アタシは動画サイトでとある配信のアーカイブを見返しながら、マネージャーからの連絡をそわそわして待っていた。
『しゃらくせぇっ! アッ、ちょっ! やめてぇ!!』
「あははっ」
PCに映し出されているのは、アタシもお世話になってるLive2Dで動かされるキャラクター。そしてその中の人が遊んでいるゲーム画面。一斉に敵から攻撃されてるのに凄い速度で反応してて驚く反面、あたふたしたリアクションがちぐはぐで。心が浮ついていても、何度だって笑ってしまう。
マ〇クラG・I。アタシがいっちばん好きなMOD。原作コミックだって全巻持ってるし、このゲームをどのVtuberや配信者よりもやり込んできた自信がある。……あったの。
二週間くらい前に、このゲームをソロでクリアしたっていうVtuberの配信アーカイブが動画サイトにあがった。別にそれだけなら珍しくもなかったけど、アタシがその動画を開いたのは同期の何気ない一言が理由だった。
『キリちゃんが好きなゲームの、ジーアイ、だっけ? あれの、なんか凄く難しい難易度クリアした人がいるらしいよ。Vの人なんだってー』
このMODに難易度なんて存在しない。ハードコア一択だもん。だったら縛りプレイでもしてたのかな? と思いつつ、G・Iにカケラも興味が無い同期の女の子が知ってたくらいだし、話題になってるのかなとその動画を探した。それにVと言えば基本的に女性ライバーのことを言うんだし。コラボ出来たりしないかなーなんて考えもあった。
だけどその動画は、アタシのG・Iに対する愛情を。このMODを誰より遊んできたという誇りをへし折るものだった。
『っしゃいくぞオラァ! リスキーダイスをゲイン! てぇいっ、コロコロコロ! ……よぉし大吉ィ!!』
その人は何かとVtuber界隈で話題になりがちな、男性のライバーだった。そこには特別興味はなかったけど、指定ポケットカードNo2、"一坪の海岸線"をクリア条件に抱えたままゲームを進めていることに仰天した。
このゲームにはいくつか入手難度が飛びぬけているカードがあって、筆頭がSSランクカード五種類。No2はその中の一つになる。MODには有志が攻略情報をまとめたサイトがあるんだけど、そこのテンプレで最も有力とされる文句は『SSランクカードが指定されたらワールド削除』。
つまり、それくらい手に入れるのが難しいのだ。
『……でっ。でっででで出たァアアアアア!!』
嘘つけぇぇぇぇぇええええええええええっ!?
初めてアーカイブ動画を視聴した時は思わず奇声を上げた。指定ポケットカードにNo2がある時点で、そしてリスキーダイスなんて博打に手を出した時点で釣り動画だと決めつけていたから。クリアってつまり死んだってことでしょ? おつww
と、思いながら見ていたのに……!
『一坪の海岸線はホラ、原作ファン的にはどうにかして取りたいじゃん?』
この動画の中で、このVが言いやがった言葉。アタシはそれを聞いてしまったからこそ、暁ヒビキというらしいそのVが死ぬのを見届けようと思っていたんだ。
ファン的にはどうにかして取りたい? うん、気持ちはわかる。アタシだって取れるなら取りたい! でも、普通に考えて無理だもん。それを諦めた時点でファンじゃないってこと? アタシがどれだけこのゲームやったと思ってんの?
その発言を後悔する瞬間を見届けてやる……! そう、思っていたのに。
『クリアだぁああああ!!』
ゆ"る"さ"な"い"ぃぃ……!! 絶対いつか思い知らせてやる! 何をどうするとか具体的なことはまったく考えてないけど、いつかコイツにアタシが一番G・Iを愛してるって分からせてやるんだぁああ!!
