A colorful adamant   作:海のあざらし

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【次 incomplete sister 姉より姉らしく】

 最後のパズルを解き、正解音と共に上空に『第二の試練クリア』の青文字が浮かび上がる。ドレミーが考案したのだろうか、どれも頭を一つ二つと捻らなければいけない問題揃いだったが、意外にも妖夢が頭脳戦において活躍をみせた。最後の問題も頭を悩ませる悪魔二人組に転機となるヒントをもたらし、正解へと導いた。

 

【成程……ここまでの経過時間、28分。少々侮りが過ぎた、ということですか】

「こんな簡単な問題では、私は止まりませんよ」

「調子の良い奴め」

 

 活躍したことは認めよう。事実、妖夢がいなければ解けなかったとまではいかずとも、もう少し時間は要しただろう。褒め言葉だって頭の中で発音される準備を整えていた。フランドールが苦々しい表情をしているのは、いっそ清々しい程に彼女が自慢げだからである。

 確かな頭脳戦力として功績を立てながら、抱かれるのは複雑な感情。妖夢が吸血鬼少女の如何とも言い難い評価に気がつく機会は、恐らくだがやってこない。誇らしげにどんと胸を貼るので忙しいから。

 

「これで三つのギミックのうち二つは攻略完了ってこと?」

【はい。見事な智謀でございました。ですが最後は打って変わって、しっかり動いていただく試練となりますよ】

「誰かと戦うんですかね」

「有り得るわ。三人相手だから、かなり強いのが出てきたりして」

「それは勘弁願いたいですね……」

 

 巨大な魔法陣が生成され、その中から湧き上がってくるように舞台が創られる。夢の世界では、万能の魔法使いみたいなことができるのか。ポテンシャルの高さに感心しつつ、そのうえに登って対戦相手の登場を待つ。

 最後の試練が誰かとの決闘だとは言われていないが、ドレミーから訂正が入らないのをみるに、予想は正しいのだろう。夢世界では、ドッペルゲンガーとも捉えられる別人格の人間や妖怪が活動していると聞いたことがある。姿形は現世にいる者と全く変わらず、外見だけで見分けるのはほぼ不可能なんだとか。もし顔見知りのドッペルゲンガーが出てきたら、少し戦いにくさを感じてしまいそうだ。

 

【皆さん、準備体操はお済みですか? いきなり動いて足を折ったなんて、格好のつかないことにだけはならないよう】

「そんな脆弱じゃないわよ。ほら、相手を出しなさい」

【もう戦う気満々ですね。良いでしょう、今回の相手は貴女達に相応しい猛者ですよ】

 

 ステージの反対側から対戦相手が現れる。フランドールくらいの身長に、象徴たる翼とナイトキャップ。遠目からでも見間違いようはない、何故なら三人は『彼女』をよく知っている。

 

「……」

【レミリア・スカーレット。貴女のお姉さんですね。フランドール】

「あー……」

 

 フランドールの表情が、苦虫を百匹纏めて噛み潰したように苦渋に満ちる。よりによって何故()()チョイスになったのか、ドレミーを小一時間問い質したい衝動に駆られる。これが姉妹対決を面白がる野次馬根性故のセレクトなら、彼女の頭を三箇所は膨らませなければなるまい。

 主の機微を察して、小悪魔は穏便に苦笑いを浮かべた。下手な擁護はフランドールの不満という火に油を注ぐことにしかならない。最も賢い選択は、何も言わず黙っていることである。

 

【彼女は所謂夢の世界の住人です。貴女の知るお姉さんとは、少し性格など異なるところがあるでしょう。ですがその強さに一切の翳りはありませんよ】

「何と……ここでレミリアさんと戦う機会を得られるとは」

 

 この場で妖夢だけが、『それ』の登場を喜んでいた。吸血鬼といえば幻想郷の妖怪においても最高峰の強大な種族だ。勝手な私闘がルールで禁止されている以上、普段なら戦えても小競り合い程度に留められてしまう。

 だが、ここは夢の世界。あのルールもここまでは及ばないはずだ、高い強度での勝負が可能になる。主人を護るために剣技を鍛え、こうした良質な実戦の機会で成果を試す。この流れが、絶えず成長を続けるには必要不可欠なのだ。

 

【宜しいですね?】

「いつでも」

【結構。では、魔石を賭けた最後の勝負──スタート!】

 

 開始に際して、フランドールは意識を姉の模倣体(コピー)に傾けた。はっきり言ってこの上なく気の乗らない勝負だが、アリス・マーガトロイドの良き友人として、この勝負を降りるわけにはいかない。姉の強大さは身近に感じてきた身だ、羽虫を払い除けるような気持ちで相対して勝てる相手だとは思わない。

