気がついたら碇シンジだった   作:望夢

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ギリギリ滑り込みでシン・エヴァ観られました。

観終わったら魂が抜けたというか、黒波の所で涙が溢れ、ミサトさんの所からもう涙が駄々漏れで久々に泣きましたね。

そして自分の中の青春がひとつ終わった様な気がしました。20年以上エヴァと付き合って来ましたからね。旧劇では描き切れなかった事を描き切った良いラストだと私は思いましたが、旧劇のトラウマを刺激する箇所が多々あったので見返すには大量が要る、けども良い作品でしたよシン・エヴァ。

観れなかった人は是非BDやDVDとかで観て欲しいですね。アナタの中のエヴァが確実に変わる、そんな作品でした。

エヴァの全長ミスってたので新劇の80m程度に修正してます。


ヒトの造りしもの

 

 トライデントの足跡を辿って辿り着いたのは芦ノ湖だった。

 

「う~、つまんなぁ~い」

 

「調査だからね。面白い事なんて無いよ」

 

 唸るシオンと共に初号機の中で暇を弄ぶ。13号機で掴んだ感覚から、今は試しにシオンではなく自分が主体となって初号機とのシンクロをしている。何時13号機が使えるようになるとも判らない為、必要な試みだ。スケジュール的には来月頃には完成予定である。サンダルフォン戦には間に合うかは判らないが、マトリエル戦には間に合うだろう。

 

 13号機と比べて初号機は確かに他人が居たという感覚を抱く。

 

 シオンではなく、レイの気配に似ていて、でも違う。温かみのあるそんな感覚の残り香。それがきっとユイさんのものなんだろう。

 

 フラットな状態の13号機とのシンクロを経験しているから理解できる初号機の中の感覚は、自分の部屋の中に他人の生活臭がする感覚で、自分の部屋なのに落ち着かない、そんな感じを抱かせる。ユイさん嫌いなシオンからすれば、初号機をイヤだという感覚が今なら理解出来る。

 

「でもシンジと一緒だから我慢する」

 

「そう。良い子だね、シオン」

 

「んっ、ふふ」

 

 シオンの頭を撫でてやりながら機体の足元に目を向ける。様々な機材を積んだ車に指揮車、その護衛の機動装輪車、テントも張られている。

 

 有事でもなければ涼しいエントリープラグ内で座っていれば良い自分とは異なり、外仕事の人達は熱い中ご苦労様である。

 

「ん? 守秘回線から?」

 

 通信が入るものの、わざわざ守秘回線を使う相手が思い当たらない。

 

『ハロハロー、マイ・スウィートハニー綾波クン』

 

「なんだマリか。どうしたのいったい」

 

 通常回線ではなく守秘回線なのはゼーレの事を気にしてなのか、はたまた別の何かがあるのか。

 

『実はさぁ。戦自のロボット、2機が脱走してるらしいんだよね』

 

「……穏やかじゃないね、それ」

 

 昨夜見た機体以外にもう1機が潜んでいる。ともなれば自然と肩に力が入る。芦ノ湖で消息を断った1機、その他にもう1機。そのもう1機の情報が無いことに一抹の不安を覚えた。

 

 通常兵器であればエヴァで抑え込めるが、トライデントを巡る今回の事件がこのまま全て丸く収まるとは思えなかった。

 

 何故なら機械的な暴走やネルフに対する陰謀ではなく、パイロットの暴走が引き起こした事件であるとマリの言葉から察したからだ。でなければ『脱走』等という表現は使わないだろう。

 

「この件に関して戦自はどう動いてるの?」

 

『その辺はまだ上で議論中みたい。現場レベルだとまだ表立って動いちゃないみたいよん』

 

「解った。こっちも気に留めておくよ」

 

『ほいほい。まぁ、そんなワケで、調査頑張ってねん♪』

 

 余り長時間通信できる間柄でも無いために要件を伝えられて通信は切られる。

 

 エントリープラグの中で腕を組む。この情報はミサトさんに伝えるか否か。戦自の方から情報提供もあるだろうか。或いは身内の恥を晒すのを嫌って口を閉ざすか。

 

 初号機の足元のテントではミサトさんが陣頭指揮を取っている。

 

 使徒という人類共通の脅威が現実のモノとして差し迫っている今日においても人間同士のいざこざに心身を割かねばならないことにやるせなさを感じないと言えばウソである。

 

