A colorful adamant   作:海のあざらし

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鼠 『ラット』 その④

「……」

「……」

 

 正門前で待ち構えている白い車から注がれる、獣のように鋭い視線。その先に誰がいるのか分からない愚鈍ではない。しかし要件について思い当たる節はなかったので、こうして露骨に視線を逸らし続けている。

 鼠については死体をきちんと引き渡した。無論、仗助と一緒に本格的な中華料理を堪能した後ではあったが。糸を繰って死体を配管から運び出して、確かに撃破を確認されたはずなのだが、まだ何か聞きたいことでもあるのか。話せることは全て話した、これ以上鼠に関して渡せる情報はないと思う。

 

 学生寮は正門とは反対方向にある。いつも仗助達と正門で別れて、アリスは学生寮へと踵を返すのだ。今日程に大人しく帰っておけば良かったと後悔した日はない。あの承太郎がわざわざ学校に世間話をしに来るわけがないだろう。面倒な話をされる確率は、十中八九で済めばまだ希望も持てるというくらいである。

 

「全員乗ってくれ」

「おー、送ってくれるんスか?」

「話のついでにな」

 

 アリスはもう目と鼻の先に帰るだけなので除くとして、仗助に億泰に康一と順々に送り届けていくのだろう。承太郎にしては珍しい形での優しさの発露だ。しかしこの集団の酷く目立つこと。後ろで生徒が何人か固まってひそひそと話をしている、こうも要らぬ注目を集めるのは好きではない。

 

「んじゃあその話ってのを教えてくださいよーッ」

「ああ。……財団は『オトイシアキラ』の自宅を突き止めた」

 

 間田との戦いで存在が明らかになった男の身元が、遂に暴かれたらしい。名前から候補を割り出し、記憶分野において極めて有用な露伴のスタンド『ヘブンズ・ドアー』の協力もあって、現時点で最も『矢』を所持している可能性の高い男に狙いが定まった。

 

「するってェーと……カチコミですか?」

「それが一番手っ取り早いんだがな。自宅を張り込んでいた財団から連絡があった。今現在、『オトイシアキラ』は自宅にいない」

「ほう……ほう? それなら誰も巻き込むことないんじゃあないんスか? 尚更好都合に聞こえますけど」

「財団が突き止めたのは『オトイシアキラの自宅』だ。やつの今の居場所まではまだ掴めていない。だが自宅が割れたのは大きな前進と言えるな」

 

 承太郎との戦闘で負った傷の治療に、本名を使わざるを得なかったのだろう。嫌でも保険証が必要になる病院で偽名なんて扱おうものなら、それこそ騒ぎになって追手の目にとまりかねない。彼としては苦渋の決断だったはずだ。

 その後も幾つかの進展を彼から知らされた。曰く、杜王町は全国的に見ても行方不明者の数が妙に多いという。アリスは初耳だったのだが、この町の住人には有名な話らしく、女性が特に行方不明になりやすいから気をつけるよう忠告された。

『オトイシアキラ』はともかく、『弓と矢』は間違いなく関係しているだろう。歴史のある長閑な町として、年間何十万もの観光客を呼び込む杜王町は、得体の知れない何者かをその仄暗い影に潜ませているのだ。

 

 ふと視線を横に向ける。億泰や康一が活発に話し合いに参加している傍ら、仗助は何処か議論に入り込めていないようだった。ただ静かに目を伏せて、沈黙に耽っている仗助は、アリスには冷静というよりも寧ろ不安定に感じられた。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 承太郎にちょっかいをかけようと考えた過去の自分を殴ってやりたい。丁度腕のギプスも外れたことだし。冗談交じりの思考を漫ろに流しながら、適当に作った炒飯の最後の一掬いを口に放り込む。食べられない程不味くもなかったけれど、油の量は確実に間違えたと思う。

 

 口の中がぎとぎとで気持ち悪い。口直しに何か飲み物が欲しくて冷蔵庫を漁ったが、めぼしい飲料は見つからなかった。そういえば昼間に紙パックのアイスティーを飲み切ったっけ。最悪なタイミングでの飲み物切れに、思わず渋い表情になる。

