気がついたら碇シンジだった   作:望夢

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長らくお待たせの原因ですが、シン・エヴァ見てから書こうかなって思ってたらこんな事になりましてごめんなさいです。そして結局見れてない。21日までに間に合うかは不明。


シンジ(綾波)とマリ

 

 13号機に関して一先ずは戦力として使用することに落ち着いた。

 

 とはいえ、純度100%使徒を用いて創られた機体。制御系等の大雑把な部分、シンジがエヴァに対して持ち合わせていた知識から13号機はエヴァとして振る舞っていたが、その知識が及ばない部分は当然として存在する。それらの部分は生物的な生身だった。

 

 故に人間が機械的に制御出来る様にするための大改修が完了までの間、13号機の出撃は不可。

 

 それ以前に13号機を戦力として使用することをゼーレが許すかどうかという件もある。

 

 しかし伍号機を監視要員として送って来た以外の具体的な措置はない。現状、13号機に凍結処分や廃棄処分が降らない事の方に違和感を感じてしまう。

 

 残念ながらゼーレが何を考えているのかという思惑を突き止める手段は自身には無く、また立場的にもゼーレの事を知る機会が無いために、自分の方からゼーレに関しての話題を振るという事も出来ない。識っている事は多いが、立場上は一端のパイロットでしかないのだから。

 

 ゼーレに関しては今はまだ後回しにする他無い。それでも、MAGIを使って可能な限りの情報を集めている。それによれば幾人かの人類補完計画委員会のメンバーが行方知れずとなった案件があったらしい。

 

 そんな事件が起きていたことなど露知らず、そんなことが起こる予定も無かったはずだ。

 

 だが、委員会のメンバーが多少減ったところで、ゼーレのメンバーをどうにかしなければサードインパクトは止められない。

 

 使徒やエヴァシリーズが相手であれば戦えても、戦略自衛隊等のヒトの戦力相手となれば守りきれない可能性もある。最悪の場合、突入してきた戦自の隊員だけを選別してアンチ・ATフィールドをぶつけてLCLに還元してやるというヒトの戦い方ではない方法すら思い付いている辺り、もう自分は人間とは言い難いのかもしれない。

 

 話が逸れた。

 

 ともかく、対戦自対策、さらにはイロウルやゼルエル等といった数体の使徒は実際にネルフ本部に侵入し、その喉元に刃を突き立てる手前まで行った。

 

 イロウルに関してはリツコさんが居れば大丈夫だとしても、ゼルエルに関しては一歩間違えればミサトさんたち第一発令所のみんなが蒸発していてもおかしくはなかったのだ。

 

 それを思えばこそ、自分が居なくともみんなの安全を守れる、戦自や使徒が相手でも平気な完全に独立した安全地帯の確立も必要となる。

 

「君の資料は読ませて貰ったが、これは無茶にも程があるぞ」

 

 そう溢したのは冬月先生だった。

 

 今、冬月先生の執務室でお茶を頂きながらとある資料を読んで貰っていたのだ。

 

「使徒の複製であるエヴァ。そしてそれを操るパイロット。特異的な個人に依存する制御不安定なモノよりも、代替可能な凡人による安定した統合制御機構。良く解らないバケモノよりも大衆受けが良いのは確かだと思いますけど?」

 

「私は君が時折恐ろしく感じるよ。今さら思想の話を持ち出したところで人類に残されている手段は少ないのだから気にする必要も無かろうに」

 

「そうは言えども、そうも言えないのが群体として存在するヒトの弱さであり強さであるとも思っています。束になった人間相手に僕は敵いませんからね」

 

「そうとも見えんがね。故にノアの方舟を創るというのかな?」

 

「そうとも言えるかもしれません。結局のところ身内が良ければそれで良いなんて考えている器量の狭い人間ですから僕は」

 

「やはり君はあの碇の息子だよ」

 

 とはいえ冬月先生から失望の色は見受けられない。向けられる眼差しの暖かさがその証左だ。

 

「ヒトを超えたキミが我々に心を砕く意味が果たしてあるのかな?」

 

「人肌が恋しくてひとつになることを拒んだ俗物が、果たしてヒトを超えた存在と言えるでしょうか?」

 

「罪に塗れようともヒトの存在する世界をキミは望むか」

 

「故の全てですので」

 

 冬月先生の言う通り、自分が目指す道は他人の存在する世界だ。

 

 他人の垣根を取り払い、ひとつの生命として新生する人類補完計画。

 

