「ーーなる、ほど。これは、恐れ入る」
自らの胸に突き立てられた黒の刃に感嘆の言葉を漏らしながら、アーチャーは血を拭う事もせずただその事実を正面から受け止めていた。
ただその刃を放ったはずの桜だけが、その呆気ない現状に溜め息をつきながら、その光景を眺めていた。
「力加減、間違えちゃいました……」
そう一言、つまらなさそうに呟き、伸ばした影をアーチャーから抜き去る。
夥しい血を吐き出しながら、その場に膝をつくアーチャー。一瞬、俺とアーチャの視線が絡み、すぐに外れてしまう。その瞳からは俺に対する怒りなのか、呆れなのか、どちらの感情も読み取る事の出来る色を湛えていた。
セイバーと俺は魔力不足、そしてアーチャーも桜に痛手を負わされた現状では、これ以上戦う事は出来ない。
いや、もう俺の予測の範疇を超えた事態に陥っているのだ。一度この場から退避して体制を立て直す必要がある。
「ーーッ! アーチャー!」
「姉さんのサーヴァント、大した事ありませんね」
動揺を隠し通す事も出来ず、大声を上げながらアーチャーの肩に手を伸ばす凛。
しかし桜の一言に怒りを覚えたのであろう、視線を再度桜に向けいらだちながら言葉を吐き出した。
「桜……こんな事して何になるのよ。何をしたいのよ、アンタは!」
「あれ? 姉さんまで煩くするんですか」
凛同様、自らの姉に対して苛立ちをそのままにぶつける桜。
「お仕置き、しちゃいましょうか」
彼女の言葉に同調するように、影の鋭い切っ先を凛に向けれる。
純粋な悪意、隠しようもない憤怒。負の感情がその狂気に宿り、自らの姉に向けられている。
それを目にするだけで体力の尽き果てていたはずの身体に火がついたように、ブルブルと震え始める。
コレは怒りだ。桜に対するものではなく、不甲斐ない自分に対する怒りだ。
「桜! お前、何をしようとしてるか分かってんのか!」
「先輩、もうすぐ終わりますから……すぐに二人きりになりますから」
違う、そんな言葉を聞きたいのではない。俺はただ、彼女にそんな表情をさせたくないだけなのだ。
イリヤを腕に抱きながら、再び立ち上がり桜の前に立とうと試みる。
しかし立ち上がる俺の速度よりも早く、赤い外套を身に纏った腕がすっと伸び、静止を促される。
「……マスター、君は逃げたまえ」
視線を俺に向けながら、アーチャーは自らの主に対して逃げる事を進言するアーチャー。しかし誰が考えても、その言葉は遠坂凛という人物をどこまでも傷付けるものであった。
「な、何言ってるの! 負け犬になれって言うの!?」
「その通りだ。今の君ではコレを倒せん」
事実だけを述べ、血を振りまきながら再び立ち上がるアーチャー。それはいつか目にしたアイツの最期の姿にダブって見える。
そして凛もその言葉を否定する事は出来ないのだろう、ギリリと悔しそうに歯を噛み締めながら言葉を返せずにいた。
「セイバー……俺たちもだ」
そしてアーチャーの言葉は俺にとってもまたと無いチャンスだった。
「……もう口を開くな。貴方の指図はもう受けない」
緊張に顔を強ばらせながら、俺に対する言葉はあまりに冷たい。
騎士としてのプライドがそれを許さない事くらい、俺だって既に理解している。そして勝てないという事だって分かっているはずだ。その確信があるからこそ、このタイミングを逃してしまえば、彼女すらも俺は失ってしまう。
「状況を見ろ。こんなのどうしようもない」
俺の言葉に首を縦に振らなければ、二画残す令呪を使ってでも彼女を退かさなくてはならない。
「あぁ、そこにいる臆病者の言う通りだ……」
俺の考えを理解しているのだろう。不敵な笑みを浮かべながら、俺を見つめるアーチャー。おそらくアーチャーは俺の行動を利用して、何かを目論んでいるのだろう。
ならば体制を立て直すために、俺自身もコイツを利用するだけだ。
「ここは私に任せたまえ」
「アンタ……分かったわ。アーチャー、貴方を信じます、だから死なないで」
「ーーフ、誰に言っているのかね」
皮肉を籠め、 ニヤリと嫌らしく アーチャーは告げる。
「このアーチャー、死ぬつもりなど毛頭ないさ。再び生きて君に会おう」
「エミヤシロウ、この森を出るまでで良い。必ず凛を守れ。それが、お前にかける最後の情けだ」
そう。おそらくこの場から凛を逃がすまでの短い時間の共闘。俺たちにとって、それだけ遠坂凛と言う少女が大切であるという証拠だ。
その言葉を耳にし、俺たちはそこから足早に立ち去ろうと足を動かし始める。
「姉さん、どこにいくつもですか? ねぇ、姉さん!」
「ーー待ちたまえ……」
その言葉通り、逃げる俺たちを守るため、赤の守護者が立ちふさがる。
「君の相手は、私だよ」
桜と俺たちの逃げる間に割って入りながら、アーチャーらしからぬ堂々とした立ち居振る舞いを見せる。それに違和感を感じながらも、今は出口に向かい足を動かし続けるしかない。
「ホント、邪魔なものばっかり。邪魔ばっかりして、馬鹿にして、無視して……」
「いくら力を持とうと、子供に変わりないか」
「煩い人、でも……何ででしょうか?」
遠くから聞こえてくる桜の声が、苛立ちが少しずつ消えていくように穏やかになる。
まるで普段と変わらぬ、優しい響きで彼女は赤の英霊に言葉を続けた。
「貴方の事、不思議と嫌いになれません」
「私は、そうではないのだがね」
「さぁ、始めよう……」
「もっとも、すぐに終わるとは思うがね」
背後から聞こえるその淡々とした言葉まわしに違和感を感じ顔を少し元いた場所に向けながら進み続ける。
アーチャーは手に剣を投影していた。
しかしその手に顕われたのは、馴染みの夫婦剣ではなくいびつな形をした短剣であった。
ーinterludeー
コレは取引だ。
私には果たさねばならない目的がある。
しかし、目の前の少女を捨て置く訳にもいかない。
私は守護者だ。人類が窮地に陥った時にこそその役目を与えられる世界の傀儡だ。
ならば何を為すべきなのか、答えは簡単だ。
奴を殺してから、この少女を殺せないばいい。
そのためなら、誰が主であろうが関係ない。
何も厭う事はない。
「ーーマキリよ、取引を……取引をしたい」
あぁ、今私は酷く傲慢な顔をしているだろう。
正義の味方であれば絶対にする事はない、正に悪役そのものの表情だ。
ただ私は、おかしな望みを抱くかつての自分と、抱いていたはずの理想を、エミヤキリツグを穢し続ける今のエミヤシロウを許せないだけなのだ。
エミヤシロウを殺せるのならば、私は……。
卑怯者と後ろ指を指されても構わない。
私は……悪鬼羅刹ともなろう。
ーinterlude outー