会場となるのは前回JAが公試運転を行った旧東京都心。第28放置區域の再開発臨海部の国立第3試験場だ。
「ここがかつて、花の都と呼ばれていた大都会とはね」
「カミサマを見つけて手を出した結果がコレなんて、笑えない話だよ」
眼下に見えるかつての栄華の残骸。
セカンドインパクトで南極が蒸発した事で起こった最悪の被害は全世界の沿岸部を直撃した水位の急上昇だろう。
セカンドインパクトが起きたなんて事をその時に普通の人は知りもしないのだから。真実を知らないまま東京は海の底に沈んでしまった。
「次はセカイの破滅かにゃ?」
「そうはさせないよ、絶対」
既に出席する関係者を乗せて来たヘリコプター等がヘリポートに並んでいる。その中でもネルフのVTOLは異彩を放つが、さらにそこへ滞空する巨大な機影はヘリコプターやVTOLとは一線を画す存在感を放っていた。
「おうおう。これまたチョー注目のマトって感じ?」
後ろから身を乗り出してコンソールのキーを叩くマリ。此方に注目する下界の人々をクローズアップする。額に手を当てて影を作って上を仰ぎ見る人や、双眼鏡で見上げる人も居る。太陽を見たりしないか心配だ。
「これってこのまま降りて良いと思う?」
「良いんじゃない? こんなデカブツ、試験場に入れたらメインディッシュが1発で脇役に蹴落とされちゃうにゃ」
「そんなつもり無いんだけどね、僕は」
「リっちゃんはそうじゃないみたいだけどねぇ」
折り畳んでクローと化していた脚部を展開。歩行は出来ないが、エヴァを2機乗せていてもへっちゃらなランディングギアとしての役割は十二分に果たしてくれる。
なるべくソフトに降りたが、コックピットにまで伝わる着地の振動は柔らかい感触のエヴァと違って固い。機械によるものの違いだろうか。
200mクラスの巨体。ガンバスターが横になっている様なスペースを取るものの、脚部によって自立は可能であるので足場分のスペースさえ確保できればそこまで邪魔でもないだろう。多分、きっと。
「お、襟が曲がってるよん」
「あぁ、ありがとう。…なんだか着慣れないなぁ、コレ」
「そう? カッコ良くて似合ってるよ」
「マリは渋い色だけど似合うね。ピンクも良いけど、緑も好きかな」
「やん♪ そんな口説き文句言っても下着がピンクからライムグリーンに変わるだけよ?」
「変わるんですか」
卸したての上に着慣れてないから服に着られてる感覚がするのは、ネルフの正装だった。自分は黒、マリは深緑。
黒はゲンドウとお揃いなのだが宜しいのだろうか。
そこに目の色を隠すサングラスも相まって鏡で見た時はまんまゲンドウの格好をしたシンジ君だった。なおシンジ君ご本人は複雑な表情で今朝見送ってくれた。
ダンディライアンから降りると、此方に視線が集中する。中には驚きの視線も感じられた。
「ゲンドウと間違われたかな?」
「いんや。こんなキューティクルなヨメさんをゲンドウ君と間違えるとかあり得んしょ。というより、このデカブツのパイロットが女子供だって事に驚いてるんじゃないの?」
「驚くことかな?」
「アニメとかでマヒしてるだろうけど、普通兵器って訓練した大人が乗るものだからねぇ」
「それもそっか」
マリとそんな話をしながらミサトさんとリツコさんと合流して会場に入る。
用意されているテーブル席は他のテーブル席に囲まれたど真ん中。コップは並べてあるが料理は無し。どう並べたのか気になる手の届かないビール瓶たち。
「うっわ。感じワル~」
「歓迎ムードじゃ無いのは確かね」
その光景を見て、マリとミサトさんが感想を溢す。
「形式的なものですもの。それに、今日ここに来たのは別に豪華な歓迎を受ける為ではなくてよ?」
「だからって、見せ物じゃないあれじゃ」
「仕方ないですよ。あちらからすれば僕たちは招かれざる客なんですから」
笑われるのも今は気にしたって仕方がない。それに挑戦状叩き付けて来たのだからこういった対応をされるのも織り込み済みだ。
JAの開発主任の時田シロウさんだったか。
前回の原子炉搭載型JAからの変更点。新型機関として今全世界が開発に躍起になっているN2リアクターを初搭載したロボットであることを大々的に喧伝しながら大まかな仕様を説明していく。
