≪緋≫と≪紫紺≫からの戦いから1週間。俺達は2年振りにレグラムへと帰って来たのだが……。
「お帰りなさいヴィクトリア様」
「あぁ……ただいまルーチェ」
出迎えたルーチェの笑みの向こうにどす黒い何かが見える。これは相当怒ってる。隣にいるシリウスも一歩下がったところで引いてるし。
「その……元気そうで良かった」
いつものように頭を優しく撫でる。いつもならこれで大丈夫だが今回はそうはいかなかった。
「今回は簡単には許しませんよ」
「……うん。説教はまた後で聞くよ。取り合えずリアンヌと話をしてくる。レイのも伝えて置いてくれ」
「りょーかい。ま、ルーチェの事は任せておけよ」
頼もしい一言を聞いてからローゼリアと共にローエングリン城に。その途中だろか。視界が黒く染まり、頭に声が響く。
ーキエロ。メザワリナヒカリメ。
「っぅ!」
何か思念の様な物が襲ってくる。思わずその場で膝を付いてしまい、額から血が流れてくる。
「ヴィクトリア?どうかしたか?」
「いや……大丈夫だ」
気付かれないように血を拭う。とても強い悪意に満ちた思念。どこかで感じたことがあるような気がする。一体どこだったか。
「お帰りなさいヴィクトリア。ロゼ」
「ただいまじゃリアンヌ」
「……」
「ヴィクトリア?」
気になって仕方が無い。なんせ今まで感じたことが無い事だ。誰かに恨まれたり等は……ない筈。だとするとさっきの悪意に満ちた思念の正体は何だろう。
「どうかしましたかヴィクトリア?」
「……あ。済まない。少し考え事をな。取り合えず報告だ」
切り替えてこの二年の事を報告。その上でこれからの事を考えるが、先程の思念が頭から離れない。
「では暫くはレグラムで待機ですね」
「あぁ。ルーチェ達とゆっくりさせてもらう。ヴィクトリアもそれでよいな?」
「……構わない。その辺りは任せる。済まないが少し里に行ってくる」
「……そうか。早めに帰ってこい」
「あぁ」
転移術を唱えて里に移動。そのままエル・プラドーの元へと足を運び声を掛ける。
「久しぶりだなエル・プラドー。少しいいか?」
『どうした我が友』
「うむ。どうしたものか……少し話しづらい事でな。ロゼ達には話さないでもらえるか?」
『承知した。私とそなたの秘密話だな』
「頼む。実はーーー」
先ほど襲ってきた悪意の事を話す。エル・プラドーは何も言わずに聞いてくれた。こういう時にローゼリア達に話す事が出来ればいいのだが……男として情けない。
「と言った事情だ」
『そうか……(ふむ。やはり干渉してきたか。早々に私の呪いを除去したのが切っ掛けだろうが……話すべきか。呪いとイシュメルガの悪意について)』
「本当に情けないな。支えてくれる人が近くにいるのに俺は頼れない。最低な男だよ。ある意味ではローゼリア達を信頼してない証だ」
『……(ヴィクトリアの悪い所が出ているな。1人で抱え込む悪い癖が)』
「どうしたらいいと思う?」
『ふむ……』
エル・プラドーは俺の顔を見つめてくる。暫く視線を合わせた後に後ろに視線を向ける。そこで背後に誰かがいる事に気付き振り返る。背後にいたのは
「どうかしたか?」
「リアンヌに背中を押されての。しかし珍しいな。エル・プラドーに相談とは」
「彼より自分にして欲しいって言ってるよな?」
「分かっておるではないか」
さーてどうしようか。素直に話すべきか否か。そもそもローゼリアが知っているはずがない……とは言い切れないのが悔しい。この秘密主義は絶対何か知ってる。
「ルーチェの反抗期。どう接しようか考えてる」
「今回ばかりはお互い様じゃろ」
「だな。シリウスがいてくれて助かったよ」
上手く誤魔化す。あぁ、これが俺の短所か。分かっていても変える事が出来ない。
「だから大丈夫だ。気にするな」
「分かった。折角だしこのまま散歩でもするか。気が晴れるぞ」
「え?」
ローゼリアが右腕に抱き付きそのまま回廊へと転移。ズルズルと引きずられて向かったのは一本の幻想的な樹。高さは15アージュ程だろうか。
「これは……霊力を吸って成長しているのか」
「そうじゃ。ルーチェが植えた物での。僅か3年でここまで成長しよった」
それは凄いな。それにしては成長し過ぎな気がする。大丈夫だと思いたいが何かあればローゼリアが何とかするだろう。
「ちなみにこの樹に込められた霊力は使用可能じゃぞ。いざとなれば騎神に使う……というか定期的に使わんと周りに影響が出る」
「おいおい……」
そんな危ない物を植えさせるなよ。全力で言いたいのだがルーチェも何か考えがあっての事だろう。しかしこの樹。随分霊力を溜め込んでいるな。