 すべての生命がひとつになることで、そこから再び(いず)る生命が真の罪の無い在るべき存在であるとしても、そんなことは知ったこっちゃないのが今を生きる人間──生命の言い分だろう。

 

 中にはこんな世の中で生きていたくないという考えからゼーレに同調する人間だっているだろう。どうしようもなく死にたいとか居なくなりたいとか思っている人間だって大勢居るし、居て当然として、そんな考えが駄目だとか言えないし否定する気もない。自分自身前世はそんな人間であった。そして現実から逃げ出した。結果として今があるのは単なる幸運か神の悪戯か何かでしかないだろう。

 

 冬月先生はノアの方舟と言ったが、自分から言わせればカルネアデスの舟板だ。

 

 生きるためなら他者を犠牲にする。生きていて欲しい人たちの為なら、他の顔も知らない誰かの生命なんて頓着しない。そんな俗物的な思考を巡らせている時点で、自分はヒトを超えた存在なのではない、単に使徒の力を持ったヒトのカタチをしているバケモノだ。

 

「多少の被害があるとはいえ、キミが順当に最小限の被害でこれまでの使徒迎撃戦を遂行してくれた為に、第3新東京市関連の補修予算に余裕がある。捻出出来る人員や物資に限りはあるが、対使徒迎撃用新兵器開発計画としてこのプロジェクトを始動させる事は可能だ。しかしこれは明確な反逆行為にも等しい。キミにその責任を取る覚悟はあるか?」

 

「もとより覚悟の上です。委員会、そしてゼーレ。人類補完計画の末に訪れる世界を僕たちは否定する存在ですので」

 

「…人類の祖たるリリスに否定されるとは。老人たちも苦労を重ねそうだな」

 

 切った札に対し、冬月先生は老人たちの苦労を思い浮かべたのか一笑して此方を真っ直ぐ見つめて来た。

 

「よかろう。バックアップは全面的に任せたまえ。キミはキミの思う路を進むと良い」

 

「ありがとうございます。冬月先生」

 

 冬月先生に深々と頭を下げて礼とする。今出来ることはそれだけだが、あとは懸けられた期待を裏切らないように邁進するだけだ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 いつもの朝の気軽い語らいではなく、膝を詰めた執務室での重苦しい対話は様々な事柄に対する彼の宣戦布告であった。

 

 委員会、ゼーレ、人類補完計画──。

 

 今さら彼が何を何処まで知っているか等という野暮な事は訊ねる必要もないだろう。

 

 ユイ君をサルベージした時から全てを知ったとしてもおかしくはない。あるいは赤木君から聞き出したという線もあるが、詮無きことだ。

 

 リリスの分身たる零号機と初号機の魂、そしてリリスの本来の魂たるレイ。

 

 彼女らを絆したからこそリリスの代弁者、いや、執行者となった彼の言葉は偽り無いリリスの言葉そのものと言っても過言ではない。

 

 三者三様はまるでMAGIを彷彿とさせるが、その三者からNoを突きつけられた時点で人類の母は人類補完計画を望まないという決定に他ならない。

 

 そんなリリスの代弁者である彼から提示された計画。

 

 全長2キロにも及ぶ巨大戦艦の建造。

 

 戦艦とはいうが、EVA関連の技術も惜しみ無く注ぎ込む半ば生きた舟といっても差し支えの無いシロモノだった。

 

 戦闘艦でありながら艦内プラントでの自給自足まで想定している方舟を必要とする程の何かが起きる警告なのか、それこそサードインパクトを脱して生きる者の居なくなった地球で一握りの人間を生かす為の術とも取れるこの舟の存在はリリスの欲する新たな黒き月とでも言うのだろうか。

 

 いずれにせよ、通せなくはない計画だ。ゼーレに対する明確な反逆行為であるのだから、ゼーレの息の掛かっていない人間を見繕って来るのは骨が折れる作業になるだろうが、その辺りの悪知恵を働かせるのは此方の役目だ。

 

「とはいえ、悪くはない仕事になりそうだ」

 

 ある意味人類に負い目のあった以前とは違う。都合の良い話だが、老人の自己満足の為に世界を犠牲にしようとしていた時よりも身も心も軽く感じる毎日の仕事に遣り甲斐を抱けるようにもなった。

 

「ヴンダー……『奇跡』とは粋な名前を付けるものだ。あるいはこの窮した人類に対する皮肉かな?」

 

