終わりの続きに   作:桃kan

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得た答え 忘れようとしていた思い

 

ーinterludeー

 

 

 息が上がる。魔力が枯渇しかかっているからなのか、必死に苛立ちを収めているからだろうか。駆ける私にはそれに答えを出す事が、簡単に出来なかった。

 ただアーチャーに庇われる形でその場から逃げ出した。その事実だけはハッキリと私の中に横たわっている。

だからその行為を平然と飲み込んでしまった彼と、彼に従う事しか出来なかった自分に憤りを感じずにはいられなかった。

 騎士ならば、王ならば戦場から逃げ出す事などあってはならない。

 しかし直感してしまった。このままでは勝つ事は出来ないのだと。それほどに間桐桜という少女の抱える闇は大きく、この身体など簡単に飲み込んでしまうのだろうと予測出来たから。

 これは恥ずべき行為だ。それを受け入れ、ただ私は聖杯を獲る事を選ぼう。我が宿願は、やはり泥に塗れなければ叶える事は出来ないのだ。

 そう決意しながら視線を上げる。そこには私と神の御子の間に割って入った、我がマスターの姿。

 前を走る彼に、違和感を持たずにはいられなかった。

 

 しかし一つの答えを得た今、彼の行為全てに合点がいく。

 

 そう。彼は常に自分を試していた。

 私は目にしていない、騎兵との戦い。あの時血に濡れながらも満足げに顔を歪める彼の表情はどこか和やかだった。弓兵に戦いを挑んだ時、その姿は苛立ちながらもどこか狂喜に震えているとすら感じた。

 それはまるで、これまで積み上げてきたモノの全てをかけて、ただどれだけ追いついたのかを確認するためのようであった。

 これから起こりえる事の全てを知っているからこそ無謀な行動が出来るのだろうと、私は思った。

 それら全てが私のための行動なのだろうと、私を守るために自身がどれだけ強くなったのかを計るための行為なのだろうと、そんな烏滸がましい答えを得た瞬間あまりに彼が滑稽で、なんと女々しい男なのだろうと感じられた。

全てを知っているはずのこの男が、ただ一人の……この私に会うがためだけに戦いに望んだとするならば、騎士として私はこの男を天誅を下さねばならない。

 それは騎士としてではなく、一人の願いを持った人間として当然の行いであると信じているから。

 だからこそあの時声を荒げた。

自らの主を、私の誇りを傷付けた衛宮切嗣と同じものとして、侮蔑の目で睨みつけた。

 しかし今の彼はどうだ。

 敵であったはずの少女を抱きかかえる彼の腕は震えている。

 彼に感じる憤りのためか、最初は疲労から来るものであろうと考えていた。

だがそうではなかった。チラリと見えた彼の表情は動揺に顔を曇らせ、茫然自失としていたから。

 全てを知る者が、ここまで強大な力を有する邪悪を捨て置く訳がない。

むしろ正義感に満ちた彼ならば、すぐにでも周りに害をなす者は切り捨てるはずだ。短い期間しか接してこなかった私でも、彼のその面だけは理解しているし感心している。

 

 ならば何故彼は、間桐桜という少女を野放しにしていたのだろう。

 答えは簡単だ、あまりにあっけなく導きだせたその解に少し口元が歪んだ。

 

「シロウ、貴方の守りたいモノは私などではない……」

 そう。彼が本当に欲しているモノは私ではない。

 いや、変わってしまったと言い換えた方が正しいのかもしれない。

 確かに、夢の中の彼の心は私に向いていた。

 荒野を歩く彼の思いは、自らの信じた正義に満ち満ちていた。

しかし今は違うのだろう。おそらくそれにすら気が付いていないのだ。

 我が主がソレを見つめるときの瞳の色を、そしてどんな表情をしていたかを思い出せばすぐに分かる事ではないか。

 それほどまでに彼の日常を支えてきたその存在は、大きなものになっていたのだろう。

 

 あぁ、愚かしく……なんて自分勝手な男なのだろう。

 自らの思いにも気付かず、ただ闇雲に進んでいるだけなど、愚の骨頂ではないか。

 

 しかし、それは私も同じ事が言えるのではないのか。

ブリテンの運命を変えるためだけに泥に塗れる私も同じなのではないのか。

闇雲に進む姿は、嫌悪すら感じるほどに聖杯を求める私の思いと同じに感じられる。  

 

 本当は理解している。

 私が聖杯を得ようと歩くこの道は、国の永遠なる繁栄を望む王としては然るべき行為なのだろう。幾千の脅威から民を救い、那由他の絶望を退け続ける事は王として私が望んだモノであった。

 しかし、私の後に続く者たちにとっては、邪魔に他ならないものではないのか。

きっと私が死してから多くの人々がそれぞれの足で立ち上がり、そして私の記した失敗を糧により良き国を造っていったのではないのか。

 それを私が、アーサー王自らが守れなかったからという理由だけで、全てをなかった事にしていいはずなどありはしない。

 彼の苦悩する表情を目にし、私はそう思い始めていた。いや、思えばとうの昔に気が付いていたのかもしれない。

それは征服王と酒を飲み交わしていた時にはもう理解していたのかもしれない。

ただあまりに膨大な時間を、故国の救済のためだけに費やしてきた私はそれを忘れ去っていたのだ。

 

 しかしその考えが頭の片隅で擡げたとしても、救済を望まずにはいられい。

それを我が侭と知った今でも、それを捨てる事など出来ない。

 

 あぁ、相容れない。

 近しいからこそ、この男とはどうしようもなく相容れない。

 

 だが、今だけはこの男にこう告げよう。

 私と同じこの滑稽な男に、哀れみと同情を込めたこの一言を。

 

 

「貴方のそれは、既に近くに居たではないか」

 

 

ーinterlude outー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サイテーな男だぜ。

 

 折角のお膳立ても、心変わりで台無しにするなんてよ……。

 

 でも良いぜ、兄弟。

 

 お前のお陰で、起きなかったはずの俺が起きちまうんだ。

 

 精々今の状況を悔いなよ。

 

 

 

 それ以上の絶望を、俺が振りまいてやるからよ。


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