君色の栄冠   作:フィッシュ

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第22球 伏竜鳳雛

3回裏の攻撃は岡田からだったが、大鷲の抜群の制球力と多彩な変化球にやられて三振に終わる。

最近好調の川端が打席に入る。

 

最初に投げられたのはスラーブ。

内に切れ込む変化球に対し、川端はカットして対応する。

続くストレート、チェンジアップも同じ対応で粘る。

 

4球目は外角へのサークルチェンジだった。

 

――打てる……いや、遠い!

 

「ボール」

「あちゃー、今の見送るかぁ」

 

――1年生なのによくやるなぁ、でもこれはどうかな?

 

 

明らかに外れたボール球だった。

しかし白球はホームベースの手前で曲がりだし、ストライクゾーンへと向かってくる。

 

――っ、スラーブか。 けど私ならカットできる!

 

「ファール!」

「おお……今のよく当てましたね」

「あれが川端の本来のプレースタイルですからね」

 

際どい球は粘って好球必打。

それが中学時代の高打率の要因だ。

 

 

その後も3球を見送ってフルカウントとなり、勝負の8球目。

内角を抉るスラーブ。川端は腰を引いて見送る。

 

「ストライク、バッターアウト!」

 

――今の入っとったか……してやられちゃったな。

 

 

「ドンマイ、よく粘ったよ」

「最後の最後でギリギリの内角攻め出来るなんて、メンタル強いですね」

「大鷲はそういう選手だからな、時々ヤケになってど真ん中に直球投げたりしてるぞ」

「それは……度胸がある、ってことなんですかね?」

「プロでもそういう選手はたまにいるし」

 

続く三好もチェンジアップにタイミングを合わせて弾き返すが、野手の正面。

長打力が無いのを見越して、外野が前進していたせいでヒットゾーンが狭くなっていた。

 

 

 

4回の表、ディーバの攻撃は2番からだった。

この打者を浜矢はストレートで難なく抑え、迎えた3番大鷲。

彼女はスライダーもフォークもカットし、並行カウントまで粘る。

 

――気持ちの良い直球頼むよ!

 

浜矢は小さく頷いて、内角低めへ直球を投じる。

インコースの球を引っ張る為に、大鷲はタイミングを早めてスイングをするが、バットは空を切る。

 

「ストライク、バッターアウト!」

「ナイピ」

 

クリーンナップは一瞬たりとも油断出来ない。

斑鳩への初球は内角高めへのストレートだっだ。

打ち損じたが痛烈な打球がサードを襲う。

 

 

――前に……いや、意外と速い!

 

一瞬の迷いが命取りであった。

グラブで追うように合わせた結果、打球を弾いてしまう。

2アウトからエラーのランナーが出てしまう。

 

「しゃーない! 次、次!」

「すみません……」

 

浜矢は明るい声で川端を鼓舞し、川端も謝ってからは気を取り直した。

 

「珍しいですね、渚ちゃんのエラーなんて」

「打球が強すぎたんだよ、あれを捕るのは難しいだろうな」

「斑鳩さんのパワーで金属バットですからね……」

 

サードには1番強い打球が飛んできやすい。

それに加えパワーのある斑鳩の打球。

想像以上の打球の速さだったのは間違いない。

 

 

――飛鷹は変な感じするんだよね。強打者特有のオーラはあるけど、意外と怖くないみたいな……違和感がある。

 

「飛鷹さん! 決めちゃって下さい!」

「涼風ー、私の代わりに打ってー!」

 

――ベンチからの声もそうだ。決めてくれって言うよりは、何がなんでも飛鷹が決めろって感じがする。

 

鈴井は一度感じた違和感を拭えず、サインを出せずにいた。

マウンドで浜矢がサインを催促しているのを見て、気持ちを試合に引き戻した。

 

――まあ、今から考えてても仕方ないか。

 

 

ストレート、カーブ、スライダーと攻めていく浜矢に対し、飛鷹はそれを難なくカットする。

フルカウントとされてからの7球目だった。

 

――しまった、甘い!

