転生先はいつも限界ギリギリ   作:ジャックジュマンJ

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06 キャンプ・モリソン

 

 山道というのは、道の体裁を成しているだけで整備されていると理解できるものだ。例えコンクリートで舗装されていないむき出しの地面であっても、である。

 それは、斜面からの落石や定期的に起こる地滑りなどで道が塞がれたり陥没したりしていないことからも伺える。車に轢かれた生き物の死骸が無いことも誰かが道を清掃しているなによりの証拠だ。緑の少ない山道でも動物は沢山いるのだ。

 車が大量に通った後に出来る轍だけは消しきれるものではないが、これだって放置し続けるとスタックの原因になる。

 その点では、今通っている道は比較的整備されていると言えるだろう。ガタガタと車体が揺れてはいるが、一度も立ち往生するようなことが無かったのだから。

 

 だからと言って現状を喜ぶ気には少しもならないが。

 

 村から出発したトラックの群れは、車列の正面と最後尾に装甲車が陣取って、山道を時速20キロ程度の速度を保って走っていた。

 装甲車は車の天井に盾と機関銃が積載されていて、機関銃の前に立った兵士が常に周囲に睨みを利かせている。トラックの中にも最低一人は銃を持った男たちがおり、子供たちが下手な真似をしないか見張っているようだ。

 

 子供を幌トラックに詰め込んでドナドナしているだけにしては物々しい雰囲気だ。こんなに低速で走る理由も分からん。

 まるで子供が反乱でも起こすと決めつけているような警備の仕方だ。普通外を見張るべきじゃないのか。

 

 車内は静かなものだった。何人かの子供は額を寄せ合って小声でお喋りをしているようだが、走行音でかき消されてしまう程度の音量だ。見張りの男はつまらなさそうに子供たちを見ている。

 俺はといえば、知り合いは多くても友達は少ないので話し相手は居ない。決してボッチなのではない。たまたま乗ったトラックに友達が居なかっただけだ。

 

 ふいにトラックが速度を上げた。一気に60キロは超えた気がする。心なしか同乗している見張りからも弛緩した空気が感じられる。

 それを見て、先ほどまでの低速の理由を察した。

 ついさっきまでは、襲撃を警戒して速度を落としいつでも迎撃できる態勢を維持していたのだ。車が高速で動いている時は兵士も降車出来ないし、機関銃も狙いを付けづらい。かつて父親から「装甲車を見たら必ず機関銃手から狙え」と何度も言われたのを思い出す。

 俺たちをずっと見張っていた理由は、襲撃のタイミングに合わせて暴れられでもすると手が付けられなくなるからだろう。用心深いことだ。

 

 つまり、速度を上げた今は襲撃の心配が限りなく少なくなったということになる。こいつらにとっての安全地帯に入ったのだろう。

 なんとなく、アメリカの基地が近いんだろうな、と俺は心の中でつぶやいた。

 

 

 しばらく経って、にわかに周囲が騒がしくなり始めた。

 早口の英語があちこちから聞こえ始め、トラックがスピードを落としていく。目的地に到着したのだろう。

 トラックが完全に停止すると、見張りの男が「車から降りろ」と言って銃を向けてきた。大半の子は英語が分からないため男の言葉の意味も分からないが、銃口がこちらを向いている現状に怖がって急いで全員が降車した。俺? 真っ先に降りたよ。怖いもん。

 

 トラックから降りた先にあったのは、山の斜面に作られた大きな村だった。どこかで見たような作りの民家が並んでいて、谷の村から出てアメリカの兵士になりに来たという感覚が一瞬どこかへ消えた。パッと見て村の家々にそっくりそのままだった。

 てっきりどこぞの米軍基地にでも送られると思っていたので、最初はあれ? っと思わずにはいられなかったが、よく目を凝らせば周囲を壁とフェンスで囲んでおり、侵入者と脱走者を阻む鉄条網があることに気付けば意識も切り替わる。