 出歩く面倒さと比較衡量して、やっぱりこの油感をどうにかしたいという欲求が勝った。近くのコンビニでジュースでも買うことに決定。たまに無性に甘いものを飲みたくなるのは、例え珈琲好きであろうとも、人間誰しもが共感できる普遍の事実なのだろう。

 

 外は半袖で丁度過ごしやすいと感じるくらいの気温と湿度だった。もうすぐ六月になって梅雨に入り、夜でもじとじとと鬱陶しい時期になる。爽やかな風が肌を撫でていき、良い気分で夜道を歩けるのももう暫くの権利というわけだ。四季の別ある日本という彩りの国は、裏返せば必ず夏の汗だくになる暑さが一定期間ごとにやってくる拷問めいた国でもある。

 

 遠くにコンビニの光が見えてくる。最近この辺りに開店してくれたお陰で、買い物が数段楽になった。極論、スタンドを使えるなら多少の距離は問題にもならないのだけど。この理想が現実に変わるためには、越えなければならない高い壁が立ちはだかってくる。

 古ぼけた煉瓦で装飾された、年季の入っているのが目に見える橋に差し掛かる。昼間はこの下を流れる川で太公望気取りの釣り人が糸を垂らしていたり、川沿いを衣装ばかり整えた小太りの女が眠ってしまいそうなローペースで走っている。この時間にもなればそんな奴らもいなくなり、川が届けてくれる水音が気持ちを落ち着かせてくれる。

 

「よう」

 

 不意に背後に気配が立つ。驚かなかった、といえば嘘になる。とはいっても心臓が跳ねるタイプの驚きではなく、意外なこともあるものだと感心する程度のものであったが。

 振り返ってみると、お世辞にも機嫌が良さそうには見えなかった。勝手にお気に入りのゲームを進めて、剰え超レアドロップまで揃えておいたのが、そこまで不服だったのか。精神まできっちりとガキじゃあないか、嘲るように鼻で笑っておいた。

 

「面ァ合わせんのは初めてだな。『オトイシアキラ』」

「……言い逃れはできねーらしい。しかしこのバッティングは偶然か?」

「ああ。誰かさんのせいで無性に気が立つんでよ、コンビニに珈琲でも買いに行こうかと思ったらこれだ」

 

 億泰と康一が送り届けられた後、車中で一枚の写真を手渡された。そこに写っている男が、承太郎を肉弾戦で手こずらせて未だ尻尾を掴ませていない探し人だという。奴は恐らく仗助を真っ先に狙うだろうから、顔を覚えておくよう言いつけられた。

 いつ襲撃されても対処できるよう、心構えはしていた。鼠の件が片付いてから、怪しい輩が潜んでいないか周囲を警戒しながら歩く癖を付けていた。この邂逅は意図の介在する余地のない全くの偶然だが、既に仗助の精神は戦いに向けて急速に熱を高めている。

 

「こんな時間にどうしたよ。女と逢い引きでもすんのかい」

「そりゃ良いな。丁度今可愛い子と知り合ってんだ。イギリスからの留学生だぜ、羨ましいだろ?」

「そうだな。だがもう会えねえようにしてやるよ」

「成程。おれを牢屋にでもぶち込む気か」

 

 承太郎がいる以上、目立つことはできなかった。しかし、こそこそと動いている現状でも刑法が適用される犯罪は充分に犯してきた。両手足の指を全て使っても数え切れないくらいの件数で、もう何億円と不当に私腹を肥やしてきたから、警察のお世話になれば本当に数年間お世話されてしまう羽目になるだろう。音石は法学部でもないが、執行猶予とかいうやつを付けてもらえそうにないのは分かる。

 捕まるわけがない。高を括っているつもりはない。今この瞬間に真後ろから承太郎が時を止めて殴りかかってきたならともかく、敵は目の前にいる雑魚一匹。これで負けを想定する方が音石には難しい。

 

