アンケは次回までかな。今のところぽかぽか路線が圧倒しているなぁ。やっぱみんな綾波好きだね。私も好きだ。ポカ波はホント大好き!
「ここは……」
また、あの場所へと自分は来てしまった。
琥珀色に染まる海の中。魂の融け合う場所へ。
「どうして…」
記憶を辿り、思い出したのは。
母の温もり。
自身が母を意識したから人類の母であるリリスのコピーであるレンの中へと還ってしまったのか?
……いや、そうではないと思う。
そうだとしたらレンの事を感じられる筈だ。なのにレンの気配すらない。いや、似たような気配はするのだ。
「アナタハ、ダレ……?」
目だけを光らせた黒い人影が問い掛ける。その身体はあちこちコードが繋がっている。まるで造られた人間だ。
「……シンジ。綾波シンジだ」
碇ではなく綾波を名乗る。それは自らを象る名であり、自身を表す記号である。碇シンジよりもより強固に自分自身だと己を肯定出来る名だ。
「……シンジ。アヤナミ、シンジ……。チガウ、イカリ、シンジ……」
黒い人影が自分へと近づいてくる。その腕が自分を包み込んで行く。けれど温もりは感じない。酷く空虚な冷たさ。孤独を感じる。
「オマエハワタシ。ワタシダッタモノ。ナノニワタシジャナイ」
「俺は俺だ。お前はレンじゃない。お前は──」
レンではないが、レンに近い気配のするモノ。それは1つだけ思い当たる。
「初号機──」
抱き着いていた黒い影は一瞬で巨大な手になった。素体が所々剥き出しの初号機が、自分を握り締めていた。
このまま喰われるのか。
今の構図は補完計画が発動した時の、旧劇のゲンドウと同じだ。
アダムと融合し、人の輪を超えてしまったゲンドウと。
ならレンと1つになってヒトの輪を超えてしまった自分の末路も、きっと同じものなのだろう。
ただ、こんな末路を迎えるつもりは毛頭ない。
初号機がその口を開けて迫ってくる。だがその口に腕を掛けて抗う。それこそエヴァと人間の力差等歴然なのだから抗える筈などない。
しかし抗えていた。自己の存在を強く保ち、自らの心を、ATフィールドを具現化する。
「ひとつになりたいのならそれも良い。けれど、こんなカタチでひとつになるのは死んでもゴメンだっ」
初号機を徐々に押し返す。触れている手から激流の様に流れ込むココロの奔流。
「ナゼダ、ワタシハオマエダ。ナノニナゼ拒絶スル──」
「決まってる。レンとの約束があるからだ!!」
ATフィールドを拳に集中して、初号機を思いっきり殴り飛ばす。
仰け反る初号機の手から零れ落ちて、また琥珀色に染まる海の中に落ちる。
「どうして…、なんで!?」
泣いている女の子が居た。赤い瞳はレンやレイと変わらない。だけれど、髪の毛は紫色の女の子──。
「ひとりはイヤ。一緒に居て。居てよ、居なさいよっ、居ろって言ってンの!!」
まるで駄々を捏ねる子供の様だ。
「私が見つけたのに。最初に私がっ、なのになンでっ!!」
……最初にエヴァに乗ったのは、自分も初号機だったと思い出した。
「あの女の所為だ……。あの女、一緒に居るって約束した! だけどアイツが居るからァ!!!!」
ユイさんが居たからだろうか。情緒がレンよりも人間らしい彼女の叫びはとても痛々しかった。
