君色の栄冠   作:フィッシュ

83 / 111
第17球 伏兵、再び

7回の攻撃、ここで無得点なら至誠の夏は終わり。

そう奮起する至誠ナインを嘲笑うかのように、佐久間はギアを上げた投球で茶谷を打ち取る。

 

「ノーヒットとか信じらんねぇ……」

「今日の佐久間が良すぎただけだ、普段はこんなじゃないから」

 

《5番捕手 鈴井さん》

 

彼女の名前がコールされると、球場が歓声で大きく揺れた。

この劣勢を打開出来るのは彼女しかいない、誰もがそう思っているからだ。

 

 

――確かに7回までその球速を維持出来ているのは凄いと思うよ、けど制球が疎かになってるよ。

 

一度も振らずに3ボール1ストライクとした後の5球目だった。

佐久間が投球モーションに入ると、鈴井はセーフティーの構えを見せる。

 

――セーフティー? くそっ、考慮してなかった。

 

「ボールフォア!」

 

この構えに動揺し、手元が僅かに狂った佐久間は四球を出してしまう。

1アウト一塁、打席に入るのは今日6番の浜矢。

 

 

――まあいい、待ってたぞ浜矢。お前の打席を!

 

いきなり自己最速を更新するストレートで、1つ目のストライクを取る。

最終回で最速更新、球場は大盛り上がりだ。

この試合を観に来ていたスカウトも、スピードガンを驚愕の表情で見つめる。

 

高速スライダーでファールにして2ストライク。

フォークは見送って1ボールとなり4球目。

 

 

――これが私の全力投球だ! 前に飛ばすか、空振りか……お前が選べ!

 

――私だって楽しみにしていたんだよ……お前の球を、スタンドにぶち込むのを!

 

ど真ん中に全力のストレートが投げられ、浜矢はフルスイングてその白球を捉えた。

手に、腕に重くのしかかる打球の勢いに負けず振り抜くと、打球はスライスしながらスタンドへ一直線。

 

 

「入れー!」

「曲がるな! 落ちろっ!」

 

白い放物線が蒼穹の背景に良く映える。

最後までスライスし続けた打球は、ポール間際のスタンド席に落ち、三塁審は頭上で手を回す。

 

エース同士のホームランが炸裂し、またしても試合はひっくり返る。

4対3、最終回1点差のリードを至誠が得た。

 

 

「ナイバッチ」

「ハマ先輩流石っす!」

「だろー? この為にずっと速球打ちの練習してたし〜」

 

佐久間も浜矢対策をしていたが、その逆も行われていた。

自身の球を打席で見る事の出来ない浜矢は、1人黙々とマシン打撃をしていた。

 

「玲、まだいけるよね?」

「当然! 蒼海大は負けやしない!」

「流石エース、頼りにしてるよ」

 

逆転されたのに佐久間は楽しそうにしている。

その勢いのまま川端、栗原、岡田を仕留めてマウンドを降りる。

 

 

「さあ、代打攻勢だ! 私達に打席が回る前に決めてしまっても良いぞ!」

「ほら行け! 打ってこいよ!」

 

蒼海大の代打には打力重視の選手が揃っている。

しかし浜矢はそれにも屈しない。

最初の打者はストレートの下を振らせて空振り三振、続く打者も外へ逃げるスライダーを振らせて三振。

 

 

この回3度目の代打が告げられた。

浜矢はストレート、ツーシーム、カーブを投げるが全て当てられる。

それも全てが特大ファールだ。

 

――フォーク行くよ、最高の変化を頼むよ。

 

――ああ……逸らすなよ!

 

左脚を引き、ゆっくりと上げる。

宙に上げた脚にグラブを一回当て、右腕を素早く振り下ろす。

指先から離れたボールは、真っ直ぐに打者に向かい――斜めに曲がりながら落ちる。

 

 

「ストライク!」

「鈴井、一塁!」

「OK!」

 

ワンバウンドした球を見るや否や、振り逃げを狙う打者。

落ち着いて捕球した鈴井は、丁寧な送球を一塁に送る。

 

「……アウト!」

 

この瞬間、至誠3度目の神奈川制覇が決まった。

部員達がエースの好投を讃える為に、マウンドに駆け寄る。

だが、1番最初にその役目を果たすのは正捕手だ。

 

