前進してないし、それに下手らしいし。

 

ヘルメットを触り、岡田はこのサインを受け取る。

 

――ここで試すしかない!

 

2人の考えている事は一緒だった。

初球のスライダー、ギリギリまで引きつけてからバットを出す。

 

 

「セーフティーだ! ボール1つ!」

「はい!」

 

三塁線に上手く転がしてから、岡田は強く地面を踏み駆け出す。

しなやかに力強く駆ける岡田は、ただベースの先だけを見据えて走っていた。

 

「セーフ!」

「よし! 岡田ナイス!」

「早紀ちゃん最高だよー!」

 

サードの握り替えがもたつき、楽々セーフ。

岡田の脚と走塁・盗塁技術の高さは全国トップクラス。

だから常にグリーンライトのサインが出ているが。

 

 

「ここは走らせるの怖いな……牽制上手いし」

「けど攻めたいですよね〜」

「どうしましょうか」

 

どうにかして大量点を取りたいが、失敗した時のリスクが大きい。

監督はどちらかと言うとリスクを恐れる傾向にある。

 

「あのー……」

「春宮? どうした?」

 

頭を悩ませている3人に恐る恐る声を掛ける春宮。

 

「エンドランっていうのしちゃダメなんですか?」

 

彼女のこの発言に、3人は言葉を失った。

春宮も変な事を言ったかと次の言葉が出ず、ただ無音の時間が流れる。

 

 

「……ちなみに、そう思った理由は?」

「だって岡田先輩って走塁判断? っての上手いんですよね、で渚は打つのが上手い……いけるじゃないですか!」

「そういう簡単な話じゃないんだよ〜……けど、アリかもな」

「本当ですか!?」

 

監督が意見を肯定すると、春宮は目をキラキラと輝かせて喜ぶ。

そしてエンドランをするか否かでまた3人は話し合う。

 

「川端は結構気合入ってるし、ゲッツーにならないように打ってくれそうだよな」

「こういう場面に強そうですよね」

「それに、発破を掛けるという意味でも良いと思います」

 

意見は一致した、エンドランを決行する。

そのサインを見た川端と岡田の2名は、驚きをなんとかヘルメットで隠した。

 

 

――ここでエンドラン……監督達は、まだ私の事を見捨ててなかった。いや、これがラストチャンスかも知れない。

 

――これを失敗したら渚は自分を責める、そんな事させないように走塁はミスれない。

 

両名は顔を上げ、決意が固まった表情を見せた。

岡田に盗塁のサインが出たのだと考えた汐屋は、何度も一塁へ牽制する。

 

 

 

何度牽制されてもリードの大きさは変えない。

そして遂に投球モーションに入った時、岡田は走り出した。

 

「走った!」

「いけ……! 川端!」

 

川端は外の変化球をおっつけて打ち返し、三遊間を破るヒットを放つ。

流石にレフト方向への打球では進塁出来ず、岡田は二塁ストップ。

 

「エンドラン成功!」

「渚すごーい!」

「凄いのは春宮の作戦だよ、よくこの場面でエンドランとか思い付いたな」

 

監督にそう言われた春宮は不思議そうな顔をしている。

 

 

「だってこの2人の組み合わせか、キャプテンだったら成功しそうじゃないですか?」

「確かにそうだけど……失敗した時怖いだろ、そういうのは考えなかったのか?」

「渚ならやってくれるって信じてましたから!」

 

――選手を信じる采配、か……。リスクを嫌ってこういうサインは控えていたけど、少しずつやってみるか。

 

リスクの大きさが実感出来ていない春宮だからこそ出せた、大胆不適なサイン。

 

 

「よし、この回で追いつくぞ!」

『おー!』

 

このチャンスの場面で回ってくるのは三好。

しかしここでも岡田への牽制が挟まれる。

 

――2回牽制を挟んだ、そろそろ打者と勝負したいはず。それにさっき気付いたけど、この人サークルチェンジ投げる時は気持ち長く持つ気がする。

 

そして今まさに、投球モーションに入るまで長い。

岡田の眼は見逃さず、三塁に向かって駆け出した。

 

「三盗だ!」

「なっ、岡田……!?」

 

投手の癖を完全に掴んだ岡田は、一度ボールの現在位置を確認してから三塁に右脚から滑り込む。

三塁審判はタッチプレーを見守った後、両腕を地面と平行に上げる。

 

 

「セーフ、セーフ!」

「いえっす!」

 

三塁上で手を叩く岡田を見て、監督は心臓を押さえている。

 

「ヒヤヒヤした……」

「グリーンライトですけど、まさか三盗するとは……」

「けど成功したから何も言えませんね」

 

これで一塁・三塁となり犠牲フライでも1点だ。

期待に応えたい三好だったが、セカンドへのフライで1アウト。

 

――流石にこれじゃ帰れないってばー、ピカ!

