気がついたら碇シンジだった   作:望夢

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二次創作は書きたいと思うものを書いてなんぼらしいので、なにも考えずに書いた結果がこれだよ!




抱く想いは

 

 ミサトさんのデスクが使徒戦後の事後処理書類で山積みになっているのなら、リツコさんのデスクはこれまで襲来して来た使徒のサンプルの解析データや、エヴァの各種運用データ、修理手順書に改修進捗書類などE計画担当者としてエヴァ関係の書類が大半である。

 

 その中に別の書類を見つけたのは偶然だった。

 

「ジェットアローン完成式典…?」

 

 もうそんな時期かと思いながら、そう遠くなく彼女がやって来るのだと思わされた。

 

「ええ。日本重化学工業共同体が開発した人型ロボットという触れ込みよ」

 

 ジェットアローン、略してJA。農協じゃないよ?

 

 日本重化学工業共同体がエヴァに対抗する形で開発した人型ロボットである。核分裂炉を搭載していて150時間無補給で稼働可能である。この点を見れば内部電源で5分、バッテリー装備でも30分が限界のエヴァより活動時間で勝っているが。

 

 対使徒戦に対して核動力を持ったロボットで殴り合おうなんて言うのはムリがありすぎる。

 

 さらに機体の操作は無線式の外部端末で行われる。

 

 とはいえ、一瞬の判断によって戦局が左右されかねない状況において思考制御・体感操縦式有人兵器であるエヴァであるからどうにかなっている場面も多々ある。リツコさんが指摘する人的制御の問題には同意する。それこそ高性能のAIを搭載した自律兵器であるのならばまた話は変わるかもしれないが。

 

 今後出てくる使徒にしたって、海の中、二体に分裂、マグマの中、蜘蛛みたいな奴、宇宙から落ちてくる、微細生物、ディラックの海、寄生型、物理最強、精神汚染、侵食同化型、カヲル君、エヴァシリーズ9機──。

 

 どう考えてもJAが活躍できる場面がほぼ無い件について。いやそもそもどんな使徒が出てくるなんて知ることなんて出来ないから仕方がないとしても、イロウルなんかは天敵なんじゃなかろうか? 戦えるとしたらマトリエルくらいなのではなかろうか?

 

 エヴァ2みたいにJA改ならエヴァシリーズと戦えるかもしれないが。JA改になればATフィールドぶち破る様になるんだよなぁ。開発者の意地と執念恐るべし。

 

 そんなJA計画を頓挫させる為に加持さんが制御システムに細工をして暴走を引き起こさせたハズだ。

 

 炉心融解一歩手前で止まるようにはなっていたらしいものの、あれは中にJAを止めようとミサトさんが乗り込んでいたから爆発しなかったのかもしれない。でもその後の報告でリツコさんがミサトさんの行動以外はシナリオ通りだとゲンドウに報告しているからやっぱり放っておいても止まったんだろう。

 

「エヴァの開発責任者であるリツコさんの意見を聞きたいと?」

 

「まさか。エヴァの利権に溢れた連中の腹いせよ。シンジ君はこういうモノに興味があるのかしら?」

 

「純粋な科学で造られたロボットという意味では俄然興味アリです!」

 

「ふふ。成る程、そういう所は男の子なのね」

 

 確かに対使徒戦に対しては現状、戦力として疑問を呈する物になってしまう。というより確か公試運転に間に合わせるために今回披露されるJAは四肢テスト用機材に無理矢理エンジンを積んだ間に合わせのモノだったはず。

 

 しかし完成すればJA改としてエヴァシリーズと戦えるロボットになるのだから、スゴいロボットであるのは間違いないんだろう。

 

「あ、でもこれ、日にち過ぎてますね」

 

 パンフレットの日付を見ると、式典の日時は数日前に過ぎていた。

 

「零号機の艤装で忙しかったもの。それに、ATフィールドを中和せずに突破するだけでも日本中の電力を使ったのよ? でなくてもN2兵器程の火力があっても倒せない。ともすればそう脅威になるものではないわ」

 

 「もう要らないから捨てておいてくれる?」と言うリツコさん。つまりJAが暴走したのか、それとも何事もなく済んだのかは不明。

 

 ともあれ、もしいつの日かその時が来るのならば頼もしい味方であって欲しいと願うまでである。

 

 そう思いながら、JAのパンフレットをゴミ箱に捨てて、淹れたてのコーヒーに舌鼓を打つ。

 

