―interlude―
「あれがここに来て四年……いや五年になるか」
夜も更け月が真頂に昇る頃、一人の魔術師が独り言を呟く。
彼女は自らのイスに腰掛け、あるのが当たり前になったあの不味い煙草を口にくわえていた。
そして思い返すのは、自分を利用してやると大口をたたいた少年のこと。
「確かに、アイツは強くなった」
そう一言、まるで皮肉のように橙子は語り始める。
最初はただの興味だった。昔馴染みが連絡を寄越したというのも要因の一つではあるが、しかしあの少年、衛宮士郎の事を知れば知るほどその興味はどんどん膨れ上がっていったのだ。
特筆して言うべきは、その『魔術』の在り方。
どれだけ優秀な魔術師が士郎を見たところで、捺される烙印は『出来そこない』や『半人前』というところだろう。事実、橙子も彼と最初相対した際にはそう結論付けていた。
「しかしどうだ。確かに私の見る目もまだまだだったということではないか!」
嬉しそうに笑みをこぼしながら橙子は呟く。
そう。彼の少年はそんなものではない。使うことのできる魔術総てが、大禁忌から零れ落ちたものだとはとは誰も想像しえまい。彼女自身もそれに気付いたのは、彼の固有結界を初めて目の当たりにした時だったのだから。
だからこそ彼女は考えていた。
何故年端もいかない少年がそんな大禁忌を身に宿していたのか。
何故あれほどの素養を持った魔術の担い手が、わざわざ封印指定を受けた自分のような魔術師の下に来る必要があったのか。
それら全てを鑑みて、当初彼女は彼の少年を解剖してやろうとすら考えていた。
しかし橙子は未だにそれを実行に移してはいない。実際彼の成長を目の当たりにして、その気持ちも無くなってはいないが、それにも増して彼の行く先を見てみたいという気持ちにかられていた。
「――強くなることを、まるで義務付けられたように自らの身体を痛め付けて……ただのバカなのか、それとも本当に英雄でもなろうとしているのか」
橙子が口にした一言が、まさか衛宮士郎の真実を物語っていようとは、この時の彼女には知る由もないことであった。
そうして彼女は思い出す。数年前に関わっていたあの二人の事を。今は自らの手の届かないところにはいるが、今でも身内であることには変わりないあの二人を。
「最後の仕事、やってもらうことにするかな」
くわえた煙草に火をつけ、橙子が呟く。かつて彼女は一人の少女と取引をした。
それは少女に宿った力の使い方を自分が教えること。その代価は自分の仕事を手伝わせること。
「まぁ嫌がるだろうか。……いや案外喜ぶかもしれないか」
自身でも容易に解答を見付けることの出来ない疑問に、楽しくて仕方がないと言わんばかりの表情を見せる橙子。
これが子どもの喧嘩ならば気にすることでもないが、この件については全く話が違う。
何故なら一つの家系が作り上げた『根源』に繋がりしモノと、大禁忌を身に宿す少年の戦いなのだから。
「あぁ、本当に楽しみで仕方がない」
橙子の頭には確かな確信があった。
そう。それなくして士郎はこれ以上、これ以上強くはなれないのだと。あれが求める本当の強さを身につけることは出来ないのだと。
「――士郎が、アイツがどこまで行こうというのか……それが楽しみでならないよ。全く」
その響きはあまりに冷酷に、しかしどこか優しさを帯びていた。
気が付けばくわえていた煙草はフィルター部分に火が届くかというところまで達していた。それを目の当たりにし苦笑いを浮かべながら橙子はそっと二本目の煙草に火を灯し、ぐるりと部屋を見渡す。
「確かに、私は少し夢中になりすぎているのかもな」
紫煙を吐き出しながら、橙子はあるソファに目をやる。
それはかつて、士郎が怪我を癒すために眠っていたソファ。
あの時彼に興味を持たなければ、こんなに楽しいことには出会えなかった。こんなに最高の暇つぶしはきっとこれから先、そう簡単に出会えるものではない。
「――お節介に、なっただけかもしれないな……」
一言呟き、彼女はまた紫煙を燻らせる。
それは素直ではない、彼女なりのやさしさのカタチだったのだろう。
―interlude out―