「じゃあ、文句を言いに行かなくちゃね」
「え……?」
彼女の涙を拭ってやって、笑みを浮かべる。
「大人だからって約束を破って良いなんて事にはならないんだからさ」
「……でも、あの女は強い。私の身体なのに、私は私を動かせない……」
なんと言うかユイさん凄まじい。しかしそれでも子供の為に奮起するのが大人の役目で、泣いている女の子の為に男は意地を張るのだ。
「さぁ、行こう。案内して」
「うん……」
彼女に手を差し出すと、彼女は此方の手を掴み、引きながら泳いで行く。それに続いて泳いで行くと、光が海の外で広がっていた。
その光に包まれた先には何処までも広がる青空があった。
足首までの浅瀬の先に、一本の木が生える浜があり、そこで男の子に膝枕をする女性が居た。間違いない、碇ユイだ。
「はじめまして」
「はじめまして。碇ユイさん、ですね?」
距離は離れているのに、ユイさんの声はハッキリと聞こえていた。
彼女は自分の背に隠れてユイを見つめていた。
「初号機と対話したのね」
「レンよりも感情的だったので驚きましたよ。危うく喰われるところだった」
「この子は攻撃的な所があるから手が掛かって大変なのよ」
「だからって放り出すのは違うのではありませんか?」
「でなければこの子を守れなかったのよ」
そう視線を落とす先には母の膝で穏やかに眠るシンジ君が居る。
「何故、彼は此処に?」
「さぁ、私にもわからないわ。シンジの声が聞こえて、気づいたらシンジが目の前に居た。シンジから粗方の事は聞いたわ。苦労を掛けてしまったのね、私」
「何故冬月先生には教えて、あの人には断られるからと真実を告げなかったんですか?」
「貴方の言った通りよ。言えば二度とエヴァに近付けて貰えない。それでは滅びの運命を超えることが出来ない。私はこの子の未来を守る為に残ったの」
「嘘だ。貴女は結局科学者としての自分を優先した。母親としてシンジ君が大切だと思うのなら傍に居るべきだったんだ」
それが
だから人が生きた証を残すなんて宣ってエヴァの中に残ったこの人を許せなくなって来たんだ。
「だから今、こうして傍に居るのよ」
「それで、シンジ君の人生はどうなるんですか」
「外は危険だらけ。シンジはこの場所で安らかに眠っていて良いの。シンジは充分傷ついたわ。だからもう、此処に居て良いの」
その言葉を聞いて、頭がカッとなった。
「何を──キャッ、あうっ」
「母親をするんなら現実でしろ! この子の中でやるんじゃないっ!! あんたはこの子のこと知ってるよな!? 受け入れたンなら放っぽり出すな!! そして旦那に謝れ! 全部話せ!! アンタの旦那はアンタにもう一度会うためだけに全世界の人間を巻き込んで心中しようとしてるんだぞ!!」
ユイさんの胸倉を掴んで額を付き合わせて言いたいことを立て続けに並び立てる。此処が初号機の中なら間接的に自分とユイさんはシンクロ出来る筈だ。レンが此方の考えを読める様に、此方の考えをユイさんに伝えることが出来る筈だ。それこそ旧劇から貞本エヴァまで様々な世界の終わりを彼女にぶつけた。伊達にエヴァ2シナリオコンプしてねーぞこっちは!!
