終わりの続きに   作:桃kan

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雪の少女

 

 

「――結構買い込んだな」

 両手に持っていた買い物袋を傍に置き、俺はベンチに腰掛けながらそう呟いていた。

セイバーという同居人が増えたことで、何かと用意しなければならない物もあり、そのために購入する物も多くなった。まあ正直に言ってしまえば、買い込む食料が倍近くになってしまったということなのだが。

 

「二人は……服、見に行ってるんだったか?」

 そう。今までのようにセイバーに藤ねえのお古を着させておくことのにも気が引けたので、桜に頼みセイバーの服を見つくろってもらっている。さすがに俺の見立てでは、良いものを選ぶ自信もなかったので、桜に感謝してもし足りないくらいだ。

しかし、もう昼の時間帯も過ぎているというのに、商店街は大勢の買い物客で賑わっていた。自分がこの時間帯に買い物などに来たことがないから慣れていない ということもあるだろうが、考えてみれば深山町の買い物の中心といえばこの商店街になるわけだし、無理もないだろう。そう自分を納得させながら、忙しなく 動き回る人波を見つめていた。

 

「そういえば久しぶりだな。こんなにゆっくりした時間って……」

 思い返してみれば橙子さんや式さんたちと関わり始めてからというもの、一人でゆっくりするという時間はろくに取れなかった。どんな手を使ってでも、強くなろうということしか考えていなかったのだから、当然と言ってしまえば当然なのかもしれない。

これまでに起こったことを思い出し、顔を上げる。その先に広がっていたのは、あまりに高い空。夢の中でいつも見る悲しみの色とは対極の透き通る色。自分の中に抱え込んだ悩みさえ、全て取り払ってくれそうなほどの蒼。

 

「二人とも、まだかな」

 視線を手元に戻し、再度人の流れに目をやる。

 

「――な……」

 動く人の流れの中、視界の隅にそれを見た気がした。

 

「……まさか」

 それは人の波の中でただジッとこちらを見据えている。そんな気がした。

 

「……言、峰?」

 かつて冬木で関わっていた人物の中で、思い出そうとしなかった人物。そして俺が唯一敵意をもって接していた人物であった。

 そう。今になってみればおかしな話だったのだ。確かに力を付けていけば付けていくほどに、正義の味方であることと大事な一人を守ることに苦悩した。いく ら自分自身の目的のために行動していたとしても、『正義の味方への憧れ』が俺の中から消え失せたわけではないからだ。だというのに俺はこの人物を忘れてい た。いや、『忘れよう』としていたのかもしれない。『正義の味方』として最も忌むべきこの男のことを。

 

「――ッ!!」

 腰かけていたベンチから立ち上がり、もう一度あの男が居たであろう場所に視線を戻す。

しかしそこにあの男の姿はない。周囲を見渡しても、あの黒い服の男を見付けることは出来ない。忙しない人の流れに消えていったのか、それとも俺の見間違いであったのか。それを確認する術はない。

「何で、だよ。何で……」

 吐き出した言葉は雑踏に消えていく。

しかし、いくら言葉にしたところで、心の中に芽生えた蟠りが解けるわけではない。それはまるでいつも夢で見る果ての見えない荒野のように、鉛色の垂らしたように重いあの空のように、俺の心を覆い尽くしていく。

 どれほど強く握りこんでいたのだろう、気付けば手の平から血が零れ落ちていた。だがそれほど自分自身を痛め付けなくてはおかしくなる。頭ではそう理解していた。

 言峰に対する嫌悪。

 自分に対する憎悪。

 この二つの感情を受け入れることが出来ず、そしてそれを痛みによって忘れようとあまりに愚鈍な行為をする以外、今の俺に為す術はなかった。

 

 

 そんな時であった。

あの夜に聴いた、可愛らしい響きを再び耳にしたのは。

 

「そんなに怖い顔して。どうしたの? お兄ちゃん」

 どれだけ失念していたというのか。傍にこの少女がいることにも、今声をかけられてようやく気が付いた。その銀髪の少女の存在を。

 

「こんにちは。会うのは二度目ね」

「……ああ。そうだな」

 先までの気弱なエミヤシロウでは、今相対したこの少女に申し訳がたたない。彼女の声に俺は言葉に淀みが出ぬよう、意識を切り替え返答する。

彼女はそれに納得したように無邪気な笑顔を浮かべ、俺が先まで腰かけていたベンチに座り、俺を見上げながらこう続けた。

 

「ねぇ。少しお話、しちゃダメかな?」

「構わないけど……いいのか? 君も一応、マスターなんだろ?」

「やっぱりあの時から気が付いてたんだ!? ん~今はお日様も昇ってるし、それにバーサーカーはお留守番なの。だから戦うとか、そういうのはなしね」

 こちらの返答に少し驚いた素振りを見せながらも、イリヤの返答からはやはり余裕が感じられた。何より、俺が『イリヤがマスターと知っている』という事実を、こちらの都合のよい風に捉えてくれたことは僥倖であった。

