厨二エロゲーの中で俺は勘違いし、勘違いされる 作:アトミック
できませんでした。
「きたか」
俺は思わず、自然にそう呟いていた。
訓練場―――四方100メートルほどの広さの、空間である。グラウンドを正方形にした野球場みてえだ、と無感動に思った。
普段の放課後ならば、疎らに人がいる程度のその場所に、大勢の人間が集まっていた。100メートル四方で区切られた壁の上で、どこから持ってきたのかわからないパイプ椅子が並べられて、売り子の真似事をする女もいた。これじゃあ本当に野球観戦でもされてるみてえだ。なんともまあ、呑気で野次馬根性な連中である。
異常なまでの集まり。これこそが、この学園に通う生徒が模擬戦という一大行事を楽しみにしていることが窺える。自惚れを恐れずいうのであれば、この人の集まりようは、俺が参加するから、という理由でもあるだろう。
隅っこでは賭けが行われているようだった。俺が勝つのか、あの女が勝つのか。今のところ俺の方が人気なようだが、圧倒的だというわけではない。どうやら、あの女も中々評価されているらしい。大変、面倒なことである。
「………………」
勝てるかどうかは、正直わかんない。
自信はない。が、必ずしも負けるとは思っていない。昨日のロリとの契約により、俺は新たな武器を手にしている。なんかよくわからない装置と、無敵になったという俺の身体だ。
あのロリの無敵という言葉には、半信半疑である。大体、完全な無敵などというものに一朝一夕でなれるわけがない。何か落とし穴があるに決まっている。
魔法に対して無敵だが、物理攻撃は普通に喰らうとか。或いはその逆か。はたまた他になにか無敵の定義があるのか。なんにしても、あのロリの言葉を完全に信じてはならないということである。信じたらやばい。また俺の身体のどこかが焼失するのかもしれない。とんでもないメスガキである。
そんな風に、様々なことを考えていると。
いつの間にか、俺の10メートルほど先に、向かい合う形で少女が立っていた。
金髪の、背の低い、吊り目の少女。目の形状が少し違うが、確かにロリに似ているのかもしれない。こいつの方が幾分か大人びて見えるし、あのロリがこんな真面目くさった態度をとっている姿は、想像もできないが。
「待たせたわね、ハーロック」
「問題ない。準備は済ませたか」
「ええ。……この観客は、あんたの仕込み?」
「まさか」
「でしょうね。てことは……自然に来たんだ。今、あんたの方が人気らしいわよ」
「見る目のある人間が揃っているらしい」
「ふん。言い返したいのは山々だけど、今は黙っておいてあげる」
「ほお」
「実力で屈服させた方が、屈辱でしょ。私の足元に跪かせて、踏んであげるわ」
肩をすくめて、メイリはそう言った。その表情に焦りはなく、昨日見せた緊張からくる震えも見当たらない。その様子を見て、俺の方が少し焦ってしまった。お、おいおい。全然焦ってねえぞこいつ。本当に心理戦で挑んで大丈夫なのかよ? こ、これ、なんかやべーんじゃねえの。なるべくそれを表情に出さないようにしたら、うまくいった。
「そろそろ始める?」
「構わん。が、審判はどうする」
「適当なやつを見繕えばいいでしょ。私が選んでもいい?」
「好きにしろ」
「んじゃ、そこのあんた。わざわざこんなとこまで見に来てるんだから、暇なんでしょ。降りてきなさい」
メイリが適当な人間に声をかけているのを見つめて、ふう、と一息吐いた。
いよいよ、始まる。模擬戦を行うのはいつぶりだろうか。ハッタリと、改造された肉体でこれまでは乗り切れていたが、それだけでは乗り切れない事態が起こり始めていた。それでも、勝たねばならない。なにしろ、俺は主人公なのだから。敗北が許されるような身の上ではない。
「やってくれるって。ルールはなんでもありでいいわよね」
「構わん」
「終了条件はどちらかの降参か、審判判断での介入のみ。それ以外では終わらないわ」
「十分だ。……お前が、審判役か」
「は、はい」
丸っこい瞳と丸っこい眼鏡が印象的な少女が、緊張しながら何度も頷いていた。こんな感じの奴も、模擬戦なんかに興味あるんだな。意外な気分になったが、無論、顔には出さない。
「模擬戦開始の合図を」
「は、はい! それでは、始めてください!」
その声とほぼ同時に、メイリが高速で詠唱を開始するのが見えた。
見えたので、俺は。
全力で、彼女の方へ走り出した。
瞬殺する、というのが、最初の目標だった。
模擬戦が避けられぬことと決まった時から、俺はそれを考えていた。変に時間をかけるよりも、初めの初め。そこで奇襲をかけ、油断をついて終わらせる。
元々、俺の肉体は改造されている。左腕と、左足。それらは遥かに人間の肉体スペックを上回っているのだ。
始まった瞬間、近づいて、決める。詠唱が完了する前に、油断したところを狙う。
