『うつ病、ですか……』
「はい。すみません……」
本格的にヴァーチャルシップの社員となってしばらく、俺は些細ではあるがいくつか体調不良の自覚症状があった。社員といってもVtuberとしての活動に専念するようになったくらいで、むしろ以前のバイト掛け持ち状態に比べれば時間に余裕が出来ていたほどだ。忙しさが理由ではない。
だったら生活リズムのズレからくるもんかとも思って食生活ともに改善を試みたが、食欲不振に睡眠不足、軽い頭痛……突然腹痛に悩まされることも増えていった。どれも軽度のモノだったが流石におかしいと思って内科を受診。すると身体異常は見られんとのことで、担当してくれた人が精神科を紹介してくれたのだ。
んでそこで、うつ病です、と端的に診断されたのである。
『謝るのはこちらの方です。申し訳ありません、そこまで負担をかけてしまっていたとは……』
「いやとんでもないです! ……自分も意外でしたし、そもそも予想のつくもんでもないですし……」
こういう個々人の心の持ちようでしかなるならんが分かれる病状を予防しようってのが無理な話だ。だからそうなってしまったこちらに非があると思うんだが、ボスも責任を感じてしまったようでしばらく互いに謝り続けた。
「一応お薬いただいたのでしばらく服用するのと、定期的に精神科は受診するつもりです。……けど、その……このままお仕事続けて良いものかなと」
『もちろんです! ヒビキくんが続けたいと思ってくれているのであれば、ではありますが……』
「そ、それこそもちろんですよ! 動画投稿や配信活動はとっても楽しくさせてもらってます! ……ただ、問診では周りの意見を窺いすぎじゃないか、と言われてしまって。あっ、Vtuberのことはもちろん濁したんですけどっ。……この界隈のファンの発言を無視するわけにもいかないですし、どうすれば良いのか分からなくなってしまって」
真面目な人や責任感の強い人がなりやすいんです、なんて病院の先生には言われたが、そうあるように意識したからこそここまでやってこれたんだ。やり方を変えて良いものなのか、俺には判断がつかない。そんなことを相談すると、ボスは柔らかい口調で言ってくれる。
『そうですね……ファンの意見を取り入れる、参考にするというのは大切なことです。……ただ、あまり言いたくはありませんが、本当にヒビキくんの配信を楽しみにしている、応援しているファンは、わざわざ不満をコメントしたりしないものですよ。"自分の思い通りにならないと気がすまない人間"が、声高にSNSなどで発信することで炎上といった騒動に繋がるのです』
つまりですね、と少し区切って。ボスは俺に言い聞かせるように続けた。
『あなたの場合、"炎上を起こしても問題がない"Vtuberなのです。暁ヒビキが炎上騒ぎになったとき、その非は絶対にあなたには無いと自信を持って言えます。そのように事務所としても対応を行います。……ヒビキくん、楽しいと言ってくれるファンの声に耳を傾けてください。そして、あなたを否定する声は無視しても構わないのです。それだけの実績が、信頼があなたにはあるんですよ』
……ボス、僕うつ病だって言ったじゃないッスか。
「……っ。ずみません……ありがとう、ございます……!」
泣いちゃうよこんなの。今ハートが弱くなってるんですよ、そんな優しい言葉かけられたらどうしようもないよ……。
野郎が鼻をすする汚い音も黙って受け入れてくれ、やっとこ落ち着いてからボスは再び口を開いた。
『とりあえず、一週間ほどは療養に当ててください。お薬との付き合い方もあるでしょうし。来週、ちょうど新人との打ち合わせがあるので、追って連絡させてもらいます。すみませんが、配信活動をお休みする旨はSNSで告知をお願いします。ただ、SNSでファンと触れ合うのは構わないので。ファンアートを巡ったり、応援コメントに返信するのも良いかと思いますよ。ただ、くれぐれも悪評についての反省や改善を試みようとは考えないでくださいね』
「わかりました……。その、本当に面倒かけますが、これからもよろしくお願いします」
スマホ片手に頭を下げると、"しかたないやつだ"と言わんばかりにため息をつく音が聞こえた。うぅ、すんません……。多分、謝らなくて良い、面倒かけるのは
しかし、やっぱりこっちが面倒かけてるとしか思えんのです。こういう考えが悪いんだろうけどね、直そうと思って直せたら苦労しない。それを分かった上での、ボスのため息でもあるだろう。これ以上言うのは無粋だな、的なね!
『はい、こちらこそよろしくお願いします。しっかり体調を整えて、また楽しい配信を"ライバー"に届けてあげてください。それでは、失礼します』
「はっ、ハイ! ありがとうございましたっ!!」
やっぱこの人に一生ついてこう、って何度目か分かんないけど改めて思いました。