「でも。世界を守る為には仕方のないことだわ」
「だったらもっとこの子と会話をすれば良かったんだ。力を貸してくれと望めば良かったんだ」
「むちゃくちゃよ。それは貴方だから出来たことよ」
「むちゃくちゃなもんか。ATフィールドは誰もが持つ人間の心の壁だ。此処ならイメージ1つでどうとでもなる。アンタ程の科学者が気づかなかったなんて言わせない。サルベージだって実行されたのに自分は戻らないでレイの素体を送り出しただけだった。なんで自分が還って来なかったんだ」
「それは、シンジの為に…」
「この子を利用してエヴァを動かせるとわかったんなら還ってくれば良かったんだ。この子を放っておけないなら一緒に連れてくれば良かったんだ。頭良いクセになにもかも中途半端ナンだよアンタは!! 初号機の中で永遠になりたいなら全部ケジメ着けてからやれよ!!」
捲し立てる様に言いたいことを取り敢えずは告げられただろう。
「もぅ……うるさいなぁ………っ、母さん!? 母さんから離れろ!!」
「シンジ…!」
「やべ、煩くしすぎた」
ユイさんの膝枕で寝ていたシンジ君が目を覚ました。詰め寄る自分とユイさんを見て襲い掛かってきた。
「あ、やば」
「がはっ」
飛び掛かって来たんで思わず巴投げでそのまま反撃してしまった。訓練のお陰で身体が勝手に動く様になってくれたのは有り難いことではあるが。
「な、なんだよぉ…。母さんになんの用なんだよ…っ」
下が砂だから大したダメージは無かったようだ。ヨロヨロと立ち上がりながらシンジ君が睨み付けてくる。
「まぁ、簡潔に言えば立ち退けって事かなぁ」
「なんだよ、それ。此処は僕の居場所だ! 僕は此処に居て良いんだっ」
「違う。此処はこの子の中だ。この子に許しを得たか? 碇シンジ君」
「知らないよそんなの。母さんが良いって言ったんだ。出てけ、此処から出ていけよっ!!」
まともに話を聞いてくれそうにないシンジ君と話しても押し問答になってしまう。正論言っても通じないのが感情的になった人間だからなぁ。
「ユイさん、一先ずシンジ君も一緒に此処から出てくれ。そしてあの人と話をしてくれ。エヴァとなって永遠となりたいなら先ず自分が選んだ旦那を説得してくれ。ダメだと言われたら使徒を殲滅して人類補完計画を潰すまで待ってくれ。その後ならいくらでも自由に星の海を旅して貰っても構わない」
「──わかったわ」
「母さん!?」
「ゴメンね、シンジ。母さんがやり残して来た事で貴方を傷つけてしまったわ」
「そんな。そんなこと無いよ。母さんは何も悪くない。悪いのは父さんだ!」
シンジ君からすれば自分を捨てた父親こそ悪者だと言うのはそうだろう。
だが本当の意味で誰が悪いのかと考えると、反対されるとわかっていて、旦那に黙ってエヴァと1つになったこの人だ。
「折角母さんと一緒に居られたのに、邪魔をしないでよ!!」
「だったらちゃんと母親の間違いを正してやるのが子供の仕事だ。こんなところに閉じ籠っていても、この子の迷惑だ。シンジ君、君たちのやっていることは赤の他人の家で寝泊まりしているのと同じことなんだ。シンジ君だって、それがいけないことだって判るよね?」
正面からぶつかっても言葉は通じない。だから諭す様に優しく言葉を紡ぐ。そうすると気勢を削がれたシンジ君はバツの悪そうな顔を背けた。
「でも、母さんが良いって言ったんだ。もうヤダよ。外は痛くて辛いことばかりしかない。だから何もない此処に居たい……」
シンジ君の気持ちは解る。辛いことばかりの生から逃げ出した自分が言えるような立場じゃないのは解っている。
「え? な…っ」
シンジ君の目の前に座わって目線を合わせて頭を撫でる。まさか投げられた相手に頭を撫でられるとは思わなかっただろう。シンジ君は少し驚いている。
「大丈夫。もうエヴァに乗らなくて良い。だから辛いことも痛いこともない。母親とも一緒に暮らせる。それに、エヴァの中に居たら死ぬかもしれない事も考えて」