「冬月先生と話してみるか」

 

 ユイさんが戻ってきた事で今まで頑張っていた反動が来たのか、燃え尽き症候群的なモノを患ったらしいと噂のゲンドウに代わって最近、実質本部の実権を握っている冬月先生なら何か情報を仕入れているかも知れない。

 

 冬月先生にならトライデントが2機脱走した事も含めてより切り込んだ話も出来るだろうし、そうなれば捜索範囲を芦ノ湖からより広い範囲に広げられるだろう。

 

 しかし難しい舵取りになりそうな案件だ。下手を打って戦自の印象を悪くもしたくない。最悪の場合敵対する組織だとしても、旧劇の戦自突入はあくまでもゼーレに唆された日本政府からの命令であって戦自そのものが敵というモノでもない。彼らはあくまでも命令に従って仕事をしていたに過ぎない。

 

「あれは……、マナ?」

 

 人員輸送車の影に身を潜める第壱中学校の女子制服を見つける。上手く隠れているのだろうが、上から見下ろす初号機の視線だと丸見えだった。

 

 マナが戦自のスパイであるのなら余りネルフの事を探らせるのもよろしくはない。不都合な情報にマナが辿り着けるか否かは彼女次第だとして、出来るなら生徒を手に掛ける様なことはノーセンキューである。

 

 初号機を屈ませて、手を伸ばす。有事には機体が動く都合上足元などの即時稼働範囲に人や車両は存在しない。

 

『え? な、なにコレ!? キャア!!』

 

『ちょ、何してるのシンジ君!』

 

「すみません。ウチの生徒が興味本位でココに来ちゃったみたいで。一応は教師としてお説教しないと」

 

 いきなりエヴァが動いたことで足元は少々騒ぎになる。ミサトさんに訊ねられたが、マナの事をそのまま伝えられないのでボカして伝える。

 

 片手で拾い上げたマナが落ちない様に両手で掬う様に足場を作ってあげる。そのまま初号機の視線の高さにまで持ち上げて、プラグを排出すると外に出る。L.C.Lに濡れた髪が芦ノ湖から吹き上げる風に晒されて涼しさを感じさせる。

 

 背中から顔の装甲を伝ってGRの大作少年よろしく初号機の顔の頬の辺りでようやくマナと視線を合わせられた。

 

「午後の授業、ちゃんと受けてねって言ったのに。ココで何してるの?」

 

「あ、う、そ、それは…、綾波センセーに会えるかなって…」

 

「転校初日に授業サボる不良生徒だとは思わなかったなぁ」

 

「ごめんなさい。でも、綾波センセーともう少し一緒に居たかったから」

 

「それは嬉しいけど、この辺りは立ち入り禁止区域になってるんだ。今回の事、反省文書いて貰うからね」

 

「反省文で許してくれるなんて。綾波センセーって、優しいんですね」

 

「そこは大丈夫。コワぁいお姉さんが今から絞ってくれるから」

 

「へ?」

 

 取り敢えず学校の教師としての仕事を終えたら、あとは現場責任者のミサトさんの仕事だ。

 

 子供のしたコトだし、まさか戦自のスパイだなんて思わないだろうし、まぁそれなりに叱られて学校に返されるだろう。

 

 シンクロは自分のままだからカヲル君よろしく外に居ても機体を動かせる。

 

 初号機の手の上に乗り移って、そのまま地上に降りると青筋を立てたミサトさんがお待ちだった。

 

 取り敢えずケンスケとトウジの例もあって厳重注意だった。戦闘時ではないからそこまで厳しくもなかったけれども。

 

 定点観測機材を設置して今日は一先ず引き上げとなる。

 

 それまでマナの身柄は拘束。自分が見張りとして機外待機に移行。

 

 本部に戻ってからは着替える間だけシオンに見張りを代わって貰って、冬月先生と話すのは先送りにしてマナを家まで送ることになった。

 

「ちょっちお疲れ気味かな?」

 

「ううん、平気。綾波センセーもお疲れ様」

 

「ほとんど座ってただけだからそんな疲れてもないけどもね」

 

 道すがら、マナと会話を繰り広げる。とはいえ腹の探り合いなんてしても負けるから当たり障りのない会話になる。

 

