A colorful adamant   作:海のあざらし

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間田敏和 『サーフィス』 その③

 露店風に展開する店の従業員に、こんな顔の女が通らなかったか尋ねる。しかし通算4度目の空振りに、仗助ががっくりと肩を落とす。こんな目立つ少女が立て続けに見落とされるはずもないだけに、尚更。

 

「駄目だな……今んとこ誰も見てねーとはなぁ」

「逆側を行ったのかも。一先ずきりの良いところまで行きましょうか」

「ならもう少し先だな」

 

 進んでいけば、道が1つに合流している。ぶどうヶ丘総合病院までは、その合流地点から歩いて約10分弱。そこからは道路が一直線になっているから、走り去る男子生徒と偽アリスが余程遠くに離れていない限りは、後ろ姿を見つけられるだろう。

 

「この後はどうする。逆の道を戻るか、このまま進むか」

「おれは進んだ方が良いと思うぜ。単純なハナシ、そっちに走ってったわけだしよ」

 

 億泰はそのまま進むのに1票を入れた。ある程度追ってみるのは、仗助も賛成だ。逆側は舗装があまり丁寧でないから、駆け足で逃げるとなると足を取られやすい。少しでも頭が回るなら、そんなリスキーな場所にのこのこと潜んでいるとは考え難い。

 

「アリスはどうだ?」

「そうね。()()()()()()()()()()()

「……んん?」

 

 戻るか進むか、どちらかを決めようとしていたのに、アリスの提案は『寄り道』だった。よく分からないと言いたげに、男2人が揃って首を傾げる。

 2人から見て、彼女はえらく堂々としていた。勘や当てずっぽうで道を選んでいるようでもない。取り敢えずは着いていってみることにした。

 

「おい、何で脇に逸れるんだよ。そりゃ潜むのに良いっちゃ良いけどよ、まずは大きい道から探して潰してってした方が」

「手がかりがなければ、私もそうしたでしょうね」

 

 億泰の疑問に答えるように、路地の奥を指さした。ここをずっと進んでいっても、程なく行き止まりに突き当たる。一応は昔動いていた廃工場に繋がるけれど、あそこの出入口は有刺鉄線で厳重に封鎖されているから入れないのだ。

 

「いるのよ。彼、ここに」

「何だ、後ろ姿でも見えたのか?」

「えぇ。()()()わ」

 

 図らずも袋小路に追い詰めた。もしかしたら、地理感のない奴なのかも知れない。煉瓦造りの建物が並ぶ殺風景な路地を歩くと、袋の鼠はあっさり見つかった。

 

「ご機嫌よう」

「……ッ!?」

 

 彼自身、悪手を打った自覚はありそうだ。何とかして有刺鉄線を切ろうとしたのが見える。転がっていた大きめの煉瓦の破片を使ったようだが、錆び付いているならともかく、普通の鉄線を切断するには力不足だろう。

 スタンドの手も破損していた。素手も試したのか、指や掌に大小様々の裂傷が走っている。感覚が飛んでくるとかはないけれど、人の体を真似しておいて粗雑な扱いをしないでもらいたい。

 

「勘違いされていたら手間が増えるし、先に言っておくわね。別に貴方を取り囲んで危害を加えるつもりはないわ」

「それもおまえの態度次第だけどな!」

「怖がらせるようなこと言わないでよ」

 

 仗助達がアリスの左右に並ぶ。完全に退路を塞がれた少年は、不味いとばかりに1歩後退った。

 アリスとしては、穏便に事を進めたかった。姿を写されはしたが、もしまだ何らかの悪事が未遂なら、別に見逃しても良い。何処ぞの血の気が多い跳ね返り娘とは違って、買えそうな喧嘩を片っ端から買っていく趣味はない。

 だから、まずは害を為さないと述べた。横から入る茶々は、肩を叩いて窘める。端から喧嘩腰だと、纏まる話も纏まらなくなるだろうに。

 

「良いのか? おれのスタンド『サーフィス』はコピーした相手には無敵だぜ」

「本当にそうかしら。だとすればさっき、貴方は私を完璧に制御できていたはず」

 

 極論だが、ここで仗助がスタンド……確か『クレイジー(はちゃめちゃ)・ダイヤモンド』だったか、あれを使って殴り込んだら、多分一瞬で片が付く。あの『サーフィス』とやらはコピーした相手を操ることのできるスタンドだろう。つまり、写し取られていない仗助や億泰は、彼の能力の影響を受けない。

