紀伊半島沖で確認された使徒。
先の
使徒の上陸予想地点にて待ち構え水際で一気に叩く。
厚木から発進したEVA専用大型輸送機に搭載されている機体は初号機と弐号機だ。
零号機は先の
弐号機には当然アスカが乗っている。
初号機には自分とシオンが乗っている。今回は留守番ではないシオンが生き生きしているのがシンクロから伝わってくる。
『初号機並びに弐号機は交互に目標に対し波状攻撃、近接戦闘で行くわよ』
既に現地へ指揮車両で向かっているミサトさんからの通信に耳を傾ける。
「了解!」
『あーあ。折角の日本でのデビュー戦だって言うのに、どうして私に任せてくれないの~?』
今回の使徒がサキエルやシャムシエルの様にタイマンが通用する使徒であれば間違いなく楽勝なアスカは自分との同時出撃にご不満の様子。
しかし今回の使徒、イスラフェルは分裂能力を持つ。
2対2であっても初回は負け戦になるだろう。そうした面では日本での初戦はアスカには黒星が待っている。
現状アスカとの関係が悪い自分が、ユニゾンを成功させるにはどうすれば良いのかという憂いで頭が一杯だった。
「まぁ、やるだけやるしかないか」
『…言っとくけど、くれぐれも足手纏いだけはならないでよね』
まだ怒鳴られた方が返せる言葉もあるかもしれないが、コチラを睨みながら冷たく言われると返せる言葉も見つからない。
「わかってるよ。アスカの好きにすれば良いさ」
今回はアスカが前衛で自分は後衛だ。つまり使徒へのトドメはアスカが握っていて、自分は添え物だ。
それでアスカの自尊心が保てるのなら安いものだ。
ロックボルトが外され、エヴァが降下していく。浜辺へと砂煙を上げて着地する弐号機と、ATフィールドで重力を軽減できる初号機では、対称的に初号機の方がソフトに着地する。
直ぐ様電源支援車両が近寄ってきて電源ソケットをエヴァの背中に差し込む。
続けて輸送ヘリからコンテナが投下され、その中のパレットライフルを装備する。アスカの弐号機も同じ様にソニックグレイブを装備して立ち上がる。
「来るわ」
「うん」
シオンの言葉に返事を返すと、沖の水面から水柱が爆発した様な勢いで立ち上る。その中から灰色と黒の色合いの人型に近い四肢を持つ巨体が姿を現した。
『攻撃開始!!』
『アタシから行くわ! 援護しなさい!』
「りょーかい。援護開始!」
ミサトさんの声を受けて飛び出して行く弐号機から使徒の注意を逸らすためにパレットライフルでの射撃を始める。旧劇と比べてアスカの言葉がキツいのはこの際気にしても仕方がない。
パレットライフルから放たれる弾丸を棒立ちで受け止める使徒。その爆発の中でコアが二つあることを確認する。
南極が蒸発したセカンドインパクトによる海面上昇で水没しながらも屋上を覗かせるビルを足場に八艘飛びの様に駆けていく弐号機。
『うりゃあああああ!!!!』
飛び上がった弐号機がソニックグレイブを振り上げながら落下に合わせて振り下ろす。
そのまま一刀両断で左右に裂かれる使徒の身体。初見ならコレで倒せたと誰もが思うだろう。
『どう? フォース。コレがアタシの実力よ』
「まだ終わってない」
『え?』
アスカの言葉に返したのはシオンだった。弐号機に真っ二つにされた使徒はしかしその身体を震わせると脱皮や羽化の様に内側から新たな肉体を産み出した。
白と黒、オレンジと黒の2体に別れた使徒。
『ぬぁンてインチキ!!』
ミサトさんの叫びと共にノイズが走る。通信機を握り潰しでもしたのだろう。
最初に狙われたのは目の前に居た弐号機だった。
「来るよアスカ!」
『っ、わかってるわよ!!』
使徒は海中に姿を隠して迫ってくる。片方の水柱の中にパレットライフルを撃ち込むが、効いてはいないだろう。
水面を割って白い方が弐号機を襲う。しかしそこはさすがのアスカ。カウンターで合わせて使徒の身体を切り裂くが、直ぐにその傷が修復される。
