14歳の冬の日の出来事。

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この作品は、するめるさん開催された企画。「ハメ作家プロット交換交流会」によって他作者様のプロットを原作として書かれた作品となっております。

プロットは「学さん(まなぶおじさん)」から頂きました。



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フユニール→ハルニール

――幼馴染みは体が弱かった。

 

隣の家に住んでいて俺と同じ年の十四歳。自分より早く生まれて、それがちょっとした自慢だったのか自分に対して時折、姉のように接することがあった。

 

学校は休みがちで、ベッドから出られない日もあったけど、調子がいい日もあって、なんとなく、普通とは言い難いけど一緒に大人になるもんだと思っていた。

 

そんな彼女が倒れて、救急車で搬送された。俺はその事情を知らずに、いつもの検査入院かとゲームをしていて、どれほど彼女が酷い状態だったのかを知ったのは翌日の事だった。

 

彼女は死にかけていた。半日ほど集中治療室に入っていたらしい。一時は本当に危なくて、彼女の家族は覚悟をしてくださいと医者に言われたていたらしい。

 

俺はお見舞いに行きたいと、父親に車を出してもらって病院へと行き、彼女と出会った。

 

――汚れひとつない真っ白なベッドで体を起こす彼女が、あまりにもいつも通りで、でも点滴と、よく分からない機械に繋がれていて、この時、自分の思い描いていた未来は、自分の知らないところで風船みたいに弾けてしまったことを理解した。

 

彼女は部屋の前に立ち止まった俺に笑いかける。そして自分が何度も心の中で言った問いの答えを口にした。

 

「私ね……もうこのベッドから出られないんだって……お母さんもお父さんもなにも言わなかったけど、たぶん、もう少しで死んじゃうんだ」

「そうなのか……」

「そうなんだよ」

 

そんなことないよと言おうとしたが声が出なかった。代わりに出てきたのは、自分を殴りたくなるような素っ気の無い態度と台詞。頭が真っ白になって、いつものように笑う彼女をただ見つめる事しか出来なかった。

 

それから会話が再開したのは、椅子に座って時計の針が1周してからだった。

 

「……学校そろそろ始まるね」

「うん。その……勉強とかするのか?」

「うーん。どうしようかな。好きなことして過ごせばいいって言うから、勉強あまりしないかも」

 

悪いこと言っていると笑う彼女は、本当にいつもの調子で、それに救われるように俺の口は自然と次の話題を振るう。

 

「じゃあ、なにをするんだ?」

「絵を描こうかなって」

「そっか……画家になりたいって言ってたもんな」

 

彼女の将来の夢。それは風景を専門とした画家になることだった。なんでも親と一緒に見に行った有名な先生の展覧会に行って感銘を受けたそうだ。それからというもの彼女は沢山の風景を書き始め家の窓から見える風景から、テレビに映った景色、そして俺の部屋まで目に見えるものをたくさん描き始めた。

 

才能があったのか、その絵は漫絵しか見ない俺が見ても上手くて、画家になるって夢も本当に叶えられるんじゃないかと思っていた。

 

「うん、いいと思う……」

 

言葉が詰る。取り返しの付かない何かに触れてしまいそうで相槌を打つことしか出来ない。彼女に辛くならないで欲しい、でも傷つけたくない。考えれば考えるほど深みにはまっていき喉が詰る。

 

――そんな俺の心境を察してしまったのだろう。彼女は俯いてごめんねと呟いた。

 

このままでは行けないと、俺は深みにはまる思考をそのまま放り捨てて勢いで話し始める。

 

「……俺、お前の描いた絵。絶対見に来る」

「え、う、うん。分かった。描いたらスマホのカメラで送るよ」

「いや。ここで見る! お前だって写真だと色とか違って見えるとか言ってただろ! だから直接この目で見にくるから!」

 

よくもまあ、この時は口が回ったものだと自分を褒めた。絵なんてはっきり言って俺は興味が無かった。難しいことなんてこの時なにも考えていなかった。もうがむしゃらに言っただけで理由なんて無かった。

 

やらかしてしまったかと不安になる俺をよそに、彼女は今日初めて、いつもの調子にで笑った。

 

「……わかった。楽しみに待っててね!」

 

 

 

夜、部屋で色々と考える。

 

彼女はいま、俺と一緒にこうやってベッドの上で横になっているだろうか? それとも俺に見せる絵を描いているのだろうか? ……それとも病気で苦しんでいるのだろうか?

 

漫絵で、持病の痛みで練らないキャラを見たことがあるが、まさに彼女はいまそんな風になっているのか? 俺は気になって気になって、スマホのメッセージアプリを開く。

 

彼女からなにも来ていない。当たり前かと思う。俺も彼女も文明の利器で会話をするような性格ではなかった。なにせ直接一緒にいる時間が多く、その必要が無かったからだ。学校が終わって彼女が出かけてなかったら、どちらかの部屋で各々やりたいことやりながらのんびりと過ごすのが、昨日までの俺たちだった。

 

その様子をお母さんに見られた時、熟年夫婦っぽいと言われたが、なんだか気恥ずかしくって、無視したっけな? 