 それでも2人をけしかけず、彼女自ら前面に立つのは、誠実さの現れでもあった。仗助達に任せたら、きっとこの少年は手酷いダメージを貰う羽目になる。この前は仕方なかったとして、あまり悪意のなさそうな一学生を同じ目に遭わせるのも気が引けた。

 

 仗助や億泰としても、彼から情報を得たいのは同じだ。それに、まだ『スタンドで殴って懲らしめる』段階まで嫌悪(ヘイト)は溜まっていない。故に1歩引いて、アリスが喋るのに任せている。

 

「どうして『支配』が途切れたか、疑問に思っているでしょう。教えてあげても良いのだけど、その前にこちらから幾つか質問があるわ」

「……クソッ!」

 

 『サーフィス』の目に怪しい光が宿る。アリスの体が凍りついたように固まるが、すぐに溶かされる。まるで震動を凍らせたかの如く、内側から更に強いエネルギーで振りほどかれた。

 『サーフィス』はコピーした相手と数m以内の距離で向き合ったとき、相手に自らと同じ動きを強制させる。例えそいつがスタンドを持っていたって、腕力で抵抗できるものではない。

 しかし現実に、アリスは呪縛を2度も逃れている。理屈は分からない。間田の頬を、嫌な汗が伝う。

 

「無駄よ」

「……、……」

 

 ふと、彼女の目以外に目が移った。仗助が口を挟んでくるまで、半ば無意識にそこを数秒間凝視した。

 

「おいアリス、まどろっこしーことしてないで一発入れてやれば良いんじゃねーの? どの道おめーの姿使って何か企んでたのは確実だしよォ」

「口の悪い1年だぜ……東方 仗助」

「あん?」

 

 間田の敵意は、仗助に移った。最も警戒すべき相手が彼女だと理解しているだろうに、その応戦は唐突だった。

 

「おれはてめーみたいなやつが大嫌いでな。少しばかり女に惚れられてっからといって、調子に乗って肩で風切るやつがよ」

「上級生が僻んでんじゃねーッスよ。そりゃあんたみてーなネクラ捕まえる女子の方が珍しいだろ」

「そういうところだぜ」

 

 下校の度に、仗助が学年問わず女子から挨拶の雨を降らされているのを、1人で帰宅しつつ横目に収めてきた。別に女にちやほやされたいわけではない──間田はそう自認している──が、どうにも見ていて苛立ちを抑えられない。

 

 自分と仗助と、一体何が違うというのか。顔に大差はない──間田はそう自認している──、性格だってあんな粗暴でなく冷静沈着──間田はそう自認している──。高校に入ってから、いや小学校の頃から併せて考えても、登下校の際に女子から挨拶されたのは果たして何回だ。もしこの場で5本の指全てを失ったって、よもや数えられるのではないか。

 考え出したら止まらない。ふつふつ、と心の炎が燃え上がる。薪は目の前で腹立たしい面を引っ提げている。彼に言わせれば、我慢の限界であった。

 

 再度『サーフィス』に指示を送る。当然、アリスの身体的自由を奪うのが目的だ。先の2度、スタンド能力が無意味に帰されたことが脳裏を過ぎる。

 

「また操ったのか。アリスに何回やっても無駄だってのは分かるだろ」

「果たしてそうか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()。一見歯が立たないことをむざむざと思い知らせるかのような敗北は、殆ど詰みかけていた間田に一筋の光を見出させた。

 彼女は先程までと同じように、呪縛を祓おうとする。変わったことなんて必要ない。それまでと同様に対処すれば良いだけで、間田も特別なことはしていない。

 

 だが完全には祓い切れなかった。よろよろと飛ぶ羽虫の如くあしらわれるだけだった『サーフィス』は、初めて彼女に食らいついた。土壇場で彼のスタンドが急成長した、というわけではないが。

 アリスの頬から、1滴の汗が流れ落ちた。もう手のかじかむ季節でもなし、多少運動でもすれば汗をかくのは容易だ。大きく荒い呼吸は、彼女の心拍数が跳ね上がっていることを示唆していた。

 

「……アリス?」

「その女、随分疲れているようだが。仕方ねぇから休ませてやるか」

 

 『サーフィス』が前に倒れ込んだ。支えるよりも早く、彼女はそれに釣られて顔から頽れた。受身を取ろうにも、それが許される程に体は自由に動かせなかった。

 