俺はイリヤと同じようにベンチに腰掛け、隣に座る彼女に視線を合わせる。彼女は笑みを絶やさないまま、少しの間俺を見ていた。

彼女に見つめられると、どこかやる瀬ない思いに駆られる。やはり彼女が俺にとっての大事な人の一人であるということも関係しているのだろう。

そして思い出してしまうのだ。彼女の、イリヤの最期の時を。

 

「――ねぇ! どうしたの?」

 少しぼんやりしてしまったのだろうか。

気が付くと、顔を近くに寄せながら、イリヤが悲しそうな俺を見ていた。

 

「あ……ああ。ごめんな」

「ううん、いいよ。別に気にしないから」

 

 ぎこちない俺の笑顔に、満面の笑みを返してくれるイリヤ。

全く、一体俺は何をしているんだろうか。イリヤを心配させてしまい、あまつさえ彼女には似合わない悲しそうな表情をさせてしまった。

こんなにもイリヤは正面から俺にぶつかって来てくれているのに、それに向かい合うことが出来ないまま、俺は弱くなり続けている。

 

 

 そんなやり取りを繰り返しながら、俺たちは少しずつ互いのことを話していった。

俺が既に知っていた、彼女の無邪気さと残酷さ。そして改めて実感させられた。彼女がどれだけ親父を、切嗣が迎えに来るのを待ち望んでいたかということを。

笑顔を絶やさぬまま、まだまだ二人の時間を楽しみたいと思い始めた時であった。二人の少女の声が響き、この穏やかな時間の終わりを告げた。

 

 

「シロウ! お待たせしまし……た」

 足早に駆けてきたのは、セイバー。紙袋を片手に持ちながら、走ってくるその姿は容姿通りに可愛らしい。しかし、俺と傍にいる少女がハッキリと見えた途端、先までの溌剌とした表情はガラリとその色を変えた。

 

「あ……お知り合いですか。先輩?」

 遅れる形で、息を乱しながら桜がセイバーに追いつく。

見慣れないイリヤの姿を目にし、呼吸を整え彼女に一礼し、俺に疑問を投げかける。

 

ダメだ。この状況だけは……これだけは望むべき状況ではない。

イリヤが言っていた通り、マスターとして顔を合わせていたならば、非情になることも出来た。しかし今のイリヤは全くそんな雰囲気を感じさせているわけでは ない。だがセイバーの方はどうだ。にこやかであったはずの表情は一転。一見して分かるほどに警戒を露わにしている。今後の展開を考えるならば、ここでいざ こざを起こしてしまうことは、決してしてはいけない。

俺は出来る限り何事もなく事を済ませようと、慎重に言葉を選びながら会話を進めようと口を開く。

「ああ。こ……この子は」

「わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば貴女たち二人には色々分かるでしょ?」

 

 しかし俺を意に介さず、イリヤは意地悪そうな笑顔で名乗りを上げる。

その響きは堂々と、そして挑発めいた響きを孕みながらセイバー、そして桜に投げかけられる。

 

「――まさか!?」

 イリヤの名乗りに、最初に驚きの声を上げたのはセイバーだった。

先まで放っていた研ぎ澄まされた殺気から一変する。かつてイリヤ、そしてバーサーカーと対峙した際は、彼女が浮かべもしなかった困惑の色に表情は包まれる。

そしてそれは桜も同様であった。

無理もない。俺がまさかアインツベルンの者と共にいるなど、彼女が予想出来ようはずもないのだから。

 

しかし、イリヤが自らの名を、『アインツベルン』を名乗ったということは、覚悟しなければならない。そう。彼女がそれを名乗ったということは、ここからは一人のマスターとして俺たちと相対するということだろう。

俺は混乱する考えを整理しながら、今一番優先すべき事を、『アインツベルンの魔術師の思惑』を理解するために、こう呟いた。

 

「桜、すまない。先に家で待っててくれないか?」

「え?――」

 言葉通り、桜の表情はみるみる内に、困惑と悲哀を合わせたものへと変わっていった。

確かにこの場で彼女を帰してしまうことは不自然なことなのかもしれない。だがどう転ぶか分からないこの状況で、不確定要素をこの場に留めておくことだけはしたくない。

そして何より、桜の安全を考えれば仕方のないことなのだ。

 

「申し訳ありません。今はシロウに従ってください、サクラ」

 俺の意図を汲み取ってくれたのだろう。セイバーも桜に向かい静かに語りかける。そう語りかけた彼女の表情は騎士としての、頼もしいものへと戻っていた。

 

「……分かり……ました」

 納得のいかない表情を見せながらも、俺たち言葉に従う桜。踵を返し帰路につく姿は、あまりに弱々しい。

きっと彼女に対して、何かしらのフォローを入れるべきだったのだろう。しかし今の俺には何も言うことは出来ない。きっと何を言葉にしたところで、彼女をより深く傷つけることは火を見るよりも明らかだったから。

ただ、その悲しい背中を見守ることしか出来なかった。

 

 桜の姿が見えなくなり、そしてようやく周囲の人ごみが落ち着き始めた頃、静かに俺たちのやりとりを見守っていた少女はようやく口を開く。

先までの無邪気な少女のものではなく、残酷な魔術師としての顔を覗かせながら。

 

「さぁ、お話の続きをしましょうか。お兄ちゃん?」

 

 


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