 恐らく、ここは元あった村を占拠して作られた基地なのだ。廃村だった場所を再利用したのか、あるいは元から暮らしていた住民を追い出してそのまま使っているのかは見ただけでは判断が付かない。ただ、あまりいい気分ではないことは確かだ。

 谷の村の未来を見ているようだ。

 

 トラックから降りた子供たちが、少ない荷物を持って所在なさげに固まっている。それを見張っている銃を持った男たち。

 やることが無いので、知り合いが近くに居ないかと周囲を見渡す。子供はみんな見知った顔だが、これだけ集まると友人一人を見つけ出すのも一苦労だ。何せ二クラス分は子供がいるんだから。

 

「全員、一列に並べ。荷物は中身を見えるようにするんだ」

 

 ボーっとしていたら、族長とやり取りしていた白人が声を上げた。即座に隣の若い男が通訳して声を張り上げる。

 が、子供たちは不安そうに顔を見合わせるばかりで動かない。

 

「おい、何をしてる早くしろ! ただ並ぶこともできんのか!」

 

 再び通訳が叫ぶ。しかし、子供たちは動かない。というか、動けないのだろう。

『一列に並ぶ』という行動をしたことが無いのだ。どうすればいいのか分からない、というようにオロオロするだけだ。

 

 日本の学校で『前倣え』をしたことがある俺からすれば奇妙な光景にしか見えないが、そもそも村には学校と呼べる教育機関が存在しない。子供たちもこれだけの人数で団体行動をとるということもほぼない。

 大半の者の生活は村の中だけで完結していたのだ。突然やったこともないことをやれと言われても、どうすることもできないだろう。

 

「……家格の高い者を前に。低い者は適当に後ろに並べ」

 

 イライラした様子の男たちの後ろから、よく通る英語が聞こえた。

 

「マネージャー! なぜここに!」

「私が新人の顔を見に来て何の不都合がある。どうしたラヴァル、早く通訳しろ」

 

 銃を持った男たちをかき分けてやってきたのは、白髪の老人だった。

 いや、老人と呼ぶには語弊があるか。背はまっすぐで筋骨隆々、眼光は鋭くいかにも軍人でございという風体の壮年男性だ。他の男たちと違い、丸腰だった。

 周りの反応を見るに、そこそこ偉い人物なのだろう。マネージャーと呼ばれている。

 

「まだ身体検査も終わっていません!」

「その身体検査で一日終わらせる気か? 本社の意向とは言え、子供を使うんだ。一刻も早く訓練が出来るようにするべきだと考えるが」

「しかし規則が――」

 

 銃を持った白人が、老人に対し何かをまくし立てている。何かまずいことでもあったのか。

 規則がどうとか言う、断片的な会話しか聞こえない。が、白髪の人物の方は取り合う気は無いようで、適当に聞き流しているようにしか見えなかった。

 

「では速やかに身体検査を行い、今後のスケジュールと訓練課程とキャンプ生活についての説明をしたまえ。規則通り、な」

 

 その一言で決着が付いたらしい。白人は苦い顔をするだけで何も言わなかった。

 白髪の人物が最初に言った言葉をアラブ系が通訳し、突然現れて言い争いを始めた男たちに怯えていた子供もおずおずと整列した。

 並ぶ順番が明確になり、動きに躊躇いが少なくなったおかげだろう。身分差をさらけ出す様で、ちょっと嫌な気分だが。

 

 一番前にジニやラマノワたちが並び、その後ろに家格順に子供が並ぶ。俺はもちろん一番後ろだ。

 驚いたことに、以前村の訓練で見かけた少年がジニのすぐそばに居た。あの子、いいとこの坊ちゃんだったのだろうか。それにしては格好が汚いが。

 

 ようやく並んだ子供たちに、男たちが服の上から脇や股下、背中などを無遠慮に触る。危険物を持ち込んで居ないか、直に触って調べるのだ。

 女子はどうするんだ、と思ったら男子と同じように触られていた。例外は無いということだろう。女の子たちは男たちを睨み殺す勢いだった。

 荷物は中を覗き込むだけだったが、時々中身をひっくり返す勢いの者も居た。どうせ着替えくらいしか入ってないだろうに、ご苦労なことだ。

 