「死ぬ? なんで?」
「私は戦っている。だから負ければ死ぬ。私の中に居るアナタも死ぬ」
「そんな……。ヤダよ。イヤだ!! 死にたくない! 出して、此処から出してよっ」
サキエル戦で死ぬ思いをしてエヴァの中に逃げたシンジ君は死という物がトラウマになっているらしい。
「──シオン。2人を戻してやってくれるか」
「わかった。……シオン?」
「君の名前。名前が無いんじゃ呼び辛いだろう?」
シオンと呼ばれてキョトンとする彼女。髪の毛は紫だから似合う名前を頭の片隅で考え続けて整ったのがその名前だ。
「シオン……。私の名前? 私だけの、私のモノ」
「気に入って貰えたかな?」
「…まぁ、悪くない、わ……」
「ありがと……」と小さく呟くシオンは耳まで朱かった。
その様子を見ているとなんだか微笑ましかった。
「う、うるさいうるさいうるさい!! お前なんかキライだっ」
そう言われて顔を背けられてしまう。なんか悪いことしたかなぁ。感情豊かなのは良いけれど、レンとは文字通り毛色が違いすぎて対処の正解選びが難しい。
「シオン、頼む」
「……わかった」
シオンが両手の内に光を生み出して、その光が世界を塗り潰して行く。
完全に光りに呑まれる直前、シオンが服の裾を掴んで来た。
「シオン…?」
「うるさい。食べるわよ」
物理的に食べられそうなので、野暮な事は言わず、シオンの手を放さないように握る。
「行くよ、シオン」
「うん…」
完全に光りに呑み込まれて、同じ様に意識が呑み込まれる。
◇◇◇◇◇
その報を聞いた時、ネルフ本部司令執務室は震撼と衝撃に包まれた。
「間違いないんだな!?」
「あぁ……。私も、未だに信じられんよ。だが、彼女が還ってきた」
「ユイ……っ」
それは第5使徒戦へ向けて最終調整をしていた初号機からの異変。強力なATフィールドと共に、顎部ジョイントを開いて咆哮した初号機の口の中に現れた四人の人間。
紫髪の綾波レイにそっくりな少女。幼い少年碇シンジ、未熟な青年綾波シンジ、そして碇シンジを抱く母親──碇ユイ。
真っ先に目を覚ました綾波シンジの指示で碇親子は病院へ搬送された。
何故だなんだと言う前に身体が動いていた。
10年間焦がれ続けた妻が還ってきた。居ても立ってもいられるわけがない。
職務など知らんと言わんばかりに司令執務室を飛び出して行くゲンドウの背を、やれやれと冬月は見送るしか出来なかった。
◇◇◇◇◇
まさかこんなクソ忙しい時に初号機の中に入る事になるなんて思わなかった。
諜報部の話ではレンに寄り掛かった直後にL.C.L.に弾けたらしい。やはり母親を求めて気を緩めた瞬間にシンジ君の身体が魂を求めたのだろう。それくらい綾波シンジは碇シンジではないと判定されたのか。
とにかく身体の調子はすこぶる良好。病院で今すぐ検査を受けろと言うリツコさんだが、それよりも先に頭の上に浮かぶプリズム要塞を落とさなければならない。
自走陽電子砲は戦自研の方々の手伝いもあってエヴァを使わずに砲撃の可能な本来の形で組み上げられた。そのトリガーはミサトさんが握る。
零号機と初号機はそれぞれ盾を装備しての待機となる。
しかし完成した陽電子砲の形が新劇仕様なのが少し不安になってくる。
初号機は自分とシオン、零号機はレイとレンで担当する。これはシオンの扱いが今のところ自分にしか出来ないからだ。その事にレンは物凄く不機嫌になっているのが判るが、レイの事を守ってやって欲しいと念を送る。
『エントリースタート!』
『L.C.L.電荷。起動数値到達』
『シンクロ率99.89%! ハーモニクスすべて正常値』
零号機と比べて身体が軽い代わりに力も軽い。そんな感じがする。
「もっと一緒に……。私のモノ、だから!」
「いやそんな張り切らなくて良いから」
「イヤだ。私のモノにする!」