「そういえばリツコさん、レイの三者面談には来るんですか?」

 

「ええ。書類上の保護者はわたしだから行くつもりよ」

 

 「あなたはどうなの?」と聞かれるが、自分は受ける側ではない。しかしレンに関しては書類上レイと同じくリツコさんが保護者であるが。

 

「レンの面談は僕が受けられる様に出来ませんかね?」

 

「まぁ、ネルフ関係者ということで融通は利くけれど?」

 

 なら安心というか、実際レンは将来どうしたいのだろうか。

 

「彼女には、主体的な欲とかあるのかしら?」

 

「レンもシオンも行き着く所は同じですよ。ただレンは他者が居ることの意味を知っていますからね」

 

 だからシオンの様に身もココロも1つになってしまうものではなく、自我の在るまま、ひとつになる意味を知っている。

 

「自我境界線を維持しつつ、融け合うのではなく肉体と精神をひとつにする。罪作りな子ね」

 

 それだけの言葉であったにも関わらず、リツコさんはなんだか答えに辿り着いてしまったっぽいぞ。

 

「自分を受け入れてくれる存在に身を委ねる事はいけないことですか?」

 

「それが男女の情か、それとも母親を求めての事なのかは訊かないでおくわ。でもあなたの事だから責任は持つのでしょう?」

 

「はい。その為に自分は彼女と共に居るんですから」

 

 リツコさんは責任と言ったけれど、自分は違う。レンに対して想う所を言葉にするのならば一蓮托生。運命であり、宿命となった。

 

 一言では説明できない、けれども言葉にするのならばそういう事なのだろう。

 

 しかしリツコさんにはなんでもお見通しの様である。人類の原初、すべての生命体の母である黒き月のリリスのコピーである零号機のココロであるレン。

 

 自分が彼女に抱く愛おしさは複雑だ。妹であり、我が子の様であり、そしてすべてを包み込んでくれる優しさに母を思い浮かべてしまわないと言えばウソになる。しかしそれでも、傍に居ると安心する。心がけ安らぎ、温かくなる。単純に言えば「ぽかぽかする」だ。

 

 だから全部ひっくるめて好きという感情へ結びつけ、その方向性を定められたのはやはりレンとの愛誓だろう。

 

「愛は強し、ね…」

 

 そう呟いたリツコさんの表情は陰りを作っていた。

 

 レンの事を愛している。

 

 だけどそんな表情を浮かべるリツコさんを放っておけない自分は、正しい恋愛とか出来ないんだろうなぁ。

 

「リツコさんの事だって、俺は好きですよ」

 

「…そう。でも同情はやめなさい。惨めなだけよ」

 

「同情なんかじゃないですよ」

 

 知らない天井から続く日々で、自分の心の多くを占めているのはリツコさんだ。

 

 こうして毎日コーヒーをご馳走してくれる。話をしてくれる。自分という存在を見ていてくれる。

 

 シンジ君がミサトさんの事を姉の様な存在として慕っていたのなら、自分がリツコさんを慕っていても良いじゃないか。

 

「だとしたら、あなたはある意味最低よ」

 

「そう、でしょうね」

 

 レンの事を愛していると宣っているのに、別の女の人を好きだと言う。これじゃまるで「好き」の意味をわかっていない子供も同じだ。

 

 でもそうじゃない。レンに対する好きと愛はもう、男女だとかそういう次元にあるものじゃない。言葉で説明するのなら、レンだから好きだというものだ。

 

 ならリツコさんに抱く感情はなんなのか。わからない。これもリツコさんだから好きだと思ってしまっている自分が居る。

 

 男女の情──ではない。なら親愛というものなのだろうか。しかしならば以前、リツコさんが自分を抱けるかと言った事を再び言われれば、自分は彼女を抱ける。そこにある愛は──ヒトとしてのリツコさんへの愛情だ。上手く説明できない。しかし親愛という言葉で収まるものであるようでない。

 

 他人を本気で好きになった事なんてないから、自分の抱く感情も上手く説明できない。

 

「でも好きなんです、リツコさんの事。ミサトさんには言いませんよ、こんなこと」

 

 それは断言できた。ミサトさんは上司であり、リツコさんの親友であり、そして自分も気兼ねなく話せる他人だから親しみを持てる。けれどもリツコさんに抱く程の感情を持ち合わせていない。近所の良く話すお姉さん程度か、職場の良く話す同僚に近い。

 

「言っていたら引っ叩いてあげるわよ」

 