 それで身体検査と手荷物検査は終わった。

 結局、荷物を没収されたりした子供は誰も居なかった。

 

 周囲に止まっていたトラックはとっくに農村を改造したような基地の中へ引き上げており、辺りには俺たち子供と、銃を持った大人だけになっていた。

 白髪の老人だけはなぜかずっと居座っているが。

 

「注目せよ!」

 

 唐突に、白人の男が再び声を上げた。隣の通訳もほぼ間を開けず叫んだ。

 

「諸君らはこれよりPMSCである『自由戦士社』と契約を結び、オペレーターとなる。だがまだオペレーターとはなっていない。訓練課程を経て、適格と判断した者のみ、正式に契約が結ばれる」

 

 オペレーターってなんだろう。というかPMSCってことは、ここは傭兵の会社か。

 Private Military and Security Company、略してPMSC。本来の意味的には民間警備会社なので、雇われる俺たちは警備員ということになるが……やっていることは傭兵だ。なぜわざわざ警備会社なんて名前なのかは、よく知らない。たぶん法律の問題だろう。

 法律の問題というなら、子供を雇うのはどうなのだろう。俺の知る限りダメな気がするが。

 

「諸君は今から二週間の間、このキャンプで訓練を受ける。訓練は一日11時間。訓練時間は場合によっては増える。寝泊りもこのキャンプでする。食事は一日三回。嗜好品は購買で買え。給料は日当制だが、支払いは月に二度に分けられる。仕送りも可能だ。送り先に郵便が届けばの話だが」

 

 白人は簡潔に、必要最低限だけを一気に喋り終えてから黙った。隣の通訳が四苦八苦している。

 

 てか、ちょっと待て。

 いま訓練が二週間と言ったか? 二カ月の聞き間違いじゃないだろうな。

 そんな少ない時間で子供を実戦に出すつもりなのか。

 

「以上だ。質問があるならお守り役に聞け。キャンプの案内もそいつらがやってくれることだろう。ただし、どんな質問にも答えてもらえるとは思わない方が良いだろうがね」

 

 白人がここに来て、初めて笑顔を見せた。といっても、せせら笑いだったが。

 相手を見下すような、嫌な笑い方だ。

 

「ようこそキャンプ・モリソンへ」

 

 そう男が言うと同時に、ギャリギャリと不快な音を立てて基地の入り口のシャッターが横開きに開いた。まるで地獄の門が開いたような不気味な音だ。

 

 子供たちはみんな泣きそうになっている様に見えた。

 男と、門の音。どちらに怯えているのかは、言うまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 案内されたキャンプ・モリソンと呼ばれる基地の中は、意外と快適そうな印象だった。少なくとも俺にはそう見えた。

 寝泊りする宿舎に共用トイレ、シャワー室、食堂。射撃場に、アスレチック場の様な手作り感満載の訓練施設。充実しているとは言い難いが、今までの環境と比べるとそこまで悪くはない。……悪くないよな? 子供はみんな嫌そうな顔してたから分からん。

 特に購買があるのには驚いた。酒やタバコにチューインガムやビーフジャーキーの様な嗜好品から、下着や洋服にカッターナイフや髭剃りと言った日用品まである。エロ本とかあったけどこんな場所で需要あるのか?