 

「伊吹ちゃん、本当に良いピッチングだったよ! ありがとう!」

「そっちこそ最高のリードありがとうな!」

 

マウンド上で神奈川一のバッテリーが抱き合うと、それを皮切りにもみくちゃになる。

スタメンの半分近くは1年生、そんな中で優勝出来た事により、1年生は全員大粒の涙を流している。

 

「佳奈利も泣いとるやん、意外」

「うるせ! ……これは流石に嬉しいだろ」

「分かるで、まさか優勝出来るなんて思うてへんかったし」

 

二遊間を守る彼女達も、現実を受け止めきれないまま泣いている。

 

 

 

歓喜の涙を流す者がいる一方、悔しさの涙を流す者も当然いる。

蒼海大ベンチではうずくまって泣いている選手もいる中、佐久間は普段通りだった。

寧ろ、良い戦いを出来た事に満足感を得ているようだった。

 

「全員顔を上げろ! ……確かに蒼海大は準優勝という結果に終わってしまったが、お前達は悪くない。悪いのは4失点もしたエースの私だ、だからお前達は胸を張って学校へ帰るんだ」

「佐久間さん……! 佐久間さんも堂々と帰りましょうよぉ!」

 

誰がこんな事を言ったのかは分からない。

だがこの発言から佐久間に部員達が集まり、何故か胴上げを始めた。

 

 

「……なんで負けたのに胴上げしてんの向こう」

「さぁ……まあ蒼海大っぽいっちゃぽくない?」

「確かにね、それに楽しそうだね」

 

涙こそ流しているが、それでも悔いは残っていないような、清々しい顔をしていた。

 

「ちょっ、降ろせ! なんで至誠より目立ってんだよ!」

 

佐久間のツッコミは最もで、優勝した至誠よりも目立っている。

彼女に言われては誰も反対出来ず、胴上げは終わった。

 

 

「ほら、整列するぞ!」

『はい!』

 

至誠ナインと蒼海大ナインは、暑く固い握手を交わす。

佐久間は浜矢と、鈴井は相川の握手をする。

 

「浜矢、これ持っていけ」

「これ……バッテ?」

 

浜矢に手渡されたのは、佐久間の黒いバッティンググローブ。

手のひらにこびり付いた汚れは、彼女の努力を示していた。

 

「お前の打撃はまだ未完成だ……だから私のそれを付けて、全国の奴らを打ち砕いてこい」

「……ありがとな! 絶対全国でもホームラン打ってくる!」

 

 

エース同士が熱い約束を交わしている一方、ベンチでは。

 

「あの2人は、本当にライバルだったんだな……」

「どうしたんですか監督? そんなの当たり前じゃ……」

「これ見ろよ」

 

監督が千秋に見せたのは、2人の昨日までの投球成績。

被本塁打の欄に書かれていた数字は、2つとも0だった。今日の分を更新すると、両方に1が記される。

 

「お互い、ホームランを打たれたのは1人だけか……」

「凄いですね、2人とも他には誰にも打たれたくなかったんですかね」

「と言うより……アイツらの球をスタンドに運べるのなんて、あの2人くらいしかいないんじゃないか?」

 

ライバル意識が強かった2人だから、どうやって打つのか考えた。

その結果が2人揃ってのホームランだ。

 

 

 

監督達もグラウンドに出て、神奈川制覇を果たした部員を見渡す。

 

「優勝おめでとう! この勢いで全国も制覇するぞ!」

『オオーー!!』

 

拳を空に突き上げて声を出すと、観客から大きな拍手が飛ぶ。

その拍手に応え手を振ると、更に大きな拍手が返ってくる。

 

「……キリが無いから、程々にしろよ」

「はーい、なんか芸能人みたい」

「プロになったらこんなの幾らでもする事になるんだけどね」

「予行練習ってやつよ!」

 

浜矢は完投した疲れなんてないように、笑顔で客席に手を振る。

5分近くそうしていたので、痺れを切らした鈴井に引っ張られて退場する。

 

 

 

「じゃあインタビューしてくるわ、鈴井と浜矢も準備しとけよ」

「はいっ!」

「分かりました」

 

監督はインタビュアーに呼ばれ、優勝インタビューを受ける。

 