 

――ごめん。

 

申し訳無さそうに謝り、ベンチに戻る三好。

だがまだ至誠の攻撃は終わっていない、次は今日当たっている上林だ。

 

 

2球続けて見送って1ボール1ストライク。

上林は狙い球を絞り、それ以外の球には反応していない。

狙い球が投げられたのは3球目だった。

 

――サークルチェンジきたっ!

 

外角低めの緩い球に合わせ、ライト方向へ流す。

岡田は余裕で生還し尚も一・二塁のチャンスで鈴井。

 

どんなコースに何が来てもカットして粘り、フルカウントとしてからの7球目。

 

「っ!」

「アウト!」

 

詰まった当たりはキャッチャーフライとなり、2アウト。ランナーは変わらず一・二塁のまま。

 

 

「珍しいな」

「すみません、クイックの速さ変えられました」

 

クイックの速さを変える事により、ボールが到達するまでの時間をずらした。

それにより打ち損じてしまったのだ。

 

「まあ鈴井で無理なら仕方ない……石川ー! お前が決めろよ!」

「灯、代わりに頼んだよ!」

 

石川が緊張した雰囲気のまま左打席に立つ。

5回裏、2アウト1点差。打ち損じれば終わりかも知れない。

 

 

――監督は左に強いって理由で私を起用したんだから、打たないと。

 

しかし2球であっという間に追い込まれ、1球ボールを挟んでカウント1-2。

これはバッテリーが勝負に来るカウントだ。

 

投じられた4球目は内角低めへのストレート、石川は最も苦手としているコースと球種。

 

 

――ハマ先輩と練習したんだ、ここで打つことくらい私にだって出来るはず!

 

肘を畳んで、身体を回転させてボールを捉える。

打球は鋭く一二塁間を抜け、ライトの前に運ばれる。

 

「川端突っ込めー!」

 

監督の怒号にも近い叫び声が響き、川端は三塁を蹴りホームへ突っ込む。

ライトもそれを見てバックホームをし、最後の要である捕手に託す。

 

 

川端が滑り込んで片手でホームベースをタッチするのとほぼ同時に、捕手もミットで川端をタッチする。

 

「……セーフ!!」

「川端ナイスラン!」

 

僅かに川端のタッチの方が速かったと判定され、これで振り出しに戻した。

 

「監督も結構大胆な指示出しますよね……」

「あいつ地味に走塁上手いからな、いけると思ったんだ」

「なるほど」

 

川端は送球も走塁も平均よりは上手い。

高い打率に目が行きがちで、この点はあまり注目されてこなかったようだ。

 

 

「さあ栗原逆転だ! 得点圏は好きだろ?」

「まっかせてください!」

 

フルスイングの素振りをしてから打席に入り、バットを構える。

普通ならばプレッシャーを感じる状況だが、栗原は笑っている。

 

――確か引っ張りが多いタイプだったな、警戒で。

 

横浜隼天は引っ張り警戒のシフトを敷く。

これで逆をつければ良いのだが、栗原には狙ってそんな事を出来る技術は持ち合わせていない。

 

 

その初球だった。外角のスライダーを鋭く弾き返して流す。

本来であればセカンド真正面の打球だが、シフトにより誰も居ない。

 

――私は、横浜隼天(私たち)は負ける訳にはいかないんだ!

