『悪魔』。
道理の反論者、難題の実行者。
我々人類よりもずっと強力であるとされる、上位存在の内の一つ。
ふらりと気紛れに世界に現れ、また気紛れに人と契約を交わし、人には到底御し切れない傍迷惑な報酬を残して去っていく。
悪魔とは種族の名前ではなく、これを行える存在全般を一纏めに指す呼称だ。
そもそも呼ぼうと思って呼べる様な存在ではなく、召喚魔術の対象範囲には本来含まれない。御伽噺の様な存在であり、話に含めるのが馬鹿馬鹿しいとさえ言わしめる例外中の例外である。
それなのに。
「さて、此方は自己紹介を行ったぞ。お前の名は何と言う?」
「……ティール・リクウィラ。どうも宜しく」
なんでこんな所に悪魔が居るんだ! マジでありえねえ!
そういう出鱈目みたいな存在の対処はもっと上の階位の奴の仕事だろ常識的に考えて、なんで俺にこれ回したんだもしかしなくてもアリアスあいつわざと嵌めやがったな! 面白いってそういう事かよ!
「そこまで警戒しなくてもいいだろう。私にお前達を傷付ける意図は無い」
「意図が無くても人間殺しそうな奴がなんか言ってやがりますね……」
「契約者よ、その様な不作法な悪魔と一緒にしないでくれたまえ。私は自身を極めて良識的な悪魔であると自負している。過剰に力を放出する様な事はしないとも」
パウラと軽快に会話のキャッチボールを行う悪魔。
頭が痛いが、ここまで来てしまった以上もうどうしようもない。
腹を括ろう。後で胃薬を飲んでおこう。
「それで?俺に解る様に経緯を説明してくれると嬉しいんだが?」
「突然開き直りやがりましたね……」
「そうだな。どこから話すべきか──」
世界の裏側には、非物質的な位相である『幻想の層』と呼ばれる領域が存在する。一定の条件下でこの領域上に特定の式を組み立て、そこに魔力を流し込む事によって魔術は成立する。
幻想の層の全容は未だに解明されていないが、一定の条件を満たすと物質的な世界に干渉する力を得る事、妖精が通り道として使用していること、一部の幻想存在が棲んでいるらしいこと等、色々と判明している事はある。
召喚魔術とは、この幻想の層からものを引き出す魔術である。
「だが俺の知る限り、悪魔ってのは
「その通り、私たちの様なものは魂の世界に於いて他のものたちから排斥され、接点を持てない。出来なくは無いが、それは酷く
「“しかし楔さえあれば、その手間は大幅に削減される”……でしたっけ」
「その通りだ、契約者。お前達の小手先の技術によって生み出された路を通るのは、私が独力で位相を跨ぐよりずっと簡単だ。後は契約さえ結んでしまえば、長期間の顕現も容易く行える」
「つまり都合が良かったから召喚されただけって事か?」
「そうなるな」
「迷惑すぎる……」
ティールは頭を抱えた。
要はただ巡り合わせが良かったから来ただけ。その気紛れで振り回される事になる側としては堪ったものではない。
それともう一つ、確認しなければならないことがある。
「契約の内容は? 他言禁止とかじゃなければ教えてくれると有難いんだが」
「見た方が理解もし易いだろう。少しばかり見せてやろう」
途端に、白い壁が消失した。
地平線まで拡がる白い床。
そこに、様々な物が一定間隔で整然と並べられている。
見える範囲だけで、剣、杖、多分乗り物、道具や家具等。法則性は見受けられない。
「私は人間の文明が好きだ。特に技術。これを私は高く評価している」
悪魔の姿は見えないが、何処からともなく声が響く。
床の材質は同じだが、先程までの部屋では無い。
恐らく此処は悪魔の
「技術というものはいいものだ。文明の上で継承され研ぎ澄まされる芸術品だ。私のように個で世界を構築し、研磨を必要としない存在では決して生み出すことが出来ない」
「故に、私は種類を問わず
壁に視界が塞がれる。元の場所だ。
視線を戻せば、悪魔はパウラとチェスを嗜んでいた。
悪魔はチェスも強い様で、パウラが顔を顰めてうんうん唸っている。この状況で遊べるの結構図太いな。流石魔術師というかなんというか。
「ということで、私が求めるのは『この辺りで最先端の技術を用いた人間の制作した傑作を三つ』だ。これは正当な方法で所有権を契約者に移譲されたものでなければならないが、それさえ守れば集め方は問わない。報酬は契約者の才能の拡張となっている」
「正当なってなんだ?奪い取るのは禁止とかそういう事か?」
「所有権が正確に移譲されていないものを私が持ち帰ると、それは私の世界に異物として看做され排斥されてしまう。それを防ぐためだ」
「ふーん……」
成程、だいたい話の流れが読めてきた。
パウラが契約を結んだ後、恐らく最初に協力を求めたのはアリアスなのだろう。
そこから学園側に話が伝わり、学園そのものに“在校生が悪魔を召喚して契約を成立させた”という箔を付ける為に支援が行われている、といった具合だろうか。
そして面白がったアリアスが問題解決を俺に振ってきた、と。勘弁してほしい。
まあ悪魔と正面切って戦えとかそういう話でないのなら、いくらでもやり様はある。
「という訳で作戦会議をしよう」
「はあ……」
フォウルラワール魔術学園、高等部の予備研究室にて、ティールはパウラと机を囲んでいた。
最初はパウラの研究室で作戦会議を行う予定だった。
しかし本来先程の場所に存在したらしい研究室は、悪魔の顕現で物理的に消失したとのこと。この予備研究室が現在のパウラの拠点である。
「取り敢えず、必要なのは技術的に最先端の品だ。お前からはなんかあるか?」
「そーですね……卒業生の
「結構古いのもあるし、あと所有権の持ち主が卒業生なのか学園なのかが曖昧だから微妙だと思う。半端に権利が分配されてる場合、双方に確認を取らないとならない。あと卒業生と連絡を取るのが難易度高い」
優秀な魔術師であればあるほど、何故か奇人変人率も高い。
そういう奴は大体居る場所が解らないのだ。探しても簡単に見つからないだろう。
「店売りの商品とかも駄目でしょーね」
「そりゃあそうだろ。店売りって時点である程度安定して技術が確立されてるって事だからな。最先端ではないだろうよ」
「そーですよね。研究所とかに乗り込むわけにもいかねーですし」
「俺的には一つ案があるけど」
「なんです」
この辺りで最先端の技術を使った作品となると、これが一番確実だろう。
「今の在校生の制作物を譲って貰おう。研究成果として発表する為に色々作ってるだろうし、そういうのは大体研究段階の新技術使ってるだろ」
「どうやって譲って貰うつもりです? そういう人達は大体頑固な奴ばっかですよ」
「それは今から考える」