終わりの続きに   作:桃kan

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墓守はかく語りき

 

 

 黒一色に染め上げられた空間の中、俺は『ソレ』と対峙していた。

 認めることはできない。その顔は見間違うはずもない。その聴きなれた声がどうしようもなく納得させようとするのだ。

 目の前にいる『ソレ』が、エミヤシロウであると。

 

「なんだよ、何もわかりません〜みたいなねんねな顔しやがって」

 

 しかし『ソレ』は決して俺が、俺たちが見せはしない表情をしていた。

 

「お前はそんな野郎じゃねぇだろ? 何でもかんでも自分で飲み込んで、受け入れちまう奴だろうが」

 

 何故だろう。『ソレ』の口にする言葉はひどく耳障りに感じた。

 

 苛立ちが心に募る。先ほどまでの疲労がどこかに吹き飛んでしまったかのように、鼓動が早鐘を打った。

 どうしたのだろう。ここまで自分をコントロールすることが出来ないなんて。

 アイツと相対した時ですら冷静さはどうにか保てていたはずなのに、今はそれが困難な状況に陥ってしまっている。

 

「あ〜しょうがねぇな。返事もしねぇなら勝手に話を進めてやるよ」

 

 しかし俺の事など気に留める素振りすら見せずに、『ソレ』は話し続けた。

 

「ようこそ……いや『おかえり』だな」

 

 そうだ。これが苛立ちの正体だった。

 

 俺は恐れていたのだ。

 この言葉を、目の前の『ソレ』が口にするであろう、その言葉を俺は恐れていた。

 

「ここがお前の始まりの場所だよ。ここまで言ってやれば分かるか?」

 

 始まりの場所。無様な思いを願ってしまった場所。

 

「おぉ、ようやく思い始めましたって顔だな……じゃぁ見えんだろ? ここに広がる風景がよ」

 

 あぁ、思い出したくはなかった。

 ただ今の自分が唯一、この繰り返しの世界を生きているのだと思っていたかったから。

 

 だからそんな傲慢な思いを心の片隅に抱いていたのだ。

 

「そうだ、分かったか?」

 

 広がっていた。いや、数多くそれらが横たわっていたという方が正しいのかもしれない。

 一つは四肢を捥がれ、もう一つは右半身がない。

目の前に広がるあまりに残酷な情景、それらはどうにか飲み込むことは出来る。しかしこのむせ返るほどの血の匂いはどうだ。

正常な人間では一目見るだけで心を病んでしまうだろう。

 

 何れにしてもそこにある全てが正常な状態とは、人としての状態を留めてはいなかった。

 

 まるでこの場所は……

「ここは『墓場』だよ」

 嬉々とした声がそう投げかける。

 

「お前の、いや……この戦いを繰り返してきた『お前たちの墓場』だ」

 

 横たわる肉の塊の名はエミヤシロウ。

 そう、俺はただ一度繰り返しているわけではなかった。

 

 幾度となく、幾度となく無様な願いを叶えんがために、俺は死に続けてきたのだ。

 

ーinterludeー

 

「なるほど……遂に、機は熟したと言うことか」

 一人、そう呟く。

 男は無関心な瞳のまま、それを眺めながら呟いていた。

 

 彼の見上げた先には、一人の少女の姿。

 一糸纏わぬその姿は、普通の人間が目にすれば、あまりに痛々しい。ただその姿の真白は見る者全てを魅了させるほどの魔性に包まれていた。

 磔にされてもなお、その姿は美しかったのだ。

 

「物言わぬか。だからこそ……」

 その姿を目にするこの男にも、それは理解することが出来た。

 

「ーーーーなるほど」

 黒々と光のなかった男の瞳に、ほんの一瞬ではあるが光が灯る。

 

「これが美を愛でるという感覚か」

 

 しみじみと、その言葉を反芻する。

 何かが心に痞えていたのだ。それに納得することが出来ず、呆然とその場から歩み始めた。

 ブツブツと自らを納得させることの出来る言葉を探しながら、ふと気付いた時には彼は街を一望することの出来る石段の前まで来ていたのだ。

 その場には焼け焦げた跡が、赤黒い痕跡が残されていた。

 つい先ほどまでこの場であの男たちが命を賭けて戦っていた。

 あまりに無残で、そして滑稽な戦いであったであろうことはこの情景を見れば想像に難くなかった。

 しかしそのことにこそ愉悦を感じるはずの自分自身が、今心の中を占めているのは白の聖女の姿。

 それに違和感を覚えずにはいられなかったのだ。

 