「まずは県予選優勝、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「2回に2つのエラーで先制をされてしまいましたが、その時はどんなお気持ちでしたか?」

「浜矢なら絶対に抑えてくれると信じていたので、心配もしてませんでしたね」

 

まず聞かれるのは、当然あのエラーの事。

だが浜矢を信じていた監督は、伝令を伝える事もしなかった。

 

 

「あの後少しベンチでいざこざがあったようですが、あれは何があったのでしょうか?」

「ただ部員同士で発破を掛けていただけです、仲違いなどはありませんでしたよ」

 

次に聞かれるのは、佐野と牧野のあの言い争い。

だが結果としては良い方向に転んだので、何事もなかったと伝える。

 

「6回まではロースコアでした、その辺りの心境はどうでしたか?」

「正直本当に打てるのか不安でしたね、佐久間選手の球をヒットにした事があるのは、鈴井と浜矢だけでしたし」

 

2年生の中で速球に強い選手がいない以上、クリーンナップでどうにか点を取らなければならなかった。

 

 

「そんな中6回、1点差の場面で栗原選手のホームランが出ました。あれは何か監督からアドバイスをされたのですか?」

「いえ、その役目は部員達がやってくれました。ウチの部員は優秀なので」

 

しかし実際に得点を挙げたのは、6番の浜矢と8番の栗原。

 

「その裏、佐久間選手にホームランを打たれて逆転されましたが、その辺りはどうでしたか?」

「まあ佐久間選手なら打つだろうなとは思っていましたし、表の攻撃は鈴井からだったので……また逆転出来るって信じてました」

 

逆転されても誰も悲観的になっていなかったのは、攻撃が鈴井から始まるから。

 

 

「では最後に、全国への意気込みをお願いします」

「この勢いで必ず全国でも優勝してみせます」

「全国大会出場を決めた至誠高校灰原監督でした、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 

続いてキャプテンである鈴井と、勝利投手である浜矢2人のインタビューが行われる。

 

 

「まずはキャプテン、優勝を決めた今の気持ちを教えて下さい」

「3年生が3人しかおらず、相手があの蒼海大という事もあり少し不安だったのですが……無事優勝できて嬉しいです」

 

「浜矢選手はどうですか?」

「蒼海大の佐久間選手は初めてのライバルなので……昨年のリベンジが出来て良かったです」

 

鈴井は落ち着いた様子で、浜矢は緊張から少し声がうわずっている。

 

「下級生だらけのチームで、負担や期待も相当大きかったのではないですか?」

「確かに頼りにされる事もあったりしましたけど、負担ではなかったですね。寧ろそれが力になりました」

 

堂々と、そして笑顔でそう答える浜矢。

エースとしての風格が出ている。

 

 

「キャプテンから見て、今年の至誠はどんなチームですか?」

「投打共にバランスの取れたチームで、何より投手力が高いチームという印象ですね。先発2人は言わずもがな、リリーフの2人も安定したピッチングを見せてくれていますし」

 

一瞬ベンチの方を見てから回答する鈴井。

 

「聞いた? 私ら褒められてるよ〜!」

「先輩がこう言ってくれるのって嬉しいよね」

「これからも抑えないといけませんね」

 

表立って褒められた事により、ドヤ顔になっている投手陣。

全国を前にさらに気合いが入った事だろう。

 

 

「2年ぶりの全国です、意気込みをお願いします」

「今年は投手を中心に実力のある選手が揃っていますし、結束力も高いと思っています。優勝は十分狙えるチームだと思っているので、しっかりと練習して全国に備えます」

 

「全国大会出場を決めた至誠高校の鈴井選手と浜矢選手でした、ありがとうございました」

『ありがとうございました』

 

マイクにはこの声は乗らなかったが、しっかりと礼をする2人。

インタビューが終わると、浜矢は全身から力が抜けたようだ。

 

 

「2人ともお疲れ様ー!」

「あー、疲れた……」

「全国優勝したらもう一回あるからね、覚悟しなよ」

「そういやそうか……今度はもっと喋れるように頑張るわ」

 

2人はインタビューで話した内容や、緊張していた姿を後輩達にからかわれながらバスに乗り込む。

 

 

全国大会出場を決めたのは、至誠だけでは無い。

祥雲とディーバも、一足早く県大会優勝を決めていた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。