 仗助がスタンド──『クレイジー・ダイヤモンド』とかいったか──を開放する。成程、これまで出会ってきたスタンドの中でも上位に食い込むであろう力を感じる。鍛えあげれば数年後には音石に迫るのかも知れない。それを悠長に待ってやる義理もないし、この場で痛みに泣き喚くまで叩きのめすことへの躊躇いもない。

 

「いや……てめーをコテンパンに叩きのめす。二度と女に見せられねえ面にしてやるぜ」

「笑わせんじゃねえよ。これでおれが飯食ったばかりだったら、横っ腹が痛くて仕方なかったとこだぜ!」

 

 自分のスタンドを何と呼ぶか、まだ音石は決めあぐねている。電気を扱えるからって『サンダー』とか軽率に入れるのは、妄想を拗らせた小学生か中学生みたいで嫌悪感を覚える。これまで出会った全員が英名を付けているのには理由があるのだろうか。

 掟破りの三冠(ミスターシービー)とか異次元の逃亡者(サイレンススズカ)に混ざって競馬場を走っていても違和感のない名前のスタンドが幾つかある、『クレイジー・ダイヤモンド』もその一つだ。和名でも格好良い馬がいるのだから、その流れで一人くらい和名のスタンドを駆使しても良さそうなものだが。

 

「なあ。おまえ、鼠に『矢』を刺したか?」

「鼠ィ? ……あー、やった。そういや汚ねードブネズミを二匹くらい実験に使ったっけな。もしかして素質あったか」

「ああ。おまえの目論見通り、二匹の鼠はスタンド使いになった」

 

 スタンドの出力とは裏腹に、仗助は酷く冷めた声で音石に語りかける。口ぶりからして、既に倒してきたのだろう。仗助に勝てる強いスタンドには恵まれなかったわけだ、今の今まで存在を忘却していたとはいえ少しくらいは可哀想にも思う。

 虹村 形兆は父親を殺すことのできるスタンド使いを探していた。母数を増やすため、『弓と矢』に手を出したんだっけか。その点、音石に大義名分はない。ただ面白い能力に目覚める誰かが出てきて、暇が潰れたらそれで良い。受験も就職も知ったことでなく、気の向くまま面白おかしく生きると決めたのだ。

 

 ……仗助は殴りかかってこない。今にも爆発しそうな怒りを内包しながら、瞳に宿るのは氷。ぽたぽたと水滴が落ちるくらいに溶け落ちながら、それでも未だ形を保つ激情に、言い得ない違和感を覚えた。

 

「音石。てめーが『矢』を刺した鼠が何をしたか知らねえだろ」

「知るわけがないな。こちとら人間様だぜ」

「ああ、最低のドブ野郎だよ。てめーっていう人間は」

 

 中身のない戯言に耳を傾ける必要などない。スタンドの性能差に任せて、さっさとノックアウトしてしまえ。本能が頻りに理性に訴えかけてくる。戦えば負けないという、これ以上なく有利な状況で、何故か意思は早期の決着を望んでいた。

 一度考え始めれば止まらなかった。優位が生み出す『余裕』が疑念を母胎とする『不安』に塗り潰されていく。久しく忘れていた『恐怖』が、心の片隅でぬらりと鎌首をもたげた気がした。

 

「だから鼠が何をしたか言えよ。下らねえって笑ってやるか、さもなくば大笑いしてやるからよ!」

 

 影を潜めつつある威勢を奮い立たせ、あくまで強者として仗助に相対する。肌を震わせるこの感情を恐怖と錯覚しているに過ぎない。ただ仗助が予想に反して静かというだけで、迂闊にも考えを巡らせてしまった。落ち着いて一拍置けば何てことはない、やるべきことは最初から一つ──『圧倒的な力の差を見せつけて反抗心ごとへし折る』のだ。

 

 何も恐れることはない。

 

 

 

 

 

()()()()()

 

 時間が止まった。呼吸を奪われ、身動ぎひとつもできない空間を、ただひたすらに巨大な衝撃が駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

