『最近は体調のほうはどうですか?』
「おかげさまで好調です! 正直ムサシ君を含めて四期生のデビューは不安だったんですけど……個人的にはベストタイミングでした。本当にありがたいです」
某日、定時連絡ということで俺はボスと通話を繋いでいた。体調……まぁ主にメンタル面のことだけど。そのことを報告してからは経過観察ということで以前にも増して連絡を取ってくれている。今では俺も社員としてVSの事務所で作業することも増えたけど、多忙なボスとはコンタクトが取りづらい。なもんでこっちに配慮してプライベートでやり取りしてくれるのだ。
『そう言ってもらえるとこちらも気が楽です。男性Vtuberの追加は時期尚早でしたし、ヒビキ君の負担が増えるのは目に見えていましたから』
「いやぁそれくらいは全然……。僕としては同じ目線で話せる同僚が居るってのは何よりも助けになりました。最近自覚したことですけど……」
もうマジでムサシの加入は俺に計り知れない影響を与えた。お医者さんにもらった薬が役に立たなかったとは決して言わないが、この頃沈みがちだった調子が心身ともに好転しているのは間違いなくあの後輩のおかげだ。
ボスも俺にめちゃくちゃ配慮してくれるがやっぱり目上の人間だし、Vtuberではなくマネジメントする立場だ。気安く話しかけやすいとは言えない。比べてムサシは同じ男性Vでしかも後輩、かつヘビーなファンだ。愚痴を言えるし、逆に愚痴を聞いたり新人としての相談に助言することで、俺も気持ちや状況を整理することが出来ている。本人には面と向かって言うことは無いが、ムサシが居たから俺は持ち直せたのだ。
『それは何より。ですが今後も調子を崩されることがあればすぐにご連絡ください。私でなく、夕張さんや大和さんにでも構いませんので。私が言うのはお門違いかも知れませんが、あまり抱え込まないようお願いします』
「分かりました。何かあればすぐ相談させてもらいます」
問題を一人で抱え込んで処理しようと奮闘するのは一見美談だが、社会に出ればその行為は時限爆弾の秒数を懐で進め続けるのと同義だ。いざ爆発した時、木っ端微塵になるのが本人だけならマシだがそうはならない。俺も正式に迎えてもらったのだから、ボスを始めとしたマネージャーさん方やVtuberの仲間たちともっと歩み寄っていかないとな……。
『お願いします。……それで本題なのですが』
そうでした。実のところ今日の定時連絡は俺の話がメインではなく、ある一つの……
『サクラフィ所属の大島キリさんの炎上……。そのきっかけになりました前回のPVPコラボについて、改めて現状の把握から始めましょう』
「了解です。……まず、大島さんとマ〇クラ G・I MODをメインにコラボ配信をした回数が三回。一回目の"争奪戦"、二回目の"スペルバトル"。そして……三回目の"SSランクハンター"。争奪戦配信では相互ファンと男女コラボの集客力で新規リスナーが増えました。そしてスペルバトル……ここで多分、大島さんのスタンスに対して一定のリスナーから不満が出ていたように思います」
認識に齟齬が無いか確認するために一旦言葉を止めると、『続けてください』と促してきたのでそのまま口を開く。
「僕は配信で大島さんのファンを不快にさせないよう、一定の距離を保ってコラボしているつもりでした。それを……僕のファンは察してくれていたようです。対して大島さんはライバルとして距離を詰めてきていて……何と言いますか。僕の気遣いを大島さんが無下にしている、という構図が出来てしまっていたように思います」
そこで一拍置き、先日の第三回配信を脳裏に思い浮かべながら話しかけた。
「そして三回目のコラボ……。この時、大島さんは"いい加減RP以外の時も仲良く話してほしい"と配信中に言いました。"暁ヒビキが男性Vとして色々注意してるのは分かるけど、元凶じゃないんだから堂々とすればいい"と」
『……悩ましいものですね』
思わずと言ったように漏らすボスに苦笑して、一件の騒ぎの概要、その締めに入る。
「その時点でコメント欄は荒れ始めました。"何もわかってない"、"色々注意って発言がもうお察し"、"少なくともキリが口出すことじゃない"……主だったのはこんなところでした。大島さんもチャットがそんな流れになるのは当然初めてで、コラボそっちのけでチャットへの対応を開始。企画を続けられる状況だとは思えなかったので僕から配信中止を打診して、大島さんが応じた形になります。……終了までにまたいくつか失言があって、この動画の切り抜きをベースに燃え広がっているみたいです」
『私も同様に把握しています。しっかりと現状を理解してくださっているようで助かりました』