 

――≪よう、なにしてる?≫――

 

俺は送ろうと思っていたメッセージを消した。

 

いま送ったら気遣っているのがバレバレで、もう前のようは戻れない気がして……そんな俺の考えすぎを、もしも彼女が考えてしまったらと思うのがが怖くて怖くて。

 

結局、俺はなにもせずベッドに横になる。

 

なにもしてない、なにもない。痛みも無ければ、息が詰るような事も無い。普通。でも彼女は? 分からない。想像も出来ない。だから俺は夜ご飯も普通に食べられた。元気がないのをお母さんに心配されたけど、今日も普通に終わろうとしている。

 

俺はもうしばらくしたら普通に寝る。彼女の事を考えながら、なにもせず。

 

――そして、いつものように起きるんだ。

 

地にも足を付けず、鳴かず飛ばずの宙ぶらりんな十四歳の自分。

 

特に夢もなく、かといって熱中するもなく、ぼんやりを体現したような人生を歩いている。

 

その人生は少し変わってはいるかもしれないけど、特別と呼べるものではなく、何者にもなれない焦燥感が時々表に出るが、こんな人生もありだと思っていた。

 

ひとえにそう結論に至ったのは、特別に苦しめられている彼女がずっと傍にいたからでしょう。

 

 

次の日。俺は自転車を漕いで彼女に会いに行った。

 

自転車でも10分ほどの距離なので、冬休みが終わり学校が始まっても通える距離であることは、きっといいことなんだろう。

 

受付で申請を出す時、ほんの少しの待ち時間、俺は倒れたときと同様に突然亡くなられましたと言われるんじゃないかと怖かった。

 

だけど、今回は杞憂で終わり。伝えられた部屋は昨日と同じところであり、少なくとも悪いことは起きていないと安堵した。

 

病室に入ると彼女は体を起こしてスケッチブックで何かを描いていた。

 

何度も見てきた集中している彼女の横顔。悩んでいるとペンで自分の頬を押す癖は変わらず、この時は意識が周囲に散ってしまっているのか、いつだって側に寄るとこちらに気付いて顔を向けてくる。

 

「来てくれたんだ」

 

「ああ、家にいても暇だしな。それに絵を見るって約束しただろ?」

 

でも、昨日の今日で来てくれるとは思わなかったと嬉しそうに笑う彼女に、俺は救われたような気がする。

 

「なにを描いていたんだ?」

「色々だよ。頭に浮かんだのをとりあえず描いたんだ」

 

彼女から渡されたスケッチブックを見る。

 

「どれくらい描いたんだ?」

「三枚だったかな? テレビで見たイタリアの風景でしょ、家の近くの道でしょ。そしてー」

 

最初の一枚は言われて見れば確かにイタリアっぽい風景絵であり、二枚目は何処にもありそうな住宅街の道、ただ自販機から電信柱までの距離感には見覚えがあった。

 

というかこの病院から自宅までの帰り道だと気がついた。

 

そして三枚目を見て、俺は軽く驚く。

 

「俺?」

「そう、君」

 

三枚目に描かれていたのは俺の似顔絵だった。その顔は朝、洗面所で顔を洗ったときに鏡に映る顔そのままで、特徴がよく捉えられていた。

 

「へー。人も描けたんだな」

「なんだか、寝ようとしたら顔が浮かび上がってきたから描いたんだよ。もしかして来てた?」

「……そういえば、夜お前のところ行った気がするわ」

「ええ、ほんと!?」

「ああ、夢で」

「そんなことだと思ったよ! もう!」

 

適当に笑って誤魔化す俺に、彼女はわざとらしくむくれた。

 

――ほんの短い僅かなやり取りだったけど、この似顔絵を切っ掛けに、自然と入院する前のように話せた。それがなんだか本当に嬉しかったから、俺は柄にでもないことを言う。

 

「この絵、本当に最高だな!」

「ほんと? ……ありがとう!」

「……」

「ん? どうしたの?」

「ああ、いや。なんでもないんだ……うん」

 

彼女は笑った。それはいつものと言えるものではなく、少なくとも俺にとっては初めてみるような特別な。そんな彼女に見惚れて――俺は、彼女に恋をしていると自覚した。

 

 

夕暮れ時、自転車を持ってゆっくりな速度で家に帰る最中。俺は冬の寒さに当てられていた。

 

恋を自覚した俺は、まず始めに納得した。彼女の事をどこか特別視していたが、その理由に名前を付けられていなかった。そう俺は切っ掛けを忘れるほど昔から彼女のことが好きだった。

 

次に俺は喜んだ。なんでかを説明する事は出来ないけど、とにかく体がふわふわになって、彼女と話すことが何でも楽しいと感じてしまうようになって、会話を重ねていくにつれて病院を全速力で走りたくなる。そんな気分になった。

 

時間を忘れて、気付いた恋心を隠しながら彼女と話した。饒舌とは言えないが初めてってぐらい俺がよく喋るものだから驚かせてしまった。それを全部、似顔絵を気に入ったからだと、彼女の作品を言い訳にすることに罪悪感を覚えながらも、とにかく彼女と触れ合いたいと言わんばかりに話し続け、時には絵を描く彼女をずっと横で見ていた。

 

そんな風に過ごしていたら、時間はあっという間に過ぎていき。俺は病院を出た。

 

浮かれていた俺は、寂しい気持ちを打ち消すように、また明日も会いに行こうと、別にまたすぐに会えると……いつでも会えると。

 

――いつでも会えると? もうすぐ死んでしまう彼女なのに?