「少し貰うとかアリか?」
「まぁ。少しぐらいなら」
ガランシャールを取り出し樹に向けると、ガランシャールと樹が淡く光る。そして樹から光が溢れ出てガランシャールに吸収され、刀身が黄金色に変化する。
「……なんか変わったな」
「……じゃの」
2人揃って変化に驚くが樹に変化はない。ガランシャールに吸収された霊力は本の一部の様だ。それでも途轍もない力が宿っている訳だが。
「シリウス相手に試し斬りするか」
「その前にもう少し歩くぞ」
「お、おい」
再び引っ張られる。今日のローゼリアはいつもより積極的な気がする。何だろう。少し懐かしいというか久しぶりの感覚だ。この感覚はローゼリアと旅をしていた時以来か。
「ふむ。この辺りでよいか」
「ん?」
ローゼリアは草原に座り、自身の膝を2回叩く。俺はその場から逃げようと試みるが、ローゼリアは呪文を唱えてゆっくりと引き寄せてくる。
「ちょ!」
「こっちに来い!」
そのまま何も出来ず強制的に膝枕をされる。この状況下でよくこんなことが出来る。彼女なりの気遣いなのかもしれないが、出来れば今は控えて欲しい。
「あまり気負うな。貯め過ぎは良くない」
「何も貯めてない。この二年が濃かったのは認めるが」
「ふふ。思ったよりヌシの名が広まっておったの。妾としてはとても嬉しい」
嬉しそうに微笑むローゼリア。とても眩しい彼女の笑顔。喜んでいるのが良く分かる。彼女の言う通り、俺の剣を求めて接触してくる連中が多かった。大半が他の軍勢を打倒するために。
「所でヴィクトリアよ。妾は何時まで待てばよい?」
「待てばって……あぁ。えっと……」
意味に気付いた俺は口ごもってしまう。その代わりに心臓の鼓動が早まっていく。さてどうするか。
「妾から色んな初めてを奪っておきながら証を示さんのか?」
「……いつになく積極的だな」
「悪いか?」
「いや……まぁ」
答えにくい質問を。完璧に主導権を握られている。男としてどうするべきか。俺とローゼリアの生きる年数を考えると待たせすぎるのは良くないか。
「この戦争が終わったらでいいか?」
「……遅い。死んだらどうする?」
「死なない。誰が俺を殺す?例え≪緋≫が魔王に昇華しても負けない。俺は≪光の剣士≫闇には負けないさ」
右腕を伸ばしローゼリアの頬に触れる。優しく撫でていると、彼女は瞼を閉じて顔を近づけてくる。俺は右腕を頭に回し顔を近づけて唇を重ねる。
「あれ?ちょっと甘い?」
「むっ。甘い物を食べたからか」
「甘い物ね……太るぞ」
「……ほぅ。女にそのような事を言うとはな。後で覚悟しておけ。簡単には寝かさん」
「明日に影響出ないように。起こさないからな」
釘を刺してからもう一度唇を重ね、1時間程話をしてからアトリエへと戻るのであった。
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「今日も問題は無いか……」
右薬指に嵌めている指輪に光を送る。特に異常はなく安堵の息を漏らすと、隣で寝ていたローゼリアが目を覚ます。
「んっ……どうした?」
「済まない。起こしたか」
掛け布団で体を隠しながら状態を起こし、体を預けてくる。俺は優しく頭を撫でつつ指輪に異常が無いかを調べていたと説明。それを聞いたローゼリアは指輪に触れて霊力を流す。
「確かに問題は無さそうじゃの。せめて正体さえ分かればよいのだが」
「そうだな」
この指輪の正体はまだ分かっていない。教会に聞けたらいいのだが、色々と事情があるらしく聞けずじまい。危険な物では無い事だけでも分かっているからいいか。
「しかし、おヌシは色んな存在に好かれるの。妾を含めアーティファクトに騎神。一体何に惹かれているのやら」
「本当だよ。こんな剣しか取り柄の無い男の何処に惹かれたか」
「それ以外にも良い所はあるじゃろうが!」
「おっと!」
体に抱き着き寝かしてくるローゼリア。互いの体が密着し、体温と感触を強く感じ、心臓が強く高鳴る。それはローゼリアも同じなのか、数分前より頬が赤く体が熱かった。
「さっきより熱くないか?」
「まだ足りんのかもな?体は正直と言うじゃろう?」
「流石に無理。あれだけ霊力……等吸い取ったら十分だろう」
優しく頬を撫でて唇を重ねる。少しずつだが今の関係にも慣れてきている。色々と他にもやる事はあるが、それはこの戦いが終わってから。その為にも……。
(この帝国の闇を黄金の光で照らしてみせる。それが俺のやるべきことだ)
心の中で誓い、改めて覚悟を決めた。