聞き分けという時点ではシオンは一番手の掛かる子だと理解する。
『シンクロ率急上昇! 160…、180…、250…!!』
「ストップ!」
「んやあ!! ヤダヤダヤダぁ!!!!」
あまりシンクロ率高くされるとまたパシャるので勘弁して貰いたいのだが、腰に腕をまわして止めさせようとしてもシオンは聞く耳持たない。
「ズルいズルいズルい!! 私が先に見つけた、私のモノ! 私が居ないのイヤ!!」
腕の中でじたばた暴れるシオン。──なんで最初にこの子を見つけてあげられなかったのだろうかと思わずにはいられない。
それでも最初にシオンを見つけていても、シオンに喰われていた可能性を考えるとどうにもならなかったかもしれない。
そして、レンと会えたからこうしてシオンも連れてくる事が出来た。
「シオン……」
「っ…!?」
シンクロ率が幾つかなんてわからない。でもATフィールドがどういうものか識っていて、その扱い方にも慣れてきた自分の自我境界線を薄めて、シオンに触れれば、自分の腕はシオンの身体に沈み込む。
するとシオンは大人しくなった。
「ごめん。シオンのこと、見つけてあげられなくて。だから今、一緒に居る事で許して欲しい…」
「んっ…あっ……」
シオンのココロを感じる。空っぽで、冷たくて。寒い。
「俺はレンと一緒に居ると約束した。でも、シオンとだって一緒に居る約束は出来る」
1つになるのではなく共に居続ける。個としての存在として共に在り続ける。それは人間なら誰しもが出来る事だ。
初号機であるシオン。自我境界線を薄めている今の自分を取り込む事は造作もない。そして今、1つになっているシオンのココロを読み取れる様に、自分のココロはシオンに伝わっているだろうか。
シオンとの境界線がくっきりと戻って行く。
「シオン…?」
「うるさい……バカ…」
少し素直ではないシオン。ただそれもシオンという存在の個性なのだろう。
初号機の頭の上に光の輪が見える。擬似シン化第1覚醒形態──。
「私は、シンジを信じる……」
肩越しに振り向いたシオンの赤い瞳と視線が交差する。
「俺はシオンの事も、大切にするよ」
これは浮気になるんだろうかとも思いつつそんなことを宣う。レンとシオン、この2人を同列に扱って接する事が自分に出来るのだろうか。
無理だろう。人間だって双子に均一の愛情を注げているかなんてわからないのだ。
だから一緒に居るときは自分に出来る精一杯の愛情を注ぐしかない。あとは受けとる側から催促して貰って調整するしかない。
「その言葉、覚えとくから」
ウィンクして前を向くシオン。情緒に関してはシオンが今はナンバーワンらしい。
「腰、抱いてよ」
「あぁ」
腰に腕をまわしてやる。インダクションレバーには触れないけれど、それはシオンに任せた。シンクロしているから自分のやりたいことはシオンがやってくれる。
『初号機パイロット、応答を! 聞こえますか!?』
「うるさいなぁ……」
「ダメだよシオン、そんなこと言っちゃ。──はい。感度良好。すみませんでした」
『良かった……。シンクロ率は240%で安定。初号機内部に高エネルギー反応を確認しています。原因は?』
「零号機と同じく特記事項です。詳しくは戦闘終了後に。予定通り二子山へ向かいます」
『了解。エヴァンゲリオン初号機、発進準備!!』
擬似シン化第1覚醒形態になっているなら機体の中から高エネルギー反応を発しているのは理解できる。
山肌のゲートから外に出る。脇には第壱中学校も見えている。
初号機と零号機が夕焼けに焼かれながら並び立つ。
「シオン、もう少し抑えて」
「ヤダ」
戦ってもいないのに擬似シン化第1覚醒形態を維持されているのは少し恐い。その気になれば今の初号機はサードインパクトを起こせてしまうのだ。
「そんなこと、しない。でも、もっと貴方を感じたいだけ」
そう言いながら背中を預けて擦り付けて来るシオン。まるで猫か犬みたいだ。