浜辺に居るこちらにもオレンジの方が飛び掛かってるのをライフルを捨てて、その身体を掴み、浜に組伏せる。
「こンのぉ!!」
怯ませる意味も込めて、拳で使徒の三つの穴のある顔を殴り付ける。こうして片方の動きを封じ込めてアスカが1対1に集中出来るようにする。
ただ使徒自体も力が強く抑え込むのでこちらは精一杯で援護には向かえない。
『アスカ、コアを狙って!』
『やってるわよ!!』
弐号機が白い方のコアを突き刺すが、それも直ぐに修復されてしまう。
やはり2体同時に再生能力を上回る過重攻撃を仕掛けなければ倒せないのだろう。
「っ!? コイツ!」
抑え込んでいたオレンジの方の使徒の顔が怪しい光を携えた瞬間、機体を仰け反らせれば目の前を閃光が過ぎ去る。サキエルよろしくイスラフェルも目からビームが出来るのだ。
仰け反った事で抑える力が減ったのを好機と見てか、腹筋だけで起き上がる使徒に、機体はその身体からずれ落ちて浜に尻餅をつく。そのまま逆に抑え込もうと覆い被さる使徒を巴投げで投げ飛ばし、立ち上がろうとする使徒をジャンピングチョップで叩き伏せる。
1対1ならどうにか戦えても、損傷を回復されるとあとはジリ貧でこちらが潰される。ダメージは今のところこちらも負っていなくとも、疲労を蓄積されるこちらに分が悪い。
『きゃあああっ』
「アスカ!?」
弐号機が物凄い勢いで浜辺を超えて直ぐ近くの山の斜面へと激突する。
何があったのか見ていなかったから判らない。
「ミサトさん、アスカは!?」
『命に別状はないわ! シンジ君、アスカを連れて撤退して! 一度出直すわよ』
このまま戦っても埒が明かないと判断したミサトさんからの撤退命令。
とはいえ素直に見逃してくれるだろうか。
弐号機を降した白い方が飛び掛かってくる。組伏せていたオレンジの方の上から飛び退くが、アンビリカルケーブルが鉤爪に捕まって切断されてしまった。
『シンジ君!』
「大丈夫です。なんとかします」
とはいえあと5分も動けないのは厳しい所だ。
のっそりと立ち上がるオレンジの方と合わせて2体でビームを放ってくる。その合間を抜けて、或いはATフィールドで弾いて懐に入って、白い方に回し蹴りを叩き込んでオレンジの方にぶつける。
そのまま白い方の懐に拳を叩き込み、その身体を貫通してオレンジの方のコアを捉える。2体同時のダメージになら身に堪えるハズだ。
「潰れろぉぉぉおおおお!!!!」
インダクションレバーを思いっきり押し込み、機体に力を込める。
だが腹部を貫通されているのにも関わらず、白い方がその四肢を初号機へと絡めてくる。
そのコアが白い光を放ち始める。
「マズ──っ」
「やらせないっ」
身を引こうとした時、シオンの声が響く。
白い光を放つコアに初号機が顔を近付け、その口を開いて、白い方のコアを
それが意味する事を認識する前に、目の前が白い光に包まれていった。
◇◇◇◇◇
「何が、起こってるの…」
新たに現れた使徒はその身体を分裂させる能力を持っていた。初号機も弐号機も互いに単独であれば使徒に遅れを取っていなかった。
しかし弐号機が武器を破損させた隙に白い方の使徒が弐号機を殴り飛ばして弐号機は機能停止。
初号機に撤退命令を出したものの、2対1では撤退も楽にはいかない。そのまま2対1を強いられてシンジ君は良くやっていた。2体同時に相手取っていた。しかし片方の使徒が初号機に組み付き、そのコアを輝かせた光景は、第一次直上会戦の時のように使徒の自爆を彷彿させた。
そんな使徒に対して初号機がそのコアを噛み砕いた。
そして、何かの叫び声の様な音と共に光の十字架が聳え立ち、それが左右に割れて初号機の背中から光の翼が生え、その身体は光に包まれて白く発光し、2体の使徒ごと光に呑み込まれていった。
その光景は15年前のそれと同じ、そして第五使徒の時もそれは起こった。
「本部に連絡! 直ぐに零号機を寄越す様に言って!!」
「りょ、了解!」