 巨大な翼を持ち、三胴の船体に艦尾は謎の構造物で生物の尻尾の様にも見えるものが伸びている異形の舟。おおよそヒトの人智で造られている船とは掛け離れたその姿。まさしく神の方舟か。今の人類を救う奇跡の船となるか。

 

 それを決めるのはこの艦を委ねられた人類の行動次第か。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 冬月先生と真面目な話をしたのは13号機の件が関係している。

 

 13号機の所為か、伍号機とマリの存在から旧劇の世界線だと思っていたこの世界に新劇の因果が含まれているのではないかという疑問が表層化したからだ。

 

 ラミエルの変形も新劇のソレだったが、しかしガギエルやイスラフェルといった新劇では登場しなかった使徒も引き続き登場しているのだからベースとしては旧劇のままの推移を見せているのだろう。

 

 このまま旧劇のままなら対処が楽だが、そうも言っていられそうにない可能性があるのなら、それに向けて動き出す準備は当然として必要だった。

 

「えいっ」

 

「わっ」

 

 使徒と融合してしまったから当然として今もまだ本部に缶詰めの自分は13号機やらその他諸々のデータ処理の為に個人デスクを手配して貰った。

 

 そんで痛感したのがミサトさんのあのデスクの散らかり様も理解できようと言うものだった。単純に捌く量がバカにならない。なのにデスクがキレイなリツコさんマジスゴい。尊敬しますわ。

 

 そんな机の主になった自分の背中から抱き着いてきたのはシオン──ではない。

 

「こんなかわいい子放ったらかして、どーこに行ってたんよ~?」

 

「何処って。冬月先生のところ」

 

「んにゃ? 冬月先生の? またなんでよ?」

 

 カヲル君もそうだけれど、マリもゼーレの側の仕えだって自覚があるのだろうか?

 

 こうも無防備で良く監視役なんて任命されたと逆に心配になってしまう。

 

「やりたいことが出来たから許可貰いに行ったの」

 

「ふ~ん。そのやりたいコトってさ、お姉さんにも教えてくれるかにゃ~?」

 

 背中にそりゃ立派な胸をムニムニ押し付けるというか擦り付けながら耳許で甘く囁かれる破壊力たるや、前世の自分ならホイホイとケモノになって腰振るサルになってただろう。いや実際問題まーやの囁き甘ったれ声を耳許で聞くなんて普通理性飛ぶだろう。

 

 ただそんなんでいちいちオオカミになってたら綾波シスターズとの私生活なんて送れないよ。

 

 シオンはわざと、レイは天然で素っ裸でいたりするし。

 

 2人に関してはまだ保護欲が勝っているけれども、やっぱり悶々する。だって言ってしまえば思春期の恋人が生で目の前に居るんだから仕方がない。これで反応しない男は男が終わってるわ。

 

 話が逸れた。つまり悶々しながらも耐えられる自制心は人知れず鍛えられていたわけである。

 

 だから何かとスキンシップと称して抱き着いてくるマリにもなんとか普通ではいられる。いられるけどやっぱり辛い。ケモノになりたい。

 

「それはダ~メ。教えられないよ」

 

 とか言ってる時点でゼーレに不都合な事をしているという答えになってしまっている。

 

「なんでよ~、教えてくれても良いだろぉ。教えてくれたらぁ、お姉さんがイイコトしてあげちゃうぞ♪」

 

 そう言いながら胸元をさわさわと弄ってくるマリの攻勢。

 

「ダメです~。教えませんー」

 

 まるで友達感覚でじゃれてる様な砕けた言葉を使うのは、この方がマリのウケが良いからだった。ある意味で一番飾らない言葉使いをしてる。

 

 そうした意味ではマリの距離感が身の回りの人間の中では絶妙に心地好かったりする。

 

「…しょうがないなぁ。せっかくお姉さんノる気だったのにざんね~ん…」

 

「僕にも譲れないものあるからね」

 

 そんな見え見えの誘惑に乗る程バカでもない。ワザとらしいのは何故なのかは解らないけれど、マリからは悪意が感じられないからそれが本心なのか或いは此方を騙す為の演技なのか判断がつかない。

 

 掴み所の無さで言えばカヲル君よりも難易度が高い。

 

「それで? 綾波クンはいったい何を企んでいるのかニャー?」

 

 目を細めた流し目で脇から顔を出して此方を覗き込むマリに、そこに感じるのは色気や甘さは一切無く、獲物を前にした様な鋭さだった。

 

「それはゼーレの監視役としての質問? それとも冬月先生の同門としての質問?」

 