恐らく失敗するだろうとは考えていたが、今日、収穫があった。ほとんど失敗するだろうと思っていた計画が、もしかしたら、と考え直せる領域まではレベルアップしていた。
メイリを目掛けて走る俺に、彼女は一瞬驚いたようだったが、すぐに冷静になった。落ち着いて、そのまま、詠唱を続ける。距離感で判断したのだろう。詠唱は間に合う。間に合うのだから、寧ろ、引きつけた方がいい。そのようなことを考えているに違いない。
ばかめ、と、胸中で小さく思った。その程度のこと、どうして俺が想定できないものか。
俺は腕をだらんと下げるようにして、自然とポケットの上に掌を当てた。ポケットの中に掌を突っ込んだら、警戒される。あの装置を発動させるだけならば、服の上からでも可能である。
あの装置、とは。
今朝、ロリに渡された、よくわからないもの―――魔力装置とかいうやつである。
「な…………ッ」
装置の左のボタンを押した。何が起きたのかは俺にはわからない。わからないが、メイリが驚いたのは事実だった。やはり、だ。
この装置は、魔力を吸収して放出する、らしい。その放出するのを見せて相手を動揺させろ、とロリは言っていた。たぶんそれは間違いじゃない。間違いじゃないが、恐らく、それが全てでもないはずだ。俺は頭がとびきり良いわけではないが、それくらいはわかる。何故なら、あの女はクズだからだ。全てのことを俺に教えてくれるはずがねえ!
今朝のことを思い出す。あの女、俺がこの装置のスイッチを入れようとした瞬間、俺の指を掴んで動きを止めた。おかげで俺は大変痛い思いをし、あのロリにいずれわからせてやらねばならないと断固たる決意を浮かべたわけであるが―――今は、それを語る時ではない。
何故ロリはそこまでして止めたのか? この装置は魔力の吸収もするからだ。吸収するってことは、相手の魔法の阻害に繋がるはず。だから、自分の魔力を吸収されないように、一時的に魔力を抑えたのではないだろうか。
あのロリは放出の方だけ説明して、吸収の方になんと意味があるのか説明しなかった。それもおかしな話だった。
合ってるか? とロリに胸中で問いかけてみる。あいつはなんと言うだろうか。ふん、と鼻を鳴らすか。やるじゃないか、と不敵に笑ってみるのか。なんにしても、ふざけたガキだ。やはり、俺が魔法を使えて無双できるようになったら、あいつにわからせてやらないといけないのだろう。
拳を振りかぶる。メイリは無防備である。俺の予測が正しければ、魔力を吸収している今、この女は魔法を行使することができない。ならば今、この瞬間に、勝負を決めねばならない。
メイリは額に汗を浮かべながら、新たに詠唱を始めている。無駄だ。お前は魔法が使えない。使えないはず。だというのにこの少女は、表情に焦りの色を浮かべながらも、瞳だけは真っ直ぐ俺を貫いていた。また、この目だ。お、おいおい。大丈夫だよな? 勝てるよな?
もう拳を止めるわけにはいかない。
勝てるはずなのだ。負ける理由がないのだ。
そう思いながら、拳を振るう寸前。
「
俺の左肩を、少女の魔弾が貫いた。
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ばーかぁ、と特徴的な声が響いた。
「そんな万能な装置じゃない、って言ったろ。私は嘘をつかないんだぞ」
げらげら、と笑いながら、独り。
少女―――ヴラスチスラヴァ・チーシュコヴァーは、その戦闘を楽しそうに見ていた。
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何が起きたのかを、メイリはまだ正確に理解ができていない。
開始、の合図とともにハーロックが突撃してきた。
ので、それを迎撃する形で、彼の拳が当たる直前に魔法を行使した。
目に見えて起きた事象としては、それだけである。だが、それまでに不可思議な事柄があった。
まず、元々メイリは余裕を持って魔法を行使するつもりであった。何が起こるかわからないからだ。ハーロックという男がどのような魔法を使うのか―――それを見極めるつもりだったが、いきなり、突っ込んできた。だから、何が起こるのかが読めないため、万全を期する予定だった。
それが、拳が当たる直前でようやく魔法を行使する、なんて。差し迫ったような状況にどうして追い込まれたのかといえば。
魔法を使う、少し前に。
何故か、魔力の一部が自らの身体から放出されていたからだ。
あり得ないことではない。簡単な妨害魔法を唱えたのならば、わかる。
が、ハーロックは詠唱をする素振りなど欠片も見せていなかった。魔力が少しずつ膨らんでいくのは読み取れたが、それでも。決定的な魔法の行使は行われていない。
魔法以外の、なんらかの科学的な装置を用いたとしか思えない。だが、それもおかしい。そのような装置が存在するのならば、もっと巨大なものでなければおかしいのだ。
(……観客の中に、大きな装置を隠し持ったやつがいる、とか……?)
