終わりの続きに   作:桃kan

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思いの果て

 

 

 

―interlude―

 

 

 ぶつかり合う。それは火花をあげながら踊る、まるで演武のように軽やかに、そして豪快に。

一方は一刀を駆使する使い手、両儀式。もはやそこには姿から感じられる女性的な雰囲気は皆無。

そこに在るのは、目の前の敵をその刃にて斬り捨てんとする、それ以外のモノを総て排除してしまった者。

片や二対の夫婦剣を操る者、衛宮士郎。知識に裏付けされた鍛練のもと、繰り出されるは変幻自在の動き。それを駆使しこの戦いに臨む。

 

 

 歩数にしておよそ、十余の距離。

その距離を瞬きの間に詰め寄られる。これまで士郎が戦ってきた者たちとも段違いの、稲光を思い起こさせる速度。

しかし、真に特筆すべきはそこではない。その速度より恐怖せねばならないモノ、それは『刀』。やや中段に構えられたそれは、士郎の想像などよりより早く横薙ぎに振るわれる。

 

 

 ぶつかり合う刃と刃。

 しかし式の刃はあっさりと、士郎の手にしていた夫婦剣を粉砕し、より一歩を詰めていく。

 

 

「――投影・開始(トレース、オン)!!」

 

 士郎の、一人の魔術使いから発せられる言葉。

それは自らの手に再び、壊されたはずの夫婦剣を現し、その一歩の侵入を拒む。

 

 

「――っ!」

 そう。常に攻めを繰り返しているはずの両儀式の、詰めの一手がどうしても繰り出すことが出来ずにいる。

 

確かに彼女は彼の持つ得物を『殺している』はずだった。

しかし先の戦いと同様に、幾ら殺してもまた新たなモノが現れる。

 

 

 死を視る者と、

 造り出し続ける者。

 

 まるで背中合わせの性質を持つ者同士の戦い。

故に、決まり手があるとするならばそれは一瞬、どちらかの気が緩んだ瞬間。

 

 

 再度疾走する式の身体、それに応ずるように手にもつ干将を振り下ろす士郎。

しかし、振り下ろすそれは式の速さの前ではまるで無意味。

再び鈍い音をたてて殺された干将。それを目にしてさらに懐へと突入する式。

 

 

ついに勝敗を決する一刀が振るわれるかと、その戦いを見守る幹也が想像し、式さえも確信した。

 

 

 

「――本当に、なんてデタラメ!」

 

しかし次の瞬間、発せられたのは戦いを告げる音ではなく、一歩を踏み出そうとした式の皮肉にも似た一言であった。

 

 

彼女の突入はそれを行おうとした刹那に、それを阻まんと現れたのは剣の壁。

 

 

 これまでに経てきた戦いの知識の中で得た魔術の運用方法、それはどの場面にも応用が利くほどに昇華されている。

 

 そう。彼が式の前では『手のひら』にのみ限定して投影を行っていた理由はそこである。

あくまで『造り出す』のだから、その座標を自身が把握していればそれは何処でもいい。

かつての自分自身も、英雄王と対峙した際にそれを実践していた。

言うなればこれは、初見の者にとってはまさに“避けることの出来ない”技の一つ。

 

 

 

 式は咄嗟の判断で、後方に飛び退く。

しかし、その先には創造主からの射出命令を待つ無数の切っ先。

士郎は今まで無意味に後退していた訳ではない。式が必殺の一撃をもって自分に止めを刺しに来る。この瞬間を待っていたのだ。

 

 

「停止解凍、全投影連続層写(フリーズアウト・ソードバレルフルオープン)!!!」

 

 

 響く宣誓と共に、標的に向け打ちだされる無数の剣戟の群れ。それと同時に攻めに転じようと疾走を始める士郎の姿。

それらを目にしながら、式ははっきりと逃げられないことを悟った。どのように身を翻そうが、おそらく致命傷は避けられない。当然士郎に勝つことも出来ない。

だが式は、それでも目の前の少年に跪くことだけはしたくなかった。

 

 

 カッと見開かれる式の目。

その目は自身に飛来する無数の凶器を直死する。

 

 

