厨二エロゲーの中で俺は勘違いし、勘違いされる   作:アトミック

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五段構成でも終わらんかったわ!
そーいうときもある!


リジェクト・リバイバル 結

 腕が元に戻ったのを見て、ルーカス・ディ・メイリは後退した。

 

 理解ができなかった。できる人間は、この場において一人しかいない。

 ハキム・ハーロック。

 その、唯一の男が近づいてくる。

 メイリは、その事実だけで、震えが止まらなかった。

 

 ―――なんて、出鱈目な力―――!

 

 魔法使いの戦闘ではなかった。魔弾が応酬するわけでもなく、魔法の阻害合戦が行われることもない。腕が吹き飛んで、くっついた。ただのそれだけ。それだけのことを、魔法を行使した様子も見せずに、行った。

 

 ハーロックは、走らない。

 何を考えているのかわからない無表情で、くっついた左腕を見せつけるように、こちらへ翳しながら歩いてくる。

 その動きを止めようにも、口が動かなかった。いつもの威圧感が増している。ハーロックが発している強大な存在感―――あの、近くにいるだけで不安に、不快になるような()()が、いつも以上の力で、いつも以上の効力を私に及ぼしている。

 その圧倒的な威圧感に、膝を折りたくなる。

 

「―――あ、あ、あんた」

「無理をする必要はない。そのまま倒れろ」

 

 声は不自然なほど遠くから聞こえてきていた。平衡感覚も、三半規管も、おかしい。これは、私が恐怖しているからなのか。恐怖を覚えているから、ここまで苦しいのだろうか。

 なんとか体勢を維持しながら、男を見た。ハーロック。張り付いたような無表情ながらも、彼女は、自身の魔法特性から、彼が何を考えているのか察知できた。

 

 ―――本当に、私を同じ目に遭わせようとしている。

 

 私に追撃しようとしている。戦意をなくしていても、それでも、攻撃をやめる気はないのだ。その攻撃欲求が、どれほどのものかはわからない。もしそれが殺意の領域まで達しているのならば―――そこまで考えて、メイリは全力で後ろに飛び下がった。一瞬の間に、50メートルほどの距離を取り、彼女は荒い息を抑えることを意識した。

 

「逃げるか」

 

 当り前だ、とメイリは叫びたかった。

 腕の断面を見るのは初めてだった。ズタズタに千切れた肉とその境目から流れる血を見るのも、また、初めてだ。まるで造りもののようで、それ故のグロテスクさがあって―――それだけでも恐ろしかったというのに、それが瞬く間に元に戻って、次は自分がそのような目に遭うのだ、と宣告された。

 恐ろしい。防御魔法を重ねがけすれば、耐えられるだろうか? 耐えられる気がしない。そもそも、今、メイリは口が回らなくて複雑な詠唱をすることができなかった。

 

「くっ―――は、はぁ、は」

 

 しかし、だからとはいって。

 このままの状況を、ただただ待つわけにはいかない―――!

 

「り―――消崩咒咒(リジェクト)ぉ!」

 

 ほぼほぼ、無詠唱。

 詠唱の結び句。魔法行使の常套語。消崩咒咒(リジェクト)のみでの魔法行使。当然のことながら、大した魔法を使うことができない。つい先ほど、ハーロックに向けて放出した魔弾の下位互換。それでも、並の魔法使いが行使しようとすれば数分の詠唱時間が必要になる威力である。

 ()()が、ハーロックの方へ飛ぶ。

 が、彼は無表情のまま、その軌道に合わせるように突き出した左腕を前に出した。

 

 激突。

 先ほどと同様に―――無詠唱の所為で威力は減衰したが―――それでも、ハーロックの腕は吹き飛んだ。

 そして。

 先ほどと同様に、腕は元に戻る。

 

 どういうことだ、と叫ぼうとした。その前に既に叫んでいた。ハーロックはそれを聞いて、何も言わない。無表情のまま、歩いてくる。

 さらに後ろに下がろうとして、なにかが肩に当たった。壁だった。メイリはそこで、自分が追い込まれたのだ、と察した。あれだけ上で眺めていた聴衆たちは、いつの間にか蜘蛛の子を散らすように数を減らしており、度胸のある野次馬連中も、皆すべてメイリ側にはいなかった。ハーロックの後ろで、安全な距離を取りながら、こちらを見つめている。

 

 勝てない。

 

 そこで、メイリはそんなことを思った。

 

 そう思った時点で、魔法使いとして敗北している。

 魔法使い同士の戦闘とは、即ち精神面に於ける戦闘と言い換えられる。

 魔法使いならば誰もが理解していることである。精神面において負けてはならない。敗北を受け入れることなど―――以ての外である。メイリがそのことを理解できていないはずもない。わかっている。それでも尚、勝てないのだ、と身体が自然に屈服しようとしていた。