「…エヴァの操縦って、どんな感じなんですか?」

 

「霧島さんも、ああいうのに興味あるの?」

 

「ホンのちょっぴり。だって、カッコいいじゃないですか、ロボットって」

 

 それが純粋な興味なのか、情報を引き出すための方便なのか。それを察するには彼女の表情からは読み取れない。

 

「教えてあげたいけどね。ゴメン、機密だから言えないんだ」

 

「そうですか、そうですよね…」

 

 ちょっと気落ちするマナ。その顔は何か思い詰めているようにも見えた。

 

「でも、スゴいんですね。乗ってなくても機体が動かせるなんて」

 

「ああ。あれはちょっと特別。普通は動かないよ」

 

「特別? センセーが?」

 

「まぁ、ちょっちね」

 

 自分自身の事に関しては一応はパイロット情報の保護名目と、やはりエヴァ関連情報と絡んで来るため機密に抵触する。だからどうしても濁す言い方になる。

 

「こんな時間だし、ファミレスでも寄ってく?」

 

「え? 良いんですか?」

 

「もちろん。こんな時間まで待たせちゃったから僕のオゴリで」

 

「やった! ゴチになりまーすっ♪」

 

 元はと言えばスパイ活動をしてるマナに非があるものの、まだ表向きには普通の中学生の女の子だ。興味本位で調査現場に立ち入ったとはいえもう少し早く家に帰せたのを、監督責任者としてミサトさんから自分が指名されたので自分が撤収するまでマナを待たせる形になった。

 

 監視機器設置に撤収作業諸々でもう10時を回っていた。お腹を空かせてるだろうし、このままサヨナラバイバイは人情が無いだろう。

 

「私、センセーが羨ましい。私、生き残った人間なのに何も出来ないのが悔しくて。センセーは学校の先生しながらお弁当も作って、授業もして。パイロットだから中抜けは仕方がないとしてもちゃんとパイロットと私生活を両立出来てるセンセーが羨ましい」

 

「焦る事なんてないさ。霧島さんには、霧島さんにしか出来ないことがある。今でこそパイロットしてるけど、僕も昔は何も出来ない人間だった。何をやってもダメで。何をしても実らなくて。何もかもがダメで、何もかもイヤになって、世界から逃げて。でも、今は守るものがあって、守りたいものがたくさん出来たから頑張れるんだ。霧島さんのコトだって守るもののひとつだよ」

 

「…オトナなんですね、綾波センセって」

 

「みんなよりちょっとは、ね」

 

 無駄に歳ばかりは重ねたけれども、それでもみんなの年頃よりかは大人としての立場で世界を見て知っている立場の自覚はある。

 

「今日はごめんなさい。そして、ごちそうさまでした」

 

 ファミレスでの夕食を終えてマナを家のアパートまで送り届ける。マナが車から降りて振り向きながら礼を口にしてくる。

 

「うん。また明日、学校でね。サボっちゃダメだからね」

 

「はーい。ねぇ、センセ」

 

「ん? なにかな、きり──」

 

 マナの名前を途中で遮ったのは、マナ自身の唇だった。

 

「私、綾波センセーのコト、好きになっちゃった。また明日ね、センセ」

 

 マナにキスをされたと理解するまで少々の時間を要した。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 まだ、胸のドキドキが止まらない。任務だって解っているのに、大人に優しくされたのが久し振りだった所為? それとも私を守るもののひとつだって言われたから? 私こんなにチョロい女だったっけ?

 

「綾波、シンジ君、か…」

 

 上から渡されたセンセーのプロフィール。元々は私と同い年の男の子。でも今は名と姿を変えて、歳上のお兄さん教育実習生として第壱中学校に勤務しながらパイロットを勤める人。姿が変わったのはエヴァに乗った事が原因らしいけれど詳細は不明。

 

 朝の第一印象から優しそうな人だと思った。お昼にそれは間違いないと確信して。そして何もかも受け入れてくれそうな優しさにお母さんを思い出した。

 

 その後に捕まった時はさすがに険しい顔つきだったけれども、それは仕方がない、私の所為だから。でもその後はやっぱり柔らかい笑みを浮かべながら撤収まで暇を持て余す私の相手もしてくれたし。多分根っからの優しい人なんだろう。

 

