君色の栄冠   作:フィッシュ

84 / 111
第18球 祝勝!

神奈川県内のとある焼肉屋、ここはコスパが良いと評判の店だ。

 

「えー、では県大会優勝を祝って……乾杯!」

『かんぱーい!』

 

至誠ナインが県大会の打ち上げ、もとい祝勝会を開催していた。

内野全員が1年生かつ3年生の選手が2人しか居ない中で、神奈川の頂点に立つ。

それがどれだけ難しい事か。その健闘を讃えての祝勝会だ。

 

「遠慮しないで、どんどん食べろよー」

「……マジでいいんすか?」

 

周りが一斉に肉を食らう中、茶谷は箸に手をつけていなかった。

 

 

「大丈夫だ、金ならある」

「うわぁ……でも引退してるんすよね」

「私立の野球強豪校の監督の給料、舐めるなよ?」

 

かつてない程のドヤ顔で、焼き上がった肉を掴む監督。それを呆れた顔で眺める茶谷。

 

「まあもし施設の子に遠慮してるんだったら、テイクアウトもできるからな」

「流石にそこまでは……自分だけ特別扱いってのも」

「まあとにかく! 今日は遠慮なんてしないでいいんだよ、ご褒美なんだから」

「……うっす」

 

まだ遠慮がちだが、一口食べるとブレーキが無くなった様子。

周りと同じかそれ以上のペースで食べる彼女を見て、安堵した笑顔を浮かべる監督。

 

 

 

「食べないの?」

「いや……体重がちょっと……」

 

大量の肉を前に、中々食べる手を進めない春宮。

女子高生というのはいつだって体重を気にしているものだ。

 

「優維全然細いじゃん、食べなよ」

「くぅ……食べたいけど……」

「……アイスも、3種類の味あるよ? 3人で分けたい……な?」

「食べるぅー!!」

 

白崎のお願いには耐えられずに、春宮は体重の事なんて気にせず食べ出した。

 

――大丈夫、野球部のマネージャーなんて肉体労働なんだから。いくらでも痩せられる!

 

「てか2人ともよく食べるね、知ってたけど」

「まあ体が資本だからね」

「……動くから、普通の人と同じ量じゃ、足りないんだ」

 

佐野と白崎……特に白崎は、同年代の子と比べるとよく食べる方だ。

それは野球部という運動量の多い部活にいるからだが、それを抜きにしても2人は食べる方だった。

 

 

「1年の中じゃ1番食べてるんじゃない?」

「てかみんなが食べなすぎなんだよー」

「これ普通の量、だよ……?」

「普通が全然普通じゃないんだけど」

 

至誠の1年生の中でも2人の食事量は多い。

2人に次いで食べるのが栗原、上林、茶谷の3人。

そこより少ないが一般人よりは食べるのが、川端と牧野だ。

 

 

 

「いやー、勝ててよかったね!」

「私達の出番無かったけどね」

「まあそれは言わない約束!」

 

石川と伊藤の幼馴染コンビは、いつも通り仲睦まじく向かい合って食事をしている。

 

「彗は来年になったら出番増えるっしょ」

「……灯は?」

「打撃が改善されれば、ワンチャンセカンド併用かレギュラーかも?」

「確かにそうだね」

 

――佳奈利と違って得点圏には強い。三振するのはどっちも同じだから、もう少し率を残せるようになればあり得るかな。

 

 

「正直、鈴井先輩の後とかプレッシャーある」

「だろうね、けど私もなんか手伝える事あるならやるから!」

「ありがとう、まあ投手に信頼されるような捕手になるよ」

 

――空や真理とはよく組むけど、湧とは組んだ事ないし。アンダースローとか今は上手く捕れる自信が無いし。

 

アンダースロー投手は、捕手から見ても軌道が独特で捕球が難しい。

牧野とはまだ試合で1度も組んだ事がない伊藤、逸らさずにしっかり捕球出来るかが信頼への鍵となる。

 

「とにかく頑張ろう! そのためにもっと肉食うよー!」

「……食べ過ぎて動けなくなっても知らないよ、お正月もそうなってたじゃん」

「あ、あれは彗のお母さんの料理が美味し過ぎたから……!」

「ウチの母親のせいにしないの」

 

この2人の家は、正月を一緒に過ごす程仲が良い。

可愛い娘の友達には沢山食べて欲しいという伊藤の母と、出された食事は残したく無い石川の組み合わせだった。

 

 

「来年の正月も初詣一緒に行く?」

「勿論! 彗と一緒に出かけるの楽しいからすきー」

「……別にいつでも会えるよね?」

「会うのと出かけるのは違うよ!」

 

――家だと家族いるけど、出かけなら2人っきりだし。

 