 それを告げると、マリは一瞬目を見開いた。直ぐにまた流し目に戻ったけれども、今度は此方を絶対に逃がさないという凄味が追加されていた。

 

「いったいなんのコトかさっぱり」

 

「…母さんと同じ学部だったんでしょ?」

 

「……キミ、いったいナニモノ?」

 

 ある意味で核心を突く言葉を発すれば、マリから溢れたのは殺気にも近い威圧感だった。

 

「母さんをサルベージするときに、チョッチね」

 

 そう言いながら人指し指で自分の頭をコツコツ叩く。

 

 もちろんそれはウソっぱち。原作知識を誤魔化すブラフだ。ただ今のマリの反応で少なからずマリは、貞本エヴァの最終巻でユイさんと同じ学部だったマリの可能性が大になった。

 

「だから僕はマリのコト、敵だって思いたくないな」

 

「それはあの人の息子として? それとも冬月先生の教え子同士として?」

 

 此方が放った質問と同じ様に質問を返すマリの言葉に、これが一先ずの分水嶺だと感じ取る。この答え如何で、マリが自分に対するスタンスが決まる。

 

「僕個人として。マリとは仲良くなれたら良いなって思うから」

 

 弄っていた名残で胸元にあった彼女の手に自分の手を重ねる。それは無意識であって無意識でないような、曖昧だけれども確かな感覚として彼女の手を取っていたのは、レンとのやり取りのクセでもあったのだろう。

 

「も~。お姉さん口説いてキミはどうするつもりぃ?」

 

 ただ次に出た言葉は真面目な空気を木っ端微塵にするマリの軽い声だった。

 

「てかなに? めっちゃ背中ムズムズするぅ。綾波クンそれワザと? それとも天然? いやコワいわ~。お姉さん危うくコロっとイっちまうトコロだったわぁ」

 

 ひょうきんさを前面に押し出して誤魔化された気もしなくもない。

 

 ただ此処で返事を訊くようなのは選択肢として多分バツだ。なら結果として何が分かったのかと言われたら、何も判っていないとしか言いようがないものの、致命的な敵対関係にはならなかったとしか言えなかった。

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「やっば。むっちゃ胸がドキドキする……」

 

 見た目はかわいい子なのに垣間見せたあの表情は不安気だけれども、真っ直ぐで眩しいくらいのオトコのコだった。

 

 まだ握られた手にあのコの熱が残っている。

 

 普通敵のスパイだって分かっててコッチを口説き落とそうとして来ようとするなんて思わなかった。

 

 そりゃ先に仕掛けたのはコッチだけどさ。

 

 綾波シンジ──。

 

 フォースチルドレンとして登録された綾波レイの兄。

 

 でも、綾波シンジが元々は碇シンジであったのは本部上層部の公然の秘密みたいなもので、それは委員会やゼーレも承知の上。

 

 だけれども、思っていた以上に彼は手強くて、それでいて無防備。アレは私を敵じゃないと思ってないと出来ない態度だった。もし私の事を敵だとして距離感を置かれていたらもっと露骨なアプローチとかしてたけれど、すんなり懐に入れ過ぎて逆に心配になったくらい。オトモダチ感覚に近い距離感はある意味ちょっと新鮮だった。というか、私の事色々知ってたクチからしてもう取り繕うもクソもないだろうけど。

 

 やっぱりあの人の子ってことなんだろう。

 

 バカじゃないけど、バカ。そんでもって何処か抜けてるところもあるのもそっくりだ。

 

 でも愛情の深さとか重さは多分ゲンドウ君に似てる。

 

「ユイ先輩に頭下げたら貰えたりするかな?」

 

 見てないと危なっかしいというか、優しすぎて簡単に騙されちゃいそうなところとか。笑った感じとか。優しい手つきとか。弱々しいところとか、ムリしてるのにそれを隠してるのもかわいい子。

 

 なのに芯はちゃんと男の子ってところが反則じゃないかなぁ。

 

 抱き締めるといい匂いなのも良い。悶々してるのにそれを隠して我慢してるところもホントかわいい。

 

「ダメだ。なんかおかしい、落ち着け落ち着け」

 

 変な方向に逸れる思考を戻そうと手で払う。けれども正面からあんな風に言われたらやっぱり胸キュンくらいはする。だってかわいいんだもん。

 

「若いって、恐ろしいわ」

 

 いやまだ私も現役だけどもさ! 年齢差倍だとさすがに若さが眩しく感じるわけよ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 学校のある綾波シスターズが帰ってくるまでは基本的に暇を持て余す。教育実習生という立場もあるが、ゼーレが監視役としてマリと簡易式ロンギヌスの槍を装備した伍号機を寄越した以上しばらくは無害な人間を演出するために自主的な本部缶詰め生活を送ることにした。