日向君に命令を飛ばす。これがリツコが言っていたサードインパクトの始まりならば前回の様に零号機に、レイとレンにしか止められないと瞬時に判断した。
「お願いシンジ君、早まらないで」
最悪の場合、後方で待機している国連第2方面軍にN2航空爆雷で吹き飛ばして貰わなければならないという最悪のシナリオさえ頭を過る。それでもサードインパクトは防がなければならない。
胸のロザリオを強く握り締めながら、アタシは15年前の悪夢と同じ光景に祈るしか無かった。
◇◇◇◇◇
「ここは……」
白い光に呑み込まれたあとに広がる光景は、オレンジ色の水の中。
またここに来てしまったのか。
きっと、ここは初号機の中だろう。
使徒のコアを噛み砕いた初号機。それは初号機がS2機関を取り込んだという事だろう。
だとすればしかしなぜ、自分は初号機の中に居るのだろうか。
「やっと、ひとつになれる」
「シオン?」
その声を聞いて振り向けば、誰かが自分へと抱き着いて来た。
「わたしと、ひとつになりましょう?」
「シオン、どうしたの」
「わたしと、還りましょう」
背中にも誰かが抱き着いて来た。
「違う、シオンじゃない…っ」
顔を上げた誰かは、顔つきはシオン──綾波のものでも、その表情には色はなく、それが恐怖を駆り立てる。
「独りはイヤ」
「寂しいの」
「冷たくてイヤ」
「だから還ろう」
「満たされていたあの頃に」
前後に抱き締められていた身体が、自我境界線を越えて融け始めていく。ATフィールドが、自分のカタチが保てない。
きっと、このふたりは使徒だ。
初号機がコアを取り込んだのならば、初号機の中に使徒が取り込まれても不思議でもない。
「シンジなら、全てを受け入れてくれる」
背中からシオンの声が聞こえる。
「あ…、あぁ……」
「ん…、あぁ……」
背中から、目の前から恍惚とした吐息が漏れる。まるでサードインパクトの時、自らのコアにロンギヌスのコピーを突き刺していた量産機を思い出した。
「私も、みんな、シンジとひとつになりたいの」
「満たされていたいの」
「寂しいのはイヤ」
欠けたココロは何も人間だけの物じゃない。使徒もまた同じモノを抱えている。生命の実を持つ使徒にココロがあるのかと言われたら、カヲル君の様に魂を持つのならココロが生まれていても不思議には思わない。
『死ぬのは、イヤ』
死、無になる事。欠けているココロを満たしたいから、還る為に帰ろう。でもアダムは砕けてしまったから、リリスのもとへ還ろう。
使徒のココロがひとつになっていく中で、その想いを言葉にするのならばそう言うことだ。
「私を見て」
「一緒に還ろう?」
「私を感じて」
「ひとつになろう?」
『私を抱き締めて』
孤独。冷たさ、寂しさが融けていく。
「誰もが孤独を抱えて生きている。欠けたココロを埋めるために他人を求めているの」
「わたしには代わりが居る」
「私にはシンジしか居ない」
レンが、レイが、シオンが、ひとつに融けていく。
『一緒に還ろう?』
使徒が手を引いて真っ暗な底へと誘おうとする。
「……それでも、俺は、みんなと触れ合える世界に居たいよ」
「どうして……」
シオンが、目を見開いて自分を見てくる。
「だって。触れ合えない世界はひとつで満たされるとしてもひとりぼっちじゃない?」
誰かと触れ合えるから独りじゃない。そう思えるのはヒトの特権だろう。
融け合っていたココロが、ひとつになっても自己を取り戻す。
「こうして触れ合えるから、独りじゃないってわかるんだ」
「触れ合うことで生まれる温かさ。それがワタシをワタシに変えたもの」
「わたしは、わたしで居て良いの?」
「良いんだよ。レイはレイしか居ないんだから」
「そう…。嬉しいわ」
レンとレイが肩に寄り添う。
「シンジはいつもそう。私の思い通りになってくれない」
「それが他人だもの。ヒトは人形じゃない。だから言葉を交わして互いを思いやって互いにして欲しいことや願いを聞いて聞き返す。それはひとつになっても出来ないことなんだ」
