厨二エロゲーの中で俺は勘違いし、勘違いされる 作:アトミック
プリンス・プリンセス ①
停学の期間が終わった。
正直な話、ずっと停学でも良かった。まあ、ずっとというわけにはいかないかもしれないが、もう少し長くてもいいんじゃねえのと考えていた。だってそうだろ? ここ最近、俺は働きすぎだと思うのだ。ロリに改造されてキレやすい女と模擬戦を行ってみたり、ちっとも怯えない馬鹿男と戦ったり、学園を脅かす頭のおかしい男と命がけの勝負をしてみたり。こんなことを一か月にも満たない期間で立て続けに行ったのである。そろそろ中休みがあってもいいんじゃねえの?
だがまあ、仕方がないのかもしれない。なんたって俺は主人公なのだ。主人公というものはとんでもないスパンでとんでもない事件に巻き込まれるものだと相場が決まっている。寧ろ、今までがのんびりしすぎだったのかもしれない。恐らくこれからも色々大変な事態に俺は巻き込まれていくのだろう。何故なら、主人公なのだから!
そんなことを半分寝ながら考えていたが。
耳元で囁くような小さな声が聞こえたので、すべて吹き飛んだ。
「……あのぉ、ハーロック様?」
「? なに?」
「そろそろ学園、行きません?」
「……もうそんな時間? 俺なんか三時間くらいしか寝てない気がするんだけど」
「……そうですわね。昨晩はお楽しみでしたものね。色々な嬌声が聞こえて大変不快でしたわ」
何やらお嬢様は怒り気味ならしかった。
寝惚け眼を擦ってお嬢様を見る。彼女は少し顔を赤くしながらも、やはり頬を膨らませて怒っている様子だった。半分寝ながらはて、俺は今まで何を考えていたのだっけ、と記憶を漁ってみて、やめる。どうせ大したことは考えていなかったのだろう。
隣を見た。裸のロリがいた。まだ寝てる。いつも通りではあるものの、どうにも違和感のある光景だった。そろそろベッドを二つに分けるべきなんじゃねえのか? と少し思う。ていうか、普通にお嬢様のやつを買ってやるべきだ。毛布と敷布団があるから別に苦じゃないんだろうけど、どうにも差別的で好きじゃない。先日行ったショッピングの時に見繕ってやるべきだったかな、と少し後悔してみる。
「ふわぁ……よし、準備するか」
「そんな顔学園では絶対に見られませんね」
「素を知っている奴は、お嬢様とロリだけだからな」
「そ、それだけ聞くとちょっと嬉しいですわね……」
なんで?
適当に言ったらなんか嬉しがられた。よくわからないが曖昧に頷いておく。
あーあ行きたくねえな、なんて呟くように言って。
俺は布団をひっぺかして起き上がった。
軽く二、三回伸びをして、欠伸を噛み殺し、お嬢様の方を見る。
「よし。学園行くか」
「あの」
「ん?」
「学園に行く前に、一つ言いたいのですけれど」
そう言って、お嬢様は顔を赤らめながら。
干されている洗濯物を指差して言った。
「……その。学園に行く前に、服を着て貰えますか?」
そういや全裸だった。
「ハーロック様にはデリカシーというものが足りませんわ!」とお嬢様に怒鳴られた。間違いじゃない。間違いじゃないが、しょうがないと思う。もうロリと一年以上暮らしていたので、あの家は俺の中で安息の地のような存在になっているのである。外で仮面をつけ続ける俺が唯一素でいられる場所。なので、どうしてもデリカシー的な繊細さを持つ気にもなれないのであった。
とにかく、服は着替えた。久しぶりの登校だが、特に気が高揚するわけでもなく、いつも通りだった。
「ときに、ハーロック様」
「……なんだよ」
辺りに目をやったが、誰もいない。だいぶ朝も早いし、この道を通る人間なんてあんまりいない。誰かが現れたらすぐに言葉遣いを直さないといけないな、と考えながら、無表情で問い返してみる。
「私、友人ができたのですわ」
「……? どういうこと?」
「一昨日、私はあまりに暇だったので学園に行ってみたんですの」
「停学じゃねえの、お嬢様も」
「ええ。なので先生に滅茶苦茶怒られました」
「そりゃそうだよな」
そこまで聞いたらただの馬鹿なヤツである。
「で、私はしょぼんとして帰路に就いたわけですが。偶然その女の子に会ったわけでして」
「それで?」
「友人になりましたの。ついこの間の模擬戦とかの話をして」
「……模擬戦のことで何を話すんだ?」
「私の未来予知で見事勝利した自慢話ですわ」
「……成る程なぁ」
間違っちゃいない。間違ったことは言っていないのではある。
しかしこのお嬢様のことである。滅茶苦茶誇張して話しているんだろうな、とは思った。別にそれに文句をつけるつもりはない。事実お嬢様の未来予知がなかったらだいぶやばかったのだから。
「うちのクラスのやつか?」
「いえ。違いますわ。何やらお兄さんが学園の教師をされている方だそうです」
「聞いたことねーなー」
俺は魔法学園について詳しくなんてない。一生徒のことだったら尚更である。