 

 逆にげんなりさせられたのは宿舎とトイレだ。両方とも男女兼用なのだ。

 トイレは個室なので気にならないと言えば気にならないが、宿舎が男女一緒というのはいただけない。なにせ村から来た子供はみんなイスラム教徒だ。戒律に厳しい子供ばかりだし、そうでなくとも血縁でもない未婚の男女がひとつ屋根の下というのは、かなり不満が上がった。

 上がったが、それだけだった。

 

 案内した男は、実に面倒くさそうに俺たちを引き連れてキャンプの中を歩いた。

 言葉もほとんど無く、喋っても「ここが食堂」とか「向こうは他のオペレーターの宿舎だから近寄るな」とか有無を言わさぬ言い方で、とてもではないが質問できるような雰囲気ではなかった。

 宿舎の件も、「嫌なら外で寝ろ」という一言で終わってしまった。

 

 宿舎の案内が終わった時点で、案内の男は不機嫌そうに鼻を鳴らして去っていった。

 俺たちは宿舎の前で途方に暮れるしかなかった。

 

 中古のプレハブ倉庫の様な、とにかくたくさん物が入ればそれで良いと言うような建物の中にズラリと並んだ三段ベッド。特に名札などは付いておらず、誰がどれを使っても構わないという事だろう。三段ベッドには薄いマットレスとシーツと毛布がそれぞれ乗っかっていた。

 

「……どうしよう」

 

 最初に声を出したのはイブンだった。

 彼は自分の妹の手を握りながら不安げに俺を見ていた。

 

「俺に聞くなよ」

「そうだけどさ……こんなのって無いだろ。いくら子供だからって」

 

 イブンは妹を抱き寄せると、宿舎の中を見て眉をひそめた。

 イブンの妹は、兄にされるがままになっている。こちらはイブンよりは幾らかマシな顔だ。兄という頼れる家族が居るのが安心材料になっているのだろう。彼女はまだ6歳だ。

 

「やっぱり連れてくるんじゃ無かった。妹が来る所じゃない」

 

 イブンは今にも泣きそうな顔だ。

 彼がハサンらと一緒に村で銃の訓練に参加しようとしていた理由は、つまりこれに尽きる。

 

 幼い妹を巻き込む必要などない。アメリカに売られるのは自分だけで充分だと、両親に証明して見せようとしたのだ。

 そのためにこっそりハサンと一緒に射撃の訓練を考えたり、村の大人や親に協力的な姿勢をずっと見せてきたのだ。

 イブンは、妹を守るために自分の商品価値を高めようと努力をしていた。

 

 その目論見は、結局徒労に終わってしまったが。

 

 イブンの妹だけではない。

 周囲を見れば、村から連れてこられた子供の中には明らかに5歳を下回る幼児まで居る。大抵は兄弟一緒になっているが、中には一人ぼっちで立ちすくむ子供の姿も見える。

 

 とても正気とは思えない。売り飛ばす親も。それを受け入れる傭兵の連中も。

 

「――さぁ、みんな。自分の寝床を決めましょう! ここで待っていても誰も来ませんよ。自分のことは自分たちでやりましょう!」

 

 不安そうな子供の中で、ジニが努めて明るい声で発破をかけた。

 不思議なもので、目上の立場の者が積極的に動き出すとそれにつられるようにみんなが動き出す。子供同士でも、否、子供同士だからこそ権力というのは正しく働くのかもしれない。

 

 促された子供たちは自然と男女に分かれ、そのあとに身分の高い者低い者で分かれ、さらに仲の良い者や兄弟や家系が近しい者などで固まっていく。

 この光景を見ていると、モラルと身分という慣習が彼らの精神に根付いているのが理解できる気がした。

 

「アスハトも、早く自分のベッドを決めてください」

 

 一人でボーっとしていた俺を見咎めたジニが話しかけてきた。

 

 ジニのこういうところは未だによく分からない。一人で居る男の子に女の子が話しかけるというのは、彼ら彼女らの常識に照らせば『はしたない』ということになるはずなのだが。

 

「あー……俺はみんなが決まってから決めます」

「なぜですか」

「その方が余所者にとっては楽だからです」

「え、余所者だって自覚あったんですか」

 

 ジニが驚き~、みたいな顔でこっちを覗き込んでくる。

 どういう意味ですかおいコラ。

 

「アスハトは誰にでも気安いので、そんなことはすっかり忘れてしまったんだと思ってました」

 

 ケラケラと笑うジニ。

 はぁ~? 敬語も丁寧な態度もずっとし続けてるでしょー?! 気安いってどういう意味だコラ~ッ!馬鹿にしやがって~~超イラつくぜェ~~~ッ!!