 ファミレスで弱音を吐いてしまったときも嫌な顔ひとつしないで受け止めてくれて、守るもののひとつだって言われたから。嬉しかったから、ちょっとしたお礼のつもりで頬っぺたにするつもりが気づいたら唇にキスをして好きって告白しちゃってた。

 

「あーうー、なにしてんのよ私ったら。あぁ、でもでも、うぁぁぁ……」

 

 どんどん顔が熱くなって、ベッドの上をゴロゴロする。明日マトモにセンセーの顔見られるのかなぁ。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「くんくんくん。な~んか別のオンナのニオイがするにゃ~」

 

「ネコなんだかイヌなんだかどっちかにしない?」

 

「綾波クンはどっちがイイ?」

 

「……ネコ、かなぁ。うわっ」

 

「うにゃうにゃうにゃ、私のニオイで上書きしてやる~」

 

「くすぐったいんですけどぉ」

 

 綾波クンから感じる別のニオイ。なんだか知らないけれど、綾波クンが優しくしてる女の子。

 

 霧島マナ。

 

 戦自のスパイだって判ってるのになんでか優しくしてる綾波クン。そりゃワタシにも言えるコトだけどさ。

 

「あのコ、どうするつもりなの?」

 

「わからない。でも、なにか抱えてる気がする。それが判るまで話してみたいって思う」

 

「敵かもしれないのに?」

 

「マリだってそうだったけど、今はそうじゃないでしょ?」

 

 指を絡み合う綾波クンの表情には全く此方を疑う色が無い。私が悪いオンナだったらどうなっちゃうんだろうかこのコは。

 

「まぁ、どうするかは綾波クンに任せるけどさ。女の子はコワ~いんだから気を付けなよ?」

 

「それ自己紹介になってない?」

 

「さぁ、なんのことかなぁマイハニー。おヨメさんに不誠実なコトをしてるつもりはないけど?」

 

「確かに、今のマリにならなんでも話せちゃうかなぁ。現金なヤツって思う?」

 

「別に。頼ってくれて嬉しいって思うよ」

 

 頼りにされてるって事は、甘えてくれてるってコトだから。何もかもを1人で背負って壊れてしまうよりも、頼られる方が何倍も良い。

 

「帰る時にね、マナにキスされて好きって言われたんだ」

 

「おおう。そりゃまた唐突な」

 

「うん。びっくりしちゃった。だからどうしたら良いのかなって」

 

「綾波クンはどう思ってるの?」

 

「……嬉しいって、思う。ヘンかな?」

 

「そんなことないと思うよ。ま、相手が相手だけどもさ」

 

 他人から面と向かって好きだと言われた経験が無い綾波クンは人の好意に弱い。それが欺く為のモノだったとしても、綾波クンはその言葉を疑わない。疑い方を知らない。

 

 霧島マナが戦自のスパイだと判っていても、言葉通りにその好意を受け止めてしまっている。だからその事を私に伝えたんだろうけど。

 

 下手に相手を知っているってのも、難儀するよね。

 

 ただの女の子だったらちょっと嫉妬する程度で、綾波クンを貪り倒して誰のモノなのかわからせちゃうってもアリなんだけど。いや、そうでなくても貪り倒してバリバリに依存させるのもアリ? 多分綾波クン1回抱かれたら一生着いていくチョロい女の子みたいな危うさバリバリだし。そこも恋愛を知らない事の弊害だ。

 

 だから悪いオンナのコにダマされないようにワタシが見張る。てか私が貰う。だってもう互いのあんなことやこんなことまで隅々まで知り尽くして文字通りのツーカーで、両者了承の上でひとつに融け合っちゃったんだから、これで夫婦じゃないのは詐欺でしょ!

 

「なに考えてるの?」

 

「え?ナニの攻めと受けどっちが燃えるかなって」

 

「なんでマリって唐突に残念になる事が多々あるの?」

 

「ダイジョーブダイジョーブ、綾波クンだけにだからさ。なに? もしかして妬いてくれてるの? やーん♡かわいーい~♪」

 

「誰に妬くのよ…」

 

 呆れてるご様子の綾波クン。だって綾波クン無防備過ぎて襲って襲ってって喧伝してるようなもんだよ。自覚無いんだろうけど。来るもの拒まずオープンなのは構わないけど、相手をちゃんと選んで欲しくもある。でないとホントに悪いオンナに捕まるから。

