ありがとうちゃんの村 作:エリマキトカゲ
今日もニコニコマークの天井に見守られながら目を覚ます。私はニコニコマークが嫌いである。しかし、この天井のニコニコマークはデザイナーが上手かったのか、まだ「まし」な方である。部屋は見回せば見回すほどニコニコマークに溢れているのがわかる。鉛筆や消しゴムなど、割と普通なものから、ケバケバしいピンクの下地に黄色いニコニコマークの「ださい」カーテンや、部屋の隅に置かれた埃をかぶった本棚の本の表紙まで。それらから目をそらそうと布団に潜り込めば、シーツや布団のニコニコマークが目に入る。
唐突だが、この村に義務教育というものは存在しない。数少ない「外」の本には学校とやらのことが書いてあったが、この村には生憎幼稚園しかない。もっとちゃんと勉強をしたいものである。
あ、でもここに学校なんて作ったらカオスになるわ…。ヤバイ、想像しただけで吐き気がする。
まぁ私は本で勉強しているので同年代の子たちに比べては学のある方だと思う。じゃあ学校いらない…か。
七分丈のジーンズにニコニコマークが描かれた服を着る。下着の柄?察してください。
私はあくびをしながら階段を降り、洗面所でごしごしと顔を洗った。乾燥しやすい体質の私は、毎朝ローションを塗らないと肌がガッサガサになる。あぁ、面倒くさいわぁ。
さて、これから第一ミッションの朝食に行こうと思う。朝食というのは、美味しさや楽しさによってその日の運勢を変えるといっても過言ではない。しかし、今のところ私が楽しく朝食を食べられたことは数えるほどしかない。朝食のあちこちに仕掛けられている
食卓に着くと、まずピザトーストが目に入った。ニコニコマークのチーズはまぁ、想像がつく。今日のメニューは爆弾入りピッッッッツァトーストとサラダ、そして油が乗っていて美味しそうなソーセージだ。流石にサラダにニコニコマークは入っていない。私はわざとピッッッッツァトーストの口の部分を大きく頬張り、ごしゃごしゃと噛んだ。牛乳を一口飲んで流し込むと、今度はソーセージにかぶりつく。しかし油断した。ソーセージの断面はぶん殴ってやりたいほどの満面の笑みであった。訳がわからない。肉詰めに何笑顔詰めてんだよ。もっと肉詰めろ。ってかこんな技術もっと他んとこ使え。
「笑子、おはよう。ありがとう!」
おそよー。
今日の私は寝坊気味。よって挨拶もおそようだ。今日のバァちゃんの表情は…あ、やべ、これ頼み事してくる目じゃん…めんどくさぁ。
私の勘は見事に当たる。彼女は口を開くと遠慮がちに、しかし目は大胆に私に話しかける。
「よかったら今日、頼み事があるのだけれど。」
はい。
「買い物行ってきてくれないかしら?ありがとう!」
え“ーーーーーーーー。やだ。
よりにもよって買い物ときたか。今日はついていないな。私みたいな変わり者は珍しいので、村中の興味の的である。まるで見ちゃいけないもののような扱いをされる。
いや、見なきゃいいじゃん。
しかし、今日のご飯が私のわがままで無くなってしまうのはごめんだ。私は極めて模範的でいい子なので、エコバッグを母さんからひったくると、サンダルを履いて表に出る。
表は閑静な住宅地である。ここは何故か現代的?な技術だけは発達しており、ほとんど関わりのない外の世界と同じくらいの文明を持っている。
まだ朝の眠気の残る目を瞬かせて、早歩きでスーパーへ向かった。
「ねぇ、あれって…」
「“笑わずの子“だわ。」
今日もいつも通り私を噂する声が周囲から聞こえる。小さい頃は理解できなかったその声は、今となっては私の日常と化している。
なぜ、私は噂されるの?
なぜ、みんな笑っているの?
ああ、そうだ。私が他と違うから__
なぜこんなにも単純極まりないことを理解することができなかったのだろう、と胸の中の幼い自分を嘲笑いながらスーパーに入店する。頼まれた野菜や肉を無表情でカートの中に入れる。その間にも私を噂する声は聞こえる。うるさいうるさい。何なの?
「2145円になります。領収書はいりますか?」
「いえ、結構です。」
すっかり重くなったエコバッグを持ち、家へ帰る。足取りが行きより心なしか重くなったような気がする。荷物が重いからだろうか?
きっと、そうに違いない。そう思いたい__
「おかえり」
いつもは嫌っているはずの母の「おかえり」と言う言葉でさえ優しく感じる。
ああ
誰か見ているのか。見ないで欲しい。わたしは変わっていない、ごく普通の人__
「私はわたし、貴方はあなた」
悪魔がそっとわたしに囁いた気がした。