恐らく、それは違うのだろう。
ならば、他に何があるだろう。
そこまで考えて、メイリは思考を放棄した。無駄だ。これは、答えが出ない難問を無駄に思考しているだけだ。規格外の男が規格外のことをしただけだ。余計なことに思考を回すこと。即ち……一瞬にも満たない、この思考すらも隙になる。
メイリは油断していなかった。拳の振われる寸前に放ったこの魔弾がハーロックに直撃するとは思っていなかったし、なんらかの方法で防がれるのだと確信していた。その防いでいる間に距離を取り、再度仕切り直す。この戦闘は、長期戦になる。長期戦にすべきである。それこそが彼女の最初からの目標で、皮肉なことに、ハーロックと真逆の考え方だった。
……だから。
まったく、油断していなかったからこそ。
メイリの放った魔弾が、ハーロックの左腕に直撃し、それによって、上腕二頭筋を境目として完全に切断されるなんて、予想だにしていないことが起きたため。
彼女の思考は、完全に停止した。
……どういうことだ。
どうして、命中した?
当たるはずないと思って撃った魔弾が、当たった。本来喜ぶべきことなのだろう。左腕を潰した。ひしゃげた左腕が彼方に飛び、ハーロックの肩から血が噴き出す。
「………………ぁ」
それを見て。
メイリは思わず、一歩後退った。
観客も、似たような反応が多かった。
腕が飛ぶとは思わなかった。あくまで模擬戦だから、多少の怪我をするだけで、そこまで大ごとにはならないはず。そんな、夢見がちな人間が多かった。
―――どうしよう。
腕が切断された。刃で斬り落としたわけではなく、衝撃波のような魔法によって吹き飛ばしたに近かった。ので、切断面は綺麗なものになっていないはず。ひしゃげた、歪な形で転がる向こうの腕こそがその証左だ。今ならば、今ならば、まだ、腕を元に戻すことは可能だろうか。メイリは怒りの感情を完全に忘れ、どうすればこの男を救うことができるのか、と戦闘前とはまるで違う感情を抱き。
その、ひしゃげた腕が。
意思を持ったように、ハーロックの方へ戻ってきた。
腕が、
「………………」
悪夢でも見ているのか、とメイリは思った。膝が笑っている。力を入れなければ、腰から地面に落ちるだろう、と理解できた。脳は比較的冷静な状態を維持していたが、それは、嵐の前の静かに似たようなもので、もう少しでいとも容易くこの冷静さは壊れるに違いなかった。
腕が、くっついた。バラバラに分離して、ひしゃげて、元の形を維持していない腕が、自発的に動いて、元に戻った。ハーロックの肩から流れていた血は、いつの間にか止まっていた。
それでも、彼は表情ひとつ変えず、表情が変わらない自分の頬を何度か確かめるように触って、詰まらなそうに、「そういうことか」と呟いた。
その現象について、理解ができているのは、この場で彼一人だけだった。
他の人間は、ただ。巻き戻したように無傷に戻るハーロックの姿を、茫然と見つめていた。
「メイリ、といったか」
「………………っ」
「最初から、一撃は譲るつもりだった。中々どうして、威力のあるものだったと認めてやる」
「ど、どうして、あんた」
「さて。どうやらそちらの攻撃は終わったようだな。こちらも、同じことをしてやろう」
おなじ、こと。
それは即ち、腕を弾け飛ばす、ということで。
……メイリは、自分の足が自然に後退していくことに気がついた。止めることができない。それと同じような速度で、あの男が、ハキム・ハーロックが近づいてくる。迎撃しなければならない。ならないのに、震える口からは、詠唱の文言を発することができなかった。
<登場人物情報>
この話の主人公=ハーロックさん(片腕が吹っ飛んじゃった。馬鹿)
この話のヒロイン=ロリビッチ(決闘の五分前に目を覚ましてちょっとあせった。馬鹿じゃない)
厨二ゲーの主人公=ローウェルさん(実はまだ訓練場についていない。馬鹿)
厨二ゲーのヒロイン1=メイリ(めっちゃびびってる。馬鹿)
厨二ゲーのヒロイン2=???(実は今話で登場した。馬鹿じゃない)