お嬢様と仲良くなるなんて中々珍しいヤツもいたものだ、なんてそこそこ失礼なことを考えていると、少しだけ疑問に思った。
「一昨日にお嬢様でかけたりしたっけ? 俺が起きた時には家にいたし、そっからどっかに行ったりなんてしてなかった気がするけど」
「……そういえばあの日もハーロック様はお楽しみでしたわね」
「……そうだっけ?」
「そうですわ! それでお二人がねぼすけになっていたので、私はとっても暇でしたの!」
どうやらそんな顛末だったらしい。まったく記憶にない。
俺だってロリとそんなにエロイことをしているわけではない。たぶん。いくらここがエロゲの世界だからとはいって、そんな頭の中が桃色でできているわけではないのである。だからまあ偶然そういうタイミングだったとしか言いようがない。……が、毎回それを聞かされているお嬢様は、もしかしたらそこそこストレスになっているのかもしれない。それに関しては素直に謝るしかなかった。ごめんなさい。
「まあ、友達ができることは良いことだな。うん」
「ハーロック様、学園に友達はいますの?」
「……いないなぁ」
「たまに一緒にいる狂暴な女と、なよなよした男は違いますの」
「あれは違えな。……どういう関係かって言われると困るけど。難しい話だ」
「そーいうものなのですね。私にはよくわかりませんわ」
どうやらお嬢様にはピンとこなかったらしい。確かに難しい話だ。どこからが友達で、どこからが知り合いなんだ? 俺個人の感覚としてみたら、友達ってのはそこそこお互いのことを理解していないといけない。ってことはつまり、俺の素ってのを理解していないといけないってことだ。この時点で友達の定義から外れるんじゃねえの。
あれ。そこまで考えて、俺はその定義に当て嵌まる人間が学園にいることを思い出した。
「……あ。てか、そうじゃん。俺、お嬢様が友達じゃん」
「…………そ、そうですかぁ?」
素直に俺がそう言うと、お嬢様は何故か苦い顔になった。苦い顔になって、俺から目を逸らして。何事かを彼方を見ながら考え始めた。「主従」だの「下僕」だのへりくだったような単語を口にしたかと思ったら、「好意」や「恋愛」だの謎のメルヘンチックな単語を呟いたりもする。一体全体お嬢様は何を考えてやがるんだ?
俺はよくわからなくなっていたら、やがてお嬢様は口元をきりっと結んでこちらを見た。
「ハーロック様」
「な、なんだよ」
「確かに、ハーロック様の気持ちがわかりましたわ」
「どゆこと?」
「私とハーロック様の関係を言うとなると、困ります」
「そうなのか?」
そんな困らねえと思うけど。「友達」じゃ駄目なの?
他に何かあるだろうか。「主従」ってのは違う。仮初だからだ。「下僕」ってのはロリが言っているだけだ。「恋愛」なんてのは流石にないだろ? お嬢様だって俺がまだ好意を持っているなんて誤解しているわけがねーよな。ないはずである。となると残るのは「友達」だけじゃねえの? もしかしてお嬢様はそこまで俺のことを想ってくれてないとか? だとしたら中々ショックである。泣いちゃう。しょぼん。
「教師に兄がいるって、クトゥライニの妹確定じゃない」
「……それは」
「アレクラマスランキング一位の教師。この世界で一番強い人間よ」
メイリは肩をすくめてそう言った。
お嬢様はどうにもとんでもない人間と友人になったらしかった。これがこのエロゲ世界にどのような影響をもたらすのだろうか? 俺には想像もつかない。つかないが、たぶん何か俺に飛び火するのだろうな、とは思った。お嬢様が巻き起こしたことは大抵俺の身にも巻き起こってくる。知り合ってそんなに経つわけではないが、もうだいたいは理解できてきた。
「セフィリア・クトゥライニだっけ。すごい美形な子だよね」
「知っているのか」
「え、うん」
思わず聞き返すと、ローウェルは少し驚いた顔でこちらを見てきた。俺が興味を持ったのが意外だったらしい。「ララシャンスと仲がいいらしい」と付け足すように言うと、「へえ」とより驚いたような顔になった。な、なんだよ。
ちなみにメイリは彼が「美形な子」という言葉を出した瞬間から目が冷たくなっていた。こ、こわ。いつかこいつはローウェルと結ばれるか、ローウェルを殺すかのどちらかを選ぶことになるだろう。後者の方があり得ると思います。
「女の子からも凄い人気があるらしいよ。ね、メイリ」
「……そうね。そうらしいわ」
「………………」
有名な少女らしかった。ちなみに俺はまったく知らない。
お嬢様はどれくらい仲良くなったのだろう? もしかしたら仲良くなったというのは彼女がそう思っているだけなのかもしれないし、或いはその真逆でビックリするくらい親密なのかもしれない。俺もその少女に一度会ってみたいな、なんて素直に思った。
「ハーロック、前はありがと」
「――――――」
と。
急にローウェルは真面目な顔で俺の方を見てきた。
…………
……。
……え、なんのこと?
