終わりの続きに   作:桃kan

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開幕
訪れた季節


 

 差し込む陽が今日の始まりを告げる。一日は始まり、いつものように様々な人がお互いに自分の役割をこなしていく。

うっすらと目を開け周りを見渡す。見慣れた風景がそこにはある。もう何年も使っている魔術を鍛練する場、俺の秘密基地だった場所だ。

 

「朝、か……」

 一言呟き、俺は少し身ぶるいをしながら身体を起こした。

さすがにここで寝るべきではなかったかもしれない。まだ風を引くほどではないかもしれないが、空気は冷気を帯びてきていた。

 

「先輩? またこんなところで寝ていたんですか?」

 不意に声が掛けられる。土蔵の入口に目をやるとそこには家族当然に接している少女の姿があった。

 

「あぁごめん。またやっちまったみたいだ」

 俺はその少女、間桐桜に謝罪をしながら立ち上がって彼女が待つ入口へと歩を進める。

すると桜はいきなり顔を真っ赤にし、俺が追いつくよりも早くその場から駆け出していた。

手には俺にかけようとしていたのであろう毛布がチラリと見えた。

 

「あぁ、なるほどな……悪いことしちゃったかな」

 桜に好意を向けられていることはだいぶ前から気が付いていた。まぁ昔の俺ならば気付かないだろうが、さすがに今の俺はかつてほど鈍感でもない。

素直に彼女の気持ちが俺にとっては嬉しかった。いつの俺の記憶の中でも、彼女だけは俺の『日常』の中の存在でいてくれたから。

 そんなことを考えているから少しゆったりと歩いてしまったんだろう。俺が土蔵を出るころにはすでに桜は家の方から、早く来てくださいねとこちらに声をかけてくれていた。

俺は片手をあげて彼女の声にこたえ、視界を空へと移す。

 

そうする度に思い出すのは、知らず知らずの内に恩師と呼ぶようになっていたあの三人の事だった。

 

 橙子さんからよく言われていたのは、『確固たる意志』を持つこと。

実際に彼女から何かを学んだというわけではない。ただ色んな場所に行き、様々な経験を積んだ。その中で自分にプラスとなる魔術的な鍛練をしてきたわけなのだが、結局のところ、橙子さんの言葉が『魔術を使う者』として、一番大きなキーワードだったように思う。

 

 そして二人の、幹也さんと式さんから言われた言葉。

 強くあるために、『自分らしく在る』こと。

 自分らしい選択をするために、『シンプルな思考を持つ』こと。

 

 どれだけ鍛練を積み、技術面・肉体面が向上していこうが、結局のところそれをどのように発揮するのかは自分の心の強さ次第なのだ。

ようやく最低のランクはクリアした。あとは本当に、自分自身の決意の固さにかかっていると言っても過言ではない。

 

「――あいつが思い描かないようなエミヤシロウになる……それがまず俺がするべき事なんだから!!」

 一言呟いて、俺は家に向かって歩き始めた。もうそんなに時間はない。ならば今自分が出来ることをどうにかしてするしかない。本当に、時は止まってくれないのだから。

 

 

 

 

 

 制服へと身を包み居間の戸を開ける。暖かな空気と共に香り立つのは、どこかホッとする朝食の香り。

 

 今日は和食なんだと思いながら、俺は静かに戸を閉め自分の席を目指す。

 

居間に置かれた広めのお膳の上には、もう既に三人分の朝食が用意されていて、後は俺の到着を待つばかりという状態であった。

そしてそこに鎮座するは言わずもがな、姉のような存在であり、虎と呼ばれる女性が一人。彼女はどこか落ち着きのない俺に言葉を投げかけてきた。

 

「もう、遅いよ士郎~! ごはん冷めちゃうじゃない!?」

 

全く、この人は相変わらずだなと心の中で苦笑しながら、俺も自分の席へと腰かけながら目の前の虎に一言呟く。

 

 

「――ごめん、ちょっと寝坊しちゃったみたいでさ」

「もう。最近本当にお寝坊さんだねぇ。士郎が夜更かしして一体何をしてるのかっ! お姉ちゃん、すーっごく心配だよ!?」

 

