『高慢』の魔女   作:めーりん

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ちょっとした攻防

ゾクリと、怖気が背筋に走る。世界が一瞬暗闇に満ちる。

その感覚を感じ取ったのは、レムとクルシュ。得体の知れない違和感と危機感。これは命の危機である――そう理性が警鐘を鳴らすのに、体が動かない。

男が、一歩踏み込む。脱力しきってきた腕が、下から上へと無造作に振られ、頬を撫でるような微風が巻き起こる。

 

直後、男の手が通りすぎた空間――世界が、地面が大気が時間が、全てが裂けた。

 

大地が割れる。空が甲鳴く。音が木霊する。そしてそれは瞬きの間に深々と頭を下げたままだった少女に迫り、その体を裂く幻想が写る――いや、あれがただの少女であるならそれは現実の物となるだろう。

 

そしてそれを確認する間もなく。

 

爆音と、そして撒き散らされたのは鮮血。何か堅いもの同士がぶつかり合う音が鳴り、同時。世界が嘆きをあげるように爆風が巻き起こる。

 

「――ッ!」

 

「クルシュ、様――」

 

立ち上がる土煙に、異次元の現象。目の前の男と少女の間に異様な何かが起こったのは確かな事で、だが、レムはクルシュに意識を向けざるを得なかった。

 

ポタポタと垂れる鮮血が、クルシュの傷付いた体が更に痛め付けられた事を示していた。肩から背中まで抜けた斬撃の跡の様な傷痕が酷く痛々しい。

咄嗟に駆け寄るが、クルシュはそれを片手で制止し、

 

「大丈夫だ、レム……痛むが、今はそれどころではないだろう」

 

「……――はい」

 

今は、目の前の事象に向き合うのが先だ。クルシュが浅い傷の部分から包帯を引きちぎり、新たな傷口を固く縛るのを一瞥。軽い安堵の吐息をもらす。そして慌てて鉄球を握り締め、前方を注視。そして土煙が晴れたそこに、

 

「申し訳ありません、どうやら私のせいでお二方を危険に巻き込んでしてしまったみたいで……この償いはいつか必ず」

 

無傷の少女が立っていた。背筋を伸ばし、その髪をゆらゆらと揺らす。クルシュが思わず息を飲む。

それは地面についた傷痕からして、恐らく少女は男の攻撃範囲にいたことは分かったから。そして、彼女がいなければ恐らく己が軽い裂傷ですまなかったことも。

だが、それに反して彼女は全くの無傷。あまりの異様な現象の連発に、クルシュは思わず目頭を押さえたくなった。

 

「一つ聞きたい、貴様――貴殿は一体何をしにここに……」

 

だがその問いが形をなすことはなかった。瞬きの間に引き起こされたのは先程と同じ現象。

男が眉を潜め、掲げた右腕を再度振り下ろすのと、少女がクルシュの前に立つのは同時だった。

 

引き裂かれる様な風の音が鳴り響き、草木が根こそぎ吹き飛ばされる。少女の体を包み込むようにその暴威は世界を襲うが、暴風を全て少女が真っ正面から受け止めているため、クルシュたちに被害は無い。しかし正直、クルシュには何故そうするのかが疑問だった。

 

「お二方、無事ですか」

 

「……ああ、だが」

 

チラリと警戒を崩さないレムを後ろに、クルシュは剣を固く握る。

――何が起こっているのか分からない。男が『何か』をして、それを少女が『何か』で受け止めている。理解出来るのはその程度。レムが恐ろしい顔立ちを崩さないのも、クルシュが剣を握るのも全てが得も言われぬ『異常』ゆえ。

 

そして、再度問いを投げ掛けようとし、

 

「……あのさぁ」

 

「はい、何でしょう?」

 

男は少女の言葉にピクリと眉を震わせる。そして、深く息を吸うと――堰の切れた濁流のように言葉を吐き出し始めた。

 

「――あのさぁ!なんなのかなぁ君は!僕は君に攻撃しただろ?!おとなしく受けなよ!!君の犯した罪をそれだけで許してあげようって僕は言ってるんだ!人の尊厳も無く逃げ惑って、恥ずかしくないのかなぁ?!」

 

「……いえ、私は別に避けても逃げてもいませんが」

 

「そう言う冗談はいいからさぁ!さっさと黙って突っ立っててくれよ!それにさっきから僕を無視して後ろの二人とばかり話してさぁ!さっき言ったはずだよね、人の話を聞きましょうってさぁ!それとも君は人を無視して、貶めることしか習って来なかったのかい?!それならしょうがない?!そんわけないだろう?!もっと他人を思いやれ!他人の立場に立てよ!そんなんだからこの現状に満足して、満ちている僕に対してそんな態度をとれるんだよ!」

 

「……」

 

「今度はだんまりかい?!会話すらしたくないって?!なんだよ君は!」

 

支離滅裂な男の発言に目眩がしてきた少女は、己を落ち着かせようと一瞬力を抜き(・・・・)――次の瞬間、

 

「――っ」

 

巻き起こったそれは先ほどと全く同じ現象。だが、違うことがあった。

 

一つ。少女が知らず知らずの内に油断(・・)していたこと。

 

二つ。男の能力をほとんど知らないにも関わらず、それを追及しなかったこと。

 

そして、それらを包括的に含んだ要因の結果――少女が吹き飛ぶ(・・・・・・・)。目を見開き踏ん張ろうとするが、四の五の言う間もなく、男から放たれた『何か』にその肉体は過剰な力を受け、遥か彼方へ吹き飛んだ。

 

轟音と爆風が吹き荒れ、少女がいた地点を蹂躙する。

そして一拍おいて、男はゆっくりと口を開いた。

 

「……は、はは――そうだ!そうだよ!僕の力に勝てる奴なんかいるわけないって分かってたさ!ははは――あぁ、どうせアイツに元々勝ち目なんて無かったんだ。さっさとおとなしく降参してたら良かったのにねぇ。全く、理解しがたいよ……いや、僕みたいな真っ当な人間を貶める異常者には分かる筈もないのかな」

 

そして一頻り笑うと、男が踏み込みながら正面を向く。

 

「――それで、都合の良い盾の無くなった君達はどうするのかなぁ」

 

「……何が――いや、レム」

 

「はい、クルシュ様」

 

鉄球を握り、目の前を向く。クルシュの構えを見て、その考えを読み取ったレムは余計なことはしないとばかりに一歩引いた。

男はそれを見、肩を竦め、

 

「はぁ……これだからすぐに暴力に訴えようとする異常者は困るんだ。対話って言う選択を取ろうとは欠片も思わないのかなぁ。おまけに、こう言う輩に限って自分の力に変な自信を持ってるから手の出しようがない」

 

「戯れ言を……これまでの貴様の暴挙を見て、私がそのような選択が取るとでも思っているのか」

 

「ほら。他人の話を聞かない、自分が正しいと思い込んで容易くそれを他の人間にぶつける。誰がどう思おうかなんて知ったこっちゃない。典型的な自分の力に絶対の自信を持ってる異常者だ。そんなんだから、謙虚で満たされる事を知っていて、そして誰よりも平凡に生きている僕に負けるんだよ」

 

そして、クルシュは軽く息を吸い、

 

「――貴様に言われる筋合いはない」

 

かの『白鯨』。その強靭な皮膚を切り裂き、膨大な質量の塊たるそれを討伐するのに貢献したその一太刀が放たれた。




少し改変しているところがあるかもしれません。

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