 

宮崎が横っ飛びで打球に喰らい付く。

泥を飛び散らせながら地面に飛び込み、グラブを審判に見せる。

 

「アウトー!!」

 

アウトコールが響くと球場が沸いた。

負けられないと意地を見せるキャプテン宮崎のプレーに、至誠側の応援席からも思わず出た拍手の音がかすかに聞こえる。

 

 

「悔しい〜!!」

「今のは宮崎じゃなかったら抜けてたな、ドンマイ」

「実質ヒットだから、ね?」

「ぐぬぬ……守備行ってきます」

 

固く閉ざされた口元に悔しさが滲んでいるが、それを拭うように一塁へと歩く。

宮崎は横浜隼天の選手には珍しく守備も良い。

その守備力の高さがこの大事な場面で出てきた。

 

 

「神宮いくぞー」

「はいっ! 調子は最高ですよ、もう6人で終わらせちゃいます」

「……6回を?」

「違いますよ! 2イニングです!!」

 

信頼されているのかどうなのか分からないやり取りをして、神宮は怒りながらマウンドに向かう。

 

――あの真理がホームラン打たれてからも引きずらなかったんだ。その成長の日を私がぶち壊す訳にはいかないんだ!

 

先程の発言通り、調子は絶好調の模様。

鋭く曲がるスライダーとシュート、ブレーキの効いたカーブ。

そしてストライクゾーン内で荒れるストレートが、洲嵜とのギャップを与え3人で6回を終える。

 

 

「ナイピ、次の回もその投球頼むよ」

「余裕ですよ!」

「なんでフラグ立てるかな……」

 

自信満々かつフラグ満載な神宮に、苦笑いを返す監督。

 

6回裏が始まる前に横浜隼天のベンチが動いた。

投手交代のアナウンスがされ、汐屋がベンチに下がる。

 

「お、汐屋下がったか」

「私の出番っすか〜?」

「だな、代打の準備しておいてくれ」

「はーい」

 

投手が変わったという事は、約束通り石川と茶谷が交代となる。

 

 

投球練習が終わり荒波が構える。

今日はまだノーヒットで、守備でも目立った活躍は無い。

初球はストレートを見逃して1ストライク。

汐屋とは打って変わって速球派の投手だ。

 

平行カウントとしてからの5球目。

外角高めにストレートが投げられる。

 

――確かに球は速いけど、伊吹先輩と比べたらノビはない。

 

高めの球に上手く合わせてレフト方向へ流してヒット。岡田は送りバントで1アウト二塁に。

 

続く川端は今までの試合とは違い、本来の打力を取り戻していた。

際どい球はカットして粘り、外れれば迷わず見送る。

和歌山の安打製造機と呼ばれていた頃の川端だ。

 

「ボールフォア!」

「よし、完璧」

「これぞ渚ちゃん、ですね!」

 

しかし三好は速球に押されてしまい、セカンドゴロに終わる。

荒波は三塁に進んで2アウト三塁、最高のチャンスを作り出した。

 

 

「上林頼むぞー」

「真希って速球打ちはどうなんですか?」

「得意でも苦手でも無かった思うが」

「バランス型だなぁ……」

 

得意でも苦手でもない、そんな要素が大半を占めている上林。

しかしそんな評価をひっくり返すかのように、初球を打ち返してレフトの前に落とす。

 

「勝ち越し! 今日の上林良いな!」

「最高の結果ですね……!」

 

鈴井が続くもその後は代打の茶谷が三振して3アウト。

迎えた7回の守備、ここを抑えれば勝利となる。

マウンドに上がったのは、6回からリリーフ出場している神宮。

 

 

横浜隼天は下位打線からの攻撃だったが、代打攻勢に出る。

それでも神宮を捉える事は出来ず7番をセカンドフライ、8番をショートゴロに仕留める。

 

「本当に6人で抑えそうだな」

「監督、そんな事言っちゃうと……」

 

この発言が引き金となってしまったのか、急に制球が乱れ四球を出す。

1発出れば逆転の状況で、今日1本打っている宮崎。

 

「失投だけはやめろよ神宮……」

「なんか既に胃が痛いんですけど……」

 

胃がキリキリとするのを感じながらも、グラウンドの戦いからは目を逸らさない。

最初はスライダーで空振り、次はボール球のシュートに釣られずボール。

 

3球目もカーブが外れてカウント2-1からの4球目。

やけくそ気味に投げた内角のストレート、それを宮崎は打ち上げ打球はファールグラウンドに。

 

 

「あれは無理か?」

「風で流されてますね」

 

捕球を諦めていないのが1人居た、三好だ。

オーライ、と声を出しながら打球に突っ込み、最後はフェンスにぶつかりながら捕球を試みる。

 

「アウト!」

「おいおい、三好大丈夫か?」

 

ゲームセットのコールがされても、三好はうずくまったまま立ち上がらない。

 