 

 その辺もこれから手取り足取り教えてあげていきますかにゃ~。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

 翌朝。毎日の様に顔を合わせる冬月先生にトライデントの事を切り出した。

 

「情報が早いな君は。確かに今回の件は戦自の身内の暴走によって起きたものらしい。あちらも事を大きくならない内に処理したいのか、特殊部隊による捜索隊と、万が一に備えて戦車部隊を1個大隊展開する用意があるそうだ」

 

「それはまた、大捕り物になりそうですね」

 

「散々我々を詰って来たツケだよ。第3新東京市(こちら)で例のロボットを捕捉出来れば有利なカードになる」

 

「何処の誰が最初に尻尾を捕まえられるかの勝負、ですね」

 

「そういう事だ。事と次第では君の学校に居る女生徒に話を聞くが、構わないかね?」

 

「彼女の自由意思の尊重と身柄を約束してくれるのなら」

 

「無論、約束しよう」

 

 冬月先生から情報が早いと言われているが、こっちは原作知識があるから別として、そんなものがない冬月先生は既にマナの事ことも掴んでいるのだから、冬月先生には敵いそうにもないと畏敬の念を抱く。いや、2年A組はその全員がエヴァパイロットの候補であり、マルドゥック機関の管轄だ。そして、マルドゥック機関はゲンドウと冬月先生、リツコさんが実質的に運用している組織だ。2年A組に転校するということは、その転校する生徒の背後関係は丸洗いされて当然の事だろう。

 

「場合によっては彼女をネルフで保護したいと思いますが。可能ですか?」

 

「保安権限の1つに要人保護権というものがある。彼女がネルフの要人足る何かであれば適用は可能だ」

 

「或いはネルフの要人である僕が傍に居ればその権限の内で保護は可能、という事ですか」

 

「権限を余り乱用すると目くじらを立てる輩が後を尽きないが、可能ではあるな」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

 権限の拡大解釈も良いところだが、許可をくれた冬月先生に礼を述べて頭を下げる。これで何かがあった時、必要ならマナの身柄をネルフで保護出来る。

 

 マナはスパイであるけれど、シンジ君を好きになってしまったとあるくらいだから普通のスパイだとは思えない。そして、自分の事も好きと言ってくれたマナの瞳の影には何処か助けを求めるような、そんな感じがしたのだ。どうして良いのか判らなくて、迷子になっている子の様に思えたから。

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 

「センセーってさ、何処に住んでるの?」

 

「ん? ネルフ本部の中だけど」

 

「あっ、じゃあ…、アソビに行っちゃうとか出来ないんだね」

 

「残念ながらね」

 

 一夜明けて昨日の事が何でもなかったかの様に普通にマナと会話が出来ていた。マナに気にした様子が無いなら、こういうことは男から掘り返すのはデリカシーが無いって言われるだろう。

 

「言い寄られてるからってデレデレしてんじゃ無いわよ! さっさと車出しなさいよバカフォース!!」

 

 マナと話しているとアスカがやって来た。今日は午後からシンクロテストがあるから午後抜けなのだ。

 

「あ、うん。今行くよ。それじゃあ霧島さん、また明日ね」

 

「う、うん。また明日…」

 

 マナと別れようとしたけれど、やっぱり何かを抱えているマナの事が気になってしまって、踵を返した足を再びマナの方へ戻した。

 

「ねぇ、霧島さん」

 

「え? な、何ですかセンセ」

 

「何か悩みがあるのなら、それがもし僕が力になれるものならいつでも力になるよ」

 

「そんな…。そんなこと言うと、ホンキにしちゃいますよ?」

 

「僕のこと、好きって言ってくれたマナの為なら、僕はなんでもするよ」

 

「……なんでもするって。軽々しく口にしちゃダメですよ」

 

 自分の言葉を受けて、マナは俯いてしまった。両手でスカートを握り締めて、何かを悩んでいるのか葛藤しているのかは判らない。

 

「じゃ、また明日」

 

 だから今は無理には訊かない。何かがあるとして、後はマナが話してくれるかどうかを待つだけとする。

 

「遅いっ!! このアタシをこのアッツい中待たせるなンてナニサマのつもりよ!」

 

「ごめんごめん、お待たせ」

 

 マナと話すのに少し待たせてしまったからアスカはカンカンだ。

 