「知らなかった。いや忘れていたのか」

 

 そう、この男は確かに知っていたはずだった。

 美しきものには心を奪われるということ。

 そして、愛しき者たちを慈しむ感情を。

 

 

「ふ、今更それに気付いたところでなんだというのだ。あの娘も、そしてこの街もあの腕に抱かれるのに……」

 踵を返し、彼は続ける。

 そんな瑣末ごとに心を奪われている場合ではない。

 彼、言峰綺礼はそう心の中で結論付け、再び短い思案に区切りをつけていた。

 

「大いなる呪いの……この世凡ての悪意(アンリ・マユ)に」

 

 これから起こるであろう悲劇に興奮を覚えつつ、彼は祭壇へと戻る。いやらしい笑みを浮かべながら、ただ足早に。

 

 自らが死にゆく最後の舞台へと、再び登るために。

 

ーinterlude outー

 

 

「なんだよ、ビビってんのか?」

 

 先程までと変わらぬ、嬉々とした声で男は続ける。

 明らかに俺を煽っての言葉だろう。事実今すぐにでも叫びだしたいほどに俺の感情は高ぶっていた。

 

「何度だって見てきただろ? こんな光景はよ。何度嬲ってきた? 引き裂いてきた? 串刺しにしてきた? 何遍その手を真っ赤に染めてきたよ!」

 男の口にする言葉は、俺の歩んできた道の真を捉えていた。

 十の命を守るために、一を切り捨ててきた。万の希望を叶えるため、百の亡骸を積み上げてきたのだ。

 全ては正義のためだと、世界の傀儡と成り果てて。

 

 しかし今、目の前に広がる光景はそういったものとは全く別のものであった。

 

「いや、この場合は違うな。お前が切り裂かれたか? 吊るされたのか?」

 あぁ、こいつは理解……いや慣れているんだ。

 何度も、きっと何度も俺たちと向かい合って、こんなやり取りを繰り返し続けてきたんだ。

 

 だからきっと、コイツが口にする次の言葉は……。

「どれだけ人を助けようが、善行を積もうが、お前は結局殺されるんだよ」

 

 そうだ、コイツは全部知ってるんだ。

 全てを、繰り返してきた俺たちの全てを知っているんだ。

 

「け〜っきょく無駄! 何をしたって無駄なんだよ!」

 

 ケラケラと楽しそうにしながら周囲を見渡し、何かを見付けてその表情をさらに邪悪に歪めた。

 

「あぁ、そこのお前はあの紫のヘビ姉ちゃんに殺されたやつだな」

 

 ビクリと身体が震えた。

 見ればそこに横たわる俺は四肢の全てと、脳天が潰されていた。

 

「あの時は大笑いしたぜ! 調子に乗って正面切ってサーヴァントに立ち向かってよ」

 

 その場面は知っている。

 事実俺もライダーと対峙したあの時、自分一人で戦うことが出来るはずだと読み違えていたのだから。

 

「腕も脚も潰された挙句、結局脳天から串刺し! いや、グロテスクだったね。見てて爽快感がある殺しぶりだった! あの姉ちゃんは合格だった!」

 刹那、脳裏にライダーに追い詰められたあの場面が過る。

 そうだ、あの場面で今の俺は死んでいたのかもしれなかったのだ。その結果が目の前に転がる俺の亡骸なのであれば、それは納得することが出来た。

 

「あそこでは寝転がってるお前は、アイツに殺されたんだ」

 

 次に男が指し示したのは、何故か黒に染め上げられた俺の姿だった。

 

「いつかの再現だって、身体中に投影した剣を突き立てられてよ。やれお前っていう男は英霊になっても底が知れてるよな。身体を突き刺してる時のアイツの顔は最高に狂ってた!」

 

 そうか。ここに横たわっているのはアーチャーとの一騎打ちで負けた俺の姿だったのか。

 かつて英雄王の宝具によって串刺しにされたあの時のように、いやそれ以上に無残に剣を突き立てられた。

 つまり俺が染め上げられたその黒は、俺から溢れ出した血の跡だった。

 