 にやりと嬉しそうな笑顔を浮かべる藤ねえ。きっとなにか俺をからかうネタでも思いついたのだろうなと考えながら、俺はとりあえず無視することにした。

 

 

こんな日常を肌で感じながら、今日も平和だなと思う。うん、やっぱりこの空気感が俺は好きなのかもしれない。

 

「――お待たせしました」

 藤ねえの騒いでいる中、台所から桜がようやく出てきて席に座る。

にこりと笑いながら、慣れた手つきで藤ねえと俺にお茶碗を渡すと、ようやく藤ねえも静かになって食事のあいさつを待っている。

これが衛宮家の朝の何げない風景の完成だ。

 

 

「さて、それでは……」

 

「いただきます」

「いただきます」

「いただきますっ!!」

 

 

 食卓に響くそれぞれの声。ニコニコと桜の作った朝食を食べる藤ねえ、それを笑顔で見つめる桜。うん、やはり朝はこうでなくては。

この光景を見るのがあまりに嬉しくて、しかしどこか懐かしくて……。

 

 複雑な顔をしているであろう表情を悟られまいと、味噌汁のお椀を手に取りゆっくりと、ただゆっくりとその味を楽しむことにした。

きっともうすぐ、こんな日々が遠いものになっていくのだろうと確信しながら。

 

 

 

 

 

 朝食を終え、会議だと慌てる藤ねぇと部活に向かう桜を見届けてから俺は自宅を出た。いつもより少し早目の時間になったせいだろうか、通学路にいる学生の数も疎らだった。

その学生たちの中に友人の姿を見つけ、俺は一声かける。

 

「よぉ、一成。今日も生徒会か?」

「あぁ、衛宮か。今日も早いのだな」

 

 柳洞一成、彼も桜と同様に俺の『日常』としての存在だった。

冬木の人たちとの関係が幾ら希薄になっていったと言っても、一成とは変わらない関係を築くことが出来た。ただ、常に生徒会の手伝いをするということはもちろんなかった。自分に時間がある時だけ、一成に手を貸す程度である。

そんな風にしてでも俺が一成との関係を築こうとしていたのは、おそらく彼とは友達でいたいという俺の我が儘があったからだろう。

 

 

 かつて、魔術を使う者として生き始めてから、どの記憶の中にも彼と再会した記憶はない。今の俺になって初めて一成と対面した時の何とも言えない気持ちを 俺は忘れることは出来ない。いわゆる郷愁の念というやつだろうか、上手に言葉には出来なかったが、すごく嬉しいと思えた。

 

 

「最近忙しそうだな、放課後も遅くまで残ってるみたいだし」

「そうなのだ、少し立て込んでいてな。また手伝いをしてくれると助かる」

 そんな他愛もない話をしながら、俺たちは学校への道を歩いていく。こいつの誠実な性格からして他の人間に頼みにくいのだろうと考えながら、ふとある疑問にぶち当たった。

 

「そう言えばさ、他の生徒会の役員はどうしたんだよ?」

「そ……それはだなぁ」

「最近一成以外の役員の子って数人しか生徒会室で見ないけど……」

 うろたえながら返答に困る一成。どうにもはっきりしないと思いながら、別の話題を振ろうと時、一成がいきなり大声をあげた。

 

「き、貴様! こんな早くにまた何か善からぬことでも考えているのか!?」

 

 いきなりの大声にもびっくりしたが、普段の言葉遣いと大分違うことを考えると怒らせてしまったかと反省し、俺はごめんと言いながら彼の方に視線を移す。だが一成は俺の方ではなくもっと道の先、校門の方を見て声を荒げていたようだ。

 無論俺の声に反応もせず、一成は猛ダッシュで校門に近付き相手と口論を始めた。

 

「まったく、何やってん……だ」

 俺が一成を落ち着かせようと駆け寄って声をかけようとした時、俺は思わず声を失ってしまった。そう彼女が、あの“黒髪の少女”がいたからだ。

 

 

「ん? あぁ、すまん衛宮。この女を見た途端に我を失ってしまった。まだまだ修行が足りん」

 