「だからひとつになってくれないの?」
「でも一緒に居ることは出来るよ」
シオンの手に触れると、シオンは指を絡めてくる。決して離さないと強く語るように。
『わたしは還りたい。満たされていたい。死にたくない』
そう語る使徒を、抱き締めた。
「おいで。一緒に居るから」
使徒の身体が融けてひとつになっていく。
「私とはひとつにならないのに、ヒドイ」
「シオンとは違うからね」
魂を持ちながらココロが無い。或いは気薄い。自己啓発というよりは本能に近しいもの。きっとアダムの魂であるカヲル君が特別なのかもしれない。
原始に還りたいと願う心を叶えてあげるくらいしか自分には出来ない。しかしそれを許せばヒトは滅びる。ならば自分が代わりにその還る場所になろう。その結果ヒトの輪廻を踏み外そうともヒトの世が続くのならそれで良い。
「行きましょう。みんなが待っているわ」
「うん」
身体が浮いていく。使徒がひとつに融けた所為だろうか、とてつもなく身体に力が張っていく。
そしてその力は紅い海を割って光の中でヒトのカタチを象っていく。
『グオオオオオオオ!!!!』
光輝きながら産声を上げて生まれたのは四本の腕を持つ光の巨人だった。
「新しい器。シンジの魂の器」
「13号機…」
カタチに意味を持たせたからか、光の巨人はそのヴェールの中から初号機に似た体躯へと変化した。
初号機の特徴である紫色ながらその目は四つ。四本の腕の内二本が胸の前で交差して胸の装甲を形作る。
それをエントリープラグの中で見守る。機体識別もtype-13と示される。隣に座るシオンに目を向けて、頭上で白く輝く初号機を見上げる。
「第2覚醒形態に、13号機の創造か。こりゃゼーレが黙っちゃいないかな?」
光が落ち着き、降りてくる初号機が倒れそうになるのを抱える。
覚醒を果たすことでエヴァでさえ創造を可能としてしまう権能は確かに神そのものだろう。
初号機以上に身体に馴染む13号機の感覚。シオンの言を信じるのならば、この13号機は自分自身だ。レンが零号機であり、シオンが初号機であるように。そして自分とひとつになったイスラフェルでもあるだろう。
とんでもない爆弾を新しく抱えてしまった気もするが、それを決めたのは自分であるのだから上手く付き合っていくだけだ。
取り敢えず、こちらにライフルを向けている弐号機に手を上げておくとするかな。
◇◇◇◇◇
第七使徒戦後、ゼーレは緊急会議を開いていた。内容は語るべくもなく先の戦闘に関してである。
「初号機の完全覚醒。及び新たに現れたEVA13号機か」
「13番目の執行者を自ら創造したと言うことか。しかし使徒を材料とするとは」
「綾波シンジ。彼女に選ばれし番にして神の児。使徒を取り込み遂にヒトの道を外れた執行者か。これも君の計画の内かね?」
ゼーレの面々が軒を連ねる中、その面々の前に座するのはゲンドウではなくユイであった。
「私のではありませんわ。すべては世界の選択。既に我々人間が踏み入る事の出来ない領域で事は進んでいるのです」
「我々の悲願は新たな生命への新生にこそある。アダムの仔を取り込み、リリスに選ばれし彼が果たして我々の希望に相応しいモノであるか」
「あの子はそれを望まないでしょう。今のあの子はリビドーに満ちています。それを反転させれば皆さんが望む器に相応しいモノになるものと愚考致しますわ」
「しかしリリスへの回帰を望む使徒でさえも取り込み自らを再構築してしまう存在が、果たして生を反転させられるものか」
「その点に関してはやはり槍を使うのが効果的であるかと」
「やはり槍がなければ始まらんか」
「では引き続きネルフには使徒殲滅に注力して貰おう」
「はい。使徒殲滅は万事お任せください」
「とはいえ再び覚醒を起こし、ともすれば望まぬカタチでのサードインパクトは未然に防がなければならん。その為に新たに監視をつける。良いな」
映像が切れ、ユイは肩の力を抜く。