「まぁそんなアイツも、お母様に、間桐桜に縊り殺されたよ。最後には自分の使命を優先するんだなんて言ってよ。あの時のアイツの顔も傑作だったぜ! 結局全部が全部泥と闇に包まれて、街が丸ごとなくなっちまった! こっちにとっては喜劇だが、お前らにとっては最高の悲劇だったろうな」

 

 あぁ、確かに悲劇だ。街は闇に包まれ、怨嗟に見舞われてしまったのだから。しかしその話を聞いた時、俺の渦巻いたのは安堵と苛立ちの二律背反の感情だった。

  

 結局アーチャーは最後の最後に抑止の守護者たらんとした。それはどこまでも俺たちらしい姿ではないか。

 正義の味方としての俺であれば、アイツのやり方に口は出すことはできない。しかし今の俺はやはりアイツのことを認めることは出来ない。

 だって俺は、桜だけの味方にならんがためにここまで来たのだから。

 

 だから俺はこの光景を飲み込めるのだ。

 俺にとって何度繰り返していたとしても、選択を誤ったがために死を迎えてしまったという事実を突きつけられたとしても、俺はその事実を受け入れられるのだ。

 

「……んだよ、ツマんねぇ顔してんじゃねぇよ。今まではそうじゃなかった癖によ」

 そう口にし、男はより原型を留めていない亡骸の方へと歩を進め、先までとは一転不機嫌な表情を見せながらこう続けた。

 

「……そこのお前はつまんなかった。欠伸が出ちまうくらい、退屈だったぜ」

 そう言って指差したそこには、まるで袈裟切りにされたように打ち捨てられた自分の屍体だった。

 しかしどうゆうことだろう。刃物で斬られたのであれば下半身が残っているはずなのに、その亡骸にはそれがなかったのだ。

 

「あの騎士王様を守ろうとして、あの巨人に身体半分すり潰された……その様は爽快だったぜ! 一面真っ赤っかでな!」 

 なるほど。だとするならば亡骸のこの状態も納得することができる。あまりに痛々しい最期であったということは言うまでもない。

 しかしそれならば男の苛立ちを説明することは出来ないのではないか。

 

「あ〜でもよ、頂けねぇのはその後さ」

 そう呟き、ジロリとこちらを睨みつけながらゆっくりと動く事の出来ない俺の方へと歩を進める。

 そうされることでよりハッキリと理解できた。

 

 コイツは、俺……いや、俺たちの“殻”を被った何かだ。

 

 なら俺たちの殻を被った逆の性質を持つ者が一番嫌悪する事は……

「テメェ……最後の最後で騎士王様の信用を得やがった」

 そう。やっぱりそれだ。

 

「お前は誰からも信用されちゃなんねぇんだよ」

 納得できる。今まで上等な言い訳をしながら、近しいはずであった人間たちと関わりを持とうとしてこなかった理由が、ようやく一本の糸で繫がった心地がしたのだ。

 

「なんでだって顔だな?」

 苛立ちを露わにしながら一歩更に一歩、手の届く距離まで近づく。

 

「決まってんだよ、それが筋書きなんだよ。お前たちは絶望しなきゃなんねぇ。そうゆう約束だったろう?」

 

 俺はその約束を知っている。

 

「なのによ……」

 俺はそうゆう『契約』をして、この『終わらない』繰り返しを始めたんだ。

 そう。願いが叶えられてしまった。

 最も進んではいけない方向に、最も望んではいけないモノに。そして最もとってはいけない方法で。

 

 俺たちの願いは叶えられてしまっていた。

 

 最も嫌悪したモノに、俺の願いは叶えられてしまった。

 

「お前はなんだ? つまんねぇ……一番つまんねぇよ! なぁ、エミヤシロウ!」

「お前は……やっぱりお前!」

 

 動く。動く事の出来なかった身体が動いていく。本当に自然だった。伸ばした手が迷うことなく男の胸ぐらに伸びる。

 しかしその手をヒラリと躱し、間合いが開く。

 

「なんだ、ようやく口聞けるようになったか? そうだよ、兄弟。何回目になるか分からねぇが、名乗っといてやる」

 再びいやらしい笑みを浮かべならがら、こう吐き捨てるよう口にした。

 