でも、現実は非情だった。マネージャーにコラボしたいって相談して、相手が暁ヒビキだって言った瞬間、問答無用で却下された。ほんの一秒考える素振りすらなかった! 理由は単純で、暁ヒビキが男だから。
自分で言うのもなんだけど、アタシは結構男の人に人気がある。チャンネル登録者は男性ファンがほとんどで、いわゆるガチ恋勢も多い。俗にいうアイドル路線のVtuberなのだ。
相手はそういう層からのバッシングを回避するために、一切コラボをしないということで業界では有名なのだそう。その辺はマネージャーとかの管理側での話だけどね。アタシたちVtuberにはその暁ヒビキについての話なんて回ってこないし。
アタシはコラボの提案を蹴られた日の夜、枕を濡らした。勝ち逃げされた気分だった。アタシは暁ヒビキに挑戦すらさせてもらえないことがムカついた。
けれどそのモヤモヤした気持ちが晴れたのは、皮肉にも暁ヒビキの配信アーカイブのおかげだった。
途切れることが無いトーク、一見仲悪そうだけどすぐに分かるリスナーとの楽しいコメント芸。何気ないゲーム操作が凄いテクニックであることも少なくなくて、見ているだけで自分のプレイヤースキルが上がるような錯覚さえ覚えた。
知らず知らず、アタシはその人がアーカイブに残したG・IMOD配信動画の虜になっていた。コラボが実現した時ボコボコに出来るよう予習しているつもりだったけど。何度も何度も繰り返し再生して、そのたびにPCの前でアタシは笑っていたんだ。
……一緒に遊びたい。初めて動画を見たときは分からなかった、暁ヒビキのことが今ではほんの少し分かる。この人も、G・Iが大好きなんだ。そんな人と、本気で遊びたい。アタシのその想いは日を重ねれば重ねるほど強くなっていった。
そして――ついに、暁ヒビキはコラボした。コラボNGという看板を掲げ続けた彼が、同じ事務所のライバーとは言えついに女性ライバーとコラボした……!
このチャンスを逃すわけにはいかない! すぐにアタシは、勝手に向こうの事務所、公式サイトのお問い合わせからコラボの依頼を出した。マネージャーには悪いと思ったけど、どうしても衝動を抑えきれなかった。しょうがないよね?
向こうのマネージャーさんからアタシのマネージャーに確認の連絡がきたらしくて、すぐにアタシは説教されたけど。一度しっかりコラボが可能か打ち合わせをして、OKかどうかの連絡はこれから入る予定。
何時ごろまでにはーとかハッキリとしたことは言われてないけど、それだけ慎重にコラボの企画をするってことだと思う。ってことは、割と可能性あるよね! 無理だったら打ち合わせも一瞬で、とっくに連絡来てるはずだもん。
どんどん時間が過ぎていくけど、ドキドキはしても不安にはならなかった。アタシはずっと、暁ヒビキの動画を見ながらコラボの内容に思いを馳せた。
どうやって話そうか? G・Iで
勝つのはきっと難しいと思う。初めて動画を見た時に考えたような、怒りのまま一方的な勝利を収めるのは無理だ。それをここ数日の動画視聴で思い知った。
でも、負ける気だってサラサラない。一番上手いプレイヤーではないかも知れないけど、大好きだって気持ちでは絶対に勝ってる自信がある!
何度も何度も、同じことを考えて。いつもなら同じ事務所のライバーとコラボ配信なんかして、それが終わるような夜遅い時間になって。ようやく、アタシは待ち望んだ着信音を耳にした。
「いつになったのっ!?」
『うるさい……なんでコラボ出来るって確信してんの……』
長時間の打ち合わせお疲れ様って気持ちはあるんだけど。それを口にするより先に感情が唇を動かした。
『まぁOKだったんだけどさ……こっちにも悪い話にはならなそうだったし。明後日だよ、明日は一日かけてじっくり打ち合わせ。私とあんたでね。じゃ、私、もう寝るから……。とんだサビ残だよこのとんま』
「ありがとっ! おやすみっ!!」
『だからうるさいっての……じゃね』
通話の切れたスマホを見下ろしながら、アタシはニマニマするのを抑えきれなかった。あの暁ヒビキと! コラボ出来る……!! 最初はなんて言おうか? 第一印象は大事だもんね。今は最初ほど怒ってもないし、仲良くなれるよう優しい言葉が良いかも。
……うん、そうだね。マネージャーにも相談するけど、こんな感じなら問題ないんじゃないかな?
「――戦おう」
彼ならきっと分かってくれると信じて。アタシの、この燃えるような気持ちを……!!