終わりの続きに   作:桃kan

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すれ違い

 

 俺の先を歩く少女の姿から伝わるのは、ハッキリとした拒絶。

彼女にとっては出会ったばかりの、信用のおけない者に対する不信の言葉を述べたに過ぎないのだろう。

しかし俺にとってはそうではない。切望して、追い求めていた出会いだった。より近付きたいと、心の底から守りたいと思っていた少女からの決別の言葉は、想像以上に俺にダメージを与えていた。

だから仕方がないことなのかもしれない。ようやく帰りついた自分の家に、待ってくれているはずの少女が、桜の姿が見付けられないことを少しも気に留めなかったことは。この時、彼女のことを考えていればよかったと、俺は後悔することになる。しかしそれすら頭に巡らせる余裕のないほどに、俺は動揺しきってい たのだ。

 

「マスター。今夜は外出しようなど、決して考えないでください」

 玄関の鍵を開ける俺の背中に、冷ややかに声をかけるセイバー。

普段は気になることのない家の戸も、この状況から今すぐにでも解放されたい俺にとっては、あまりに煩わしい。

数度鈍い音をたて、ゆっくりと戸が開く。

明かりのない、かつての温かみのない屋内へと足を踏み入れ、靴を脱いだところで再び、セイバーは俺へと言葉を投げかけた。

 

「それでは不用意な行動は起こさぬよう、気を付けて下さい」

「あぁ。分かった」

 

 短いやりとりを済ませ、各々部屋へと入る。

かつては困惑するほどに近かったはずの俺たちの距離は、見ず知らずの他人とのそれに近しいほどに大きな隔たりを生じさせていた。

 

「――もう、名前では呼んでくれないんだな」

誰にも届くことなく、その響きは消えていく。

一人、何もない簡素な部屋に足を踏み入れると嫌でもそれを意識せずにはいられない。

一体自分は何をしているのだと。彼女のために戦うと誓ったのではなかったのかと、思惑通りにいかないこの状況に腹立たしさを覚える。

そう。自分の中に広がりつつある暗い感情が、明かりのないこの部屋の闇のように更に濃度を増していくようにすら感じられたのだ。

 

「ダメだ……」

 そう思い至った瞬間、俺はもうこの部屋にいることは出来なかった。

乱暴に部屋と廊下を隔てる障子を開け放ち、足早に外へと飛び出す。先程セイバーに言われたはずの言葉をかなぐり捨て、ただ一心に目的の場所へ向かって足を進める。

一人でいることで、あの部屋で悶々と考え続けるだけではどうにかなってしまう。ズブズブと深みに嵌まっていくということは分かりきったことだったのだ。

 

「……ハァ、ハァ、ハァ」

 

 自室と同様にそこも深い闇が広がる。しかし何もない自分の部屋ほどに嫌な気持ちにはならなかった。シンと張り詰めたこの緊張にも似た感覚は、自分にとっては心地の良いものだった。

 雲が晴れたのだろう。窓から昇り始めたばかりの月の明かりが差し込む。

照らし出された板張りの床はどこか優しい色を見せ、汗を流して鍛練をし続けたあの日々を思い起こさせる。そう。やはりここが、この道場こそが、今の“エミヤシロウ”を形作っているからに他ならないからであろう。

響くのは乱れた呼吸の音。必死にそれを整えながら、頭に巡らせたのは今後の戦いのことでも、自らが召喚した騎士王についてでもなく、自分自身の弱さについてだった。

 

「――投影・開始(トレース・オン)」

 

 その手に現すのは言わずもがな、馴染みの夫婦剣。

 

「――ッ!」

 

 静かに剣を掲げ、一閃。

 空を斬る音。

 床を踏み鳴らす足音。

 一定に保つよう意識した息遣い。

 