「……は?」

「音石。鼠は人を喰ったんだ。幸いにも生きていた、おれのスタンドが間に合った。でもよ、おれの到着が遅れていたら? あの夫婦が助かった保証なんざ何処にもねえよな」

 

 その台詞の終点が、氷が氷であることのできる限界点だった。今や瞳に烈火を宿し、猛然と地を蹴り距離を縮めてくる。

 意気だけは燃え上がっているようだ。しかしそのスピードは、音石に言わせれば蝿が止まってしまいそうなくらいに遅かった。たっぷり一秒立ち尽くしても、彼はまだ拳の届く距離まで詰めてきていない。余りにも遅過ぎる。音石のスタンドは、一秒もあれば仗助を何十回殴れるだろうか。

 

 避けられない。雷速の前では静止画にも等しい仗助の拳をはっきりと認識していながら、体は石にされたかの如くぴくりとも動かない。メドゥーサの瞳が宝石のように輝くのなら、蓋し彼は業火の紅玉(ルビー)であった。

 拳が頬に突き刺さって、音石を後方に吹き飛ばす。柵に激突し、衝撃で肺の息を大きく吐き出す。背中に走る痛みを無視して立ち上がる彼を、仗助は明王もかくやという眼で睨みつける。

 

「おれは滅茶苦茶にムカついてんぜッ! てめーの胸糞悪い顔面ボコボコにブチ壊しても罪悪感なんざ感じねえくらいになッ!」

 

 承太郎の『スタープラチナ』と比べれば、まさしく大人と子供程の差がある。最も得意であろう肉弾戦においてさえ、所詮は下位互換でしかない。あの体全体を揺らす理不尽なまでに強烈な一撃を、仗助は逆立ちしたって放てやしないのだ。

 

「チッ……ふざけたこと抜かしてんじゃあねえッ! てめーの言ってることはただの逆恨みって言うんだぜ」

「責任がないとでも言いたいのか?」

「当たり前だ! 野良鼠のしたことにまで責任取らされてちゃあ、人間堪ったもんじゃねーよな」

「だがおまえは射った」

「だからそれまでの話だってんだろうよ!」

 

 奇しくも『クレイジー・ダイヤモンド』の拳が音石の呪縛を解いた。随分と力技での解呪ではあったが、もう体は自由に動く。あの不可視の鎖で縛り付けられているような圧迫感はもう感じない。

 口の端を拭う。手に付いた血は、一分もすれば乾いて錆びたような色になるだろう。結局は少し痛い目覚まし時計に過ぎなかった。鳴らす度に口の端を切る羽目になる目覚まし時計は、流石に毎朝の目覚めには使えないけれど。

 

 姿勢を落としてアッパーを撃ち出す。両腕で防いだ仗助の体が、激突の衝撃だけで宙に浮いた。堪えようのない力が全身を暴力的に駆け巡り、彼の顔を苦悶に歪ませる。

 

「雑魚が粋がんなよ。今ここで排除してやっても良いんだぜ? あまりしつこいならよ」

 

 肋骨を根こそぎへし折って、減らず口を黙らせるつもりだったが予定が狂った。しかし大した影響ではない、最初に折る骨が肋骨から鼻骨に変わっただけだ。顔面に向けて腕を弓のようにぎりぎりと振り絞る。もしかしたら勢い余って顔に風穴を開けてしまうかも知れないが、そのときは快く謝ってやろう。『手加減が下手で悪かった』とでも。

 顔を拳が貫通した仗助は、どんなに醜い姿をしているだろう。目も鼻も口もなくなって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──

 

「ッ……!?」

「排除だ? それを言いたいのはよォ……」

 

 ()()()()()()。理由は分からなかったが、悍ましい何かが気づかないうちに真横に立っていたような怖気だった。瞬く間に鳥肌が全身に広がり、引き攣るような痺れが背中から腰へと抜けていく。

 

「おれだよボケカスッ!」

 

 一瞬、それでも明確に止まった動きを仗助は見逃さない。痛みを訴える腕を無視して、一気に畳み掛けにいく。間隙を突かれた状態では、本気のラッシュを捌き切るのは流石に不可能だった。数発を辛うじて凌ぎ、後方へ逃げる。