「ご苦労だったな。ユイ」
そんなユイに声を掛けたのはゲンドウだった。
「ゼーレの事を再確認する為ですもの。これくらいはどうってことないわ」
それでも夫の気遣いは嬉しいものだ。その心の幾分かでも我が子へと向けて欲しかったものでもあるが、夫は自分が思っていた以上に心が繊細なヒトだったことを読みきれなかった自身の不覚だった。
「でも、ゼーレのお歴々がシンジを神の児として受け入れている事が意外だったわ」
「零号機の覚醒に加えて初号機の覚醒さえ果たし、老人たちのシナリオは滅茶苦茶に引っ掻き回されていたからな。ある意味の諦観というものだろう」
「それにしては計画を諦めているようには思えなかったわ。槍を使えるようになれば仕掛けてくると思うわ」
「ヤツならばその槍でさえ調伏してしまいかねんがな。或いはそれが狙いか? ユイ」
「欲をかくのは身の破滅のもとでも、槍を手に入れればすべてが揃い、ゼーレには手出しが出来なくなるもの。そうなれば恐いものも無くなるわ」
「そうか」
改めて美しくも恐いものだと己の妻を評価するゲンドウ。しかし一皮剥けば抜けている所や人としての優しさも持っていることも知っている。
ユイは恐いものは無くなるというが、それでもゲンドウには唯一無くならない物がある。
「すべてが終わったらシンジとも向き合いましょう? それまでには覚悟を決めてくださいね」
「う、うむ」
自分の息子と向き合うこと。自分が他人から愛されることなど信じられない不器用な男は未だ正面から息子と向き合う覚悟が出来ていなかった。それは1度対面したもう一人の息子に自分を突っぱねられてしまったことも僅かながらに足を引っ張っていた。
◇◇◇◇◇
自分の心臓の音と共に鼓動を響かせるエヴァというものも不思議なモノだった。
13号機(仮称)自体にS2機関はその存在を確認されていない。
サングラス越しに自分の胸元を見る。そこで鼓動を刻むのはヒトの心臓と融合を果たした使徒のコア。ヒトでありながら使徒でもある自分。
公的には使徒は殲滅された事になっているが、使徒を材料にエヴァを創った等という真実を知っているのは、それを理解できる自身の他には綾波三姉妹の他はリツコとその直接の配下である技術一課の極一部だ。
量子的にひとつとなっている13号機(仮称)と自分は心臓を共有して、自分の中にあるS2機関が13号機(仮称)に無限のパワーを与える。
覚醒を果たして次元の狭間から無限のパワーを得ることの出来る初号機。覚醒を果たして自らにS2機関を創造した零号機。そこに13号機(仮称)を加えた事でゼーレが再び何らかの動きを見せるかと思いきやそうではないのが却って不気味であった。
「こんなところに居たのね。バカ」
その声の主はアスカだった。その彼女をサングラス越しに見る。
こちらが顔を向けるとバツの悪そうに彼女は顔を背けた。
使徒とひとつになったからか、自分の目はレイやカヲル君の様に紅くなってしまった。はじめからそうであるのならば良いのだが、綾波シンジはそうではなかったので今はサングラスを掛ける事で誤魔化している。カラコンの選択肢もあったが、自分がコンタクトを入れることに落ち着かなかったので、前世でもメガネを掛けていたのもあってサングラスに落ち着いた。
「コレ」
そう彼女が差し出したのは今日の分の空の弁当箱だった。
第七使徒戦から一週間。しかし検査やなんだで自分はネルフ本部に缶詰めだった。何故なら自分の身体の動きに合わせて機体が動いてしまうのだ。それを落ち着かせないと移動もままならず、同じように私生活をしていても動かない零号機と初号機、即ちレンとシオンにどうすれば良いのか訊ねて1日を掛けてどうにか身体と機体のシンクロを落ち着けて切り離すことに成功する。