 月明りに照らされながらただひたすらに剣を振るい続ける。休むことはしない。ただ一心に手を、足を動かす。

結局、以前ここで剣を振るっていた時と変わっていない。

どれだけ力を付けようが、どれだけ魔力を上手く扱えようが、どれだけこれから先に起こりえる情報を知り得ていようが、何も変えることは出来ていないのだ。

どうしようもなく甘く、どうしようもなく決断力に欠ける。

助力してくれた人の思いを反故にしながら、犠牲になってきたものに目を背けながら俺はのうのうと生きているのだ。

 

「――これじゃ……ダメに決まってる」

 

 弱音が口から零れる。かつて、刃を交えた師が、そして自分を導いてくれた恩人が教えてくれたではないか。強さの意味、彼女と彼が心に刻むその答えを。

今もなおそれを実践することの出来ていない自分自身があまりに歯がゆく、諦めの言葉を吐露してしまう。

 それでも動き続けることを止めはしない。

この剣を振るうことの積み重ねが、理想を実現するために必要であることを知っているから。セイバーからどう思われようと、どれだけ自分が傷付こうとも進み続けることを止めることは出来ない。

 

「やり方は分からない……でも!」

 

 力を籠め、一対の刃を振り下ろす。一陣の風を思わせるほどに轟音をたてたそれは、本当の意味で空を斬り裂いたのかもしれない。それを最後に動きを止めると、道場に響くのは俺の息遣いのみ。まるでその一閃により、外界から分断されてしまったかのような錯覚さえ覚えた。

 

「出来ることを、するしかないんだ」

 シンと静まりかえる道場に、再び言葉を漏らす。

そう。今はただ、彼女が幸せな結末を迎えることが出来るように、ただそれだけのために足掻き続けるしかない。

 

 俺には、ただそれだけしか出来なかった。

 

 

―interlude―

 

 屋内には、必死に刃を振るい続ける少年。先刻、私が『信用していない』と切り捨てた自らのマスターの姿があった。

 

 信じても良いと思っていた。彼を、エミヤシロウという少年を。

この人物になら、心から我が剣を捧げることが出来る。そう思っていた。

初めて刃を交えた時のあの実直な太刀筋。そしてその真摯な瞳は信じるに値するだろうと感じさせられた。

しかしエミヤシロウの行動には不可解な点が多過ぎる。

キリツグの実子と、倒すべき敵と接触していたこと。重要な何かをひた隠しにしている態度。それら全てが彼を信じてはいけないのではないかと思わせたのだ。

 

 それに加えて、この光景を、私はどう説明すれば良いのか見当もつかないのだ。

そう。姿が重なるのだ。昨夜マスターと刃を交えていたあの赤き弓兵と、マスターの姿が。

今目の前で繰り広げられている、さながら舞とも思えるほどのその太刀捌きはまさに昨夜見たあの英霊と同じ動きなのだ。

 あの時は偶然であろうと思っていた。弓兵が使用していた一対の剣と同様の物を駆使し戦うことも。時折見せる、あの冷たい瞳も。

全ては偶然、たまたま似通ったものであるのだと思い込もうとしていた。

 

 しかし今、その疑念が確信へと変わっていく。

そう。確実にあの弓兵と我がマスターは何か繋がりを持っている。それをハッキリさせないことには、私は決してマスターを……エミヤシロウを信用することは出来ない。そして内容によっては、私はきっと彼を……かつてのマスターのように憎悪の感情を抱く事になるだろう。

 

「何も気にする必要などない……私は、聖杯を手にするのだ」

 踵を返し道場を後にしながら、私は知らず知らずの内に言葉を漏らしていた。

そう。彼が何を思っていようが関係ない。私はただ、自身の目的を果たすために再びこの地に召喚された。何も譲ることはない、その唯一の望みを叶えるために。

 

「誰であっても、我が道を妨げることは許さない」

 

 私の静かな宣誓は、誰も受け取り手のないまま、虚空に消えていく。唯一、月だけがその響きを受け取り、煌々と光を放ち続けていた。

 

 今日もこの空の下、一つの宝を賭けて戦争が繰り広げられているのだろう。

 こんなにも静かな、この街のどこかで。

 

―interlude out―

 

 


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