渡されたパンフレットと合わせて読み込む限り、原子炉と比べて放射能の出ないより安全な動力炉ということが自慢気に書かれている。
しかし見掛けがまんまJA改であり、リツコさんも言っていたが、冷却の為に現時点では水源地を必要とする旨が書かれていた。
ちなみにダンディライアンのN2リアクターは冷却問題をクリアしている。そこは世界最高髄の技術力を結集させているネルフであるから実現した事だ。ただ冷却問題を抱えているとはいえ、民間団体がここまで漕ぎ付けた事の方が日本企業の技術力の底力を垣間見た気がする。
JA改の仕様説明が終わったあと、質疑応答の時間となってリツコさんが手を挙げた。
「これは、ご高名な赤木リツコ博士。お越しいただき光栄の至りです」
「質問を、よろしいでしょうか?」
「ええ。ご遠慮無くどうぞ」
「先程のご説明ですと、内燃機関を内蔵とありますが」
「ええ。本機の大きな特徴です。連続150日間の作戦行動が保証されております」
「しかし、格闘戦を前提とした陸戦兵器にリアクターを内蔵することは、安全上の点から見てもリスクが大きすぎると思われますが」
「5分も動かない決戦兵器よりは、役に立つと思いますよ?」
「遠隔操縦では緊急対処に問題を残します」
「パイロットに負担を掛け、精神汚染を引き起こすよりは、より人道的と考えます」
「人的制御の問題もあります!」
「制御不能に陥り、暴走を許す危険極まりない兵器よりは安全だと思いますがね。制御出来ない兵器など全くのナンセンスです。ヒステリーを起こした女性と同じですよ。手に負えません」
「その為のパイロットとテクノロジーです」
「まさか…、科学と人の心があのバケモノを抑えるとでも? 本気ですか?」
「ええ。もちろんですわ」
「人の心という曖昧なものに頼っているから、ネルフは先の様な暴走を許すんですよ。その結果、国連は莫大な追加予算を迫られ、某国では2万人を超える餓死者を出そうとしているんです。その上あれ程重要な事件にも関わらず、その原因が未だ不明とは。せめて、責任者としての責務は、全うして欲しいものですな。良かったですねぇ、ネルフが超法規的に保護されていて。あなた方はその責任を負わずに済みますから」
「なんと仰られようと、ネルフの主力兵器以外、あの敵性体は倒せません!」
「ATフィールドですか? それも今では時間の問題に過ぎません。いつまでもネルフの時代ではありませんよ」
聞いている限りだと、旧劇のやり取りそのままが繰り広げられていた。しかし違うのは、周りに笑われていても余裕でリツコさんが冷静であることだ。
「そのATフィールドに関してですが、通常兵器での貫通には1億8千万kwものエネルギーを必要としました。その様な大出力をどう確保するのか、我々も楽しみにしておりますわ。そして新時代の兵器開発も我々は押し進めております。表のモノがその試作機ではありますが、完成品に搭載する予定のテクノロジーは既に搭載済みのモノとなっております」
「あの様な巨大なもの迄をも用意する為の費用は考えたくもありませんね」
「我々ネルフの敗北は即ち人類の敗北を意味します。作戦行動期間に関してはそちらが優れているのでしょう。しかし今現在に至るまで現れた敵性体の何体に、あなた方の兵器は通用するものでしょうか?」
「全領域対応型への改良も現在計画中であります」
「お話になりませんわね。現時点で既に5体もの敵性体が立て続けに襲来し続ける現状で矢面に立っているのは我々です。我々の活躍があればこそ、あなた方は安全な後方で敵襲来に追われずに潤沢な時間を使えているのではないでしょうか?」
今までの仕返しと言わんばかりに捲し立てるリツコさん。売り言葉に買い言葉で終わりは見えそうにないが、そんな不毛な事をリツコさんがするわけがない。
「そうでないと仰りたいのなら、我々の造り上げた新時代の兵器を超えてご覧に入れて下さいな」
「よろしいでしょう。しかし万が一壊してしまった際の弁償は致しかねますよ?」
「ええ、勿論ですわ」
つまりコンペという名の模擬戦的なものを催して、向こうの面目丸潰れにさせてやるというえげつないものだった。
ミサトさんは大人げないとか言ってるけれど、旧劇でロッカーを蹴り壊している辺り鬱憤溜まってそうである。