 

冬の冷気に熱が奪われるように俺は現実に引き戻されて経ち眩む。自転車に乗っていると赤信号に気付かず、そのまま渡ってしまいそうだと、俺はゆっくりと帰りだした。

 

彼女は死んでしまう。それも近いうちに。それは本人だけに聞いたものだけど、それが事実だと娘に会いに来てくれてありがとうと言う、彼女の父親の顔を見て理解した。

 

老人になれず、母になれず、社会人にもなれず、大学生にも、高校生にもなれないまま彼女は死ぬ。

 

その事実が、とても辛くて、どうして俺はこんなに簡単に帰ってしまったのか、どうせなら病院が締るまでいればよかったのに、せめて残された時間が少ないなら一秒でも長く彼女の傍にいるべきだろうと?

 

自分だけ幸せに浸って、なにも考えずに阿呆なことをした。そのことで延々と頭の誰かが俺を責めてきて、苛つきが酷くなる。

 

「――くそっ」

 

自転車を投げ捨てて、どこかへと走りたい気持ちを抑え込み、鈍足ならが家まで買える。

 

重々しい、今からでも遅くないから病院に戻れと誰かの手に後ろ首を掴まれ引きずられそうになる。

 

でも、いま戻ったとしても彼女を戸惑わせるだけだと、言い訳じみた言葉を念仏の如く繰り返しながら、一歩、一歩と進む。

 

帰り道が長く辛く、自転車に乗ってしまえば楽なのは頭で分かっているが、遠くなるほど戻れないと考えてしまい。跨がる事が出来なかった。

 

「……ここって」

 

ふと偶然、自分が通った道に見覚えがあった。病院には自転車で初めて来たから気付かなかったが。ここは、彼女の絵に描かれていた場所だった。

 

鉛筆で書かれていたため色は無かったが、自販機と電信柱の距離感は絵のまんまでありすぐに分かった。その中で些細な違いを見つけ、それを凝視する。

 

どこにでもある中身が空っぽの空き缶が隅っこに転がっていた。恐らく誰かがここで立ち飲みして、そのまま自販機の横に置き捨てたもの。

 

――本人に言ったら戸惑わせるかもしれないけど、何の変哲もないゴミが彼女の体の中に潜む病気のように思えて、俺はそのゴミを放置できずに自転車のカゴの中に入れた。

 

家に帰ってから、やけに空き缶のことが頭にこびり付いている。

 

関係が無いって分かっているけども、よくないことを暗示しているように思えてしまう。

 

だからゴミが落ちている数だけ彼女の体内に潜む悪いものが増えていく、そんな考えが浮かび上がっては消してを繰り返す。

 

「ちょっと、本当に大丈夫なの?」

 

帰ってきてから上の空な自分を心配する母親の声に平気だと伝える。彼女が倒れたことも関係しているのか俺が見てそのまんま元気がない所為か、これで七度目のやりとりだった。

 

このままじゃ行けないなと思いながら、俺は母親の心配を解消するために、なにか別の話題に変えようと周囲を見る。するとテーブルの上に町内会の回覧板があった。

 

後で聞いたけど、いつもは昼には隣に持って行くのだが、今日は偶々忙しくって回覧板の事を忘れていたらしい。

 

そんな、ちっぽけな偶然が俺には奇跡の始まりみたいに思えて、『町内会のゴミ拾いのご案内』と描かれて居合ったチラシが、天命って言えばいいのか俺が悩んでいたものを、そのまま解決できるものに思えた。

 

――ゴミが増えたら彼女の病気が悪化するなら、ゴミを拾って町を綺麗にすれば、その分彼女の体の中から病気が消える!

 

「――母さん。俺、これ行くよ」

 

唐突にどうしたの? と驚く母親をよそに、俺は自分がやれることを見つけたと久しぶりに笑えた気がする。

 

 

冬休み最後の日。ほんの少しだけ明るい早朝六時。集合場所である町内会長が経営しているクリニーング店の前に来ていた。

 

すでに集まっていた顔見知りである近所に住んでいるお婆ちゃんたちに、若いのに偉いねや朝ご飯ちゃんと食べてきたと話しかけられながら時間を過ごす。

 

それから少し時間を過ぎて、町内会長がこれ以上は人が来ないだろうと話し始める。

 

予想したよりも集まったが、それでも十五人ほどである。未成年は俺を除いて二人。といっても母親の付き添いで来た小さな姉妹で同年代は居なかった。

 

町内会長の朝早く集まってくれたことによる謝辞から始まり、ゴミ袋と長いトングを貸し出された。

 

今回、ゴミ拾いを行う場所は近場の神社だった。過去に何度か雑誌に記載されるほどには大きく、正月の初詣の時には屋台が開かれることもあって、かなり人が混雑していた印象がある。

 

そんな馴染みのある町の神社は年始めはかなり忙しく境内周辺は結構ゴミが散乱しており、汚したのが参拝者なら綺麗にするのも参拝者とのことでゴミ拾いが毎年恒例となっているらしい。

 

ゴミを拾う場所が神社という事に、俺はいよいよもって本当に不思議な力が働いているのではないかと思い始める。

 