 この光景はあまりに異様であった。

既に疾走を開始していたはずの士郎ですら、それを目の当たりにして、両儀式という人物はやはり化け物めいていると感じたほどであった。

徹底的に退路を絶たれ、手詰まりの状態のはずの、自分より遅く動作を始めたはずの式の刀は既に迫りくる刃を撃ち落としていたのだ。

 その確信をもって、手にした夫婦剣を振りかざす士郎。

どれだけ相手が神速の域を越えようと、自らの勝利のみを信じ、地を蹴る。

 

 

 

「――これでッッ!!」

 

 

 剣戟の残骸たちによって舞い上がる砂埃の中、より一層強く、甲高い音をたてて打ち交

わされる刃と刃。

 どちらにとっても必殺の一撃。そしてその音が終わりの合図、この二人の一瞬とも思える攻防の終わりの印であった。

 

 

 

 

 

 

「――あぁ……なんて、デタラメな力だ」

 砂塵の舞う中、ゆっくりと立ち上がる影が一つ。

それは手にしていた得物を見据えながら、嬉々とした表情をしていた。

 

「なんで最後の最後で躊躇したんだよ?」

 彼女、両儀式が手にしていた刀は半ばから折れてしまい、最早使えない状態。

しかしそれでも彼女は無傷のまま、その場に立ちあがっていたのだ。

 

 そう。傷を負い地に膝をついていたのは、衛宮士郎の方であった。

 

 

 

 

―interlude out―

 

 ジワリと嫌な感触が肩口から広がる。

そこに目をやると、夥しい量の血があふれ痛々しく赤に染め上げていた。

 

 勝敗は決した。

俺の、衛宮士郎の負けだ。

 

「次の手も用意してたんだろ?でももう……やる気なさそうだな」

 

 式さんは俺を見ずにそう呟く。

確かにその通りだった。もし自分の一太刀が式さんに致命傷を負わせられないならば、式さんの背後に展開していた投影を射出する、そう考えていた。しかしそれは諸刃の剣。自分自身もただでは済まない。

だがそれ以上に、式さんの速度は俺の想像を上回る速さだった。俺が莫耶を振り下ろすより先に、彼女の刀は俺の肩口を捉え、一刀に伏していた。結果俺は次の 一手を繰り出すことも出来ず、地に膝をついてしまった。結局のところ式さんのポテンシャルを読み切れなかった、それが一番の敗因だろう。

 しかし俺の投影した宝具を撃ち落とすためにボロボロなるまで酷使した刀では俺を両断することは出来ず、ただ軽傷を負わせた程度であった。

つまり式さん自身も得物を失い、俺と同様にこれ以上は戦うことはできない状態だったのだ。

 

「――はい、俺の負けです」

いかに軽傷とはいえ、これ以上戦うことは出来ない。

俺は流れる血を押さえながら、式さんに目を向けてそう返した。

 

俺の返答に“つまらない”と皮肉を口にしながら、式さんはゆっくりと縁側の方に歩いて行った。

俺は彼女の後姿を目で追いながら立ち上がる。少しよろける足に不安を覚えながらも、どうにか一人で立つことが出来た。

 

 

きっとこの勝負に負けてしまえば、悔しくてやりきれないのだろうと考えていたが、不思議と心を占めていたのは『爽快感』であった。栓をしていた気持を一気に吐き出すことが出来たかのような感覚。

それだけでこの戦いに臨んだ意味があったと心の底から思うことが出来たのだ。

 

 

 

“これで何かが変わったとは言えない。でも……”

 

 

「おい、士郎!」

声の先に視線を向ける。そこには並んで立つ幹也さん、そして式さんの姿があった。

式さんは恥ずかしそうに髪を掻き乱し、そして笑顔を見せながら最後に一言、俺に告げた。

 

 

 

「また今度、気が向いたら手合わせしてやるよ」

「――えぇ。色々片付いたら……お願いします」

 

 その一言は、俺の存在を認めるモノ。

これまで冬木における様々な関係性をないものにしてきた俺が、作ることの出来た人との繋がり。何故かそれがひどく嬉しくて、自然と頬を涙が伝っていた。

 

 

 時は刻一刻と過ぎていく。

間近に迫る季節に焦りを覚えながら、俺は歩みを止めることはしない。

 

 ただ、この笑顔に報いるために。

 ただ、己の中に後悔を残さないために。

 

 東の空が白み始め、新しい朝を告げようとしている。

季節は冬、ついに俺の待ち望んだ季節は目の前に迫っていた。

 

 

 


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