神奈川県内のとある焼肉屋、ここはコスパが良いと評判の店だ。
「えー、では県大会優勝を祝って……乾杯!」
『かんぱーい!』
至誠ナインが県大会の打ち上げ、もとい祝勝会を開催していた。
内野全員が1年生かつ3年生の選手が2人しか居ない中で、神奈川の頂点に立つ。
それがどれだけ難しい事か。その健闘を讃えての祝勝会だ。
「遠慮しないで、どんどん食べろよー」
「……マジでいいんすか?」
周りが一斉に肉を食らう中、茶谷は箸に手をつけていなかった。
「大丈夫だ、金ならある」
「うわぁ……でも引退してるんすよね」
「私立の野球強豪校の監督の給料、舐めるなよ?」
かつてない程のドヤ顔で、焼き上がった肉を掴む監督。それを呆れた顔で眺める茶谷。
「まあもし施設の子に遠慮してるんだったら、テイクアウトもできるからな」
「流石にそこまでは……自分だけ特別扱いってのも」
「まあとにかく! 今日は遠慮なんてしないでいいんだよ、ご褒美なんだから」
「……うっす」
まだ遠慮がちだが、一口食べるとブレーキが無くなった様子。
周りと同じかそれ以上のペースで食べる彼女を見て、安堵した笑顔を浮かべる監督。
「食べないの?」
「いや……体重がちょっと……」
大量の肉を前に、中々食べる手を進めない春宮。
女子高生というのはいつだって体重を気にしているものだ。
「優維全然細いじゃん、食べなよ」
「くぅ……食べたいけど……」
「……アイスも、3種類の味あるよ? 3人で分けたい……な?」
「食べるぅー!!」
白崎のお願いには耐えられずに、春宮は体重の事なんて気にせず食べ出した。
――大丈夫、野球部のマネージャーなんて肉体労働なんだから。いくらでも痩せられる!
「てか2人ともよく食べるね、知ってたけど」
「まあ体が資本だからね」
「……動くから、普通の人と同じ量じゃ、足りないんだ」
佐野と白崎……特に白崎は、同年代の子と比べるとよく食べる方だ。
それは野球部という運動量の多い部活にいるからだが、それを抜きにしても2人は食べる方だった。
「1年の中じゃ1番食べてるんじゃない?」
「てかみんなが食べなすぎなんだよー」
「これ普通の量、だよ……?」
「普通が全然普通じゃないんだけど」
至誠の1年生の中でも2人の食事量は多い。
2人に次いで食べるのが栗原、上林、茶谷の3人。
そこより少ないが一般人よりは食べるのが、川端と牧野だ。
「いやー、勝ててよかったね!」
「私達の出番無かったけどね」
「まあそれは言わない約束!」
石川と伊藤の幼馴染コンビは、いつも通り仲睦まじく向かい合って食事をしている。
「彗は来年になったら出番増えるっしょ」
「……灯は?」
「打撃が改善されれば、ワンチャンセカンド併用かレギュラーかも?」
「確かにそうだね」
――佳奈利と違って得点圏には強い。三振するのはどっちも同じだから、もう少し率を残せるようになればあり得るかな。
「正直、鈴井先輩の後とかプレッシャーある」
「だろうね、けど私もなんか手伝える事あるならやるから!」
「ありがとう、まあ投手に信頼されるような捕手になるよ」
――空や真理とはよく組むけど、湧とは組んだ事ないし。アンダースローとか今は上手く捕れる自信が無いし。
アンダースロー投手は、捕手から見ても軌道が独特で捕球が難しい。
牧野とはまだ試合で1度も組んだ事がない伊藤、逸らさずにしっかり捕球出来るかが信頼への鍵となる。
「とにかく頑張ろう! そのためにもっと肉食うよー!」
「……食べ過ぎて動けなくなっても知らないよ、お正月もそうなってたじゃん」
「あ、あれは彗のお母さんの料理が美味し過ぎたから……!」
「ウチの母親のせいにしないの」
この2人の家は、正月を一緒に過ごす程仲が良い。
可愛い娘の友達には沢山食べて欲しいという伊藤の母と、出された食事は残したく無い石川の組み合わせだった。
「来年の正月も初詣一緒に行く?」
「勿論! 彗と一緒に出かけるの楽しいからすきー」
「……別にいつでも会えるよね?」
「会うのと出かけるのは違うよ!」
――家だと家族いるけど、出かけなら2人っきりだし。
「これからもよろしくね!」
「今その挨拶する? まあいいや……よろしく」