そのため、ゴミ拾いは誰よりも意欲的だった。真面目に素早く貰った袋を一杯になるようにと、移動中も目に入ったものはこぞって拾った。そのさいに参加者たちに褒められるのも悪い気はせず。やる気は常に上がり続けていた。

 

神社に到着すると、まずは町内会長が神主と話、次に俺たちにわざわざお越し頂いてありがとうございますと頭を下げる。その様子に、俺はなんだか善意を利用しているみたいと変に考えてしまい、人知れず視線を逸らしてしまった。

 

俺は少しだけグループから離れて黙々とゴミを拾い始める。一人になって始まったのは一種のロールプレイのようなものだった。自分の真面目さを神様に見せつけるように、ひたすら無心を装って黙々とゴミを拾い続ける。

 

「――頑張ってるねー」

 

境内の端っこで潰れた空き缶を袋に入れると、ふいに後ろから声を掛けられた。

 

振り向くと箒を持った巫女服の女子が立っており、にかっと人なつっこい笑みを浮かべている。

 

「えっと……神社の関係者?」

「そうだよ。っていうか一応同じ学校で勉学を共にする同級生だし、これでもこの神社の一人娘って有名なんだけどなー」

「ご、ごめん」

「……ふふっ。こっちこそごめんね。冗談だからあんまり気にしないで」

「でも、俺のことは知っているみたいだったし、どこかで話したことがあるんだろ?」

「ほら学年合同の体育の時とかで、たまたま覚えてたんだよね」

 

だからほんと気にしなくていいからねーところころ笑う巫女さん。

 

「でも、珍しいね。君みたいに同年代の子が参加しているの見るのは初めてかも」

「そんなに珍しいのか?」

「まぁね。小学校の時は友達とかが終わりに貰えるジュースとお菓子目当てにたくさん来たけど、中学上がってからはないねー。だからといって友達にわざわざ来てっていうのも悪いしねー」

「結構考えているんだな」

「こう見えても神職に身を置いてますから神も人にも媚びへつらって生きていますよお兄さん」

「神職的にその言い方は普通にアウトだろ」

「私の家は緩めだから問題ないのだよ」

「いやいやいや」

 

巫女さんとのやりとりは純粋に楽しく、余計なことを考えないで人と対話したのは久しぶりだった。

 

だから困ったなと悩む。ゴミ拾いに戻るタイミングを失ってしまい作業に戻れないでいた。

 

巫女さんに一言断りを入れて作業を再開すればいいだけだとは思うけど、非社交的で彼女以外異性と会話経験がない自分にはかなり難易度の高い話で、どうやって切り出せばいいのか分からず黙ってしまう。

 

「って、ごめんごめん。邪魔しちゃったよね」

 

顔に出てしまっていたのか申し訳なさそうに謝罪してきた巫女さん。

 

「ああいや。むしろ楽しかったというか、こうやって人と話すのは久しぶりだったから……ありがとな、声かけてくれて」

「そういって貰うと人と話すの大好きな私としましては嬉しい限りですよー……あ、そうだちょっとまっててー」

 

巫女さんは神社の方へと帰り、手に袋とトングを持って戻ってきた。

 

「落ち葉は昨日のうちに集めちゃったし、私も一緒にまわっていい?」

「いいのか?」

「もっちろん」

「じゃあ、よろしく頼む」

「任せてよ!」

 

いつもの自分なら女の子にそう言われたら変にきょどりそうな物だが、巫女さんの雰囲気がそうさせているのか、まるで彼女の時と同じぐらいの気軽さで話が出来る。

 

――あるいは恋を知ったからだろうか? 

 

「あ、そういえば聞き忘れてたよ。君はどうしてゴミ拾いに来てくれたの?」

「ん? ああ。えっと……町に綺麗にしたら、なんかいいこと起こるかなって思って」

 

俺は彼女の事をぼかした。彼女のためにゴミ拾いをしていることを知られるのが恥ずかしかったというのもあるが、病気のことを勝手に話すのもどうかと、それに彼女のことで巫女さんが悲しい顔をされるのは、なんだかとても嫌なことだと思ったからだ。

 

「偉い! 若いのに偉いねー!」

「巫女さん同年代ですよね?」

「巫女さん?」

「あ、いや。本名知らなかったから」

「そういえばそうだったね。私は――」

 

名前を聞いてもピンと来ず、巫女さんは自分のことを知っていたのにと申し訳ない気持ちになる。

 

「あ、でも巫女さんって呼んでよ?」

「え、どうして?」

「なんか可愛いし、実際巫女さんだからねー。学校始まったら友達にも言おう」

「なんか恥ずかしから辞めて頂いてもよろしいでしょうか?」

「問題ないよ。秘密にするから。ほら早くしないと時間が無くなっちゃうよ!」

「せめて秘密がどの部分か教えてくれませんかね!?」

 

陽気で話すのが好きな巫女さん友達となって、ゴミ拾いが終わっても貰ったジュースを飲みながらしばらく話していた。

 

学校以外で、こうやって友達と一緒に活動するなんて事は初めてだったかもしれない。だからとても楽しくて、充実していて、希望は膨れ上がり続ける。

 

――病気が治ったらこんな風に彼女と一緒にゴミ拾いがしたいなんて、空っぽになったジュースのパックを袋の中に入れながら考えた。

 

 

13時、昼ご飯を食べて俺はすぐに病院に向かい、彼女に今日の出来事を話した。

 