ヒトである自分とエヴァである自分を区切り、身体の一挙一動をヒトで行うのかエヴァで行うのかという事を意識するだけ。無意識に身体を動かすことを意識してやるというのは簡単では無いが、自分とエヴァを区切るというのは簡単な事だった。つまり私生活を送る自分とエヴァに変身でもして戦う自分を思い浮かべて動けば良いというモノだった。
それでも使徒と融合した人間の各種検査は厳しく精密に行わなければならないものだ。時間が掛かっても仕方がない。
ただ代わりにアスカとの約束は反故にする事になってしまった。
怒るだろうかと思いながらお弁当を渡しに行けばバカ呼ばわりされる始末だった。
そこから彼女から自分に対する呼称がバカになったのは喜ぶべきものか。どうなのか。使徒になったヤツの弁当なんか喰えるか!なんて言われなかったのは幸いだったけれども。
「また明日も作るよ」
「勝手にしなさい」
そう言い残してアスカは去っていく。まぁ、嫌われていても無関心で無いことは良いことだろう。好きの反対は嫌いではなく無関心だと昔から言われているように。
「どうしてあんな女に構うの」
アスカと入れ違いでやって来たのはシオンだった。シオンも少し落ち着いた様子になった。
「おかえり。そっちはどう?」
「別に。
今シオンは13号機(仮称)にシングルシンクロをしていた。
13号機(仮称)は見た目が13号機であるだけで装甲から内部組織まで使徒由来のモノだ。装甲は体組織が硬化したもの、つまり人間からすれば爪とかそんなモノだ。中身も機械的な部分は皆無である。故にヒトがアクセス出来るように機械を埋め込む手術を経て、機械的にデータを拾い上げる為にシオンがシンクロしていたというわけだ。
そのワケはシングルエントリーでも動くかどうかの確認だ。13号機(仮称)は自分の魂の器であるので遠隔でのシンクロやコントロールは可能だ。それでも有事を想定しておいて自分以外が動かせるかどうかを確認する損はない。
随分と人間離れしてしまった気もするが、それでもヒトとしての機能が残っているのは幸いだった。でも意識すれば幼子の様に自分の中で眠る存在を知覚出来るのも果たして不思議な感覚でもあった。コレだけ胸の内から沸き上がる熱を感じていて眠っていられるのはまるで胎内に居る赤ん坊の様だと思った。
ヒトならざるモノへとなった事への不安が無いと言えば嘘だが。それでも自分が選んだ結果であるのだから受け入れる覚悟はある。
◇◇◇◇◇
使徒を取り込んでひとつになった綾波シンジ。
バケモノになったと思いきや相変わらずのヘラヘラ顔にムカついただけだった。そして手渡された弁当箱にコイツは底抜けのバカなんじゃないかと確信した。
だからバカと呼んでやることにした。
分裂した使徒と一対一で戦って抑え込んでいた初号機。対する自分は一瞬の隙を突かれてノックアウト。その後は2対1でも初号機は立ち回ってみせた。
何も出来なかった悔しさが込み上げるだけだった。
だから顔なんて見たくない。それは自分が失敗して無様を晒した結果を突き付けられるモノだから。
なのにひょっこり現れたあのバカは学校でいきなり何事もなく弁当箱を渡してきた。もう肩肘張った自分がバカに思えて八つ当たりでバカと呼ぶことにした。それでもヘラヘラ変わらず明日も作る等と言い出すのだから本当にムカつくヤツだ。
でもたった1度のお弁当なのに、その間の一週間の昼が味気なかったと感じる自分が腹立たしい。これじゃまるであのバカのお弁当を楽しみにしているみたいじゃないか。
大嫌いなヤツの手料理を楽しみにする理由なんてないハズなのに。
その理由がわからなくて悶々としながら、でも味付けは変わっていないことにどこかホッとしたのも事実だった。ヘラヘラしているのも相変わらずで、それはバケモノにはなっていない証しの様に思えたから。
「フン。なんなのよまったく」
もしバケモノに変わっていたのならどうするのか。
その時は私が殺してやる。
誰にも殺させてなんかやらない。私を煩わせたあのバカを殺すのは私だ。
だから私に殺されないように精々ヘラヘラしていれば良いんだ。それで私の好みがわからなくて味の決まらないバラバラな弁当を作っていれば良いんだ。