伊藤が軽く吹き出して笑うと、釣られて石川も笑う。幼馴染2人の仲は、これからも続いていく。
その隣のテーブルで、3年生は全国大会について話していた。
「せんしゅー、今年の優勝候補ってどこ?」
「大阪桐葉にディーバ、それか祥雲かな」
「至誠の名前はないかぁ」
「そりゃスタメンの学年考えたらね」
スタメン9人のうち4人が1年生、3人が2年生という低年齢のスタメンだ。
そもそも3年生が3人しかいないので当然だが、今年の全国出場校の中で1番平均年齢が低い。
「祥雲は確か留学生が居るんだっけ?」
「そうだね、アメリカ出身の人が居るよ」
「確か名前はクリスタ・ルイスだっけ?」
アメリカからやってきた野球留学生ルイス。
祥雲は留学生も積極的に獲っており、他の部活にも留学生が存在する。
「高いアベレージ、日本人にはないパワー、そして脚……祥雲では1番厄介なバッターだね」
「去年の秋からレギュラーだっけ? もっと早く使っとけばよかったのに」
「日本に慣れるまで少し時間が掛かっちゃったみたいだよ」
日本食や気温、日本のボールやバットに慣れるまで2年の年月を費やした。
その分慣れてからの活躍は爆発的なものがある。
「でも今でも神田が4番なんだよね」
「信頼されてんな……神田の成績は?」
「28イニングを投げて3失点、防御率は0.75……打率も.421で本塁打3本、10打点と大暴れだよ」
「相変わらずの化け物っぷりだな……」
投手としても野手としても超一流。
たとえ野球留学生が相手だとしても、4番の座は譲らなかった。
「ディーバの方はどんな感じ?」
「大鷲さんが覚醒したね、30イニングで5失点、防御率1.16……打率.304の1本塁打5打点」
「神田と比べるとアレだけど、こっちも化け物だよな」
「まあ斑鳩と飛鷹が凄すぎてチーム内でも霞んでるけどね」
まず斑鳩は打率.458で4本塁打15打点、飛鷹は打率.520で2本塁打9打点と2人共並外れた打力を見せつけている。
「化け物しか居ないのかこの世代は……そういや孤塚は?」
「そもそも黄金世代だからね……孤塚さんは打率は3割ちょうど、1本塁打3打点」
「打撃改善されてんじゃん、こりゃ勝つのは大変そうだ」
打撃が課題とされていた孤塚も、3割に乗せ打線に厚みを出していた。
「けど2人も凄いよね、美希ちゃんは結局打率5割超えてるし」
「打率犠牲に長打取るとか言ってなかった?」
「長打力上げたら、打率も一緒に上がったよね」
鈴井は結果としては昨年よりも打率を上げ、本塁打と打点も増加。
別人のような成績を残していた。
「てか伊吹ちゃんもおかしいでしょ、これで野球初心者?」
「もう初心者卒業していいだろ、3年目だし」
「3年目とは思えない成績してるよねぇ」
浜矢は26イニングを投げ4失点、防御率は1.04。
打席数こそ少なかったものの、打率は4割を超え1本塁打を放った。
「てかチーム防御率1.29だっけ? 全国1じゃね?」
「違うよ? 2位だよ」
「1位どこだよ……」
「えーっとね、福岡の小倉北高校ってところ」
その高校名に聞き覚えのなかった鈴井と浜矢は、キョトンとした顔をしている。
「普通の公立高校だから、知らなくても無理ないかもね」
「公立か……てことは1人で投げ切ったとか?」
「そう、海崎柊さん……県大会35イニングを1人で投げ切って、失点はたったの4」
「防御率0点台じゃん……」
防御率0.80、WHIP0.91、奪三振率11.6の大エース。そんな選手が福岡の公立校に居るのだ。
「あと小倉北といえば、6割打者の内川優奈さんもいるね」
「6割かぁ……その2人が引っ張った感じ?」
「うん、寧ろこの2人以外打率2割以下……というか1割台もいるからね」
海崎は打率.375と高打率を残している。
だが内川と海崎以外の打線には、2割台が5人と1割台が3人だ。
「けど、その分公立とは思えない程守備が良い」
「打撃に回せる奴は回して、残りは守備を極めさせたって事か?」
「おそらくはね、だから当たったら意外と厄介かも」
「見てみたいな〜、海崎と内川!」
まだ見ぬ強大な相手に、興奮を抑えきれない浜矢。
口には出さないが、それは千秋と鈴井も同じだった。
全国大会まで残り2週間。