流石に三回目だとアークエンジェルから出る体力はない。
与えられた部屋で横になり、ただ天井を見上げる。
「私は何をやっているんだか」
人を殺して人を救う。軍人というのは命が平気で行き来する世界で、精神をもろともせずに動いていくのだからとんでもない存在だろう。彼らの精神に敬意を表さなければならない。
1日で戦闘して、戻ってきて、人を救って。これではなんとでもならない、ただの評論家には耐え切れるかどうか分からないほどの経験だ。
「先生、紅茶をお持ちしましたよ」
「ミス・ミュルグレス……」
彼女が入ってきて、隣に座っている。ずっと見ていると罪悪感が頭の中を駆け巡って、少しずつ項垂れてくる。
「そろそろ何かダメージを受けて辛くなっている頃だろうと思っていましたので。大丈夫ですか?」
「あはは、まさか。未成年とは違うんだ、私がそんなことで気に病むような人間でもないさ」
「立場的には逆ですよ、先生」
髪を整えてから、私を見る。貴婦人とも言えるであろうその姿に、心なしか心臓が高まる。
「軍人さんは、人を殺すという禁忌を職業としてやるんです。あの子達は人に手を差し伸べたりもしていますが、本質的な事を理解しているんだと思います。そうでなければ、ベルナッツ先生にスナイパーを任せるなんてしませんよ」
「どうしてそう思うんだい?そりゃあウィンダムlllでは使えなかっただろうけど、彼らがやった方が……まさか、君は自分から囮になったからってだけで判断してないか?」
「いいえ、そうではありません。むしろ貴方に人殺しを頼むからこそ、先頭に立ったような気もします」
言っている意味が分からない。私が囮になったとして相手の足を止める事ができるか、そもそも相手の攻撃を避けれる自信はない。アレは合理的判断のうちと自分は思っているのだが。
「軍人もどきの考えは二つ……“死にたくない”か“手柄が欲しい”の二つです。
死にたくないならまず敵の目の前に出ずに、ストライクを借りてスナイパーになればいい。手柄が欲しいなら、やはり貴方に囮を任せてストライクで不意打ちすればいい。
パイロット練度などを考えて、現実的な判断ができるのは軍人として出来る奴という証拠でしょう」
あの一つでここまで考えるミス・ミュルグレスも凄いものだと感服。そしてその目に段々と、哀しみを見つめる光があった。
「本題に戻りますね。要はそんな出来る軍人であるあの子達に比べて、先生は民間人で人を殺すなんて知識として持っておらず、現実にあるなんて持っての他の世界に居ました。
だったら、もし自分と同じ人間があっという間に肉と骨の固体になるなんて考えも出来ないでしょう。今意思があって動いていたそれが、何も言わなくなるなんて不気味だと思いませんか?」
「そりゃあ不気味だろうけど……私はそれでも6人は殺したんだ。今更、今更_______」
「先生」
彼女の暖かい腕が、私の身体を包み込む。
「私は死刑になっても何も言えないことをした、だから何も思うこともなかった。
それが他人によって正当化されるのもどうでもいいんだ、だったらなんでこんな苦しくなるんだろうな」
「先生、それは違うんです。慣れる慣れないの問題ではなく、そもそもの心構えの問題でもない。あまりにも非現実的で、命が消える瞬間に立ち会ったら誰にでもそうなるんです。
そうで無い人は、そもそも相手を人間だと認識出来ていないに過ぎないんですから。貴方は命を見ている、それがどれだけ素晴らしい事なのでしょうか」
「ミュルグレス……私は酷い事をした。罵ってくれても構わないのに、なぜ私をここまで」
「先生はヒーローでも殺人でもない、私と同じ人間ですから」
彼女の言葉を聞いて安心した。敬称すらつけるのを忘れて力もないが抱き返して、柔らかい全てに身体を預ける。
「寝てください、先生。明日からまた、帰る為の旅が始まるのですから」
「ありがとうミュルグレス、今日は君の胸を借りよう……」
力が抜けてきた、もう何もかも投げ出して私は腕の中で果てることにする。
26の青年がこんな事で耐え切れずに何をやっているのか、殺人鬼が何故こんな事をして甘えているのか自分自身を責める声が心の中から聞こえる。軍人とは言え6人の命を葬った奴が、のうのうと生きている方がおかしいんだと。
どうだっていい、私も思っている事だけど自分の恐怖を想える人間がどうして甘えずに自立しなければならないんだ。歴史は、そういう逃げ場が沢山繋がっているからこそ人々が繋がって面白く成立してきたんだ。何が悪い、私だって歴史の本道を歩いてしまった以上は思い切り心の内を吐き出してやるんだ。
「おやすみなさい、ベルナッツ先生。いろいろ終わったときに起こしますから」
「本当にありがとう……おやすみ、ミュルグレス」
彼女の胸を枕にして深い眠りにつく。
私はいい人に恵まれている、こんな幸運どこでツケを払えばいいのだろうか。
それとも、明日から一生を掛けて払うのだろうか。