 

 それでもデスクに齧り付くだけでなく、気分転換にジオフロント内を散歩するくらいはする。なんとないジオフロントの中にしたって自分からすれば第3新東京市は上から下まで全部が聖地巡礼天国なのだから暇潰しには事欠かない。

 

「あら?」

 

「んにゃ?」

 

「おや。どうしたんだいお二人さん? もしかしてデートの最中だったかな?」

 

 監視役のマリを伴った散歩の最中に出会ったのは加持さんだった。よれたYシャツに首にはタオルを巻いて鍬を担いでいた。あと軍手もしてる。

 

「加持さんこそ。これから畑仕事でもしますって格好ですね」

 

 とはいえシャツとスラックスのままなのは他に服を持っていないのだろうか。着替えるのがめんどくさい、というようなガサツな人のイメージではないし。

 

 畑仕事をするのには向かない格好の上からそうした道具で武装をしてるのはなんとも言えないちぐはぐさがある。いやただ単にそんな格好でも出来る作業だという可能性もある。だったら鍬担いでくるか?

 

「ああ。まさしくその通りなんだが。どうだい? デスクワークばっかりだと身体が鈍るだろう。もちろん給料は出させて貰うよ」

 

 そう言って鍬を差し示す加持さん。

 

「ええ。僕は構いませんよ。マリはどうする?」

 

「ん? まぁ、軽めの事なら手伝ってあげなくもなかったりちゃうかにゃ?」

 

「おっけー、お二人様ご案内だな」

 

 自分としてもガギエル戦以来の加持さんとゆっくりとした場での触れあいの機会を不意にする理由はない。

 

 畑を作る範囲はあらかじめ決まっていた。

 

 雑草を引き抜いて、鍬を使って土を耕して。とはいえ1日ではとても終わらない作業だ。

 

 三足わらじで忙しいはずなのに畑の世話までするなんてマメというかなんというか。

 

 マリには道具を運んで貰ったりしたけれど、殆どの作業は自分と加持さんでやっていた。

 

「中々道具の扱いが上手いな。こっちの経験があったのかい?」

 

「少し手伝った事があるだけですよ。殆ど見様見真似です」

 

 畑仕事は前世で親戚が農家であったから手伝いでやったことがある程度だ。それでも身体が使徒となっていなかったら腰が辛かったかもしれない。

 

 一息吐いて背筋を伸ばせば背骨がポキポキと音を立てた。構成素材が使徒のものとなっても身体に負荷が掛かるのは当然の事だ。まだ一応はヒトであるという言い訳の様な実感が沸く。

 

「葛城とは最近どうなんだい?」

 

「どうもしませんよ。仕事の付き合い以上にはあまり踏み込んでませんし」

 

 そう。自分はリツコさんと親しくはなった代わりに、ミサトさんとはパイロットとその指揮官以上の関係には踏み込めていない。リツコさんという共通の知人を通して軽くじゃれたりする程度の、気安いけれど必要以上には干渉していない。そんな間柄だった。

 

「だが嫌いとかでもないんだろう?」

 

「好感は持てますよ。実際話していて楽しい人ですし」

 

 自分としては嫌っていない。トウジやケンスケじゃないけれど、身近に居たら楽しそうだなぁという憧れの歳上の女の人という感覚を嘗ては抱いてすらいた人だ。故に旧劇でシンジ君を送り出して死んでしまったのを見た時は、戦自突入シーンの恐怖を飛び越えて悲しさの涙を流した程だった。エヴァ好きの自分にとって、葛城ミサトという人の死は悲しみを抱くくらいには好きなキャラクターだったのだろう。だからというわけではないが、ミサトさんの事を好感を持つ人だと返した。

 

「そうか。なら少しは安心だよ」

 

「どういう意味です?」

 

「いやなに。葛城が嫌われていたらいざという時頼れそうな相手が居るかどうかの問題ってだけの事さ」

 

 なんか畑仕事をしているからか、似たようなことを加持さんはシンジ君にも話していたなと思い出した。

 

「それこそ加持さんが守ってあげれば良いじゃないですか」

 

「俺は駄目だ。もう葛城とは終わってる仲だからな」

 

「そうとも限らないと思いますけど?」

 

 ミサトさんが加持さんと別れたのは、ミサトさんが加持さんに父親を重ねてしまいそうだったからだ。

 