 

フォークの失投が真ん中にいってしまう。

彼女程の打者であれば、それは絶対に見逃さない。

しなやかに、かつ力強く振り抜かれたバットが白球を捉える。

 

 

打った瞬間それと分かる当たり。

浜矢も鈴井も打球の行方を見ず、外野手も一歩も動かなかった。

 

先制ツーランを放った飛鷹がダイヤモンドを一周した後、内野陣がマウンドに集まる。

千秋も飲み物を持ってベンチから出てくる。

 

「ごめん、失投した」

「失点を引きずっても仕方ないよ、まだ2点だし気持ち切り替えよう」

「そうそう! それに3失点以内ならセーフって言ったよね?」

「千秋……ありがとな! あとアウト1つだし、次は抑えるぞ!」

 

浜矢がそう宣言し、マウンドに集まっていた全員が散る。

踏み荒らされた足元をならし、浜矢は今一度打者と真剣に向き合う。

 

 

――とはいえ、ここでの失点はまずかった。自分の尻拭いは自分でするんだ!

 

今度はしっかり落ちたフォークで打ち取り、なんとか2失点で切り抜けた。

 

「……私のエラーがあったから、自責0ですよね?」

「そういやそうじゃん」

「本当にすみません!」

「気にすんなって! ホームラン打たれたのは私の責任だし」

 

川端の背中を優しく叩いて、明るく励ます浜矢。

そのやり取りが行われている間に、上林がヒットを放つ。

 

 

「鈴井やっちまえー!」

「鈴井先輩打ってください!」

 

ベンチからの声を聞き、そちらの方を一瞥してからマウンドを睨みつける。

 

――伊吹ちゃんは凄いよ、ディーバ相手に4回2失点なんてさ。

 

初球はアウトローへのストレート。

完璧にコントロールされた良い球だが、バットがそれを捉えようと振り抜かれる。

 

――私だって負けてられないんだよね!

 

白球は放物線を描いてライトスタンドへ一直線。

先制点を取られてからの裏の攻撃、4番の一振りで試合を振り出しに戻した。

 

 

「美希ちゃん……やっぱり凄いですね」

「あれが今年のウチの最高打者だ」

「鈴井さんにはいつも助けられていますからね」

 

クールにハイタッチを交わしてベンチに座る鈴井。

そんな彼女の元に、浜矢が近づく。

 

「なにー? 私のために打ってくれたの?」

「当たり前じゃん、負けたくないんだよこっちだって」

「そうだけどさー、そこはもうちょっと愛情込めて言って欲しかったな……」

「知らないよ……」

 

――そんなの、わざわざ口にしなくても分かるでしょ。

 

ほんのり頬を赤く色付けた鈴井は、その顔を見られないようにそっぽを向いた。

 

逆転をしたい至誠だったが、反撃はここまで。

ホームランを打たれたが精神面で崩れていない大鷲が、茶谷と栗原を打ち取った。

 

 

「大鷲さん打ちづらいです〜!」

「まあ見てなって! 私が打ってくるから!」

 

そう意気込んで打席に入るのは浜矢。

2球目だった、内角に緩いサークルチェンジが向かってくる。

それを迷わず弾き返して三塁線を破るヒットにした。

 

「おお……! 浜矢先輩って意外と打ちますよね!」

「つーか野手やらせりゃいいじゃないっすか、高校ならそんな珍しくないっしょ?」

 

栗原が浜矢のバッティングに目を輝かせ、茶谷が監督に二刀流をさせない理由を聞く。

 

「……アイツ、ライナー性の打球は上手いけどフライ苦手なんだよ」

「1年の時から変わってないですよね、アレ」

「あれ? でもピッチャーフライは平気そうでしたよ?」

「外野でのあの守備がな……こっちとしてもトラウマみたいなのになってんだよ」

 

遠い目をする監督、千秋、小林の様子を見て栗原達は何かを察した。

詳しい事は分からないが、反応からするに嫌な出来事があったのだと推測できてしまったのだ。

 

 

 

そんな話がされている間に、荒波が打ち取られ攻守交代。

浜矢が5回のマウンドに上がり、7番と8番を三振に切る。

 

