光り輝く、その名は
―interlude―
忘れようのない、あの日の出来事が今でも私の心を苛む。
周囲が地獄の業火に焼かれ、全てが赤に染まりきっていた時。
打倒すべき、忌々しくも強大な英雄王を目の前にしていた時。
そして、自らの意志と関係なく黄金の聖剣を振り上げた時。
支えとしていた望みを、騎士としての誇りを……あの男、エミヤキリツグが無為にしてしまった瞬間、私の願望の形を滅していく閃光の中、私は自身の無力さとキリツグに対する憎悪で泣き叫んでいた。
いや、違う。それはキリツグに対する憎しみなどという瑣末なものではない。王となったことが、私がブリテンを統べていたこと自体が間違いの始まりだったのだ。
だからこそその在り方を変えるために、聖杯戦争は……聖杯とは私にとって、それだけ価値があり絶対的に手にしなければならないモノだった。
“なん、なのだ……これは?”
だから私は目の前に広がるこの光景を信じることが出来ない。
その先にあるものは言わずもがな聖杯。七人の魔術師と、七騎のサーヴァントたちによって奪い合われるモノ。そして私が求め続けたモノ。
しかしそれは聖杯と呼ぶにはあまりに相応しくなく、どこを取ってみても神聖さなどを感じることは出来ない。むしろ禍々しさに身を震わせるほどであった。
そんな中、視界の隅に映ったのは聖杯を睨みつける一人の騎士。
金砂の髪を風に揺らしながら凛と佇むその姿は、何もかもを決意し自らの行いに悔いはないと顕わにしていた。
“まさか……またなのですか”
佇む騎士の表情を見れば、彼の者が何をしようとしているかということは想像に容易い。
だからこそ私は声を上げた。彼の者を止めようと手を伸ばすも届きはせず、ただ空を切るばかり。
“何故だ!? それはお前の夢の叶える唯一のモノのはずだ!”
星の燐光を思わせる一振りを掲げ世界の歪みの権化を消し去らんとする騎士に向け、声を荒げる。そう。この騎士ならば分かるはずなのだ。私が聖杯を求めるわけを、何を犠牲にしても手に入れなければならないということを。
刹那、黄金の剣の極光がさらに眩さを増す。私が、この私が一番知っているではないか。幾多の年月を、戦場を私はそれと共に戦い抜いてきた。
ひとたびその名を口にすれば両断出来ぬモノなどありはしない
その破滅の光に晒されてしまえば、後に残るものなど何もない。
其は約束された勝利の剣(エクスカリバー)。
星によって造り出され、強者たち……いや全ての人々の願いによって鍛え上げられし最強の幻想(ラスト・ファンタズム)。私が手に執り、そして今もなお私の、アーサー王の伝説を語る上でなくてはならない武具。
そう。つまり目の前で剣を振り下ろした騎士は私だったのだ。
だからこそ信じることが出来ないのだ目の前で繰り広げられるこの光景が。しかしこの光景はただの夢や幻とは言い難いほどに現実味を帯びていた。そして何より、目の前の私の表情こそ、言葉にし難かった。
“何故、そんなにも……”
目に痛かった聖剣の輝きが、徐々に輝度を目に優しいものへと変わっていく。
それが夜明けであることに気付くのに、そう時間はかからなかった。それを背にこちらに振り向く私の表情は、あまりに清々しく心残りなどありはしないと告げているようですらある。
そしてゆっくりとした口調で騎士はその名を、ある言葉を呟く。
私が不信を口にした、あの少年の名を。
“何故今その名を!? 答えろ……答えろ、アルトリア・ペンドラゴン!!”
まるで悲鳴を上げるように私はその名を叫んだ。だがやはり声は届く事はなく、満足げな表情のまま、目の前の私はその姿を光の中に溶かしていった。
そして私はこう思い至ったのだ。これはあの少年の中にある記憶なのではないのかと。
記憶と呼ぶには曖昧な表現かもしれない。しかし、以前見たあの夢。果てなく続く荒野に突き立てられた剣の葬列。あれは確かにあの少年の心に焼き付いた風景 だろう。だからこそあの時目にしていたもの全てが現実味を帯びていた。そして今目にしていた光景をそれに当てはめるとするならば、導き出される答えは、あ まりに単純なモノだ。
“これは、貴方が目にした光景だとでもいうのか……”
しかし、そんなことが起こりえていいのか。
これでは死力を尽くし、自らの望みを叶えんがために得物を手にするたちを不遜に扱うことに他ならないのではないのか。
“シロウ。貴方は一体、何者なのだ”
いずれにせよ、彼がまだ私に語っていないことはあまりに多過ぎるのだろう。
見極めなければならない。
彼という人物の本質を。
心から、剣を預けるべきか否かを。
―interlude out―