 体重を前に乗せる。目の前の『姉』が奇しくも同じ構えを取っているから。強烈な衝撃に対抗するとして、肉体が極めて頑丈なら同等のエネルギーで相殺するのが最も理にかなっている。その場で防御姿勢を取ったとて、フランドールが有する質量では堪えきれずに吹き飛ばされてしまうのだ。

 

 空間が弾けた。そう形容するしかない破裂音さえも置き去りにして、二人が衝突する。生半可な手合いには過程を認識できず、激突したという結果を観測することしかできない刹那が始まり終わった。両者の膂力は拮抗しており、舞台の中央で組み合って互いに動かない。

 

【……おおう。目で追うのがやっとのスピードですね】

 

 均衡を崩したのはフランドールだった。圧力を急激に抜くことで体勢を崩し、その隙をついて顔狙いの拳を撃ち出す。しかし吸血鬼の身体能力は無理な姿勢からでも強引な移動を可能にし、動体視力は超高速の物体にも反応する。拳は頬を掠め、滴りもしない程度の出血を模倣体にもたらした。

 それくらいで怯むような相手ではない。単純な身体能力では僅かながら自分を上回る化け物と、白兵戦を前提に一戦交えるのだから、顔を修復不可能なまでに陥没させるくらいの気概は整えている。油断は一切ない──ともすれば顔を破壊されるのは自分かも知れないのだから。

 

「私もいますよ!」

 

 フランドールとほぼ同時に、楕円軌道を描くようにして妖夢も飛び出していた。視界の外から最高速度で迫り、居合の要領で短刀を抜く。背中から右肩にかけて、瞬間的に大きな斬り傷を与える抜刀術が模倣体に襲いかかる。

 しかし彼女は、達人の一太刀にさえも反応してみせた。自身のエネルギーを鎧のように纏い、大幅に高まった強度を活かして腕で刃を防ぎ止める。そのまま数撃を凌ぎ、掠り傷程度の裂傷さえも負わない。勿論異常なまでの反射神経を要求される芸当だが、それだけで妖夢の『剣技』に対抗するのは難しい。彼女は相手の反応や予測を外すような搦手にも精通しているのだから。

 

「慣れている……?」

「お姉様は武芸も嗜んでる。油断しないでね」

「ほう。それはそれは……益々楽しくなりそうですね!」

 

 真に警戒すべきは、そのポテンシャルの高さよりも深さなのかも知れない。純粋な体術に加え、武芸百般への造詣も深いとは想定外も良いところである。妖夢の常識で測っていたら、思わぬところから足元を掬われかねない。早くも様子見の段階を終え、長刀を抜き二刀流の構えを取った。

 通常、二刀は一刀より弱い。細長い鉄の塊をそれぞれの手で振り続けることが、どれだけ体力を消耗する行為か。加えて二本の刀に意識を分散させ、それぞれを上手く操らなければ、酷く齟齬だらけの剣技を披露する羽目になる。故に二刀流は、特に心技体の全てを強く求められる流派なのである。

 

 驚異的な鍛錬量で二刀流を修得した妖夢は、その年齢を考えれば天才と呼んで差し支えない。そも凡庸な刃は吸血鬼の皮膚に傷をつけるに値しない。保有する妖力による硬化を引き出させた時点で、妖夢の剣術は彼女にとって防がなければならないものとして認識されている。

 それでも、腕で刃を防がれるのは心に堪える。鉄を刃毀れさせずに斬る妖夢でも、吸血鬼のか細い剛腕を斬り伏せられない。まさに反則じみた物理的耐久性であり、嫌でも種としての差を思い知らされる。

 

「妖夢さん、私の魔法で足止めをします。その間に一撃入れてください」

「分かりました」

 

 落ち込んでばかりはいられない。そう簡単に剣が届くとは、端から考えていなかった。まだ全ての手札を切ったわけでもなし、気を切り替えて戦闘に専念しよう。小悪魔のサポートを受けつつ、再度模倣体に肉薄する。

 単純な出力なら、フランドールに及ぶべくもない。だが、こと相手にバッド・ステータスを付与する魔法において、フランドールやパチュリーをも上回る適性を発揮できる。味方の補助や敵の妨害に特化した構成は、小悪魔の力量だけを見て然程強敵でないと判断した者にとっては、凄まじく手を焼く代物となろう。

 

 発動したのは対象の視界を歪ませる魔法。幻覚系統の魔法の応用型で、霧状に散布することで広範囲に影響を与えられるようになっている。小悪魔の狙い通り、魔法は模倣体に作用して視界を制限する。きょろきょろと辺りを見渡し始めたので、効果はあったのだろう。驚きの声ひとつもあげやしないから、効力の程は分かり難いが。

 すぐさま妖夢が二刀を構えて飛び込んだ。小悪魔の魔法は範囲内の生物を対象とするか否か区分できる。妖夢が視界の歪みに苦しむなんていう悲劇は起き得ない。刀を握る手に力が入り、今度こそ彼女に手痛い傷を負わせる状況が整えられた。