 

 脳内で怒りのボルテージが上昇して変な言葉遣いになってしまった。

 しかし、お陰でちょっとナイーブになっていた気分が晴れた。

 ジニに軽くお礼を伝えると、「どういたしまして!」とまた笑った。何か見透かされた気分だな。

 

 ジニと分かれて宿舎の中に入り、ウロウロと物色してから俺も空いてる寝床を決めて荷物を置いた。

 

 俺のベッドの近くには、ラスルという名前の男の子とその友人たちが陣取っていた。

 ラスルたちは村の子供の中でも暴れん坊でケンカっぱやいヤツらで、よくハサンと喧嘩していた。その割には仲良さそうに喋ってるところも何度か見たけど。

 そのハサンは、ここから少し離れたイブンの近くのベッドに腰かけている。イブンは妹と一緒なので男の子のグループからは距離を取りたいらしい。ハサンはさしずめその護衛と言ったところか。あの二人本当に仲がいいな。

 

「おじゃましまーす」

「なんだアスハト、またジニ様にいじめられたのか?」

「またってなんだよ。一度もいじめられてねぇし」

「嘘だねー、いつもからかわれてるじゃねぇか。さっきも笑われてただろ」

「そりゃお前ら乱暴者と比べたらな」

「なにぃ!?」

「ワッハッハッハ違いないや! ラスルは乱暴者だよなぁ!」

「お前もだろうがシャン!」

 

 三段ベッドの一番上に登ったら、さっそく男の子たちに絡まれた。

 ギャーギャーと小学生男子のノリが続き、大声が宿舎の中に響く。彼らに他の子のような、アメリカに売られたという悲壮感はあまり出ていない。

 このグループは良くも悪くも馬鹿ばっかりなので、暗い雰囲気になることが無い。適当にお喋りするだけでもテンションが上がっていくのは悪くないと思う。一人で居たい時には苦痛しかないが。

 それでもこういう時ばかりは、彼らの明るさに救われる気分だった。

 

 

「おい、ガキども!」

 

 しばらく、宿舎の中で友達同士お喋りをしていたら、外から怒鳴り声が聞こえてきた。

 しかし英語なので大半の子供が反応できない。「聞こえねぇのかオラ!」みたいなガラの悪い怒声が何度か響き、仕方ないので英語が分かる俺が宿舎の外に出た。

 

「なんでしょうか」

「遅い。呼んだら10秒以内に出てこい」

 

 怒声を張り上げていたのは、タバコを吹かした筋骨隆々の黒人だった。さっきまでの身体検査やキャンプの案内には居なかった男だ。

 その後ろにも、何人かの大人が居る。全員がイライラしてタバコを吸っている。

 

「英語を喋れる子供が俺以外いません」

 

 とりあえず、反論してみる。何にキレてるのか知らないが、こういう状態の大人の前に他の子供を出したくない。

 

「お前が喋れるだろ。さっさと他のガキどもも連れて来い。今すぐ、全員だ」

「何のため――グヴッ」

 

 唐突に、お腹を衝撃が襲った。

 身体がくの字に折れ曲がる

 

「クソガキ、何度も世話を焼かせるな」

 

 目の前の男の鋭い拳が俺の腹を叩いたのだ、と気付いた時には、俺は地面に這いつくばっていた。

 背後で誰かの小さな悲鳴が聞こえた気がした。

 

「俺は、今すぐ、全員、連れて来いって言ったんだ。次に同じことを言わせたら二度と飯を食えないようにしてやる。分かったか?」

 

 俺は這いつくばったまま、黙って頷く他無かった。お腹いてぇ。

 

 

注目せよ(Attention)!」

 