「しまった……!」

「ヒヒッ! 感謝しろよ、寝かせてやったんだからよ。まぁちょいと硬いベッドだがなッ!」

 

 鈍い打撲音が鳴る。鼻や歯が折れてもおかしくない勢いで倒れ込んでいた。糸が切れたように、彼女はぴくりとも動かない。

 

「3対1だからって優位を確信し過ぎちゃあいねーか? おまえたちがおれを追ってくるのはどうせ『弓と矢』についてだろーが、生憎答えてやるつもりはない!」

「てめぇ……!」

「おっと。2人ともそこから動くなよ。下手なことしたらこの女が死ぬぜ」

 

 『クレイジー・ダイヤモンド』と『ザ・ハンド』が、それぞれの使い手によって現出する。いつでも人を斬れる刀のように、いずれも高い戦闘力を誇る2つを前にして、それでも間田に降って湧いた余裕は揺るがない。

 降って湧こうが優位は優位。なまじ狡猾で、充分に矮小な彼だからこそ、突発的なチャンスの出現を見逃さなかったのか。

 

「スタンドってよ、普通の人間は持ってねーわな。例えばおれがスタンド使って友達(ダチ)の目を抉ったとしたら、まず足はつかねぇ」

「何の話だ?」

「ちょっとした世間話だよ。暇潰しにちょいと付き合えや」

 

 チャンスを得た人間の、次なる選択は2通り。更に突き詰めていくか、そこで妥協するか。優劣の話ではない。単に好機を得た個々の、心情による差異に他ならない。

 

 間田は後者を選んだ。現在置かれている状況が決して圧倒的な優位ではなく、寧ろ絶対的な不利を運頼りで辛うじて押し返したに過ぎないと理解している。この上仗助や億泰へ攻撃を加えるのは、リスクが大きい。

 しかし、ただ撤退させるだけでは芸がない。矮小さが生む半端なプライドが、女1人を人質にこの場を凌ぐだけで終わることを嫌った。俗っぽく言えば、『実力者』としての自分を相手に知らしめたかった。

 

「折角選ばれたなら、人生をより楽しく自由に、実りあるものにしたいよな。仗助、億泰──てめーらはそうは思わねーか?」

 

 だから敢えて暇潰しと前置いて、特に意味のない浅薄な話を後輩達に聞かせている。彼らが何と答えようとも、目下の目的は無事にこの場を切り抜けることで変わらない。

 

「おれの目的でも話してやろうか。空条 承太郎をこの街から追い出すことさ。あれこれ探りを入れてくるもんで、うざったいからな」

「……おまえにできるとは思えんぜ。承太郎さんの『スタープラチナ』は滅茶苦茶強えーしよ」

「確かに真っ向勝負は挑めない。純粋な肉体性能(フィジカル)に加えて、時間を止められるんだろ? 1秒かそこらくらいな……」

 

 どうやって調べたのか、承太郎の『スタープラチナ』についても知っているらしい。彼を邪魔者と認識して、スタンドの能力で陰ながら排除しようと画策していた。

 承太郎が杜王町で為すべきことは2つ。うち1つは既に達成しているが、残る1つは一朝一夕とはいかないだろう。『弓と矢』の調査──この難題に取り組む以上、何処かで彼と間田が接点を持つのは避け難い。

 間田はそれを嫌った。既にスタンドを使っての前科があるのだ。もし露見してしまえば、只では済まないはず。

 

「だからこの女をコピーした。承太郎に警戒させず近づけるように!」

「ずる賢いって言葉のよく似合うやつだな。ついでに『最低』もくれてやりてーよ」

「口には気をつけろよ仗助。おれの『サーフィス』が、例えば全力で地面に頭突きをかましただけで、そこの女は死ぬんだぜ?」

「あぁ。そういやそうだったな」

 

 人質がいることを忘れるな。刺した釘が糠にめり込んだような気がした。何だか随分と冷静さを取り戻したように見える。

 きっと虚勢だろう。会話の主導権を手放さないために、無理をして余裕を醸し出しているのだ。間田はそう思い直した。アリスはまだ昏倒しているのだから、現状彼の優位は揺らいでいない。

 

「ところでよ間田センパイ。『昔取った杵柄』って諺、聞いたことあるかい」

「昔磨いた技術とか、過去の栄光だろ。それがどうした」

「なーに、ただの世間話ッスよ。ただの……ね」

 