 そして加持さんも、弟や仲間の命を犠牲にして生き残った自分がぬるま湯に浸かり続けて良いのかと思ってしまったからだ。

 

 ただミサトさんも今もまだ加持さんの事は好きで、それは加持さんも同じだ。切っ掛けさえあれば依りは戻せるだろうし、自分個人としても、昔憧れた理想の大人の男だった加持さんには死んで欲しくない。

 

 加持さんはセカンドインパクトの真相を追って三足わらじを履いている。

 

 加持さんを救いたいのなら、セカンドインパクトの真相を話せば万事解決──となれば良いのだけれども。

 

 それを自分の口から伝えるのは簡単だ。なにしろ原作知識をそのまま暴露してしまえば良いのだ。バックボーンとして自分は碇ユイと碇ゲンドウの息子であるのだからゼーレに関する秘密も知る立場であると言うことも出来る。ただ、自分よりもその事に関して適材な人が居るには居る。いやはや、頼みごとをしたばかりなのにまた頭を下げに行く必要がありそうだ。

 

 こんなに立て続けに色々と頼んでしまうとキリが無いし、気後れというか申し訳なさで引け腰になってしまうのだがそれ程色々と多方面に便利な立ち位置に居るのは間違いないんだよなぁ冬月先生。

 

 或いはリツコさんに協力を仰いでみるか。リツコさんなら友人の加持さんを憂いて力を貸してくれるだろうし。

 

「どうかしたかい? シンジ君」

 

「あ、いえ」

 

 少し考え込みすぎて手が止まっていた。

 

「加持さん。今度デートでもしませんか?」

 

「まさかキミの方からお声掛けを貰えるなんてね。ただ、彼女の居る前で別の人間を口説くのは感心しないな」

 

「駄目ですかね?」

 

「あまりオススメはしないね。キミの周りの子は聞き分けが良いと言っても」

 

 遠回しに断られてしまった。それもそうだろう。忙しい加持さんがわざわざ自分の為に時間を割くメリットが無い。

 

「そうですか。15年前の南極が蒸発する前はどうだったのとか少し話したかったんですけど」

 

 だからメリットを示せば良い。伸るか反るかはこの言葉を受け取った加持さん次第だ。

 

「そうだな。実感は湧かないかもしれないが、昔の日本は常夏じゃなかった。春夏秋冬、四季というものがあったのさ。今度またゆっくりと話そうじゃないか」

 

「ええ。是非とも」

 

 手応えはあったと思う。遠回しな言葉で伝わるか否かの心配はなかった。そこは諜報部所属の加持さんが言葉の裏を読めないわけがないという信頼があったからだ。

 

 自分が15年前と南極というわざわざその表現を使ったことで加持さんの第一声は硬かった。つまり真意は伝わっている。その為に加持さんから探るような眼差しを受け止めながら止まっていた手を動かす。ところでマリが脇から覗き込んで来た。

 

「お姉さんハブって秘密の会話とか、いやーんなまいっちんぐマチ子先生なんだけどぉ」

 

「それ今の子に通じないと思うよ」

 

「ウッソだぁ。綾波クンには通じてるじゃん?」

 

「そこはホラ、母さんの記憶持ってるから」

 

 と誤魔化す。マリと自分ではマリの方が一回り歳上だから通じるネタは通じるとはいえ全部が全部ツーカーなわけじゃない。

 

「それとだシンジ君。アソビと本命の線引きはちゃんとしておいた方が良いぞ?」

 

「遊んでるつもりはないんですけどね」

 

 遊んでいるつもりはないのは本当の事だ。ただそれがタチの悪い事だっていう自覚があるのも本当の事だ。他人を好きになった事の経験が浅はかすぎる己の未熟さを呪うばかりである。

 

「そうかにゃー? お姉さんと熱烈なハグとかしてるのにぃ?」

 

「ハグって言っても一方的じゃない」

 

 まだ一方的だから悶々するだけで済んでいると思う。友達みたいな感覚で接しているからマシなのかもしれない。でなかったらもうどぎまぎして大変だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 フォースチルドレン、綾波シンジ。

 

 エヴァンゲリオン初号機専属パイロットながら零号機にも搭乗し、エヴァンゲリオンという兵器の枠組みを超えた超常的戦闘能力で三体の使徒を撃破。

 

 先の第七使徒戦において初号機を覚醒させ、使徒を材料として未知のエヴァンゲリオンを創造するに至る正しく神の児。

 