「これからもよろしくね!」

「今その挨拶する? まあいいや……よろしく」

 

伊藤が軽く吹き出して笑うと、釣られて石川も笑う。幼馴染2人の仲は、これからも続いていく。

 

 

 

その隣のテーブルで、3年生は全国大会について話していた。

 

「せんしゅー、今年の優勝候補ってどこ?」

「大阪桐葉にディーバ、それか祥雲かな」

「至誠の名前はないかぁ」

「そりゃスタメンの学年考えたらね」

 

スタメン9人のうち4人が1年生、3人が2年生という低年齢のスタメンだ。

そもそも3年生が3人しかいないので当然だが、今年の全国出場校の中で1番平均年齢が低い。

 

「祥雲は確か留学生が居るんだっけ?」

「そうだね、アメリカ出身の人が居るよ」

「確か名前はクリスタ・ルイスだっけ?」

 

アメリカからやってきた野球留学生ルイス。

祥雲は留学生も積極的に獲っており、他の部活にも留学生が存在する。

 

 

「高いアベレージ、日本人にはないパワー、そして脚……祥雲では1番厄介なバッターだね」

「去年の秋からレギュラーだっけ? もっと早く使っとけばよかったのに」

「日本に慣れるまで少し時間が掛かっちゃったみたいだよ」

 

日本食や気温、日本のボールやバットに慣れるまで2年の年月を費やした。

その分慣れてからの活躍は爆発的なものがある。

 

「でも今でも神田が4番なんだよね」

「信頼されてんな……神田の成績は?」

「28イニングを投げて3失点、防御率は0.75……打率も.421で本塁打3本、10打点と大暴れだよ」

「相変わらずの化け物っぷりだな……」

 

投手としても野手としても超一流。

たとえ野球留学生が相手だとしても、4番の座は譲らなかった。

 

 

「ディーバの方はどんな感じ?」

「大鷲さんが覚醒したね、30イニングで5失点、防御率1.16……打率.304の1本塁打5打点」

「神田と比べるとアレだけど、こっちも化け物だよな」

「まあ斑鳩と飛鷹が凄すぎてチーム内でも霞んでるけどね」

 

まず斑鳩は打率.458で4本塁打15打点、飛鷹は打率.520で2本塁打9打点と2人共並外れた打力を見せつけている。

 

「化け物しか居ないのかこの世代は……そういや孤塚は?」

「そもそも黄金世代だからね……孤塚さんは打率は3割ちょうど、1本塁打3打点」

「打撃改善されてんじゃん、こりゃ勝つのは大変そうだ」

 

打撃が課題とされていた孤塚も、3割に乗せ打線に厚みを出していた。

 

 

「けど2人も凄いよね、美希ちゃんは結局打率5割超えてるし」

「打率犠牲に長打取るとか言ってなかった?」

「長打力上げたら、打率も一緒に上がったよね」

 

鈴井は結果としては昨年よりも打率を上げ、本塁打と打点も増加。

別人のような成績を残していた。

 

「てか伊吹ちゃんもおかしいでしょ、これで野球初心者?」

「もう初心者卒業していいだろ、3年目だし」

「3年目とは思えない成績してるよねぇ」

 

浜矢は26イニングを投げ4失点、防御率は1.04。

打席数こそ少なかったものの、打率は4割を超え1本塁打を放った。

 

「てかチーム防御率1.29だっけ? 全国1じゃね?」

「違うよ? 2位だよ」

「1位どこだよ……」

「えーっとね、福岡の小倉北高校ってところ」

 

その高校名に聞き覚えのなかった鈴井と浜矢は、キョトンとした顔をしている。

 

 

「普通の公立高校だから、知らなくても無理ないかもね」

「公立か……てことは1人で投げ切ったとか?」

「そう、海崎柊さん……県大会35イニングを1人で投げ切って、失点はたったの4」

「防御率0点台じゃん……」

 

防御率0.80、WHIP0.91、奪三振率11.6の大エース。そんな選手が福岡の公立校に居るのだ。

 

「あと小倉北といえば、6割打者の内川優奈さんもいるね」

「6割かぁ……その2人が引っ張った感じ?」

「うん、寧ろこの2人以外打率2割以下……というか1割台もいるからね」

 

海崎は打率.375と高打率を残している。

だが内川と海崎以外の打線には、2割台が5人と1割台が3人だ。

 

 

「けど、その分公立とは思えない程守備が良い」

「打撃に回せる奴は回して、残りは守備を極めさせたって事か?」

「おそらくはね、だから当たったら意外と厄介かも」

「見てみたいな〜、海崎と内川!」

 

まだ見ぬ強大な相手に、興奮を抑えきれない浜矢。

口には出さないが、それは千秋と鈴井も同じだった。

 

全国大会まで残り2週間。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。