「じゃ、あとはよしなに、ね、シンジ君」
「あ、はい」
リツコさんは笑って此方に言ったが、目が笑ってないのでやっぱり腹に据えかねる様だった。
人間同士でいがみ合ってる場合じゃないと思いたいものの、あんな風に言われると快く思われていない相手と協力するには、此方が折れるか、相手をへし折るかとなってしまう。話し合いで解決出来れば良いのだが、それも今は難しそうだ。
ミサトさんも愚痴っていたが、ネルフの利権に溢れた人たちの腹いせ、さらには背後には日本政府も絡んでいる。少なくとも内務省長官が。
ネルフの嫌われようも凄まじい。そしてそんな莫大な予算を使ってヴンダーやインレを造っている自分も同類として目の敵にされるのも当然の立場の人間であるから、自分から言葉を発しても今は無意味だ。
「勝算は?」
「まぁ、ね」
「にゃはは。まぁ、そうだよねぇ」
小声で耳元に囁いてくるマリに答える。
JA改の戦闘能力はエヴァ2での最終ステージのものしかないが、ハンマーと掌の放電。エヴァシリーズのATフィールドを時折貫通するが、基本的にはエヴァがATフィールドを中和してやりながら戦闘をしていた覚えがある。時折貫通するのはおそらく電撃攻撃が選択されている時なのだろう。
互いに何処が壊れても弁償ナシということは向こうは本気で来るのだろう。しかし此方が本気でやると勝負は一方的になる。ミサトさんの大人げないという言葉そのままだ。
今現在のJA改に飛ぶ術は無いだろう。だが、ダンディライアンは飛べるのだ。
さらに大きさも、エヴァと同等の大きさのJA改に対して倍以上の質量の差がある。多分体当たりでもすればJA改は倒せる。
問題は電撃を食らった時は、ダンディライアンも機械だ。EMP対策はしているとはいえ、電撃の発する電磁パルスで内装がやられれば負けるだろう。そうならない様な立ち回りと、装備は用意してあるが。
とはいえデモンストレーションで呆気なく終わらせても意味がない。被害無しを目指すなら近寄られる前にレーザー砲で脚を撃ち抜けば終わるのだから。
来る時も正装のままだったので、デモンストレーションも正装のままコックピットに上がる。
「じゃあ手筈通り、ガンナーよろしく」
「えらほらさっさー、おーまかせってね♪」
最初からこうなるとだろうと思っていたから、ついでにインレ用のデータを取ろうと思ってダンディライアンのコックピットは2人乗りのコックピットを登載している。
インレもアレ、ダンディライアン側とファイバーⅡ側にそれぞれ機体の機動担当と砲手で別れてコアMSが乗ってるからね。
「お、出てきた出てきた!」
コックピットのモニターにはハンガービルから歩行して出てくるJA改の姿が見える。人間的に動くエヴァに比べたら動きが造り物っぽい印象を抱かせる。
「N2リアクター始動。重力子フローター正常、動力伝達問題なし。ダンディライアン、発進!!」
「さらばー地球よ~っと」
「データリンク正常、問題なし。エンゲージ!!」
JA改に向かって機体を飛ばす。ダンディライアンは重力子フローターによる反重力推進で浮いている。そこにロケットエンジンを加えることで高い機動性を確保した。見掛けによらず速いのだ。
最初のスタートで先ずはその速さの違いを見せつける。しかも此処に来るまでに露呈しているが、飛べるということだけでも大きな差となる。とはいえ、この巨体のペイロード故にそこまでの多機能を積み込めるといちゃもん付けられたら返す言葉も無いのだが。しかし反重力推進機関の開発はまだネルフ本部が世界初である筈だからこその特権である。
「砲撃用意! 主砲照準!」
「アイアイサー! 砲撃用意、主砲動力伝達。照準よし、発射準備完了!」
「発射ぁっ!!」
「発射!」
機体上部装甲側面に1基装備している大出力γ線レーザー砲が光を放つ。もちろん画像処理されたCGで実際に撃っているわけではない。
今頃JA改の制御室のスクリーンには足元をレーザー砲で吹き飛ばされる光景でも映っている筈だ。
JA改はたたらを踏んで片膝を着く。倒れない辺り、オートバランサーは優秀らしい。
よろよろと立ち上がるJA改。ただやはり遅い。エヴァに乗って対使徒戦を経験してるから思う。この鈍さだと使徒と戦うのは無理だ。