 先にみんな待っていて自分が最後だから申し訳なさも倍増だ。

 

 昨日はインスパイアだったものの、今日は人数が居ると予め判っていたからハイエースをチョイスした。自分含めてアスカ、レイ、レン、シオンにマリと現時点で6人も乗せて移動となると車種も選ぶ様になる。シンジ君が外に出るようになればカヲル君も入れて8人となるもの考えてなるべく大きな車種にしたのである。

 

 カギを開ければ真っ先にドカリとアスカが助手席に座る。他のみんなは後部座席だ。車が運転出来ないからせめて一番前の席って所がアスカっぽい位置だなぁと思いながら車を出す。

 

 今日シンクロテストがあるのはアスカとレイだ。弐号機と零号機のテストとなる。自分はその辺のテストはシンクロ率を自由に変えてしまえるためやるだけ無意味なので免除されているが、代わりにやることがある。

 

 ジオフロント内に位置する初号機は巨大な機械に跨がっていた。初号機本体が80m前後あるのならその機械は人間で言うとスクーター程の大きさでとはいえ200mはある巨体だ。

 

 巨大なスカート状の装甲を備え、巨大な脚部が初号機を含めた機体重量を支えている。メインエンジンにN2リアクター2基を備え、固定装備兼EVA用装備として大出力γ線レーザー砲を備える。エヴァのATフィールドでエネルギーチェンバーを形成すればラミエルの加粒子砲に匹敵する火力を有する代物だ。

 

 機体には重力子フローターを備えているために単独飛行が可能であり、もちろんエヴァを乗せても飛べる。しかも2機もだ。

 

 その名もダンディライアン。

 

 ヴンダーの護衛戦力として計画したインレ計画の試作機だ。

 

 エヴァでインレを造るというバカみたいな計画だが、サハクィエルは無理だとしても、アラエルという宇宙空間に出向く必要がありそうな使徒は居る上に、全長2kmになるヴンダーを護衛するための戦力としてはこれくらいのものが要るだろうとMAGIの計算に基づいて計画したものだ。

 

 エヴァの支援兵器としてヴンダー計画提出よりも早く進んでいた此方の計画は早くも試作機が完成していた。

 

「F型もそうだけど、この追加ユニットもエヴァの汎用性を悉く損なう物ね」

 

「代わりに理論上では大気圏外にまでエヴァを運べる代物ですけどね」

 

「そうね。陸に空に海に。使徒が何時までも重力の井戸の内側からやって来るとは限らないものね」

 

 シンクロテストはマヤさんに任せて来たのだろう。まだ扱いの難しいN2リアクターの調整もあって、リツコさんはこっちに来てくれていた。

 

「そういえば日本重化学工業共同体が、JA(ジェットアローン)の二度目の公試運転をするそうよ。なんでも今度はN2リアクター搭載型ですって」

 

「なんともまたタイムリーな」

 

 N2リアクター搭載の支援機の試作機が完成したこの時にN2リアクターを搭載したJAの話を聞くことになろうとは。ていうかJAの事故なんて聞いていないから、順調だったらこれくらいの時にJA改は形になるというか、N2リアクターが出回り始めるのか。

 

「でも性能では此方が上よ。アナタの計画を基にMAGIが設計して私が手掛けているんですもの。飛べもしなければ稼働冷却に水源地が必要なんてナンセンスよ。火力だってエヴァの支援が無くとも第3新東京市の防護アーマーを一撃で貫通可能なのよ?」

 

「それ最大出力で撃つから1発でデバイスがオシャカになる切り札ですよ?」

 

「あら、切り札の有る無しは天と地程の差があるのよ?」

 

 ダンディライアンを見るリツコさんはなんだか燃えている様に見えた。こう、科学者としてメラメラと。

 

「それにまだファイバーも控えているし、最終的なインレが形に成ればファイバーとダンディライアン単独でもエヴァを圧倒するかもしれない兵器になるのだもの。人の科学で使徒に勝てる技術の勝利って良い響きだと思わない?」

 

「E計画の担当者とは思えないセリフですね」

 

「良いのよ。出来る人が居ないから母からE計画もMAGIも継いだけど、私としては母とは違う道で、母を超えたいのよ」

 

 メラメラと燃える炎は静かに内に潜みながらも、情熱を胸に決意を表すリツコさんを、自分はキレイだと見惚れてしまった。

 