「俺は、復讐者(アヴェンジャー)。この場ではこの世凡ての悪(アンリ・マユ)って名乗っておいてやるか……」

 まぁ、こうやって話が出来るのはお前の殻を被ってるおかげだけどなと付け足しながら可笑しなステップを踏みながら、数歩こちらに近付く。

 

「この狂った世界を作ってやったバカヤロウさ」

 そこには今までの気怠さは感じられない、まるで講談師のような快活さで言い放たれた。 

 しかしそう言い放った瞬間、アヴェンジャーはその表情を気怠げに変え、溜息をつきながらこう続けた。

 

「と……言いでもしたら、黒幕っぽくてカッコいいんだろうな」

「なんだ、違うとでも」

「あぁ、違うね。ぜんぜん違う!俺は見続けるだけだ。ただそれだけだ」

「一体何なんだよ……なんだよそれ!」

「はしゃぐなよ兄弟」

「お前、人の事馬鹿にしてんのか?」

「ハハハ! 違うって喋れるようになったからってそんなに声荒げてちゃ、疲れちまうじゃねぇか」

 

 片手で俺を制し、アヴェンジャーは話を続ける。

「くだらねぇ話だが……俺はただの墓守だ。クソツマラねぇ仕事を仰せつかった、ただの墓守だよ。あーくだらねぇ。今くだらねぇ奴の世界ナンバーワンはきっと俺だぜ……ケケケ、思いの外愉快な話じゃねぇか」

 そうだ。俺が繰り返す聖杯戦争の中で、一度も最後まで勝ち残っていなかったのであれば、コイツは表に出ていないはずだ。

 コイツ自身も、俺と同じようにこの戦いに捕われ続けている。

 

「あぁ、昔いたな……俺と同じように馬鹿みたいに人の死を蒐集し続けてきた奴がよ。おっと、俺はそいつのことなんて知らねぇぜ。ただ知識としてあるだけの、その程度のもんさ」

「……まるで」

「そうだ、今考えてる通りさ。ここはそういう場所さ。幾百、いや幾億ものお前の死がここに集まってんだ」

「ハハハ……なんだよそれ」

 

 まるで馬鹿みたいに死に続けるだけの、出来の悪いゲームだ。クリアすることもない、ただ同じところをグルグルと周回するだけの、つまらないお遊びだ。

 しかしどこかアヴェンジャーが語った『死の蒐集』という言葉に、違和感を覚えずにはいられなかった。

 まるで早くこの話を終わらせてしまいたいという考えが、その言葉からは透けて見えた。

 

「まぁお前がどう思おうが、んなことには興味がねぇよ。ただ俺はお前たちが死に続けるところを見られりゃそれで満足なんだからよ」

 一頻り話し終えた後、何かに気づいたのだろう。クスクスと笑うアヴェンジャー。

 

「でも本当に今のお前だけは頂けねぇな。生きたままここに来ちまったんだ。筋書きが大幅に変わりすぎだぜ。ちょっとは静かにアレを見とけよ。面白いもんが見られるからよ」

 

 ふとアヴェンジャーが指差した先に視線を移す。

 仄暗い闇の中、しかしハッキリとその光景は視界に入った。

 

「もう一人の、お前の死だ」

 

 

ーinterludeー

 

 器は満たされる。

 残る供物は剣の英霊。そして未だに器に還らぬ弓の英霊。しかし黒の逆杯となった少女にとって、その程度の欠損など意味のないものだった。

 

 しかし破綻者にとって、それだけでは足りなかった。

 より確実に楽しむために、そして自らの手で厄災を起こさんがために言峰綺礼は不要となったはずの器を用意し、それに備えていた。

 

 だがその場に異物が忍び寄る。

 

「……無粋だな。ここは最早祭壇だぞ?」

 黒の太陽に抱かれる白の聖女の眼前に見上げながら、言峰綺礼は視線を向けることなく言葉を続ける。

 

「神聖……ではないな。いずれにしても大いなる絶望が生まれようとしているここに、最早舞台から降りた貴様が何の用だ?」

「……」

 