ゴミ拾いに神社に行って巫女さんに出会って、一緒にゴミ拾いしなら話した内容と話題に出来るものは全部。

 

あいにく口下手ななため、一から順に淡々と説明する感じだったが、それでも彼女は面白そうに話を聞いてくれた。

 

「巫女さんって、かわいいあだ名だね」

「そんなものか?」

 

どうやら巫女さん本人も彼女も、巫女さん呼びはかわいいものらしく女子特有の感覚かなとあまり気にしないことにする。

 

「ね、ねっ。私もなんかあだ名を付けてよ」

「えー」

「おねがい、ね?」

 

……かわいいは、どうやら男にも通用するようだ。

 

「じゃあ。画伯さん」

「それは恐れ多すぎるよ……」

「べつにあだ名なんだからいいだろ? ……あーでも、画伯って最近だと絵が下手な人のこと言うんだっけ?」

「え? そうなの?」

「なんか、ネットでそれっぽい使い方してた人が多かった気がする」

 

ネットは、家にパソコンがなく、スマホも通信料もかかるのであまり見ていない。たまに誰かから教えられるオススメな動画とか小説を見る程度で、ネット文化というのにはとことん疎かった。

 

「……むぅ。それって暗に私の絵が下手って言っているの?」

「ば、馬鹿!? そんなつもりは一切ねぇよ!?」

「ふーんだ」

 

怒ったふりというのは分かるのだが、それでも恋というのはどんな感情も大盛りで出してくるようになるらしく、かなり焦る。

 

「いやいやいや、お前の絵最高! 超天才!? 絶対将来有名になる!? 最高!」

「最高二回行ったのでやり直しを要求します」

「厳しいね!?」

 

まあ、やっぱり冗談半分だったらしく、飽きた彼女はまたゴミ拾いの話をし始める。

 

「でも、君が町内会のイベントに参加するなんて正直意外」

「そこまでか?」

「だって、あまりこういったイベント苦手でしょ?」

「あー。否定出来ないなぁ……といっても、特別な理由なんてないよ。昨日の帰りにゴミを持ち帰って良いことしたなぁと思ったら、町内会のチラシを偶々見てさ。それでこれは運命かって思って参加したんだよ」

「運命って壮大だね」

 

本当の理由は、お前の病気を治すた願掛けのためにとは言えなかった。これに関しては単純に恥ずかしさが勝ったからだ。

 

「でもいいな。ゴミ拾い私も参加したかった……かも」

「病気がよくなった、一緒に行こう」

 

儚げで諦め気味に呟く彼女。昨日までの俺だったら気まずくなって口を閉ざしていたことだろう。でも彼女には幸せな未来が訪れるという“自信”が生まれていた俺ははっきりと断言した。

 

「別に町内会のゴミ拾いじゃなくてもさ。町を一緒にまわって絵を描いたり、弁当食べたりとかしよう」

「……いいの?」

「ああ、もちろん」

 

しばらく考え込む彼女。俺は余計な事を言ったかと緊張するも、すぐに杞憂だと分かる。

 

「――嬉しい! 絶対だよ!」

 

嬉しそうにはにかむ彼女に、俺も同じ顔で頷いた。

 

――このとき、俺たちはお互いに約束って言葉を使わなかった。

 

俺は、そして彼女もそのことに気付いていたのだと心が理解していた。

 

 

数日後、彼女だけが抜け落ちたままの学校生活が始まるが、しかし、そもそも彼女は学校を休みがちであり居ることの方が特別だったためか、学校での時間は普通そのものだった。

 

俺はあまりコミュニケーション能力があるほうではなく、十四歳で考えると落ち着いた方であり、どうにも同年代のノリというものがよく分からない。

 

漫画やアニメ、テレビなどは人並みに見るけどクラスメイトに紹介されてからと後追いが多く、自分が話し加われるほどの知識を覚えたころには大体別の話題で染まっている。また自分から率先して話題を作ることもないので、仲のいい友達やクラスメイトはいるが二番手より下の立ち位置のようになっている。

 

そのため遊ぶときの誘いから外れる事が多く、かといって自分から混ざる事も無いので、俺は授業以外では一人で過ごす事が多い。

 

また、そうなった理由には彼女が関わっていたりする。彼女はいつ倒れてもおかしくないため教室ではなく保健室で勉強をしていた。俺は休み時間彼女に会うために早めに教室を出て、日によって場所を変えながら、次の授業が始まるまで彼女と一緒に過ごすということ送っていたた。なので、クラスメイトの輪から外れたのは、俺にとってはある意味で好きな人を優先し続けたという静かな自慢になっていたりする。

 

――また、そんな風に学校を過ごしたい。好きになった彼女と一緒に、だから頑張ろうと意気込む。

 

ゴミ拾いは神社で終わりではなく、冬の時期は寒さで運動量が減るご老人たちのために少なくとも冬の休みの間は常に開催されるそうで、俺はその全部に参加する気でいた。

 

「お、発見」

 

昼休み、そんな風に考え事をしながら過ごしていると学生服の巫女さんに話しかけられた。

 

彼女とは別クラスなものの、この数日こうやって廊下とかですれ違ったら挨拶しあう関係になっていた、友達が多く一人でいることの方が少ないらしい彼女だが、どうしてか俺と合う時には一人が多い。気遣われているのかとも思うけど、楽しそうに喋る彼女を見ると、聞くのは野暮かと思い理由は不明なままである。