 目からは自然に涙が零れ落ちたし、口元からは涎が少し垂れ落ちた。

 情けないわね、と小さく思う。何を思うのだろうか、()()。勝つ姿だけ想像していなさい、と大口を叩いた私を見て、失望するのだろうか。当り前だ。失望しないわけがない。願わくば、願わくば―――もうこの場からいなくなっていてほしい。今の自分の姿を見られたくなかったし、何よりも、今から行われるこの男の攻撃に、巻き込まれる可能性がゼロであってほしかった。

 

「―――メイリぃ!」

 

 ―――だからこそ。

 そんな、馴染み深い嗄れた男の声が耳に入ってきたので、メイリは思わず、振り返ってしまった。

 隙である。この場において、恐ろしい男が近づいてきている状況において、絶対に見せてはいけないもの。それでも、確かめねばならなかった。後ろから―――誰もいなくなったはずの、自分の背の場所。そこから聞こえてきた声の主が誰なのか。まさか。やはり。メイリは様々なことを考えた。考えて、ふと、冷静になった。

 

 あの男が、この状況で、何も考えずに逃げ出すだろうか。

 

 振り返って見て、そこに想像したあの男がいるのを見て、メイリは涙等の液体でぐちゃぐちゃになった顔を歪めて、笑った。

 

「―――来ちゃったのね、ローウェル」

「そんなことはどうでもいいから、前見ろよ!」

 

 アルリ・ローウェルが。

 パイプ椅子を蹴倒しながら、最前列に向かってきていた。

 

「ふん……」

 

 メイリが前を見ると、ハーロックもそれに気づいた様子だった。

 彼はメイリから視線を外し、ゆっくりと歩を進めながらも、問いかけるように口を開いた。

 

「逃げないのか。早くその場を離れた方がいいのではないか」

「冗談。俺は信じてるんだぜ」

「何を」

「メイリの勝つ姿をだよ。ハーロックが強いのは、知ってるけど。メイリだってすごいんだぜ。俺、こいつの負けたとこ、一回も見たことねえんだ」

 

 まさか、とメイリは思う。

 まだローウェルは、自分の勝つことを、信じているのか。涙で顔をぐしゃぐしゃにして、精神的に敗北を受け入れた私を。何故。どうして。そこまで考えて、あ、と思い至った。

 私が――――私が、言ったからだ。信じていろ、と。

 

「どこが勝てるものか。既に勝負は決している」

「そう思っているのはあんただけだ、ハーロック。メイリは負けを認めてなんかいない。今から、逆転するんだ」

 

 馬鹿なことを、とハーロックは少し笑った。そのようなことはあり得ない。あり得てはならない、というような響きがあった。

 既に、ハーロックはメイリと肉薄している。50メートル以上あった距離は10メートルを切ろうとしており、無表情を顔に張り付けたまま、左腕を見せつけるように突き出し、歩いてくる。メイリは膝が笑いそうになって、崩れ落ちたくなった。それでも。

 それでも―――後ろからの声援が、無様な姿を晒すことを許さなかった。

 

「…………助けられて、ばっかりね」

 

 そうだ。

 魔法学園にきて、ローウェルのことを助けてあげたかった。頼りにしてもらいたかった。それでも、彼に助けられることの方が、多かった。

 今だってそうだ。負けを認めようと思っていた。諦めるつもりだった。だけど、こんな声で、こんなことをローウェルから言われたら、諦めるわけにはいかないじゃないか―――!

 

 あと、5メートル。

 そこまで近づかれて、ようやくメイリは決心した。そこでようやく、口内の痙攣にも似た震えが収まった。そうだ。元々ローウェルと会話することができたのだ。だから、詠唱だって、問題なく行えるはず。

 

 ―――頭に、深い黒を想像した。長々とした詠唱をしている時間はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だからこそ、最も想像しやすい色は、黒だった。

 

Black bitter bullet blains(黒くて苦い弾丸が脳を打ち砕く)

 

 目の前のハーロックが、表情を崩していないのに、顔を顰めたような気がした。矛盾したような考えではあるが、たぶん、内心で焦っているはずだ、と思う。そういう風に、知覚した。

 

 詠唱の文言は短い。が、十分な威力が発揮できると思った。魔法に集中できている。詠唱に陶酔し、臨界点付近まで自己の精神を高揚させることができている。そういう確信が、メイリは自然と持てた。だから、詠唱の善し悪しだとか、短さだとかは、そこまでの問題ではない。ローウェルに見られているから、失敗するわけにはいかない、と自然と身体が興奮したのだろう。

 