 声の受け取り手たる男は荒い息を吐き、磔の少女と言峰を交互に見つめ言葉は語らず、何かを確信したように強く拳を握りこむ。

 握りこんだ拳から血が零れ落ちることも、そして身体中から突き出す刃の鋭さも気に介さず、エミヤシロウとの戦いに敗れたはずのアーチャーがその場に立つ。

 一度は降りたはずのその舞台に登ったのだ。いや、彼は降りてはいなかった。

 望むべき戦いを終え、今彼の頭にあるのは数少ない心残りを果たさんとする意思だけだった。

 

「最早語る口も持たぬ木偶であったか」

「……貴様、やはり……」

「ほぉ、腐っても英霊ということか」

 物を言わぬアーチャーの態度に辟易した様子を見せる言峰。

 これでは自分を楽しませることは叶わないかと諦めの言葉を投げ出した刹那に返されたアーチャーの言葉に、多少の驚きの色を声に滲ませながら続ける。

 

「君は初めてかね? 聖杯降臨の儀を垣間見るのは……」

「何を言っている。とうの昔に気付いているだろう、言峰綺礼」

「そうだったな、君は幾度となくこの少女が、いやこの器が満たされるのを目撃しているのだったな」

 そう、言峰は気付いていた。此度弓の英霊として現界したアーチャーという男が何者であるのかを。

 これも繰り返される聖杯戦争の中でのイレギュラーだったのかもしれない。これもエミヤシロウが選んでしまったが故に陥った惨劇の一つ。

 しかしそう定義付ける事の出来る観測者は最早この戦いの中では存在しない。そうなるはずであった言峰自らその役目を放棄してしまったのだから。

 

 だからこそ面白いのだと言峰は語る。

 悲劇に向かう者の背を少し押し出し、その様を見続けることに愉悦を感じるのだと。

 そして最後の幕引きを自ら行えば、どれほどの愉悦を味わうことが出来るのか。今まで感じたこともない幸福に包まれるはずだと彼は語った。

 

「この下衆め……!」

「ハハハ! 言うがいい。」

 アーチャーから投げられる憎悪すら気に留めることもなく、言峰はまるで説法を始めるかのような溌剌とした表情を見せた。

 

「あぁ、心踊っている……十年前と同じ、衛宮切嗣と戦ったあの時と同じ高揚を今感じている!」

 

 しかし語られたのは、神に仕える者とは思えぬ言葉。

 そう、既に彼は長年信仰してきたモノすら捨てて、一人の落伍者と成り果てていた。

 

「……そのために、貴様はそれを感じたいがために間桐桜を!」

「その通り。この状態を作り出すために私は自らの走狗を、そして我が友を彼女が心に抱え続けた悪意(アンリ・マユ)に喰わせた……しかしそれの何がいけない?」

「いけない、だと?」

「そうだ、何がいけない? 自らの愉悦のために行動することの何がいけない?」

「……得心がいった。やはり貴様は屠るべき私の、全ての敵だ。破綻者だ!」

「その通りだ。それが私、言峰綺礼という男だ」

「いや、嫌という程に私は貴様の表情を目の当たりにしてきた。貴様という男の性質を少しは理解しているはずだったが……やはりその所業を見過ごすことなど、出来るはずがないだろう!」

 

 刹那、アーチャーの手のひらに鈍い光が宿る。

 

「……ッ!」

しかしそこに顕されたのは、普段の流れるような流線型を描く一対の剣ではなく、歪な形をした出来損ないの剣。

 

「なんだ、最早自らの術すらままならないではないか。そんな出来損ないの投影で何をするつもりなのかね」

 その言葉通り、限界を超えてしまったアーチャーにとって、自らの慣れ親しんだ剣を投影することすらままならない。

 端から見れば最早どちらが勝つかなど、一目瞭然であろう。

 

「私が行うべきは、一つ……ただ一つだ」

 

 しかし剣の担い手は諦めることなく、歪む切っ先を言峰に向ける。

 

「私を止めるかね? そんな行為に何の意味もないというのに」

「あぁ、止める。あれが溢れ出す前に貴様を殺す! イリヤを、助ける!」

 

 最後に胸に残ったその望みを果たすために。砕けたその身で、アーチャーは疾走する。

 

「ではやってみせるがいい。誕生までの暇つぶしだ。少しは興じさせてくれ、エミヤよ」

「ーーッ!」

 

 彼らにとって死を迎える前の、最後の戦いの幕が、ついに切って落とされた。

 

ーinterlude outー

 

 

 


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