『お疲れ様です。どうかなさいましたか?』
「あ、お疲れ様です……あの。大島さんとのコラボについてなんですけど」
例のごとく、俺はPVPコラボの翌日にボスへ連絡していた。配信の反応を調べたりもしてたんで、時計はおやつの時間を少し回ったくらい。この辺りの時間帯は、割とボスの都合がつきやすいってのが経験則だ。
『ああ、私も視聴していましたよ。楽しそうで何よりでした』
「えっ、配信中に見てたんですか?」
『もちろんです』
マジかよ……いや、考えてみりゃ不思議でもないか? ボスが今回のコラボを受けたのが俺の想像通りの理由なら、俺がヘマしないようチェックするのはある意味当然ですらあるしな。
「……色々聞きたいことはあるんですが、どうして大島さんとのコラボを受けたんですか? それも、事前打ち合わせもなしに」
『ヒビキくんもある程度は予想していると思いますが……あれは一種のテストでした。相手の情報を運営側から伝えず、当日の段取りについてもすべてアドリブ。この条件下で問題なくコラボ出来るのかどうか』
今のところ、ボスの言う通り俺の予想の範疇だな。その意図も想像通りなら一安心なんだけど……。
「それで、テストの結果は……?」
『……満点、と言っていいでしょう。配信中の運びから、ヒビキくんが大島さんのことを個人的に下調べしていたことは窺えました。先方の
「……そ、そうですか……安心しました」
予想していようが、あくまで予想だ。思いのほか合否判定に緊張していた俺は、ボスからのお言葉に胸をなでおろした。
『すみません、こちらの都合で振り回してしまって。本来であれば、タレントを雇っている側としてこんな暴挙は許されません。お詫びと言ってはなんですが、もし事務所側に要望等あれば出来る限り対応しますので。何か考えておいてください』
「いえ、とんでもないです。ただ……どういう狙いがあって今回のテストを?」
『そうですね……一つは、ヒビキくんの今後の活動について、どこまで干渉すべきかを判断するためでした。これにつきましては
これにもホッとした。いや信頼が重すぎるんだが? って気もするけど、俺が責任を負える範囲内で自由が利くというのは魅力的だ。企業としてあまりにもリスキーな判断に思えるが、俺の積み重ねてきた活動をもとに相談した結果だと言われれば誇らしくもなろうもん。……ボスの言う、
「ありがとうございます! 信頼を裏切らないよう頑張ります!」
『はい、今後の活躍も楽しみにしています。……それで、もう一つの狙いなのですが……ヒビキ君には、四期生のサポートを兼任して欲しいのです』
「……はい? サポート?」
理解が及ばずに聞き返すと、ボスは声色を変えずに答えてくる。
『その通りです。ただいまヴァーチャルシップでは、四期生を募集しているというのはご存じですよね?』
「それはもちろんですけど……」
『実は、その四期生に……男性の応募があったのです』
「えっ!? ホントですか!?」
マジかよ……いや、早くね? 確かに以前から、ボスが……というか事務所側が、男性Vを推していく方針なのは知ってる。でなきゃデビュー当時、まともに収益が望める状況じゃなかった俺を置いとく訳が無い。ユラちゃんとのコラボに始まり男性Vの需要を高めることで、男性V志望が大手を振って応募が出来るようにしたい、ってのも聞かされてる。
しかし、ユラちゃんとコラボしたのなんて二週間チョイ前の話で、それ以来まだ絡みはない。他のコラボと言えば先日の大島さんとPVPしたくらいだ。まだまだ男性V志望を釣るには積み重ねが足らんと思うんだが……。
「ユラちゃんか、大島さんとのコラボがきっかけなんですかね……? 正直、それはないと思うんですけど……」
『こちらとしても、男性Vのニーズを刺激するという狙いに対してであれば反応が早すぎると思ったのですが。募集要項には性別の指定がありませんでしたから、通常通り選考を行いました。……その結果、当事務所二人目の男性Vとしてデビューが決まりました』
「…………お、おぉ……えぇ……?」
驚きでなんて言ったらいいのか分かんねぇよ……。え、俺に男の後輩が出来るの? っつーか俺がそのサポートするの? いやいやいや!