 そんな彼から齎された、興味を釘付けにされるのには充分過ぎる言葉。

 

 15年前、そして南極という言葉。

 

 脈略もなく突然と唐突に呟かれた単語は明らかにセカンドインパクトを意識させるものだった。

 

 わざとなのか、それとも腹の探り合いに慣れていないのか。おそらくは後者だ。彼からは裏の人間のニオイがしない。だが、その単語を発してセカンドインパクトのことを意識させた目的はなんなのか。

 

 まさか知っているとでも? それこそまさかだ。

 

 だが或いは、あの碇司令の息子であるからこそ知っているという可能性も否めない。

 

「本当のキミは、いったいどれなんだろうな」

 

 基本的に人畜無害そうな儚げな美少年という印象を抱かせながらも、或いは形式上でも兄だからこそ兄役をやっている普段の彼はしかし、マリとは気安い友人めいた空気を漂わせながら、冬月副司令と暗躍する強かさを秘めている。

 

 とはいえ、葛城を悪く思っていないようだし、リっちゃんとも上手くやっているようだから、リっちゃんの友人としては信用を抱いても良いのかもしれないが。

 

 個人としての評定は、自分と同じくらい信用の置けない危険な人物と言ったところか。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 ネルフ本部のとある食堂の片隅。

 

 エヴァンゲリオンパイロット(シンジ君を除く)が勢揃いしてテーブルを囲っていた。

 

「それで? わざわざ呼び出してまでなんの要件なのよミサト」

 

 そう切り出したアスカは言葉は普通だが、声にトゲがあるのは自分もフォースチルドレンとしてこの席に身を置いているからだろう。

 

「ま、チョッチね。みんなの学校、修学旅行あるんですってね」

 

「あるわよ。それがなんなのよ?」

 

 ミサトさんが修学旅行という単語を出した時点で全てを察する。この世界じゃミサトさんシンジ君を自宅に同居させてないからか、アスカのことも誘うこともしてなかった。……ミサトさんの部屋、大丈夫なんだろうか?

 

 つまるところ誰もミサトさんの部屋に住んでないから、こうして食堂の片隅であのやり取りが繰り広げられる事となったらしい。

 

「その修学旅行、行っちゃダメだから。そこんところよろしくネ」

 

「は? はァ!? なんでなのよ!!」

 

 アスカがテーブルを叩いて身を乗り出した。

 

「戦闘待機だもの。仕方がないでしょ?」

 

「そんなの聞いてない!」

 

「今言ったわ」

 

「誰が決めたのよ」

 

「作戦担当のアタシが決めたの」

 

 本来のアスカよりもツンケンしているとはいえ、委員長とはやっぱり仲良くなったらしく、本人なりに友達との修学旅行を楽しみにしていた節が見て取れる。その辺はやっぱりまだまだ遊び盛りの普通の中学生なんだなと感じられる。

 

「アンタたちも揃いも揃って寛いでないで、少しはなんとか言ってやったらどうなの!」

 

 珍しくこちらに意見を飛ばしてくる辺り、どうしても修学旅行には行きたい様だ。

 

「わたしは別に」

 

 と言ったのはレイ。本部内のLAWSONで買ってきたのか、大判えびせんをマヨネーズを挟んでモソモソと食べていた。最近何かと自分が食べている物と同じものを食べたがる傾向にあるレイ。だからヘタなツマミを選べないのはちょっとツラい。ビーフジャーキーとか肉の臭いがするアレはレイは食べられないからね。

 

「ワタシも」

 

「私もぉ~」

 

 隣に座るレンは特に何を食べているわけでもない。

 

 膝の上のシオンはお行儀悪いが、コップの縁をガジガジ噛みながら答えていた。

 

 綾波三姉妹的には修学旅行なにそれ? の気分なんだろう。

 

「アンタたちに聞いたアタシがバカだったわ…」

 

 期待外れというより、期待した自分に呆れたアスカの視線が自分の方に向くが、何も言われずに逸らされた。

 

 助け船を出せないことはないものの、次の使徒がサンダルフォンだとすれば、浅間山の火口にマグマダイブ出来る局地戦用D型装備を現在運用できるのは弐号機のみだ。

 

 13号機は現時点での使用は不可。初号機は使えるとしてもD型装備には対応していない。零号機はさらにF型装備の上にステージ2への改修を終えているので尚更規格が合わない。伍号機に関しても人型となっているが装甲形状が弐号機と異なっているためにそうしたプロダクション・モデル用の装備が使えるかどうかは未知数だ。