 

「こんな所に黄昏れちゃって、なに考えていたの?」

「うーん。世界平和?」

「お、壮大だねー。じゃあ、私は愛と勇気をどうやって友達にするか考えようかな?」

「巫女さんなら出来そうだよね。こう神様パワーとか使って」

「神様にお願いごとするのは、そんなに簡単じゃありませーん。お願いするなら何か奉納しないとね」

「奉納?」

「人間でいうところのご褒美? いや、お願いを叶えてくれるようにお願いするものだから粗品になるのかな?」

「知識ガバガバすぎやしませんか? 巫女さん。しかも神様の贈り物を粗品って……」

「巫女でも神主の娘でも神社の跡取りって分けじゃないので問題ないでーす」

 

学校での彼女との時間は短いものだけど、お喋りなだけ合って話題は尽きる事無く楽しいものだったた……それが、俺にとって学校へと来ている理由にもなってくれた。本当なら、学校なんて休んで彼女の元に会いに行きたいという衝動を抑えられるのは、巫女さんのお陰だ。巫女さんが居たからこそ、俺は彼女の前で普通でいられるんだと思う。さらに言えば巫女さんとの会話は、そのまま彼女との話す話題になるため、心の底から感謝しかない。

 

「……君って、時々そんな風に遠い所を見るよね」

「ん? あ、ごめん。ぼーっとしてた」

「そういうのとは違うんだけど……まあいいや。そういえばさ。君は来週の町内会のゴミ拾いに参加するの?」

「ああ、町を綺麗にするまで続けるつもりだ」

 

とりあえず目下は彼女が退院するまでだけど、それはこの町からゴミが無くなっているのと同意義だという思いから、そう返事した。

 

「そっか。じゃあ次の休みよろしくね!」

「よろしくって、もしかして参加するのか?」

「そうだよー」

「どうして?」

「うーん。あえて言うなら……私も町を綺麗にしたいからかな。いつも神社を綺麗にしてくれる町内会の人たちのお礼も兼ねてね」

「なるほどな。じゃあこれからよろしく」

「任せてよ。これでも境内を箒がけしているからね! 即戦力になれるよ」

「多分、箒の出番はないとおもう」

 

俺は親指を突き立てると、彼女もよろしくと同じように親指を突き立て笑った。

 

――そんな巫女さんを見て似ても似つかない彼女を思い出したのは、何故だろうか?

 

「あ、雪だ……」

 

そろそろお昼休みも終わる、解散しようとすると狙ったかのように雪が降ってきた。

 

積もることなく溶けていくだろう小さな粒の雪。だけど寒さは今日よりも増すだろう。

 

あまり冷え込むと彼女の容態は悪化してしまい。酷いときには意識を失うこともあるという。いまごろ病院で彼女は苦しんでいないだいかと不安になる。

 

――彼女はこの光景を絵に出来ているだろうか。

 

今日、学校終わりに会いに行くのが怖くなった。

 

 

その日の午後の授業は不安によって集中出来ず、下校のチャイムがなると同時に学校へと出た。家に帰り、親にもなにも言わずに雪降り続ける中自転車に乗って病院へと急ぐ。

 

寒風を浴びているが休まず動き続けている体はむしろ熱く汗だくで到着したころには息が上がっており、風邪引きそうなぐらいシャツがびしょ濡れになっていた。

 

「え? ど、どうしたの?」

「……いや、何でも無い」

 

無我夢中と言って良いほどの勢いで来た自分は、彼女の戸惑う声で向かい入れられる。

 

「雪が降ってきて寒くなってさ、全力で自転車(チャリ)を漕いで来たんだ」

 

気恥ずかしさに負けて小さな嘘を付きながら、元気な様子に安堵する。

 

「ああ、それで顔すごい汗だくなんだ……ふふっ、すごい汗!」

 

じわじわと笑いのツボを押されたのか、彼女は吹き出した。

 

「ご、ごめん。笑うつもりじゃないんだけど」

「いや、いいよ。ちょっとティッシュくれ……あー。熱いおしぼりがほしいなー」

「ぶふっ! や、やめてよもー!」

 

俺のわざとらしいおじさん発言がトドメのとなったらしく、お腹を押さえて笑い出す。

 

「……体の調子、良さそうだな」

 

病気の辛さを一切感じさせない彼女を見て、俺は無意識的に聞いてしまっていた。

 

「――うん、いい調子だよ」

「……そうか、良いことだな。そ、そういえば今日は絵を描けたのか?」

 

嘘だと察してしまう

俺は、少しわざとらしく話題を変えてしまったかと反省する。

 

「うん! 今日も沢山描けたよ!」

 

スケッチブックに書かれた新しい絵は十枚ほどと多く、その全部が風景画であった。白黒の見覚えがある町中。色鉛筆で書いた海や草原などバリエーションが多く、新しい絵を見るたんびに俺は正直な感想として上手いと彼女の絵を褒める。

 

なにかもっと実になることを言いたいのだが語彙力も無ければ、絵に関しての知識も無いに等しいので褒め言葉を連発することしか出来なかった。それでも彼女が嬉しそうにしてくれた。

 