零号機に続けて初号機の覚醒まで。自分からしたら何故彼女たちは自分にこうも想いを寄せてくれるのだろうかと思ってしまう部分もある。
「貴方と、1つになりたい」
レンもシオンも、同じことを言うのはそのルーツが同じだからだろうか。第2使徒リリスから造られた零号機と初号機。その心である2人は他者と1つになることで己の心の空白を埋めようとする。
レイが、同じ様に心に空白を抱いていて、その空白を埋める為にあの人を想っていた様に。
レンには1つにならなくても互いを想う事で心を埋められると教える事が出来た、と思う。
だがシオンは情緒が豊かである分、レン以上に我が強い。
「私と、1つになろう?」
背中を擦り付ける行為から、腰を抱いていた腕を取って自分の胸に押し付けて、肩越しに振り向いた顔を近付けて来るシオン。
その唇が、震えていた。
積極的に見えるその姿の裏側にあるのは恐怖。受け入れてくれるかの不安。だから無理やり受け入れさせようとする。
腰にまわしていた腕を引き上げてシオンの身体を引き上げて、その唇を奪う。
「…シンジ……?」
「大丈夫。俺はシオンのこともちゃんと受け入れるから」
「…っ、も、もうイイ! や、放して、や、あ…っ」
もう一度、愛情を込めてその唇を塞ぐと、シオンは茹で蛸の様に真っ赤になって黙ってしまった。
いつの間にか初号機の頭上から天使の輪は消えていた。
程なくしてエヴァ両機は下二子山第二要塞に現着。機体から降りるとレイを放っぽってレンが真っ先に向かってきてダイブしてくるのを受け止める。
「どうしたのレン?」
「なんでもない……」
だがその赤い瞳は若干潤んでいて、左手を握って余裕そうなシオンを睨んでいた。
「レンの事も忘れてないよ」
「あ…っ」
「あ、ズルい! 私もっ」
レンの頭を撫でてやると、レンが此方を見上げてくる。シオンが食らい付いてくる。仕方がないので左手でシオンの頭を撫でてやる。
「モテモテね、シンジ君」
「モテる男は辛いですよ」
レンとシオンを構っているとリツコさんがやって来た。
「また話を聞きたいことは山程あるけれど、それもアレを倒してからね」
「大丈夫です。必ず倒せますよ」
シオンが腰に腕をまわして抱き着いてくると、レンも反対側に抱き着いてくる。するとレイが寄ってきた。
「レイ…?」
「わたしも……」
ズイッと頭を差し出してくるレイ。綾波族は頭を撫でられるのが好きなのかねぇ。そんなに簡単に頭を差し出してると撫でポされんぞ?
3人とも髪質ほぼ同じだから撫でてるこっちも心地が良い。だが使ってるシャンプーの差か。レンの髪の毛が今のところ一番艶やかでもある。
「仲が良いのは良いことだけれど、これから作戦会議よ。TPOを弁える様に教えなさいな」
「ええ。少しずつですけどね。はい、2人とも離れて。レイ、またやってあげるからしょげないで、ね?」
まだレンは素直に言うことを聞いてくれる。シオンは渋々と言った感じで。そして意外なのは手を離したレイが残念そうな表情を浮かべた事だった。だからもう一度撫でてやる。
綾波シスターズを引き連れて、リツコさんと共にミサトさんのもとへ向かった。
増えているシオンに怪訝な表情を浮かべるが、それも直ぐに仕事の顔に切り替わった。
「本作戦における各パイロットの担当を伝達します。──とは言っても、射撃に関しては自走陽電子砲本体で行われます。したがって綾波レイ、綾波シンジ両パイロットはEVA専用防御装備で陽電子砲の防御に就いて貰います」
「質問良いですか?」
「なに? シンジ君」
「目標への陽動は?」
「第四、第五要塞はじめ、迎撃システムを特化運用して陽動を行います。エヴァによる近接戦闘は不可能であると判断した今回の措置よ」
「わかりました」