「他人事じゃないですからね……」
個人的には大島さんの発言は嬉しいことなんだが、男性Vでやってきた身としては易々と受け入れられる言葉じゃなかったのも事実。しかし大島さんがコメントをガン無視してればここまで燃えることは無かっただろうな、というのが正直な感想だ。だって少なくとも俺がその場で受け入れることは無い提案で、大島さんの発言を不快に思うことも無いんだから。
当てにするのもどうかと思うが"ライバー"諸君がチャットを誘導しようとしてくれていただろうしな。でもそれを大島さんに察しろというのは酷な話だ。だって男性V炎上騒動なんてそれこそ大島さんからしたら他人事なんだから。今までアイドル路線でしっかりポジションを築いて、炎上なんて起こさなかった彼女に荒れたコメ欄に対する満点対応なんて出来る訳ない。
『さて、この件に対してヒビキ君が。そしてVSがどういう姿勢で向き合うかと言うお話をしましょう。一番容易なのはノータッチを貫くことです。ヒビキ君の特定ファンと大島さんのファンが、大島さんの言動を巡って言い争っているのが焦点な訳ですが。大島さんのファンは彼女を擁護しているだけでヒビキ君に対して攻撃的な態度ではありません。つまり、向こうも大島さんの非を無意識に認めているんですね』
「自分にDMが飛んできたりもしてないので間違いないかと思います」
『ですので最低限SNSで一言フォローを入れておけば、こちらが何かしらの損害を被ることは無いと考えます。いかがですか?』
確かに、炎上してる本人とその場にいただけの人間。後者にまで騒ぎの火消しを無理強いするリスナーは居なさそうだ。企業としてこの一件には深入りせずフェードアウトするのが無難ではある。
けれど。
「……自分としては、完全に鎮火するまでフォローしたいと考えています。時間がある程度は解決してくれると思いますが、それだとどちらも火種が燻ったまま、ファン同士水面下で対立し続ける気がするんです。今後のコラボにも影響してくるでしょうし、今僕に攻撃的でないからと言って放置していれば、いずれ大島さんのファンがこちらのリスナーとのやり取りに耐えかねて矛先を向けてくる可能性は十分にあると思います。……どうでしょうか?」
『ふふっ、はい。ヒビキ君はそのように考えるんじゃないか、とは予想していました。そして仰る通りの流れになる確率は極めて高いでしょう。VSという箱で考えれば大島キリさん、サクラフィとの関りは必須ではありませんが、対立構図が出来るのは百害あって一利なしです』
「なので、僕と大島さんの間で直接的に諍いがあるのでは無いにせよ、それぞれのファンの代理という形で和解する必要があると思っています」
『……なるほど。そこまで考えているのであれは、具体的に大島さんとヒビキ君のファン。どちらもある程度納得する流れに騒動を誘導できる、そのような企画を練っていると期待して構いませんか?』
試すような口調に変わったことを察して、俺はPCの前で姿勢を正した。今までは大島さんの配信枠で炎上騒動に居合わせた間接的被害者みたいな立ち位置だったが、俺が自分の意志で介入するなら間違いなく当事者になる。
VSとしてはハイリスクローリターンな決断と言わざるを得ないだろう。これで得られるのはお互いのファン同士の和解であって、暁ヒビキと大島キリの話ですらないんだから。
でも俺は……忘れられないんだ。あの時の大島さんの声が。
『放送事故……ど、どうしよう……!? ま、マネ―ジャーに連絡しないと……! あ、ご、ごめっ。ごめんね? ヒビキ……あ、アタシすぐに』
『大島さん、俺は大丈夫だから。通話切ったらお茶でも飲んで、落ち着いてから連絡したらいい。今のままじゃマネージャーさんとちゃんと話せないぞ』
『う、うん。あ、あり、ありがと。じゃぁ通話、切るから……ホント、本当に、ごめんなさい……ひっく、ぐず……』
事務所と言う枠を超えて、異性であるということを気にもせずにコラボを申し出てくれた。そんな恩人のような彼女の、嗚咽が今も耳を離れない。
界隈の事情的に、Vtuberとしてそこは意識すべきだという人は多いだろうけど、普通に考えて現状の方がおかしいのだ。男だから、女だから。同じコンテンツが好きなもの同士が、ただ楽しく遊ぶことが許されない状況が。
大島さんに悪いところが無かったとは言えないかもしれない。でも間違いなく、大島さんが悪いということは無いのだ。
そしてきっと、俺にも悪いところはあった。でも俺が悪いことなどないと、今では胸を張って言える。
「任せてください。他のスタッフの力も借りることになると思いますが、しっかり大島さんと。そのファンと僕のファン、誰もが納得できる企画配信をします」