《9番左翼手(レフト) 飛鷹風華さん》

 

飛鷹の妹である風華が先頭打者。

似ている姉妹だが打席でのフォームは全く違う。

 

――涼風()とは違って、風華(こっち)は打力はそこまで無い……。力で押していこう。

 

力強いストレートで押していく。

その初球は外角のストレートだったが、上手く流されてしまいツーベースヒット。

 

 

《2番右翼手(ライト) 雉鳥さん》

 

――雉鳥は引っ張り方向の打球が多い、外角を引っ掛けさせよう。

 

外角のスライダーにスライドフォークで追い込む。

1球ボールとなるカーブを挟んでからの4球目。

外角低めへのストレート、それを雉鳥は体勢を崩しながらもレフトへ運ぶ。

 

「三好ホーム!」

「はいっ!」

 

――意外と脚速かね、けど諦めん!

 

 

三好は全身をフル稼働させ、ホームへ普段よりも鋭い返球をする。

風華が足から滑り込むのと同時に、鈴井も掻い潜ろうとする彼女をタッチ。

 

「セーフ!」

「はっ? 今んアウトやろ!」

 

三好が判定に抗議するように叫ぶ。

しかしその声が球審に届く事はなく、試合は進められる。

 

「今のは微妙でしたね」

「アウトっぽいけどな……高校野球にもリクエスト欲しいよ」

「そういえばプロは今年からリクエストあるんでしたっけ」

 

審判の判定に意義がある場合、監督がリプレー検証を求める事が出来るリクエスト制度。

しかしそれはプロの話であって、高校野球では対応していない。

たとえ判定が間違っていると思っても、黙っている事しかできないのだ。

 

 

 

「運が悪かったね、次からはこうはいかないよ」

「分かってる、しっかり抑えるぞ」

「全力で投げてきてね」

 

――パワーが無くとも、金属だからタイミングさえ合えばある程度は飛ぶ……。今の2本はそういう打球だった、伊吹ちゃんは悪くない。

 

もし木製バットであったなら、確実に打ち取っていた当たりだった。

それがヒットになってしまうのが高校野球と、割り切るしかないと鈴井は考えていた。

 

――当てられたら飛ぶんなら、当てさせなきゃいい!

 

――だよな、鈴井!

 

ここから浜矢の投球が大きく変わった。

変化球は変化量とキレが増し、ストレートは更にノビが良くなった。

2番打者と大鷲は連続三振に仕留めて、4番の斑鳩。

 

 

最初に選ばれたのはスライドフォーク。

キレの増したその変化球に、ついバットが出てしまう。

 

「スイング!」

 

――ここにきてまだ上げてくるか……末恐ろしい投手だ。

 

浜矢のオーラと投球に威圧されたようで、斑鳩は引き攣った笑顔を浮かべる。

2球目は抉るような内角へのスライダー。

これには腰を引いて避けるが、判定はストライク。

 

 

最後に投げられたのは、もちろんストレート。

浮き上がるような球質を誇るこの球に、斑鳩はバットを掠らせる事も叶わなかった。

 

「ストライク! バッターアウ!」

 

――今のストレート……間違いなく過去最高。

 

フッと笑いながらベンチに戻る斑鳩とは対照に、受けたボールの衝撃に驚きながらも嬉しそうな鈴井。

 

「伊吹ちゃん! 今の球最高だったよ、次の回も投げてよ!」

「任せとけ! 鈴井が捕り損ねるようなボール投げてやるよ」

「私が逸らすと思ってるの? 伊吹ちゃんの球ならどんな球でも捕るよ」

 

お互い不敵な笑みで軽口を叩き合う。

相方の成長が自分の喜びなのは、2人とも同じだ。

 

 

 

「さあ5回裏1点差、まだまだ諦めるなよ!」

「幸い上位からだし、チャンスはあるからね!」

 

至誠ベンチは誰一人として諦めている者はいない。

全員が再びの逆転を目指して、互いを鼓舞し合い気合を入れ直している。


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