 

「防いで!」

 

 言われるまでもなかった。背筋を貫くこの怖気を感じて反射的に構えなければ、盆暗とすら呼べない愚物であろう。突っ込んでいた体を急激に止めて、刀を前で交差させる。瞬間、腕の骨が悲鳴をあげる程の巨大な圧力が妖夢を襲った。駆けていたときを優に上回る速度で弾き飛ばされ、あわやステージから転落するかというところで辛うじて踏みとどまった。

 完璧にお膳立てされた状況さえ、強引に破綻させてみせた。ほとほと呆れ返る他にない。実際、目の利かない状態ではあったのだろう。そうでなければ()()()()()に出る理由がないから。

 

「周囲を薙ぎ払いましたね。これは……フランドール様」

「そうね。これは恐らく自律的思考ができる」

 

 模倣体の対応は至極単純なものだった。得物を創り、無造作に振り回したに過ぎない。何処にいるのか分からないなら、考えられる全ての方位を手当たり次第に薙げば良いのだ。そうすれば遅かれ早かれ確実に敵を捉えられるだろう。こんな知恵の輪を腕力で破壊するが如き蛮行に、現状妖夢単独では対抗できないのだから、全く理不尽極まりない。

 彼女の手には槍が握られている。剣より長いリーチを持ち、正面から斬り合うのは躊躇われる。吸血鬼を相手に反応させず懐まで潜り込む難しさを考えれば、明らかに不利な勝負を強いられる。それに、先程の一掃を凌いだ際の痺れもまだ腕を駆け回っている。ここで意地を張るのが無謀だと分からない程に、妖夢は阿呆ではない。

 

「妖夢。暫く後方支援でよろしく」

「……悔しいですが、そうするしかないようです」

 

 代わってフランドールが前線へ出る。模倣体はそれを見て、槍に紅い稲妻を走らせた。目は変わらずぱちりと開いたまま、釣り針で留められているかのように固定されている。姉の姿をした『もの』を一目流し見て、フランドールは一瞬不機嫌そうに眉を顰めた。

 掌の中で燃えるものがあった。炎そのもののように絶えず形を変え、遠く離れていてもその熱を肌へと伝える。本気には本気を──彼女が趨勢を決するというのなら、その運命ごと燃やし尽くしてみせる。強者の睨み合いが続き、息の詰まる雰囲気が高まっていく中で、フランドールは目線を逸らさないままにこの勝負の企画主を呼んだ。

 

「一つルール変更をお願いして良い?」

【はい、どんなものでございますか? 勝負の趣旨を壊さないものであれば、勿論検討を──】

「ステージをなくすわ」

【……はい?】

 

 信じ難い台詞が飛んできた気がする。思わず聞き返してしまうが、もう一度丁寧に言ってくれることはなかった。例え言ってくれたとして、納得できる要素はドレミーには一切なかったのだけど。

 突如として舞台が粉々に砕け散った。がらがらと崩れる破片に誰も呑まれることなく、まるで初めから意図されていたかのように慌てることなく地面に足をつけた。最も動揺したのは、当の製作者本人であった。

 

「これでリング外って概念は消えたわね」

「ちょっ……ちょっと待って。タイムタイム!」

「良いけど、その前に離れた方が良いわよ。危ないから」

「へっ?」

 

 何てことをしてくれたのか。不満は勿論あるのだが、堰を切ったように溢れ出てきた驚きに遮られて言葉にならない。とにかく落ち着いたり諸々のための時間が欲しく、観戦していた空間から飛び出して一時休戦を宣言(コール)する。しかしドレミーは失念していた。自分が呼び出した模倣体が、既に臨戦態勢にあることを。

 

 槍と炎が激突する。莫大な膂力、そして妖力によるブーストが加算された両者の衝突は、互いの得物同士が触れ合わないという異様な結果をもたらした。纏うエネルギーが極端に高密度となり、あたかも不可視の外殻が存在するかのように相互にぶつかり合っている。

 余波で吹き付ける暴風に帽子が攫われかけるのを、何とか押さえる。慌てて飛び出したせいか、ドレミーの出現位置は元々舞台の縁があった辺りであった。幾らか離れているとはいえ、体が浮かび上がりそうな衝撃が体内を揺らす。他二人はとうに弁えており、ドレミーより更に後方に下がって援護の準備を始めていた。やはりこの一連の流れは、最初から作戦の一環として三人の間に共有されていたのではないか。これが荒唐無稽とも言いきれない予想なのが、より一層彼女を泣きたくさせる。

 

 前もって準備していたのだ。いつか使えたら良いなと、淡い想像をしながら。それをあんな、趣旨どころかステージごと破壊するなんてことがあるのか。天使はさておき、悪魔は実在する。奇しくも実体験として、ドレミーの記憶に深く深く刻み込まれる一幕となった。


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