私の事を考えて頭を悩ませていればいいんだ。
◇◇◇◇◇
「まったく。あなたは一月に一度何か問題を起こさないと気の済まない質なのかしら?」
「いやホントすみませんとしか言えません、ハイ」
そんな小言を言わずにはいられない程に目の前の少年は事あるごとにトラブルを起こす。それが勿論わざとでは無いことをわかってはいても心配する身としてはそれくらいは許されるだろう。
「取り敢えず纏まった検査結果だけど、聞きたい?」
「言いたくて仕方がないって顔してますよ」
「察しの良い子は好きよ」
遠回しにでしか自分の感情を伝えられない自分を面倒な女だと思いながらも、リツコは分厚い書類の束を持ち出して目の前の少年へと渡した。
「精密検査の結果、100%黒。あなたの固有波形を登録しているから大丈夫だけれど、そうでなければ本部内に使徒が居るという結果になるくらいにはあなたはヒトからかけ離れてしまったわ」
「まぁ、覚悟はしてました」
「それと簡易検査の段階でわかっていた事だけれど、あなたの心臓と使徒のコアが一体化しているのは見てわかる通りね」
リツコが指し示すのは胸部を写したレントゲン写真。心臓のすぐ横に位置する白い球体が映っていた。
「そのコアを通して量子的にあのエヴァがあなたと繋がっているわ。そしてS2機関によってあのエヴァは無限に稼働するということは良いわね?」
「はい」
「あなたが人間性を失わなければ大丈夫でしょうけど、もしそうなった時あのエヴァは使徒と同義の存在になることは理解して」
「わかっています。そもそもエヴァからして使徒のコピーなんですからその危険性は承知しています」
「なら良いわ。とはいえ、あなたが取り込んだ使徒がいつ牙を剥くとも限らないから異変を感じたらすぐに教えてちょうだい」
「わかりました」
「それで。あのエヴァは戦力として使っても良いのかしら?」
シンジの隣。共に話を聞いていたミサトが口を開いた。
「その点は問題ないわね。あのエヴァは事実上シンジ君のもうひとつの身体の様なものだもの。コントロールの優先権もシンジ君にあるわ」
「それを聞けて一先ずは安心、と言いたいけれど、本当に大丈夫なんでしょうね?」
「エヴァからして使徒のコピーなのよ? 今更の心配事でしかないわ」
「そりゃぁ、そうかもしれないけど」
どうにも煮え切らないと言わんばかりのミサト。しかしそれも無理はない。15年前の悪夢が目の前で再び起ころうとして生まれたエヴァ。その材料が使徒であると言われたら万が一にはシンジごと殲滅しなければならないと考えるだけでも厭なものなのだから。
「大丈夫ですよ。使徒も死にたくないんですから、自分から殺されに行く様な事はしませんよ」
「使徒が死にたくないってのも今一ピンと来ないのよねぇ。ならどうして襲ってくるのか、サードインパクトを起こすのかさえもね」
その理由を語るのは簡単だが、そうするとサードインパクトどころかセカンドインパクトの真相の一端にも触れなければならなくなる。果たしてミサトに語っても良いものかとシンジは思案するが、必要ならばリツコが言うだろうと勝手に喋る事はしなかった。
「そこは使徒に直接訊くしかないでしょうけど、シンジ君も使徒が死にたくないという事しかわからなかったのなら、それ以上の情報がないのは仕方がないわ」
そんなリツコの助け船で使徒の目的に関しての話題は区切られる事になる。
「それよりも問題は初号機のリタイアね」
「彼女は何て?」
「あれはユイさんが居たからもう使いたくないって言ってましたね」
ミサトさんが切り出したのは初号機の現状だ。13号機(仮称)は自分の器でもあると同時に新たなシオンの器という側面も持っていた。だからシオンもああして落ち着いたというわけだ。
しかしそうなると魂の脱け殻となった初号機は動かすことは叶わないということだ。