 一成の声が遠くに聞こえるような気がした。

 

「この女呼ばわりは失礼ね、柳洞くん?」

 

 この声、はっきりと覚えている。俺がオレであったころのパートナーの声。

 

「このたわけが! 生徒会役員への横暴、謝罪もせずによく言ったものだ」

「この間お互いに納得したと思っていたけど、ご希望ならまた後日にじっくりお話しさせていただくわ」

 

 このハッキリとした物言いも、その実直な眼差しも、記憶のままだ。

 

「どうしたのだ? 衛宮よ」

「あぁ、すまない。少し呆けてた」

 

 あの朝日の輝く中で、忘れることのない笑顔を残してくれた少女、だから親愛を籠めて俺は言葉にしよう。普段と変わらない、いつもの言葉で。

 

 

 

「よぉ、遠坂って朝早いんだな」

 

―interlude―

 

「よぉ、遠坂って朝早いんだな」

 

 にくったらしい生徒会長と口論……とまではいかないが会話している最中、不意に遠くから駆け寄ってきた男子が声をかけてきた。

 

 そう、私はこの男子を知っている。私がこの学校で知るなかで一番危険で……一体何なのか分からない男。

そしてあの子を、桜を眺めていると度々姿を現す、桜が一番良い笑顔を見せる男子だ。

いや、違うか。むしろこの男子の前でしか桜は笑顔を見せることはなのだ。

 

「貴方は……」

「衛宮! このような女と会話する必要はないぞ!」

 

 私が衛宮くんに返答しようとすると、またまた生徒会長の邪魔が入る。全く、なんでこんなに目の敵にされるのかも正直分からないが、まぁここは身を引くのが良策だろう。

 

「衛宮くん? あまり柳洞くんと仲良くしていると便利にこき使われるだけよ」

 とりあえず嫌味を一言呟いて、踵を返して再び私は校舎の方へと歩を進める。

 

「ありがとうな、遠坂」

 不意に予想外の声が返ってきて、思わず私は立ち止まってしまう。何故? 嫌味を言っただけなのになんで? 訳が分からない。衛宮くん……一体どんな神経しているの?

 

 上手に言葉にすることは出来ない……でも私の勘が、魔術師としての勘がこう告げている

 

“この男は危険すぎる”と。

 

 そう、彼から発せられるあの独特の雰囲気。それは間違いなく『魔術を使う者』が発するモノのそれ。いや、それだけで言い表すことの出来ないモノをあの衛宮士郎という男は秘めている。私にはそう思えて仕方がなかったのだ。

 

 

「――あいつも、関わってくるんだとしたら……」

 

 教室までの階段を足早に歩きながら、私は考えていた。

衛宮士郎という男を野放しにはできない。冬木の管理者として、何をするためにこの地に留まっているのか、何が目的なのかをハッキリさせなくてはならないと。

 

 

「もし、聖杯戦争が目的だったら……叩くしかない」

 

そう、もう既に時は満ちている。聖杯戦争に関わる者がこの地に集結し始めている今、決断を急がなければならないのだ。

 

 私は逸る気持ちを抑えながら、階上へと急いだ。まずは落ち着くこと、優雅に振舞わなくてはならない。それが私のポリシーなのだから。

 

 

 

―interlude out―

 

 

 

 

 

「遠坂か……」

 自分で呟いた、あまりに懐かしい響きに、少しだけかつて彼女と共に戦いの夜を駆け抜けていた時のことを思い出し、思わず笑みが出た。

 

 そんな俺を不思議に思ったんだろうか一成は俺の顔を、眼を白黒させながら心配そうに見ていた。

 

「あぁ、すまん一成。早く行こうぜ」

「今日は本当にどうしたのだ衛宮。体調でも悪いのか? もしや、あの女狐にあてられたか!?」

 

 あまりに突飛のないセリフを吐きだす一成。それもあながち間違いではないが、とりあえず俺は笑って誤魔化すことにした。

一成はどうにも納得のいかない様子だったが、足早に俺たちは校内へと急ぐことにした。

 


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