『高慢』の魔女   作:めーりん

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三人

「ああ困ったね。困ったな、困ったよ」

 

彼女は首を傾げていた。ぼんやりとではなく、ハッキリと。有耶無耶ではなく、理路整然と。

 

「君は《強欲》。僕の下。僕の為。僕の物――ああ、《暴食》も。《嫉妬》も《怠惰》も《色欲》も。《憤怒》も《傲慢》も全てが全て……下であるべき。あるべきだ、あるべきなんだよ」

 

言葉が響く。

 

「不思議だね、不思議だよ。不思議で不可思議曖昧な。無知蒙昧で朦朧な。……ああ、恨めしい。恨めしいな、恨めしいよ」

 

そして彼女は微笑んだ。

 

「――まあいいか。いいよ、いいね。僕は《高慢》。上で下で僕が頂点。一切合切僕が上。倣う全ては僕の下――ああ、滑稽だ。滑稽だね、滑稽だよ」

 

そして彼女は――戻った(・・・)

 

 

 

◆◇

 

 

「――ぐっ!」

 

「あぁ、申し訳ない。淑女を苦しませるつもりはないんだ。本来なら僕だって暴力は好まない。ほら、『闘争心』って言うのかな。そう言う、暴力的で排他的で無意味な物を僕は生憎持っていないんだ。だからさぁ、君たちが僕の権利を侵害して弄ばなければ僕だってこんなことせずにすんだんだよ。そう考えるとこれって自業自得って言えるんじゃないかなぁ」

 

直撃ではなくとも、足場である地面を削られたクルシュは崩れ落ちる。後ろに控えるレムは丁寧に攻撃を避けながらこちらを観察しているが、好都合なことに男はそちらへ積極的に攻撃を仕掛けない。

 

立ち上がりながら考える。

 

三振り。それがクルシュが避けることの出来た攻撃の全てだった。

既に吹き荒れる暴風は男に当たっている。だが、それら全てがまるで意味を成さない。それこそ、そう。そよ風に当たっているかのように――いやそれ以下とすら。

 

突然現れた少女がいたからこそ、『避ける』と言う選択が出来た。男が手を振るった範囲が致死の領域だと理解できた。

 

しかし、そうすると疑問が残る。

 

「――何故、貴様の攻撃をあの少女は受けることが出来たのか」

 

ピクリと、男の眉が震える。ゆっくりと息を吐くと、男はやれやれと言うように肩をすくませた。

 

「そう言う挑発は聞き飽きてるんだ。ほら、何て言うのかなぁ。普通に生きていると、むしろこう言う僕みたいな上流でも下流でもない存在を貶める事が好きな人間が不思議と多くいることを」

 

「何か、理由があるはずだ。貴様もそうは思わないか?」

 

鮮血が肩から滲み出る。既に傷は抑えきれない領域まで達していた。

だが、それを獰猛な笑み一つで踏み越えると、クルシュは爛々と煌めく瞳で男を見据える。

 

「――そして、私達は既にそれへの答えへのヒントを得ている」

 

「……おもしろい事を言うなぁ。心の底からそんな風に思えているなら驚きだ。自分の力に過剰な信頼を抱いている君達だからこそ出てくる言葉だよ。ああ、君達が勝手にそう考えるのを咎めてる訳じゃないさ。当たり前に出来る権利で、自由だ。そこは否定しない。寧ろそんな君達を両手を挙げて称賛して、認めようじゃぁないか」

 

そして、よく回る舌を男が収めたタイミングで。クルシュは、叫ぶ。

 

「レム!!」

 

「はい、クルシュ様!!」

 

 白い角が額から突き出し、大気に満ちるマナをかき集めてレムに活力を与える。

 全身に力がみなぎり、鉄球を握る腕が蠕動し、氷柱が今か今かと呼び声を待つ。

 

「――ふっ」

 

そして、同時にクルシュが放った一撃は、その並々ならぬ威力を十全に発揮し、紛うことなく棒立ちの男の――足元を射抜いた。

 

「――っ!」

 

そして驚愕に目を見開く男を背にレムはそちらへ鉄球を投げ捨てながら、駆け寄ってきたクルシュを抱える。

 

「大丈夫ですか、クルシュ様!」

 

「ああ、問題ない――ッ?!」

 

「――痛むと思いますが、申し訳ありません」

 

予期せぬ痛みが走ったのか、目の前を見詰めながら目を見開くクルシュを見なかったことに。早口でクルシュを抱え終えると、男を背に駆け出そうと――

 

 

「――あァ、まったく……いっくら食べても喰い足りないッ! これだから俺たちは生きることをやめられないんだ。食って、食んで、噛んで、齧って、喰らって、喰らいついて、噛み千切って、噛み砕いて、舐めて、啜って、吸って、舐め尽くして、しゃぶり尽くして、暴飲! 暴食! あァ――ゴチソウサマでしたッ!」

 

 

 突然、目の前から届いたのは甲高い成長期の男性の声。咄嗟に顔をあげる。

 

そして眼前、停車した竜車の群れの中心で、背をそらして哄笑する血塗れの人物の存在を捉えた。

 

 濃い茶色の髪を膝下まで伸ばした、背丈の低い少年だ。身長はレムと同じか低いぐらいで、年齢も二つか三つ下――屋敷の近くの村の子どもたちより、ほんの少しだけ年上なぐらいに思える。

 

 その長い髪の下、細い体をボロキレのような薄汚れた布でくるんだだけの服装をしており、かすかに覗く肌色は至るところが血で赤く染まっている。

 

 もちろん彼自身の血ではなく、その足下に倒れる騎士たちのものに相違ない。

 

 前方の敵と相対するクルシュとレムとはまた別に、騎士たちも後方に出現した敵と対峙していたのだ。そしてその結果は、クルシュとレムにその戦闘の気配を悟らせることすらできずに敗れ去るというものだった。

 

そこで、唐突に乾いた音が鳴る。後ろで、男が欠片も汚れてもいない服を叩いていた。その顔は酷く剣呑な物。

 

「貴様らは……」

 

 腕の中のクルシュが声を震わせ、レムは前と後ろ――それぞれの相手を視界に入れられる位置にまで後ずさる。クルシュから滴る血が街道に僅かに朱を刻み、恐怖に追い詰められる彼女を嘲笑うように空気が真っ白に冷え込んでいく。

 

 その質問を投げかけられて、男と少年は互いに顔を見合わせた。

 

 それから示し合わせたように頷き合うと、男はどこまでもこちらを見下すような笑みを、少年はひどく親しげで暴力的で悪魔のような笑みを作り、名乗った。

 

「魔女教大罪司教『強欲』担当、レグルス・コルニアス」

 

 

「魔女教大罪司教『暴食』担当、ライ・バテンカイトス」

 

 

 

 

 

「――大罪統括『高慢』担当、セット・グラース」

 

 

 

 

そして、異物が入り込んだ。





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