 言葉に何か『含み』を持たせている。ややわざとらしい話し口に、警戒を強めた。

 仗助が会話で気を引いて、隙を見て億泰が突っ込んでくるのか。億泰のスタンドはよく知らないが、間田に弓を刺し力を与えた男は、制御困難な暴走バイクとか言っていた。それに、仗助以上に言葉のトラップを仕掛けられる程頭が回るようにも見えない。

 2人が何か企んでいるのは明白だ。恐らくどちらもが肉弾戦上等の喧嘩腰スタンド、『サーフィス』で立ち向かっても勝ち目は薄い。どうにかして彼らを牽制しなければならないと考えた。

 

 アリスを多少痛めつけるのが最適解だろう。死なない程度に傷つけてやれば、企みがあったって怯むに違いない。スタンドに右腕を上げるよう指示を出す。無論寝転がったままで、腕を思い切り地面に振り下ろす。華奢な少女の腕だ、衝撃で骨に罅くらい入るかも知れないが、今更躊躇いはなかった。

 

「ぐえあッ!? いっ、痛ぇッ……!?」

 

 腕を上げさせるより早く、後頭部を固いもので殴られた。突然のことへの驚きと当然やってくる痛み、そして視界を大きく歪める目眩が大挙して襲い来る。

 何が起きた。仗助と億泰は目の前にいる。『クレイジー・ダイヤモンド』も億泰のスタンドも、死角から回り込めるような射程距離は有していない。アリスは変わらずそこで意識を手放して──

 

「……やってくれたわね」

 

 彼女が立ち上がる。まだ疲労の色を残してはいるが、先程よりは多少回復したように見える。

 記憶に残る彼女の目は、穏やかさを多分に残していた。あの時点では、まだ本気でなかったのだ。だからこそ数分ぶりに見た碧眼は、間田を恐怖させた。

 

 ある種のギャップが、人間の感情を増幅させる。高度3000mからの自由落下とはいえ、落ち続けるだけのスカイダイビングよりも、時に登り時に落ちるジェットコースターの方が怖く感じることもあろう。人間でいえば、仗助達は見た目が厳ついわけで、怒れば怖いのは想像に難くない。

 対して、瞳で静かに炎を燃やす少女の、何と恐ろしいことか。思わず後ずさりしたくなるが、後ろでは人形が槍の穂先を間田の首筋に添えている。さっきだって、彼女の意思次第では喉元を一突きにできた。刺さずに殴打武器扱いしただけ、有情だろう。

 

「咄嗟にガードしてなかったら、顔の骨が折れてたかも知れないわ。全く、酷いことするわね」

「ま、まだ動けんのかよッ!」

「貴方の『サーフィス』、うつ伏せにしてくれてありがとう。お陰で労せずして体の制御権が戻ったわ」

 

 向き合った相手を操る。うつ伏せになったのだから、『サーフィス』の視界からは外れている。彼女は一切体力を消費せずに体の支配権を取り返し、以降じっと動かずに体力の回復を待っていた。仗助が早々と気がついてくれたのは幸いだった。

 

「ちくしょうッ! 体力が限界なのは分かってんだ、もう一度操って……操って……!?」

「あら。起き上がれないの?」

 

 地面に()()()()()()()かのように、指一本動かせない。幾らスタンドに指示を送ろうとも、返ってくるのは動かすこと能わぬ重量の感覚のみだ。今ここで、間田の命綱はぷっつりと切れた。せめて一旦引っ込められるタイプのスタンドだったなら、敗北を数手遅らせるくらいはできただろうが、不幸なことに『サーフィス』は常時出現させるスタンドである。

 

 目の前にもう一体の人形が現れた。表情のない洋装の人形は、体躯に見合わぬ槌を構えていた。間田の膝が笑い始める。数秒先の未来が見えたのだろう。

 

「やめ、やめろ。何すんだ、やめてくれーッ!」

 

 未来は変えられるが、卑屈な臆病者にその権利は与えられない。鉄塊が大きく振りかぶられるのを前に、心の底から恐怖することしかできなかった。謝って済む段階は、彼自身が踏み越えている。

 脳天に痛烈な一撃。間違いなく脳は激しく揺れただろう。まともに喰らった下手人は千鳥足で壁にぶつかり、そのままずるずると崩れ落ちてダウン。一時は危うかったながらも、一発 K.O.で勝負を決めた。

 

「硬いベッドがお好きなのね。別に良いけど……」

 

 体凝るわよ。乱れた髪を手櫛で整えながらの勝利宣言だった。


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