「…出来ますよ。リツコさんならきっと」

 

「そう? ありがとう。でも先ずはアナタを超えなければならなくなったわね。ヴンダー、インレ、F型装備にステージ2エヴァ、新型兵装、アナタがここに来てから兵器体系が様変わりする様をこの眼で見ていると若い発想には恐ろしさを感じるわ」

 

 とはリツコさんは言うものの、自分からすれば既にあるものを落とし込んでいるだけで自分で発想しているものは1つもない。言わばカンニングなのだから褒められても申し訳無くなってしまう。

 

「それでも、ここまでの物を必要とする使徒の方が何倍も恐ろしいのだけれどもね」

 

「勝てますよ。絶対」

 

 勝てなければセカイが終わってしまうのだから勝つしかない。常に尻に火が点いている背水の陣。だからこそ1日1日を悔いなく進めるしかない。

 

「ん。今日も美味しいです」

 

「毎日飽きないわね、アナタも」

 

「これ飲まないとほっと出来ない身体になりましたよ」

 

「あら。それは嬉しい限りだわ」

 

 リツコさんが淹れてくれたコーヒーに舌鼓みを打ちながら、フワフワ浮いているダンディライアンを見上げる。

 

「どーやって外に出します?」

 

「1度ブロックごとに幾らか分解して、また外で組み直して、駐機は基本外ね。厚木か御殿場に置くようになるかしら」

 

「ですよねー」

 

 エヴァの運用に特化してる第3新東京市。だがエヴァの倍以上の大きさのユニットとなると街中に発進させるのは無理だった。

 

「あ、山間部の偽装口はどうですか?」

 

 提案したのは旧劇でのラミエル戦で夕方に初号機と零号機が発進した第壱中学校近くの山に設けられている様な山間部の発進口である。

 

「確かにああいった所なら改良すれば運用出来なくはないでしょうね。技術部で回しておくわ」

 

「ありがとうございます」

 

 発進口の改良を立案するリツコさんに礼を述べて、降りてきたダンディライアンへ向かう。そのダンディライアンから降りた初号機の手に乗って、ダンディライアンのコックピットへ上がる。そう、このダンディライアンは有人操縦が可能なのだ。

 

 だからってワケでもないのであるが、翌日ダンディライアンはある程度のブロックに分解されて地上に搬出後に再接合。そして何故か旧東京に向かうこととなった。

 

「へー、中々スゴいもの造ったじゃん綾波クン」

 

「別に。ネルフの技術力があればこそだよ」

 

 コックピットにマリを乗せて、前を行くネルフ所有のVTOLに追随する。

 

 まさかリツコさんが日重に挑戦状叩き付けるなんて思わなかった。

 

 名目としてはJAの二度目の公試運転と新型機関完成を祝して。ちなみにウチのネルフでも同型の機関を積んだロボットが完成したのでコンベンション等如何ですか? といったモノである。つまり喧嘩吹っ掛けた様にしか思えないのだが、前回の公試運転に行かなかった事で何かあったのだろうかと訪ねて見た時のリツコさんの青筋の立ち方と来たらまぁ恐ろしかった。

 

 色々とはしょって簡潔に言えば。ウチの新型JAのお披露目やるんですけど、どうせネルフさんは今回も忙しくて出席出来ませんよね? 取り敢えず席は用意してますのでお暇ならどうぞ見学に来てください。

 

 という事をリツコさんから日重の恨み辛みを含めて聞かされたのである。

 

「でもまぁ、リっちゃんの気持ちも解らんくもないかにゃ~」

 

「それは同じ科学者として?」

 

「そんなとこかなぁ。まぁ、どうなるかお楽しみってところで」

 

「いやお楽しみはご勘弁いただきたいんだけど…」

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。仮にボカンしてもN2リアクターだから放射線被害は無いわけだし」

 

「もう止めて。ホント、マジで関わってるんなら止めて。止めさせて。判ってても心臓に悪い」

 

「心配性だなぁ、ウチのカミさんは」

 

 前回の公試運転はネルフが手を出す余裕が無かったから何も起きなかったとしたら、今回それが起こるのは止めて欲しい。最悪地図を書き直す爆発が起こる事になってしまうのだから。

 

 

 

 

つづく。

 

 


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