JA改がその少ない武器の内のひとつのハンマーを振り上げる。
「ワオ! あんなの食らったら装甲ヘコんじゃうじゃん?」
「歪曲フィールド展開、出力最大! 受け止めて!」
「フィールド展開、出力最大! 気張れ~ダンディちゃん!」
振り下ろされるハンマーをダンディライアンは逃げもせずに正面から受けて立った。
しかしてハンマーが機体を傷つける様なことはない。
バリアの様に展開される半透明の青い壁に阻まれていた。
重力制御技術と共に開発された歪曲フィールドだ。
機体周辺に均質化された力場を展開し、球状フィールド外縁を通過しようとする運動エネルギーを歪曲、張力拡散させる事で負荷許容限界までの攻撃を一切無力化するインチキバリアだ。
「おととい来やがれべらんめえ!!」
歪曲フィールドを解除し、ハンマーを振り下ろした体勢で受け止められていたJA改がつんのめるのをカウンターで合わせて、ダンディライアンは軽やかにバレルロールでハンマーを躱すと、その胴体にサマーソルトキックを叩き込んだ。
優先権は操縦士側だが、ガンナー席からも機体は動かせる。一連の動きはマリによるモノだった。
エヴァと同じ特殊装甲であるからダンディライアンの心配は程無いが、逆にJA改の装甲が無事かを心配する。N2リアクターとなってメルトダウンの心配はなくなったとはいえ、依然としてN2リアクターを搭載しているのだから間違っても爆発させるような手荒な真似は出来ない。なのに蹴りを入れるとは思わなかった。
「マリ、もう少しお手柔らかにして」
「メンゴメンゴ。ちぃとアタシも頭にキてたかにゃ~」
「それで爆発したら笑えないよ」
「いやこんくらいで爆発されたら使い物にならんしょ」
とは言うが、爆弾を蹴り飛ばした様なものだから内心冷や汗ものだ。
モロに蹴りを食らって倒れたJA改がノロリと立ち上がる。だがどうやら此処までの様だ。
「ありゃりゃ、水漏れしてる」
「あぶな、前面装甲割れてるよ」
質量の差というか、エヴァ2機を乗せてもへっちゃらな脚部は巡航形態ではクローとしても使える為にパワーもあって頑丈だ。
それで蹴られたJA改は、胸の部分から装甲が割れて冷却水が漏れ出していた。
『お疲れ様、2人とも。デモンストレーションは終わりよ』
「了解。状況終了します」
「あーあ、なーんか拍子抜け。ま、わかっちゃいたけどさ」
「そうでもないよ。エヴァを殴ってダメージを与える質量を受け止められたってだけでも良いデータが取れた」
「綾波クンは優しすぎにゃ~」
飛べない相手にイジメだったかもしれないが、それでも良い成果が得られたのは事実だ。
ヒトはATフィールドに匹敵する盾を手に入れたのだ。
会場に戻ればお通夜ムードが渦巻いていた。敵愾心に近い視線は向けられるわ、破損させたJA改の弁償をすべきではないかという声も聞こえる。
「私も科学者だ。そして男でもある。女性と交わした約束を違える気はない。我々の造り上げたJAが現状で劣っている事も認めよう。だが次こそはあなた方ネルフの技術を、我々は超えてみせましょう」
「その時を楽しみにさせていただきますわ」
時田さんとリツコさんの会話で、JA改公試運転式典は幕を降ろす事となった。
時としてエヴァFFでも見掛けたJAをぶっ飛ばすという展開を、まさか自分がやるハメになるとは思わなかった。
本当にこれで良かったのかとも考える。今回の件で日本政府との関係も悪くなってしまったのではないかとも考えてしまう。
「難しい顔してる。なーに考えてるの?」
「いや。ホントにこれで良かったのかなって。もっと角が立たない方法とかあったんじゃないかなって」
「優しいのは綾波クンの美点だけど、優しさと甘さは違うよ。舐め腐った連中を叩いて現実を見せるのだって、ひとつの優しさなんだよ」
マリの言うことも理解出来る。自分が甘いという事も。JAはそもそもエヴァに対抗して造られたロボットだ。同じ使徒を倒すための兵器という括りではなく、エヴァを倒して自分達がその利権の座に着くための道具。そのJAを造った日重とネルフがそう簡単に相容れない事も。
だからこのやるせなさは胸にしまうしか今はなかった。
つづく。