 そういうリツコさんの顔にはもう陰りはなかった。ただ、少しだけ何かを期待する様な、彼女らしからぬそわそわした雰囲気があった。

 

「もし、今ここでわたしを抱いてと言ったら、あなたは抱けるの?」

 

 そう、リツコさんは言った。リツコさんにとって愛される事がそういう事でしか感じられないというのなら。

 

 マグカップを置いて、リツコさんへと歩み寄る。

 

 また頭突きでもされるかもしれないと思いながら、リツコさんの肩を押さえて、唇を奪った。

 

「っ──!?」

 

 頭突きされないように身体を押さえてキスするなんて思わなかったのだろう。リツコさんが驚いているのが伝わってくる。

 

 コーヒーと煙草の香りがする。苦味の中にリツコさん本来の甘さを感じる。

 

「っ、はぁ…、ふぅ……」

 

「押さえつけて唇を奪うなんて。いつの間に乱暴になったのかしら…?」

 

 リツコさんが頬を朱くして少し潤んだ瞳を非難がましく向けてくる。

 

「前は頭突きされちゃいましたからね」

 

 自分の言葉を聞いたリツコさんは額を押さえた。

 

「要らない学習能力を身につけて。あなたがこんなプレイボーイだったなんて思わなかった」

 

「誰にだってするわけじゃないですよ。リツコさんだからするんです」

 

 リツコさんの目を真っ直ぐ見つめると、リツコさんはキョトンとして、耳まで朱くすると顔を背けた。

 

「も、もう良いでしょう。わかったから離れなさい…っ」

 

「なら、撥ね退けるなりすれば良いじゃないですか…」

 

 イヤならイヤと言われる方が、バカな自分にはそうでないとわからないのだ。

 

 昔から人の話を真に受け過ぎると親には言われた。人の言葉の裏を読むなんて自分には出来ない。

 

 このセカイの物語の登場人物なら、色んな面を一方的に知っているからどう考えているのかを予想しているだけで必ずしも言葉の真意を読んでいるわけじゃない。

 

 だから、今のリツコさんがどう考えているかがわからない。だって好きだと言われて詰め寄られて朱くなるリツコさんなんて物語には居ないのだから。目の前に居るのは赤木リツコというひとりの人間なのだから。

 

「ちゃーす。リツコ、入るわよ~……あれ?」

 

 声からしてミサトさんである。ただデスクの入り口からだとリツコさんに詰め寄る姿が横から丸見えになるのだ。

 

「どうしましたミサトさん? またサボりですか?」

 

「むっ。べっつにぃ~、取り敢えずのケリは着けてきたわよん。そ・れ・よ・り、今リツコとナニしてたのよぉ~? まさかシンジ君そういうことォ? ウワキはいけないんだぞこのこのォ♪」

 

 なんかひとりで盛り上がってるミサトさん。すんごいニコニコして近付いて来たら肘で此方の脇をぐりぐりしてくる。地味に痛いんだけど。

 

「別に。なんかリツコさんが目にゴミが入ったとかで見てあげただけですよ」

 

「そうよ。あなたが想像してる様なことは一切ないわ」

 

「ちぇー、なによつまらないわね。シンジ君カッコいいからついにリツコが落ちたかと思ってワクワクしたのにぃ」

 

 つまらなそうに口先を尖らせてぶーぶー言うミサトさん。29なのに表現が子供っぽい。失語症の後遺症かね。

 

「知ってるかしらシンジ君。ミサトね、8年前は」

 

「だぁぁぁ~!! ぬわぁんてこと駄弁ろうとしてンのよリツコ!!」

 

 リツコさんの言葉を遮るミサトさん。いやまぁ、その下りで出てくるだろう人の事識ってますけどね。

 

「あなたが根も葉も無いことを言おうとした罰よ」

 

「わかったわよ、悪かったから!」

 

「まぁ、ミサトさん見た目は良いですからひとりかふたりは居るでしょうね」

 

 普段の仕事モードは出来る女の人。しかし親しみ易く気安い人でもあるから人気もある。加持さんが居ることを知らずとも、そうした相手が居ただろう事を想像するには難しくはない。

 

 シンジ君×ミサトさん物とかも好きでした。はい。

 

「ちょっとシンジ君、見た目はってなによ見た目はって」

 

「本当はガサツでズボラだって、リツコさんから聞いてますよ?」

 

 それはもうにっこり笑顔を浮かべて言い放つ。シンジ君が一緒に住んでいないのだからミサトさんの部屋が片付くハズがないのである。それでも自分のデスク周りは辛うじてキレイにしているのは頑張ってるかと思う。けれどやっぱり乱雑さは目立つ。