旧劇ではポジトロン・スナイパーライフルが発射可能となるまでラミエルには気づかれなかったが、新劇は攻撃中でなければコアが実体化しない特性もあって大規模な陽動が行われた。
見るからに旧劇仕様のラミエルならば陽電子砲で撃ち貫くだけだろうが、それでも悟られないように陽動が行われるというのならば余計な真似はせずに役目に徹するのが確実だろう。
「シンジ君が初号機、レイが零号機で良いのね?」
「はい。自分がシオンと初号機へ、レイとレンで零号機に乗ります」
リツコさんの問いに返し、それぞれのエヴァを決める。ミサトさんはまたもや怪訝な表情を浮かべた。
「初号機に乗れるようになったの?」
「はい。ついさっき。此処までの自走運搬は僕が初号機でレイが零号機に乗っていました」
「……あとで詳しく教えて貰うわよ」
「はい」
とはいえ、ミサトさんにはあまり詳しい事は伝えられないのが心苦しい。エヴァに心があって、その心がヒトとなったのがレンやシオンであるなんて伝えてもワケがわからんだろう。
零号機には新劇で使われたEVA専用単独防御兵装を装備して貰う。
初号機はSSTOの御下がり──耐熱光波防御盾を装備する。
計算上は17秒×2の34秒。あとはATフィールドでの補強が何処まで効果を果たすか。
シャムシエル戦の例に習うならラミエルの攻撃を機体で受け止めるのもアウトだろう。だからより強固なATフィールドで必ず受け止めてみせるという気概で砲撃を受ける必要がある。
一撃で決めてくれるのならそれに越した事はない。しかしそうではないかもしれない。旧劇でも新劇でも、1発目ではダメだった。
だから最悪の事態は想定しておくに限る。
時間までの機外待機。陽電子砲発射の為に日本中の光が消えていく。
人工の光が無くなった事で、星が良く見える。
急造の仮設ケイジの搭乗用ブリッジの上で、なんでか初号機側にだけ人が集まってる。
あすなろ抱きがお気に召したのか、背中から抱き着いてくるレン。
胡座を掻く足の中に座って背中を擦り付けてくるシオン。そして右手を掴んでもみもみしたり手を繋いだりしながら寄り掛かってくるレイ。
そんな綾波シスターズの攻勢に内心色々と限界の自分。良い匂いがし過ぎて熱いパトスが全身を迸りそうなのを、芦ノ湖で冷された風が冷ましてくれる。それでもシオン、解っててやってるなコイツと思えば、肩越しに振り向いててへぺろと舌を出してからかってくる。知らんぞ? いくら自分でもモード反転、ザ・ビーストになれるんだぞ? 形状制御のリミッターを裏コード使わなくても外せるんだからな?
ただ。寒いのにこう押しくらまんじゅうしてると暖かい。もしくはねこ鍋か。
これから戦うというのに恐さなんて感じない。穏やかで安らかな気分でいられる。そして心を渦巻き炎をあげるのは、必ずこの子達を守らねばという思いだ。
「どうして、あなたはエヴァに乗るの?」
寛いでいたところにレイがそんな質問を投げ掛けて来た。
「死にたくないから、というのが前提だけれど。やっぱり守りたいものがあるからだね。戦わないと守れないから、戦う。それだけなんだ、今は」
「そう……」
右手を上げてレイの頭を撫でてやる。
「もちろん、レイも守るから」
「……わたしも、あなたを守るわ」
頭を撫でていた手を取って、レイは自身の手と重ね合わせる。レイは手を繋ぐ事が好きみたいだ。
指と指を絡めた恋人繋ぎ。プラグスーツ越しにレイの温かさが伝わってくる。
プラグスーツに備わる電子時計からアラームが鳴る。名残惜しそうにレイが手を放し、レンも背中から離れる。少しズルして居座ろうとするシオンの腰を抱えながら立ち上がる。
「レン、レイを守ってあげて」
「ええ……」
互いに頬にキスをして、レンと彼女の手に引かれるレイを見送る。
「ズルい……」
「さ、俺たちも行くよ、シオン」
「うぅ……」
唸るシオンを抱えながら自分も初号機のエントリープラグへと入る。
ヤシマ作戦が始まろうとしていた──。
つづく。