ダンジョンで縁を結ぶのは間違っているだろうか 作:事故ナギ
君は今までにイゴった回数を覚えているか?
「んん……」
与えられた
ベッドで眠るベルと彼を抱き枕にするヘスティアに鬱憤が溜まっているわけでもない。
一歩間違えば何もかも失っていた身だ。
選り好みしていい身の上ではないだろう。
「寝れないな」
ソファからおもむろに身を起こす。
ベッドではベルがヘスティアにそのたわわな胸を押し付けられ苦しげな顔をしている。
そんな微笑ましい光景に笑みを零しつつネムレスは静かにドアを開け外へ出た。
地下への扉が隠された廃教会。
天井がごっそり抜けたことで屋根にできた大穴からは夜の頂点に登った月が柔らかな光を古びた祭壇へと捧げている。
ネムレスはホコリ被った長椅子に腰掛け、どこか気だるげに空を仰いだ。
あまり自分がいたところでは見上げた空に星々が瞬いていることは少なかったような気がした。
超自然的存在である神は近くにいるが、こうも雄大な星空を、まるで映画のセットのような場所で眺めるのはどこか不思議なパワーを貰えるような……。
「ん?」
星を眺める視界の端に何かが映った。
教会の隅っこに置いてあるにはいささか不釣り合いに見える。
腰を上げて近くまで歩きそれを手に取ってみる。
華美な装飾で飾り立てられていない、青白い色をしたシンプルな
教会の中に放置されていたと思われる割には経年劣化した様子もなく、埃一つ被っていない。まるで新品だ。
「見覚えがあるような気がする、けど」
その記憶は果たして本当に自分のものなのかは疑われた。
そもこの世界が本当に自分のいた世界かも、少しだけ疑わしい。
ネムレスは再び椅子に腰掛け、ハープをそれらしく構えてみる。
>弾けそうな気がする……
頭では分からない、けど身体が覚えている。
ネムレスは指の赴くままにハープを弾き始めた。
月明かりのなかで廃教会にてハープを弾くミステリアスな男。
どこか、絵になりそうな風景だった。
教会に旋律が響く。
それは決して、決してがなり立てるようなものでなく、安眠を妨げるようなものでもない。
人を揺蕩う心の海へと誘うような柔らかな音色。
観客は未だ、地下で熟睡する二名のみ。
それでもいい。
これは誰に聴かせるものでもなく、自分の在り方を描くようなものだから。
「────♪」
ほんの一さじだけ調子に乗ってコーラスなんかを入れてみる。
もう少しだけキーが高いような、高くないような。
もしかしたら男性が唄うパートではないのかも。
ノスタルジックな気分だ。
でも、構わず続けた。
身に覚えもない、不思議な曲をゆっくりと奏で続ける。
だけど、確かに胸の奥で、こんな曲をずっとずっと聴いていたような。
一人ぼっちの演奏会。
だけど決して、『独りきり』ではなかった。
一緒に弾いてくれたような、歌ってくれたような誰かがいた気がした。
「ふう……」
5分少しほどの短い時間だったが、その時間以上に充実した時を過ごせた。
……一向に眠気が襲ってくる様子はないが。
仕方ないなと諦め、僕はハープを
「!?」
今は必要ないと思った瞬間、ハープは自分の手の中に吸い込まれるようして消えてしまった。
ヘスティアに自分のスキルや魔法を見せてもらってはいたが、あのスキルの効力の中にハープを出し入れするなんて芸当があるとは思えない。
それじゃあ別の力なのか?と首を捻るがそんなものに心当たりはない。
記憶喪失であることと、何か関係があるのかもしれないが……。
>ダメだ、モヤがかかったように思い出せない。
今回は潔く諦めることにした。
またいつか己を見つめ直すような機会が来た時にもう一度考えるとしよう。
自分はまた眠れない夜を
推奨BGM︰全ての人の魂の詩
今回キタロー(擬)が手にした竪琴は多分皆様も見覚えがあるはずのものだと思います。