全然わからなかった。こういう時はどうするか? 決まっている。俺はいつものように「なんでも知っています!」というような表情を顔に張り付けて、小さく頷いた。
「ああ」
「ハーロックがいなかったら、俺はあの男に殺されていたかもしれない」
「ああ……」
ようやくわかった。あったね。そんなことも。なんか遠い昔のように思えてきた。
俺はローウェルを見る。いつもと変わっていないように見えるが、こいつはもう魔法が使えるのである。理由は不明。普通は魔法が使えない人間はずっとそのままだというのに、こいつは当たり前みたいに覚醒した。……まあ、当たり前っていうのはひどいか。足とかちょん切られちゃってたらしいし。よく見てみたら腰に魔法剣がぶら下がっていた。常時携帯しているらしい。
……正直、気持ちは複雑である。ローウェルはいいヤツだ。この世界でほんっっっとうに珍しい、毒気のまったくない、いいヤツである。そんな彼が魔法を使えるようになったということは、勿論喜ばしいことである。あるのだが、俺もそろそろ使えるようになってもいいんじゃねえの? と思ってしまう。
別に嫉妬しているわけじゃない。俺は主人公なんだからいずれは覚醒する。
するのだが、それにしたって遅くね、と思ってしまうのだ。そろそろまずい。威圧感と怪力だけじゃ太刀打ちできない人間がどんどん現れてくるような感覚がするのである。それに対抗する方法は現状一つだけ。このゲームのメインヒロインこと、性格極悪系嗜虐趣味幼女に身体を切り刻まれるしかない。それはやだなぁ……。
「ローウェルの馬鹿が世話かけたらしいわね。私からも礼を言わせてもらうわ」
そんなことを妄想していると、メイリも同じようにお礼を言ってきた。わざわざ頭を下げて。なんだかんだこいつもいいヤツなんだなぁとしみじみ思った。キレると人を殺しかけること以外に欠点がないのである。欠点すぎる。やっぱりいいヤツではないのかもしれない。
まあ、最近は少しずつ慣れてきた。最初の頃みたいにキレられて「決闘だ!」なんて事態にはもうならないと思う。てかなったらまずい。俺が慣れてきたように向こうもこっちの威圧感に慣れてきているに違いなかった。次決闘されたらそれこそ殺される。俺は内心ガクブルと震えながら、外見には出さずに堂々とし続けて―――
「失礼しますわ!」
そんな騒々しい声が、聞こえた。
声の主が誰かはわかる。喋り方も馬鹿でかい声も一人しか知らない。お嬢様だ。
俺はそちらを見て「お」と思わず声がした。
お嬢様の隣に、女が一人。長い睫毛と通った鼻梁。くっきりとした瞳。美形。ああ、これかと俺はすぐに察した。これがお嬢様のお友達なのだろう。
目が合った。くっきりとした瞳が少し伏せられる。俺の常時発している威圧感に対する反射だろう。よくあることだな、と俺は冷静に思い―――背筋が寒くなった。
な、なんだ。意味がわからん。俺は蛇に睨まれた蛙のように縮こまりそうになって、堪えた。そんな姿をこの場で晒すわけにはいかない。必死に外見を保ちながら、この威圧感の正体はなんだ、と辺りを見回して―――すぐに理解した。
少女の後ろ。
そこに、何故かアレクラマスランキング1位の男がいた。
「………………」
「………………」
完全に視線が交錯した。威圧感が増した気もした。
……どうして俺は睨まれているのだろう。どうしてここにいるのだろう。どうしてこの男は妹のすぐ後ろで腕を組んでいるのだろう。訳がわからなかったが、この男が頭がおかしいシスコンだというのは確かだった。流石。流石である。あのランキングに入っている奴でマトモなヤツがいない。今からでも俺をランキング外にしてくれ。頼む。お願いします!
この話の主人公=ハーロックさん(なんか睨まれてつらい。馬鹿)
この話のヒロイン2=ララシャンス(ハーロックが友達なのかなんなのかまだ悩んでる。馬鹿)
アレクラマスランキング1位=クトゥライニ(すっごい強い。シスコン。馬鹿)
アレクラマスランキング1位の妹=セフィリア(顔が良い。馬鹿)