 宿舎を出た子供たちが連れて来られた場所は、だだっ広い運動場のような場所だった。

 ような場所、という曖昧な言い方なのは、本当にただ平坦で広いだけの広場で何をさせられるのか何も想像がつかない、というのがあった。

 

「良いかクソガキ共。キャンプの誰かが今の俺みたいに『注目せよ』と言ったら姿勢を正せ。そして躾けられた犬の様に口を閉じろ。お許しが出るまで決して声を出すな」

 

 先ほど俺を殴った黒人の男が、大声で『Attention』と言われた際の行動を教えてくれている。

 英語で。通訳は居ない。周囲に暇そうな男たちがお喋りしたり銃をいじったりしているだけだ。

 大半の子供がポカンとしている。

 

「『整列せよ(Fall in)』こう言われたら従順な羊のごとく番号順に並べ。番号はアルファベット順に振られてる。今から言う順番を必ず覚えろ」

 

 さらに『Fall in』と言われた時の行動も教える。

 英語で。

 

「キャンプの中で『解散(Fall out)』と言われたら速やかに宿舎へ戻れ。その辺でのんびりされると迷惑だ、のろまは俺たちが撃ち殺す」

 

 続いて『Fall out』の意味も――だから英語で言われちゃ誰も分からんて。

 

「理解したか? なら行動だ――注目せよ!」

 

 黒人が今日一番の大声を出す。

 英語が分かる僅かな子供や、身振り手振りで何となく察した子供は声に反応し、背筋を伸ばして足の踵を合わせ、両手は腰の横にピッタリとくっつける。

 

 しかし、反応できたのは俺を含めて数人足らず。

 残りは何を言われているのかすら分からず、ただ立っているだけ。当然だ。

 

 そして、反応できなかった子供たちには拳の制裁が待っている。

 男の子も女の子も、年少者も年長の子も関係ない。声を出す黒人だけでは手が足りないため、周囲の男たち全員で子供をぶん殴る。

 

「もう一度だ。注目せよ!」

 

 そして出来なかった子供を殴り終えたらもう一度繰り返す。

 全員が出来るようになるまで、何度でも何度でも何度でも……。

 

 殴られて泣いている他の子供を見ながら、ふと、昔のことを思い出した。

 前世の記憶を取り戻す前、父親に毎日ぶん殴られていた頃のことだ。あまりにも何度も殴られるので、父親は俺のことが嫌いなのではないか、と近所に暮らすオッサンに相談したことがあった。

 

 オッサン曰く「あれは儀式だ」とのことだった。子供の物分かりを良くする、という意味ではない。

 教える者と教わる者、上司と部下、指揮官と兵隊、そういう上下関係をハッキリさせるための儀式なのだ。

 殴る側はどんな手を使っても相手を教育するという意識を、殴られる側は決して逆らわず相手の要求に答える。

 そうやって互いに強固な関係を築き、反乱を防ぎ能力を上昇させるのだ。親子であっても子供に手心を加えてはいけないのだ、とオッサンがしみじみ語っていた。

 

 前世の記憶を取り戻した今ならその行動の本当の意味が分かる。

 これは刷り込み(・・・・)だ。暴力を使った認識の改ざんだ。

 相手を追い込んで言う事を聞かないと酷い目に合う(・・・・・・・・・・・・・・・)、と思い込ませるための技術だ。

 

「次だクソガキ共! また間違えたら連帯責任で全員殴り飛ばしてやる――整列せよ!」

 

 英語が分からない子供たちでも、もはや大人たちの言葉の意味が分からない者は居なかった。

 ――従わなければ、殴られる。

 

 

 キャンプ・モリソン、到着1日目。

 

 結局、「Fall out(解散)」の掛け声が響いた時には、子供全員の顔がパンパンに腫れてしまい、食堂へ食事を受け取りに行ける者は皆無だった。

 

 

 

 

 




キャンプ・モリソンの規模がいまいち把握できず悪戦苦闘中。描写を増やすとPMSCなのにどこぞの駐留軍基地規模まで膨れ上がりそうでバッサリカットしました。無念


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