 逃げなければならないこと自体が、音石にとっては全くの想定外であった。例え不意打ちであっても、全て涼しげに凌いでカウンター一発で終わり。そんな当初の目論見が、見る影もなくなってしまっている。

 

 音石のスタンドは法外に強い。それは疑いようのない事実である。現時点では『クレイジー・ダイヤモンド』を圧倒的に上回る実力を有し、まともに戦えば決着まで一分もかからない。音石の見立ては決して甘いものではなく、寧ろこれ以上はない合理的な推論に基づいている。

 

「まだ殴り足りねえ。今度はその腕も粉砕してやるぜ! おれは承太郎さんみてーに加減の利くタイプじゃあねーぞッ」

「加減だァ!? 調子こくのも大概にしろやクソガキッ!」

 

 スタンドのパワーを十全に発揮できない。幾ら集中しようとも、承太郎を相手取ったときの半分の出力も繰り出せない。不可解なもどかしい苦境は、ただ音石に莫大なストレスを与え続ける。ほんの数秒で良い。あっという間に過ぎ去るその時間がありさえすれば、この苦境はきっと覆せるというのに。

 この町の電力を吸収するか。まさか使うわけがないと高を括っていた奥の手が、音石の脳裏を過ぎる。最早自尊心(プライド)云々を語っていられる状況ではなくなった。力が発揮できないなら、無理矢理にでも底から押し上げるしかない。幸いにも真上に電線が通っているから、やろうと思えばすぐにでもパワーアップを果たせる。

 

 スタンドの気配を捉えた。二人の他、第三者がこの場に来た。一瞬承太郎が騒ぎを聞き付けて飛んできたかと肝を冷やしたが、姿を現した男はそれなりに長身ながらも彼とは似つかない痩身であった。

 

「きみが音石 明だね」

「てめーは……」

「悪いがそこまでだ。仗助くん、帰るよ」

 

 仗助の学校に新しく赴任してきた教師。随分と物静かな、まるで本が友達とでも言いそうな根暗野郎だと内心小馬鹿にしていたが、まさかスタンド使いだったとは。

 穏やかながらも超然とした雰囲気を醸し出す男は、ぴたりと音石に視線を合わせた。鋭くもない視線だが、睨み返したとて怯みそうにない。

 

「先生、こいつを放って帰るんですか」

「仕方ないね。ぼくときみで手を組んでも、彼を確実に拿捕できるとは確約できない。きみの身に降り掛かるリスクは並大抵のものではないんだよ」

「でもこいつは鼠をッ!」

「ああ。その通り、だが現実の戦力差は無視し難い。音石のスタンドはかなりのレベルに達している……承太郎達を交えて、確実に倒さなければならない相手だ」

 

 スタンドそのものは余り強くない。だが、彼我の差を冷静に分析できる辺り、数多の修羅場を越えてきた歴戦の勇士とみるべきだろう。音石からすれば、下手をすれば猪みたく突っ込んでくるだけの仗助よりも厄介な相手といえる。

 既に罠を仕掛け終えている可能性は否定できない。現に接近されるまで存在に気がつけなかった。交渉が決裂した場合、その罠が作動して音石を撃退するか、最悪でも仗助は逃がす魂胆か。そうでなければ、音石を強いと認識できているのにわざわざ正面に出てくる理由がない。

 

「それで良いね? きみにとっても悪い話ではあるまい、音石 明」

「……クソが」

 

 無駄なリスクを背負う気はない。ここでだらだらと戦えば、今度こそ承太郎が襲来しかねない。心の内を見透かすような言動は癪に障るが、退くには良いタイミングであることもまた事実だ。

 何より、彼らと戦う気が萎んでしまった。一言だけ唾のように吐き捨てて、電線へ飛び乗る。仗助と花京院は律儀にも追撃をしてこなかった。口内から油気も抜けてしまい、別のコンビニに立ち寄る気も起きなかった。


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