 

 つまり次の使徒を正攻法で攻略する場合はアスカと弐号機が必然的に抜擢されるのだが、今のアスカにはそんなこと知るわけがないから修学旅行行きたさにミサトさんに食って掛かるのは仕方がない事だった。

 

 とはいえ、これで自分達で戦闘待機はやるからとアスカを送り出そうとしても、自分の留守中に使徒を横取りする気かとそれはそれでアスカに角が立つだろう。

 

 なら修学旅行我慢して戦闘待機を受け入れようと言っても、やっぱり角が立つ。

 

 思春期かつプライドの高い上に色々と拗らせているアスカの事をめんどくさいと言ってしまうのは簡単な事だけれども、アスカの背景を識っている手前、そんな言葉で切って捨てるのは人情が無さすぎる。

 

 どう考えてもアスカの気持ちを軟着陸させる方法が思い付かないが。今は無理でも、サンダルフォンを殲滅してから直で沖縄に飛べば2日目の日程には間に合わせられるだろうか。

 

 劇中描写的には、学校のみんなが修学旅行に飛び立った日にサンダルフォンを浅間山で確認して、そこから捕獲作戦を初めて殲滅まで1日のスケジュールだ。

 

 ネルフ所有のVTOLないし、浅間山に向かう為に使われたエヴァ輸送用の大型輸送機も帰りに使用するだろうそれを、エヴァの回収後に沖縄に向かって貰っても良いだろう。公用機を私的に使うなんてのは冬月先生から税金の無駄遣いとか言われそうだが、エヴァパイロットのメンタル保全を提示すれば許可されるだろう。

 

「あぁん、もぉー!! わかったわよ! 待機してりゃあ良いんでしょ! 待機してりゃあ! フォース! 車出しなさい!」

 

「え? あ、う、うん、良いけど」

 

「早くしなさいよニブチン! それとアンタに拒否権なんてないわよ! ちゃんとアタシの言葉聞いてたんでしょうね!? 命令してんだからさっさとする!!」

 

 アスカにせっつかれる様に食堂をあとにする。しかしあのアスカが自分を指名するとは思わなかった。

 

「勘違いないでよね。どうせこの後ミサトと打ち合わせでもするんでしょ? ただそれだけよ、そ・れ・だ・けッ」

 

 車の中のアスカは終始窓の外を見て此方には見向きもしない。嫌っている相手とわざわざ同じ空間を共有してまで嫌がらせというか可愛い精一杯の仕返しをするくらい、アスカにとっては修学旅行が楽しみだった証拠だ。

 

「1日目は無理だけど、2日目は参加出来ると思うよ」

 

「はぁ? アンタ馬鹿? 戦闘待機なのにパイロットが待機してなくてどうすんのよ」

 

「なにもみんなで待機してなくても良いんじゃないかなって。僕たちだって居るんだし」

 

「アンタそれマジで言ってるなら蹴り倒すわよ」

 

 アスカの声に怒気が混じる。予想はしていたけれど、気を使った筈が逆にアスカの地雷を踏んだ。

 

 アスカからすれば修学旅行に行きたい、けれども戦闘待機を外されるということはエヴァのパイロットの仕事をしなくて遊んでいろとも取られてしまう内容だ。

 

 それでもアスカにはエヴァだけじゃない選択肢があることを心の何処かに持って欲しくて、エヴァパイロットとしてのプライドを逆撫でするのを承知の上でこの話題を言い放った。

 

 無言になった沈黙の車内にケータイの着信が入る。鳴ったのは自分のだ。

 

「はい、綾波です」

 

「バカフォース、前!!」

 

「え? うわあっっとと!!」

 

 ケータイに出た瞬間アスカが叫び、目の前に飛び出てきた影に慌ててハンドルを切る。

 

『シンジ君か! 今市内に未確認移動物体が侵入して──』

 

「現在肉眼で確認! セカンドチルドレンと共に本部に引き返します!!」

 

 耳に聞こえる日向さんの言葉に返しながらバックギアに入れてハンドルを切った慣性に乗せながら車をバックさせれば目の前を何かが道路を踏み締めて、その反動で車体が浮く。

 

「なんじゃありゃ…」

 

「なんなの…。新手の使徒?」

 

「……いや、違う。ロボットだ……」

 

 エヴァでもジェットアローンでもない知らないロボットが、踏み締めた路上に停めてあった車から出火した炎に照らされて、夜の第3新東京市にその姿を映し出していた。

 

 

 

 

 

つづく。


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