 あと、3メートル。

 ハーロックが腕を振りかぶった。彼は何を考えて、何をするつもりなのだろうか。あの丸太のような腕に、身体強化の魔法をかけて殴りにくるのか。思えばこの男、最後の最後まで魔法らしい魔法を使おうとはしなかったな。ふと、メイリはそう思い、彼は本当は魔法が使えないのではないか―――なんて、夢想じみたことを考えてしまった。馬鹿馬鹿しい。そんなはずがない。

 第一、今、そんなことを考えているような余裕はない。

 魔法を行使する準備は、すべて整っている。

 本詠唱は終了した。銃弾を込めて、安全装置を外し、後は引き金を引くだけだ。拳が放たれようとしている。あと、2メートル。様々なことがメイリの頭の中を巡る。勝てるかどうか。間に合うかどうか。どこまで引きつけるかどうか。その思考はやがて「ここだ!」という獣じみた本能に塗りつぶされ―――

 

消崩咒咒(リジェクト)―――ッ!」

 

 漆黒の炎が放たれた。

 

 威力は十分だった。が、精確性には欠けている。この至近距離なのに、何故か照準がずれた。

 それでも、的は大きい。多少ずれても、この2メートルの距離ならば外れることはない。男の左顔面に炎はゆらゆらと揺れながら近づいていき―――ハーロックが身じろぎするような仕草で躱そうとした。が、遅い。この距離では、完全に回避することなどできない。

 

 ぶわ、と肉が焦げるような音と臭いがした。メイリはうえ、と嘔吐(えず)いた。掠った。直撃したわけではないのだから、流石に死んではいないのだろうが、無傷ではない。

 それでも、最初の頃とは真逆で、彼女はハーロックに対して心配などしなかった。

 寧ろ、逆。

 これで終われ。倒れろ。怨嗟のような感情でそう思い。

 

「――――――」

 

 ―――ハキム・ハーロックは、無表情で屹立していた。

 左頬は焦げている。変色した肌が二重になったようだった。それでも、まるでなにもなかったように、無感動な瞳はメイリを捉え続けている。彼女の背中から汗が噴き出し、同時に、怒りが沸き上がってくる。この男、いい加減倒れろ―――!

 

 ハーロックの体勢は、変わっていない。

 腕は振りかぶられて、拳が放たれようとしている直前。もう詠唱する時間は残されていない。それでも、それでも―――メイリは諦めようとは思えなかった。後ろに、あの男がいるのだ。

 

「……あんた、化物ね」

「どうやら、そうなってしまったようだな」

 

 意味のわからない言葉とともに、拳が飛んできた。迎撃するためにメイリは口を開く。「消崩(リジェ)―――」と、そこまで言葉が出てきて、顔面に拳が近づいてきて、暗転。視界が暗くなり、炎が吹き消されたように、一瞬で意識がなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いってえええええええええええええええええええええええええええええええーっ!!

 

 俺は全力でそう叫んだ。叫ぼうとした。キャラ崩壊とかいいから叫びたかった。

 肌焦げたんだけど。えぐいんだけど。どーなってんだよマジで! おかしいだろ!

 

 様々なことを思ったし、言いたかったが、顔はまったく動かない。表情筋が麻痺している。それに混乱して、意味のわからないことを考えまくり、最終的に「あのメスガキマジで死ね」という感情が、俺のすべてになった。マジでどうなってんだ! そう吠えようとしたら、心の中で、『よく頑張ったな。褒めてやるぞっ』とロリの声がした。どうやらあいつはテレパシーも使えるらしい。

 

 そんなことができるんだったら、このメイリとかいう偽ロリビッチを、もっと簡単にぶっ飛ばせる方法だってあったんじゃねえの?

 

 テレパシーでそう返してみたが、無言が返ってきた。都合が悪いことは無視するらしい。ゆ、許せん。わからせてやる。でも今の俺じゃ絶対勝てない。あーくそ。今度あいつが寝てる間に抱っこして外に放置して朝日を浴びせてやろうかな。でも一回それやろうとしたらマジでキレたんだよな。その時俺がどんな目に遭ったかは省略します。まる。

 

 

 




<登場人物情報>

この話の主人公=ハーロックさん(とんでもなく体中が痛い! 早く帰りたかったけどローウェルに何故か喧嘩を挑まれてなかなか帰れなかった。かわいそう)
この話のヒロイン=ロリビッチ(すっごい上機嫌。ハーロックに何かご褒美を上げなきゃなとか思ってる)
厨二ゲーの主人公=ローウェルさん(メイリがやられてげきおこ。でも命に別状なくて一安心。かっこいい)
厨二ゲーのヒロイン1=メイリ(ローウェルがいなかったら漏らしてたかもしれない。かわいそう)
厨二ゲーのヒロイン2=???(出番がない。かわいそう)

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