吹き抜けていったのは風。
あまりに重々しく、焼けつくように熱いそれを目で追いながら、ただ茫然と立ち尽くす影が一つ。
“あぁ、一体こんなところで何をしているのか”
彼はそう考えながら、砂埃の舞う何もないこの場所でただ佇むだけ。
これが、この人物の生きてきた総てを象徴する風景なのだとしたら、こんなにも悲しいことはないだろう。なんてどうしようもなく、報われない人生だったのだろう。
しかし、彼はまたゆっくりと歩き始めていた。
一歩ずつだが確実に、その足はシッカリとした歩みを見せていたのだ。
それは間違いでないと教えてくれた人たちがいたから。
それまでの生き方に、何も間違いはないと教えてくれた人たちがいたから、また進み始めることが出来たのだ。
ただ、正義の味方でありたかった。
ただ、歩いてきた道に間違いでないと思いたかった。
その思いを胸に歩み続ければよかったのに……。
しかし、望んでしまったのだ。
あの少女と、自身が愛してやまないあの少女を自分の手で守りたいと。
もう一度、彼女と……彼女と共に戦いたいと。
だがこの望みはおかしなものだと、矛盾しているものだと、とっくの昔に気が付いていた。
“やりなおしなんか、できない。死者は蘇らない。起きた事は戻せない。そんなおかしな望みなんて、持てない”
かつて、自分で口にした言葉。
おそらくここに居る彼よりも、強い信念を持って口にされたモノ。
それが分かっているのに、それを見て見ぬ振りをしてただ歩いている。
最早それは理想への歩みではなく、『逃げ』に他ならないのかもしれない。
“きっとみんなを救うより、大事な人をずっと守り続けていくことの方が辛いかもしれない”
かつて彼に理想を与えた人が、そして今ここに居る彼の願いを肯定してくれた人が言ってくれた言葉。
それは重圧となって心を大きく揺さぶる。
“確かな幻想を持たないものが、自身の力を使いこなすことなど……出来るはずがないだろう?”
彼が、かつてよりも力を付けるきっかけをくれた人物の言葉。
それは的確に彼の矛盾を指摘する。
“――オレは、自分のモノは絶対に手放さない。お前はどうだ?”
彼の前に現れた、今の彼に最も影響を及ぼしたであろう死に神の言葉。
それは彼の決心が鈍っていることを露呈させ、弱さを見透かす。
これまで彼をこんなにも苦悩させたものがあっただろうか。
これまで盲目的に、一つの目的のために様々なものを犠牲にしてきた。
そして今、心にあるのは、無謀なまでの一つの理想と誰もが思い描く一つの願い。
大衆の正義の味方であろうとする理想。
大事な一人を守っていきたいという願い。
そう、彼の影響を与えた者たちは理解していたのだ。
この二つの想いの狭間で迷い戸惑うことを。
その迷いが徐々にそれまでの彼を、少しずつではあるが変質させていく要因になった。
それが正解なのか、間違っているのか、決めることが出来るのは彼のみ。
この地平を歩いている彼にしか出来ないこと。
彼は歩き続ける。
終わりも見えないであろうこの地平を。
剣戟の音が木霊するその先へと向かって。
せめて、動き始めたこの足だけは力強くあろう。
そう胸に決意しながら。