「三好先輩、立てますか?」

「っ……平気、整列するよ」

「はい……」

 

心配そうな目で見つめている上林には気付かず、三好は列に並ぶ。

握手を交わし応援席にも挨拶をしてから、監督は三好を呼び止める。

 

 

 

「小林先生は怪我とかにも詳しいから、少し診てもらえ」

「別に平気ですよ」

「コールドスプレーとかもして貰うし、監督の命令には従え」

「……はい」

 

普段は絶対服従な環境ではないが、今は別だ。

怪我しているかも知れない選手を放っておけない。

三好は渋々と小林の後を追って医務室へ入り、ユニフォームを脱いでアンダーシャツ姿になる。

 

「見せて下さいね、左肩付近でしたよね」

「はい」

「少し触りますね……痛いですか?」

「痛くないです」

 

触ったり動かしたりして、痛みが無いかを確認する。

 

「これなら平気そうですね、一応湿布は貼っておきましょう」

「大袈裟ですよ……」

「こうしないと、私が監督に怒られてしまいますから。監督は皆さんの事を大事にされていますからね」

 

そう言われると反論も何も出来ず、大人しく湿布を貼られる。

最後にもう一度痛みを確認してユニフォームを着る。

 

 

「そういえば、なぜあのようなプレーをされたんですか? 普段の三好さんなら無理矢理には捕りに行かない打球でしたけど……」

 

三好は無茶はせず、自身の範囲内の打球を正確に捌く選手。

あのような打球をぶつかりながら捕るのは、明らかにおかしい。

 

「…………真希は凄い活躍してたのに、私は全然だったから」

「ふふっ」

「なっ、何がおかしいんですか?」

「いえ、ただ素敵なライバル関係だと思いまして」

 

ライバルと思われているのが恥ずかしいのか、顔を赤くして俯く。

 

「はぁ……意識してあんなプレーするとかって笑われてそうで憂鬱です」

「貴女の中の上林さんはどんな人なんですか……それに、上林さんは三好さんの事好きですよ」

「はっ?」

 

すると医務室の扉がノックされ、小林は微笑みながら入室の許可を出す。

扉を開いた先には噂の人物が立っている。

 

 

「上林……」

「あの、三好先輩……怪我とかは大丈夫ですか?」

「あれくらいのプレーで怪我とかしないよ」

「……良かったです」

 

心底安心した様子で微笑む上林。

それを見て本当に嫌われていないと、ようやく実感した三好。

 

「こちらの片付けはやっておきますから、2人は先にバスに戻っていて下さい」

「分かりました、ありがとうございました」

 

上林と三好の2人は、小林に礼をし医務室を後にする。

 

 

 

「あれ、私の荷物は?」

「それならもうバスに積みましたよ」

「……ありがと」

「流石にぶつけた人に荷物持たせませんよ」

 

それは流石に過保護じゃないか、と思う三好。

だが上林は心の底から彼女を心配していたのだ。

 

「……心配してくれてありがとな」

「気にしないで良いですよ、私先輩のこと好きですし」

 

上林の言葉にあからさまに動揺する三好。

 

――落ち着け、別にそんな意味じゃない。そうだ私にも上林にも、鈴井先輩がいる。違う絶対にそうじゃない。

 

 

「先輩?」

「……ふんっ!」

「いった!? 何するんですか!?」

 

照れ隠しで上林の頭を引っ叩く。

上林からは三好の顔は見えていないので、何が起こったのか分からないだろう。

三好の顔は熱が出たように真っ赤だ。

 

「……バスまで競争するぞ!」

「いきなり!? まあいいや、負けませんよ!」

 

三好はぶつかったのなんて嘘のように走る。

それを追いかける上林、2人の顔には笑顔が浮かんでいた。

 

 

 

「……ん?」

 

――なんだ、やっぱり2人とも仲良いじゃん。

 

バスの中からその様子を見つけた監督は、やれやれと言った笑顔だった。

 

「脚遅いぞ!」

「うるさいですよ! こっちは気にしてるんです!」

 

ライバルではあるが仲は悪くない、遊撃手コンビ。

2人の仲は今日だけでもかなり縮まった事だろう。

 

 

 

至誠高校、3年連続の決勝進出。




恋(?)のライバル同士がお互いに矢印向くの、王道だけど良いと思います

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