「風景画、ほんとうに好きなんだな」

「そうかな?」

「ああ、こんだけ綺麗に描けるコツってあるのか?」

「……うーん。練習あるのみかな。それに……」

「それに?」

「行ってみたいと考えると自然と手が動くの」

 

彼女が絵を書く理由を具体的に話すのは初めての事だった。

 

「私、枠のない景色を見たっていう思い出がないの、いつも窓越しやテレビ、窓とかからの景色を見てる。だから、枠が無い景色って一度見てみたいな」

……そっか……見れるといいな……

 

とてつもなく、最低と言われても仕方ないほど雑な励ましを口にした。現実を直視出来ず。変わらないという願いに縋る。まだ、まだだと言い訳をしながら、俺は気付かれていることに気付かないふりをしながら“いつも”を装う。

 

「なんだったなら俺がどこでも連れてってやるよ。俺もイタリアのコロッセオとか、ナスカの地上絵とかみたいしな」

 

そう言うと彼女は本当に嬉しそうに、俺が一番好きな表情を見せてくれた。

 

「――私、君の幼馴染みで本当によかった――生まれてきてよかった」

 

 

それから数日後、二回目のゴミ拾いがやってきた。

 

彼女にはほぼ毎日会いに言っているが、少なくとも俺の前では様態が悪化している様子がなく、彼女の親と話したとき、これなら春は過ごせるかも知れないと嬉しそうにしていた。

――段々と変わっていっていることに俺だけが気付いている。

娘が元気なのも君のおかげだと感謝されたけど、俺は申し訳なさで一杯になった。

 

「けっこー落ちてるねー」

「ああ」

 

今回ゴミ拾いする所は町自慢の広大な森林公園。ここで生まれ育った人間ならば必ず来る場所であり、人の出入りも結構多く、夜になると冬場でも若者が騒ぐらしい。そのため公園内外には、それなりにゴミが落ちている。

 

「空き缶~、ペットボトル~、結ばれたビニール袋を開けるのご勘弁くださいなー♪」

「ゴミ拾いの歌?」

「そっ、作詞作曲はこの私、ネットに載せるなら著作権料支払ってからにしてね?」

「乗せ方分からないから、払いません」

「そういえばネット滅多にしないって言ってたね。残念無念」

 

巫女さんは朝出会ってからこんな感じずっと話しかけてくれている。そのためゴミが多いということに気が滅入ることもなく、作業出来ており、本当に彼女には感謝しかない。

 

「そういえば君って友達いるの?」

「そこそこ。といっても学校以外で会うって事は無いから友達って言われるとちょっと分かんないや。そういう巫女さんはもの凄くいそうだね?」

「まぁね。これでもこの町の巫女をやっていますから老若男女顔を知っている人は多いよー」

「まさに町のアイドルだね」

「お、いいね。将来はアイドルになろうかな巫女アイドルの巫女さんってね」

「それは有りなのか?」

「芸人になっている人もいるし、もーまんたいもーまんたい! でも、そっかー。じゃあこうやって一緒に出かけるのは私が初めてなんだ」

「……そうだな」

 

そういえばと巫女さんに言われて初めて気がついたが俺は友達とどこか遊びにいったという記憶が無かった。単に誘われる事が無かったというのもあるが、家にいるのが好きだった。なにせ彼女が傍にいたのだから、きっと俺はそれだけで充分だったんだ。

 

「そっかー」

 

彼女の声には何故か喜色が感じられた。

 

「――そういえばさ。君って誰か好きな人とかいる?」

「はい?」

 

しばらくゴミ拾いに集中していて無言が続いていると、巫女さんが唐突に聞いてきた。俺は不意打ちを食らったような反応をしてしまい。トングで挟んでいたゴミを地面に落としてしまう。

 

「と、突然どうしたの?」

「んー? 特に理由はないよ。思春期特有の恋バナだよ恋バナ。それでいるの?」

「いるよ」

 

――自分で驚くほど即答した。

 

「いるよ。いるんだ。初恋で片思いだけど、とっても好きな人が」

 

誰にも言っていない恋心を、どうしてか巫女さんだけには伝えた。なぜだか言わないと行けないと思ったんだ。

 

「――うん。応援するよ。友達として、だからファイトだよ!」

 

巫女さんはほんの少しだけ見たことない顔をして、俺は元気付けられた。

好きな相手は誰かと、聞かれ無かったことに気付いたのはずっと後の事だった。

「ゴミ拾い、やろうか」

「ああ」

「好きな人。今の君の姿をみたら格好良いって言ってくれるかもよ」

「そういうの言うタイプじゃないんだけど……でも、すごいって言ってくれたよ」

「おや、これはノロケられたかなー?」

「そ、そんなつもりはなかったよ!?」

 

――神様お願いします。俺はこの世界を綺麗にします。目に見えるゴミを全部拾います。

 

だから彼女の体も綺麗にしてください。

 

世界中を綺麗にします。

 

だから彼女を綺麗にしてください。

 

お願いします。

 

 

この世界には奇跡が舞い降りることもある、夢が現実になることもある。

 

しかし奇跡は想定していなかった結果であり、夢は偶発的な合致でしかなく。

 

祈りや願いの数、徳の積み重ねに意味は無いものだ。

でなければ、今までやってきた事は全て無駄だと、ただの残されたはずの時間を無駄に浪費しただけだと、全てが絶望によって吸われて無になる。

 