勿論魂の役目をシオンやレンが果たせばシンクロ出来るが、そうでなければ動かない置き物になってしまったことは確かだ。
思わぬところで新しく増えたエヴァと合わせて4機の戦力を運用できると思っていたミサトには寝耳に水であった。
「世の中そう上手く事は運ばないって事よ。そうだとしてもパイロットはどうする気?」
「どうって、そりゃあ」
「あの子を使うって言ったら僕でも怒りますよ?」
「いやでもねシンちゃん。エヴァのパイロットはそう見つからないし」
「戦わせる為に彼のケアをしてるワケじゃないですからね。戦力が必要なら、その分僕が戦うだけですから」
「それでも必要なら使わないとならないのよ。生き残るためには手段を選んでられないの」
たとえ嫌われても指揮官として碇シンジを使う。ミサトの言葉には暗にそれを示唆していた。
シンジ自身もミサトの立場で言えば仕方の無いことだと理解できる。出来るからこそ、その札を切らせないようにするのも自分次第だということだ。
「勝手に話を進め過ぎよ。そもそも今の初号機はパイロットだけでは動かないのだから議論するだけ無駄よ」
「そうは言うけど、何か動かす為の見当くらいはあるんでしょ?」
「いくつかは、ね」
「まぁ、あまりオススメ出来ないところから推測程度の手段はありますよね」
歯切れの悪いリツコと、それに続くシンジが考えるのは再びユイに初号機のコアの代わりをして貰うか、最悪ダミープラントからレイのスペアを初号機の中に入れてシンクロさせると言う方法まで思いついている。前者は彼女の目的からすれば再びエヴァとひとつになることも厭わなそうであるが、後者は倫理的にどうなのかと問われそうでもある。
「リツコはともかくな~んでシンちゃんまでそんなこと思いつくのよ?」
「それも不思議ではないわよ? 彼、エヴァの本質に関してはわたしよりも知っている側だもの」
「感覚的な事ですけどね。科学的な面ではまだまだリツコさんの足元にも及びませんよ」
「はいはい。おあつうございますこと」
互いに通じ合う雰囲気に敢えて誤魔化されることに乗って、ミサトはこの話題には深く切り込まないことにする。こうして二人が意見を同じくする時は何らかの隠し事をしている時だとミサトも感じる様になった。それが自分には知られたくないというよりは、知ることで不都合が生じる事への予防柵であることも薄々とだが察していた。
◇◇◇◇◇
「というわけで、ドイツ支部からやって来たエヴァ5号機の専属パイロット」
「真希波マリでっす! よろしくにゃん♪」
ミサトさんに続いてそう名を名乗りながら何故か胸を張るマリ。
いやマジかよ。聞いてねぇぞ。旧劇だろこの世界!
マリの登場に内心頭を抱える。
「わっ!? な、なに?」
ズイッと顔を寄せてくるマリに身体を引いて訪ねる。
そんなマリはニマニマした意味ありげな笑みを浮かべながら口を開いた。
「ふ~ん。君がウワサのパイロットくんねぇ。なるほどなるほど。結構イイ匂いがする。よろしくネ♪」
そう言ってウィンクをする彼女。ただドイツ支部からやって来たことと、エヴァ5号機の資料には簡易式ロンギヌスの槍が装備されている事を鑑みてゼーレの息が掛かっていそうだとは想像に難しくはない。
カヲル君はまだある意味で行動やら思惑は想像し易い。ただ謎が多いマリに関しては何をしてくるのか予想できない。
「よ、よろしく…。アダっ!?」
「フン。なにデレデレしてンのよバカ」
別にデレデレはしていないのだが、アスカに脛を蹴られた。弁慶の泣き所は地味に痛い。
「おやおや? 姫はゴキゲン斜めって感じかにゃ?」
「うるさい。あと姫言うな」
「やにゃにゃ。そこは馴染みなんだから仲良くしようぜ~」
「暑苦しいひっつくなっ」
どうやらアスカとマリは顔馴染みらしい。ドイツ支部から来たエヴァパイロットなら接点があっても不思議じゃないだろう。
ともあれ、怒涛に流れていく日々はまた一層騒がしくなりそうであった。
つづく。