「あの、一応自分、別で仕事もあるんですけど……」
『はい、それが先ほどのテストの件にも繋がるのですが。つまり……本格的に、社員として私共の事務所で雇いたい、という話なのです』
「…………えーと」
『困惑するのも無理はありませんが、今後はオフコラボ等も見据えて活動して欲しいと考えています。そうなりますと、ヒビキくんの現状では少々スケジュール管理が厳しくなると予想されます。収益化したばかりなので明細をお見せするのは先になりますが、既にヒビキくんのお給金にはスーパーチャットの金額も含まれています。これだけでは今のお仕事を辞めても赤字と思われますが、正社員となればもちろん待遇は変わります。二足の草鞋を履くよりも、時間・賃金共に悪くない話だと考えますが。いかがですか?』
…………確かに、単純計算してもおいしい話だった。今の俺はバイトを掛け持ちしてるような状況で、日中はVと関係ない仕事をしている。なもんで配信は夜だけだし、俺がVを目指すきっかけとなった人以外のVはほとんど見れていない。後輩のユラちゃん、コラボのために調べる必要があった大島さんくらいなもんだ、多少追えているのは。あと推しとコラボした人をちょっとだけ。
なんでそんな生活してんだと言われれば、デビュー当初はそれこそいつ切られてもおかしくないと思っていたから。Vとして活動しつつ、クビになった時生活に困らないようにするために、他のバイトは必須だった。それでも、Vを目指すと決めて辞めた前職に比べれば苦じゃなかったけど。
それが、ほぼすべての時間をVtuber活動に費やせるようになるのだ。まだまだ界隈ファンの厳しい目はあるけど、リスナーと騒ぎながらの活動は楽しい時間だった。そこにリソースを全振り出来るのなら願ったり叶ったりだ。
「……すぐに今の仕事を辞める、って訳には行かないと思うんですけど。出来れば僕も、そうさせてもらえると嬉しいです」
『ありがとうございます。退職までにどれくらい時間がかかるか分かりますか? 大まかにで構いませんので』
「最長でふた月……相談次第では今月末にも」
『そうですか。四期生はまだ募集期間中ですし、急ぎではありませんので安心してください。ただ、予定より早く退職の運びとなるのであればいつでも受け入れる準備は出来ていますので。気軽に連絡してくださいね』
「助かります」
バイトつーてもすぐ辞めるとはいかんからね……。そこを配慮してくれたボスに礼を言うと、いつかのようにくすりと笑う気配が。
『助かったのはこちらですよ。Vtuber活動のサポートを任せられる人材はそう居ませんし、ましてや業界でも難しい立場の男性V担当ですから。ヒビキくんほどの適任はそう居ませんよ』
「はは……頑張ります」
『文字通り、簡単な補助になりますので。男性Vにのみ、ヒビキくんが活動するにあたって気を付けてきたことを指導する程度で構わないのです。四期生全体のマネージャーはまた別に用意しますからご心配なく』
間違っても俺がマネージャーも兼任する、みたいなことにはならんってことね。
「分かりました! とりあえず、退職の日取りが決まったらまた連絡しますね」
『はい、お待ちしています』
……なんかそういうことになった。やったねヒビキ!
『……ところでヒビキくん。あなたは生配信後によく視聴者の反応をSNSなどで確認するそうですね?』
「えっ? そうですけど……」
まだ見ぬ後輩に思いを馳せていると、ボスがそんなことを聞いてきた。
『ネットの掲示板等も確認されていますか?』
「いえ、そこまでは見てないですね……。デビュー直後は覗いたりもしたんですが、精神衛生上あまりよくないかなと思いまして。SNSはリアルタイムで視聴した人の、ほとんど生の感想が見えますから、主にそっちを確認してます」
今でこそ中傷コメントにも慣れているが、当時はさすがに落ち込んだりもしたしなぁ。掲示板めっちゃ荒れてたし。事故らないよう反射的に面白おかしくコメント返ししてた生配信と違い、掲示板とかだと下手に考える時間がある分ネガティブになりがちだった。嫌なら見ない。インターネットにおける最も重要な自衛手段の一つだろう。
『そうですか……。少々もったいない気もしますが』
「えと……すみません、最後のほう、ちょっと聞き取れませんでした。もう一度お願いできますか?」
『あぁいえ、ただの独り言です。……そうですね。そういった、自身がどのように視聴者から見られているか、というのを探る方法も、新人の方に助言いただけるとありがたいですね』
「覚えておきます」
こうして俺は、ある程度自由に活動して良いことになり。本格的にヴァーチャルシップの下で働かせてもらうことに。そして……男性Vの、後輩が出来ることになったでござる!