枯れ果てて落ちている枯れ葉のようになった俺を救ったのも、また恋であった

 

 

 

 

冬が終わり、春が来た。

 

 

 

 

 

――彼女が死にました

 

 

 

突然の出来事というわけではありませんでした。

 

学校へ行って、彼女の元へ行って、描いた絵を見せて貰うのを始まりにして時間一杯まで一緒に居る。俺にとってはそんな生活が当たり前となりかけていたのですが、彼女は日を絶つごとに目に見えて悪化していきました。

 

緩やかに夢から覚めていくような。そんな奇妙な感覚をいつまでも覚えています。

 

そして春が来る前に、彼女の両親から連絡がありました。その声は嗚咽まじりで話を聞く前にすべてを理解しました。

 

ベッドに横たわり顔を白い布で隠した彼女を一生忘れることはないでしょう。

 

ずっと泣いていた彼女の母親が俺の手を強く握りしめました。

 

ありがとうと、あなたが居てくれたらこそ娘はずっと笑っていられたのだと感謝されました。

 

まるで全てが終わったかのように感謝されました。そこで俺はようやく彼女の死を理解しました。

 

俺はいつもの椅子に座り、もう笑うことのない彼女を見つめます。

 

 

――これは少しだけ前の話。呼吸器や点滴の針、それ以外にも名前が分からない機械が取り付けられた彼女との、最後の会話。

 

――きてくれたんだ

「無理して声出さなくていい」

ううん――君と話したいの

「……そっか」

ごめんね――絵描いていなくて

「いやいいよ。正直さ、会うための言い訳っだったていうか……俺はお前と話せたらなんでもいいって思ってたから……」

――知ってた

「……」

――私も――理由にしてた。君と会うために――だからずっと描けてたんだ

 

彼女の本心を聞くのは初めてのことだったが、昔から知っていたような気がした。

 

――きっと――私に病気がなかったら――画家になるなんて言わなかった――

「……ああ」

 

彼女には絵しかなかった。なまじ才能があっただけに絵に執着するしかなかった。彼女に取って絵は都合の良い希望であり、生きるための願望であり、縋るための道具だった。画家という夢も、それしか見つけられなかったからだ。

 

――ねぇ

「なんだ?」

――私のスケッチブック――貰ってくれる?

「……………………」

 

俺は答えに悩んだ。今までで一番、そしてこれからの人生の中で一番に悩んだ。

 

時計の針が1周するぐらい悩み、俺は覚悟を決めて彼女の望みを答えることにする。

 

「一生大事にする」

ほんと? 嬉しい

「ああ、約束だ……」

うん約束

 

ピクリとも動かない彼女の小指に小指を重ねて、指切りげんまんを謳う。

 

――本当にいらなくなったら捨てて良いからね

「なにか言ったか?」

小さな呟きに聞こえないふりをする。

なにか言ったように聞こえたが気のせいだったらしく、なんでもないと彼女は笑った。

 

まるで今にも消え入りそうな笑みだったけど、それは間違いなく俺が好きだった彼女の笑顔だった。

 

それから、なにも話すことなく、日が沈むギリギリの帰る前。俺は告白する。

 

「――俺は、たくさん行きたい所があった」

そっか――私も――もういいかな――ああでも

「でも?」

「――ゴミ拾い。行きたかったかも」

 

彼女は最後に人工呼吸を取っていつものように笑った。

 

 

病院から帰ってきた自室にて、俺は受け取ってから見ていなかったスケッチブックを開いた。

 

ゆっくりと思い出を振り返りながら頁を開いていく、そして数日前に見た最後の絵に辿り着く。この後彼女は絵を描けなくなるほど容態が悪化する。

 

スケッチブックが彼女の生きた証そのもので、そして終わった事の証明である事の気持ち悪さを払拭するように、俺は無心で白い頁を捲り続ける。

 

余白の頁は少なく、あっという間に最後の頁を開く。

 

「……え?」

 

――今になって理由を聞くことは出来ないが、彼女は同じ絵を描こうとはしなかった。

 

だけど、最後の頁には同じものが書かれてあった、震える手で無理して書いたであろう、線は歪で塗りもない。それでも特徴はしっかりと捉えていた。

 

最後の頁には俺の似顔絵が絵が描かれており、その隅に小さくひとこと。

 

 

ごめんね

 

 

その言葉に込められた真意を俺は二度と知ることが出来ない。だけど、これだけは分かった。

 

――俺の初恋は失われて、もうどこにも無いのだと。

 

涙が溢れて止まらず。俺は自室の中で一人涙を流し続けた。

 

 

――君がいない冬が終わり、これから君がいない春が来る。これから先の事なんてちっとも分からないけども。まずはゴミ拾いをしよう。そして旅に出よう。色んな経験をしよう。

 

少なくとも、この冬に失われた恋が見つかるまでは。

 

 






活動報告にプロットを記載することに関して、少しトラブルが発生しましたので、後日記載したいとおもいます。

簡易的にここにて、企画を立ち上げてくれた「するめさん」および、プロットの制作者様である「学さん(まなぶおじさん)」に多大な感謝を送りたいと思います。

https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=246704&uid=109810

活動報告にプロットを投稿いたしました。よろしくお願いします。


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