 

「リツコぉ~~~!!!!」

 

「だから言ったでしょ? 罰だって」

 

 リツコさんとは毎日顔を会わせているのだから、当然世間話でミサトさんの事は良く上がるのはムリもない話である。

 

 物凄い形相で詰め寄るミサトさん。それを軽くあしらうリツコさん。親友って、なんだか羨ましい。

 

「はぁ。もうイイわ…。それよりシンジ君、来週の土曜日空いてる?」

 

「空いてますけど何か?」

 

「んじゃ、お姉さんとデートに行きましょ♪」

 

 ウィンクしてくるミサトさんはやっぱり親しみ易い近所のお姉さんという感じである。シンジ君の様にミサトさんに引き取られていたら自分はリツコさんに抱いている想いをミサトさんに抱いていたのだろうかと少し考えてしまった。──いや。ないかな。ミサトさんには加持さんが居るし。

 

「デートですか…」

 

「なによぉ。こんなキレイなお姉さんとデート出来るのに嬉しくないの?」

 

「自分で言ってちゃオシマイって言いたいのよ、シンジ君は」

 

「アンタ、なんか今日ちょっとジャブが効きすぎてない?」

 

「さぁ? 気のせいよ」

 

 そんな軽口を叩き合う2人を余所に、ミサトさんの言うデートとなるとやっぱり豪華なオフネで太平洋をクルージングなのだろう。

 

 まだ見ぬ彼女とは上手くやって行けるのか。それだけが心配で気掛かりだった。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「バカね、わたしも……」

 

 騒がしい親友と、良くわからない彼が居なくなってひとりになったデスクの静けさに、少しだけ寂しさを感じる。

 

 仕事をサボってこっちのデスクにやって来るなんてのはミサトの日常であった。

 

 でも数ヵ月前からそんな日常にひとりの男の子が加わった。

 

 最初は書面上の保護責任者であるから必要最低限な会話だけだったけれど、次第に話す内にじわじわと溶け込んで行った彼。

 

 男に愛される感覚がわからない自分は彼を試す様な事をした。

 

 まさかあんなに真っ直ぐ来るとは思わなかった。その瞳に見つめられているとすべてを見透かされている様で、それが恐くて一度目は逃げ出した。

 

 二度目は逃げられないように少し強引に迫られた。

 

 少し大人になっていた彼は、でもヒトを愛する事の感情の区別が定まっていないところはまだまだ子供だった。

 

 それでも真っ直ぐに、自分を好きだと言われて、柄にもなく嬉しいと思う辺り自分も人の事は言えない。ミサトが来てくれなかったらおそらくあのまま……。

 

「まったく、どうかしてるわ……」

 

 思い出すと火照りだす身体。女として彼に求められた事がそんなに嬉しいのかと、我ながら卑しい身体に溜め息を吐く。

 

 ミサトにしれっと何事もなかったかの様に応対していたのは驚いたけれども。それでも下半身を然り気無くミサトに見られないようにはしていた。それほど、彼も興奮していたという証拠に、女の部分を擽られる。

 

 今まで大人として、科学者として付き合っていた彼。そんな彼が呼び起こした女としての自分の中には絶えず彼の顔がリピートされている。

 

「はぁ……」

 

 そんな初な乙女の様なポンコツになってしまった思考に蓋をして、科学者としての自分を基軸に、大人としての自分を補助に回し、女としての自分の汚染を防ぐ。

 

 科学者として興味深い対象の彼。大人として保護対象の彼。

 

 よし、大丈夫。いつも通りの赤木リツコに戻った。

 

「ほんと、罪作りな子」

 

 自分でさえこうなってしまったりするのだ。一線を引いている親友の対応はある意味正解に思える。しかし今さらそんな態度を取るには、自分は彼に情を持ち過ぎてしまっている。急に冷たい態度を取れたとして、曇る彼の顔を見るのは──正直辛い。

 

 コーヒーに舌鼓を打ち、褒めて貰えるのは嬉しい。大量の仕事を抱えていて、その能力に感心を持たれる事に優越感を擽られる。気心を許した相手だからこそ見せる柔らかな想いに浸っていたくなる。

 

 碇シンジ──綾波シンジは既に、切って捨てるには躊躇する程、自分の心の中に住んでいるのだと改めて認識するだけだった。

 

 

 

 

つづく。


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